騎士の在り方
(彼の聖獣が少女に変身しているのか。)
ウェストンは『幼い少女』という、戦場では耳にしない言葉に一瞬呆けたものの、即座に思考を切り替えて状況を把握する。
「ふん、どうせ誰かの使い魔だろう。それよりも火守の娘は勝手に逃げてないだろうな?」
冷静になったのはレオフォード第一王子も同じで、少女の正体が使い魔である事を看破し、灯音の逃亡補助を疑った。
「い、いえ、大丈夫です。乱入者は火守の巫女を背に庇ったまま、双方とも動く気配が無いようです。」
王子に睨まれた部下は慌てて通信に耳を傾け、現状を報告する。
「はあ?じゃあ何しに来たんだ?」
計画の邪魔をされている事に、王子は苛立ちを隠そうともしない。
「そ、それは・・・あっ!乱入者は依然として敵対行動を起こしてはいませんが、時折、周囲を確認している様子だとの事です。まるで誰かを待っているような・・・」
「あ?計画の妨げをしてる時点で敵対行動だろうが。それより、誰かを待ってるだと?・・・・時間稼ぎか?いや、そうか・・・チッ。・・・ユステスか。」
しどろもどろな部下の報告に更に苛立ちを募らせる王子であったが、気になる言葉から乱入者の目的を察し、舌打ちする。
その推測が正しかった事を裏付けるように、別の部下が急いで報告に訪れた。
「報告致します!ユステス将軍が戻られました!」
作戦指揮本部へ戻ってきたユステス将軍と彼の部下達は、第一王子を前に跪いた。
王族への礼節を事前に聞いていたので、ユステスと共に通された優太もそれに倣う。
なお、ユステス帰還に際し、部隊再編の任を受けたウェストンは本部の外へと出た為、彼とは入れ違いとなった。
外部の戦闘音は止み、先程までの戦闘の処理と部隊再編に追われ、慌ただしく行き交う人達の声が聞こえてくる。
そこに魔物の咆哮は混じっていない。
本部へ戻る道中、優太達はユステス達と共に、本隊へと群がっていた魔物達を蹴散らしてきたのだ。
ただ、魔物と共に本隊を襲撃した魔王崇拝教幹部第9位のユーリは、ユステスらが介入した際の混乱に乗じて離脱していた為、優太達と対峙する機会は無かった。
「本来なら敵前逃亡は軍法会議にかけて処刑だが・・・醜い雑音を排除した事に免じて許してやる。俺の寛容さに感謝しろ。」
静けさを取り戻した本部内に、殺気の混じったレオフォードの言葉が響き渡る。
「はて?敵前逃亡などした覚えはありませんが。待機に次ぐ待機でしたので、身体が鈍らぬよう散歩ならしましたが。」
顔を伏せていようと感じる、まるで刃物のような鋭い殺気に優太は気圧されたが、ユステスは何処吹く風で飄々と答える。
このぐらいの胆力が無ければ王国の将軍は務まらないのだろう。
「チッ、減らず口を。」
ユステスに威嚇や凄味が効かない事はレオフォードも百も承知なので、自然と敵意の標的は変わる。
「まあ今は良い。それよりも罪深い奴がいるからな・・・なあ、もどき。」
「っ!」
矛先を向けられたアリスはビクリと全身を震わせる。
「お前は包囲隊に配属されたはずだろ?それがどうしてここにいる?怖気付いて逃げてきたのか?」
「い、いえ、本隊が危機的状況との情報が入りましたので、救援にーー」
「あ?もどきが口答えすんな。」
「っ。」
鋭い視線と共にされた詰問に、アリスは顔を上げて答えようとしたが、途中で遮られ、再び俯いて口を閉ざす。
「お前如きが救援?思い上がるな。逃げの言い訳に使うんじゃねえよ。」
「そ、そのような事はーー」
「はあ?だから口答えすんなって言ったろ。」
「あ、ぅ・・・」
「そもそも、もどきの分際でよく本物の俺の前にのこのこと出てこれたな?」
「っ・・・」
事前にアリスから、「第一王子が発言を許可するまで何があっても喋ってはならぬ。」と厳命されていた優太は心配になり、言葉を発する事はせずとも、顔を伏せたまま横目でアリスの様子を伺う。
そこで見た彼女は、泣くのを必死で我慢している幼い子どものようであり、普段の活気や、凛とした面影はどこにもなかった。
「立場を弁えろよ。ーー」
レオフォードの罵倒はまだ続く。
既に戦況の話からは逸脱し、彼女の出自、人格批判になっていた。
戦いが思い通りに進まない憂さ晴らしである事は、誰の目から見ても明確である。
ただ、それを指摘する者は誰もいなかった。
取り巻きはもちろん、先程は悠然と口答えしたユステス達でさえも。
アリスに迷惑がかかると、歯痒い思いをしつつ沈黙を守っていた優太は我慢の限界がきており、また沈黙を貫くユステス達の姿勢に不満を抱いていた。
(なんで?)
