世界が凍った日
白い鎧を着た人物もアリス達の方を向いており、絶句している彼女達に鎧の拡声機能を上乗せした大声で呼び掛けた。
「アリス!リリ!無事か!?」
「優太!?」
白い鎧を身に纏った人物の正体は優太であった。
そう、優太がイメージした鎧、シンシアの戦闘状態は奇跡的に白騎士の鎧にそっくりだったのだ。
もしかしたら多少は異なっているかもしれないが、白騎士本人の鎧を細部まで見た訳でもなく、ましてやアリスの幼い頃の記憶なので、はっきり思い出す事も難しい。
ただ、一目見ただけで白騎士と判断するぐらいには彼の鎧と似通っているようだ。
(優太は御守りを白騎士から譲り受けたと言っておったし、それが知能ある鎧である事も、更に先日の夢の中で彼の鎧姿を見たらしいから鎧形が似る事もあり得ぬ事ではない。が・・・ええいっ!考えるのも問いただすのも後じゃ!今は眼前の化け物を討ち倒す方が先じゃ!)
言いたい事や聞きたい事がたくさんあったが、今は戦闘中なので、余分な思考は命取りになってしまう。
アリスは多くの渦巻く感情をぐっと飲み込み、今はただ優太が無事でいる事に安堵して、オークとの戦いに集中しようとした。
しかし、オークに剣を向けたところで、未だ優太の方を向いている敵の異変に気付く。
「グゥルルルルルル・・・」
ただ警戒しているだけでなく、アリス達と戦っている時よりも殺気を倍増させ、優太を見据えて低く唸っていたのだ。
「いかん!優太!逃げーー」
一瞬、オークの全身が膨らんだように見えた。
ー ドゴォオッ! ー
「グガァアアアォオオ!」
次の瞬間、アリスの警告を待たずして、その場の地面を勢いよく踏み込んで粉砕し、雄叫びと共に先程までとは比較にならない速さで優太へと突撃をかけた。
それは本気を出したとかいう類いのものでなく、自分の限界以上の力を無理矢理引き出した、文字通り命を削る力の使い方であった。
疲労のせいか運悪くリリの反応も遅れてまい、優太への接近を許してしまう。
オークはアリスへの初撃と同じく、手にした灰色の得物を彼へと力の限り振り下ろした。
ー ズゥウウウウン! ー
ー バキィン! ー
一切の慈悲なき一撃が地面を穿ち、轟音と衝撃が周囲を襲い、アスファルトは粉々に粉砕され舞った粉塵で視界が塞がれる。
同時に、今の攻撃により、オーク持っていた灰色の武器は衝撃に耐えきれず全体が砕け、二度と使えない状態となった。
「優太ぁっ!」
粉塵の霧で優太達の姿が見えず、アリスは叫ぶしかない。
ただ、その心配は杞憂に終わり、数秒も経たない内に白影が灰霧から抜け出してきた。
幸いにも、優太もオークに注意を向けていた為、鎧の補助によって攻撃に反応でき、全力の横跳びで間一髪避ける事ができたのだ。
「無事じゃったか!」
アリスは優太の無事を確認し安堵する。
次いで、粉塵の中からオークが現れ優太を拳で追撃するが、今度は間に合ったリリに騎乗して避ける事ができた。
捨て身攻撃の反動か、先程の突撃より若干動きが鈍くなったが、依然としてアリスとの戦闘時より動きが速く、拳の威力も破滅的である。
「奴は自滅覚悟でわらわ達全員を屠る気じゃな。・・・だったら、今こそ『その時』じゃ」
そして、彼女は決断する。
今こそ切り札を使う時なのだと。
(灯音は遠くに、優太は鎧を纏っておるから短時間なら問題なかろう。2人に影響が出る前にケリをつけるのじゃ。大丈夫。わらわならできる)
アリスは最終確認と自分への鼓舞を瞬時を行い、切り札を使用する為の準備を始める。
「リリ!優太をわらわの背後まで連れてくるのじゃ!どうやら、そやつは優太を標的にしておる!わらわの眼前まで誘き