ユステス将軍は第一王子の暴言を止めてくれないんだ?
(どうして?)
アリスを守ってーー
(っ。いや・・・)
だが、同時に違和感を持ち、そして、気付く。
口撃されているのは誰か?
その者を守る『盾』の立場にいる騎士は誰か?
顔を歪め、唇を噛み締め、言葉の暴力に耐えている目の前の少女が救いを求めている者は誰か?
「我が王国の唯一の汚点はお前のーー」
「それ以上、私の姫を侮辱する行為は止めていただきたい。」
作戦本部に第一王子以外の声が響き渡る。
静かに、しかし、力強く発せられた声は、王子の言葉を断ち、王女の心を守る。
「・・・おい、誰が発言を許した?」
静寂は一瞬、先程以上の殺気を纏わせてレオフォードは発言者を睥睨する。
「私が仕えているのはアリスティア王女であり、セラフィリアス王国でも、第一王子である貴方でもありません。よって、貴方の許可は必要ありません。」
発言者である優太は顔を上げ、第一王子からの視線を、まるで盾のように真正面から受け止める。
主人を守る為に自分へと意識を向けさせる。
「お前はもどきの騎士か?その格好・・・なるほど。お前もか。それも我が国の英雄である白騎士の・・・罪深さもそこの主と一緒だな。」
憂さ晴らしさえも邪魔されたレオフォードは、狙い通りにターゲットを優太へ固定する。
ただ、それだけではすぐに盾は潰される。
しかし、そうはならなかった。
強力な援軍がいたのだ。
「確かにお前の主は俺じゃない。だが、今は戦闘中で総指揮官は俺だ。その俺に口答えしたお前は上官への反逆に他ならない。
軍法違反だ。ユステス、この白騎士もどきを拘束しろ。監督責任として、主であるそいつもだ。」
「嫌です。」
「あ?」
援軍・・・先程まで神妙に沈黙を守っていたユステス将軍は、打って変わって面白がるような声で即拒否した。
「ただの子どもの口答えです。反逆も何もありませぬ。
それどころか、彼の騎士としての在り方・・・主人の盾となり剣となる心構えについては素晴らしいものです。王国に属する騎士全てに見習わせたい程に。」
ユステスは第一王子から優太達を庇いつつ、どこか懐かしむような穏やかな視線を彼へと向けた。
ー パンッ! ー
そして、一拍打つと今度は真剣な声音で第一王子を諌める。
「それに今は憂さ晴らしをするより、やる事があるでしょう。
私どもが作り出した反撃の好機を、みすみす逃さないでいただきたい。」
「この・・・」
レオフォードは射殺さんばかりの殺気でユステスを睨み付け、彼もまた、堂々と真正面から第一王子の殺意と視線を受け止める。
息をするのもままならない程、張り詰めた空気が場を支配する中、第一王子が嫌らしい笑みを浮かべ口を開いた。
「・・・そうだな。お前達が作った好機だ。だから褒美をやろう。
確かこの日本には一番槍の誉というのがあるらしいな。
喜べ。お前達に一番槍の誉れを与えてやる。」




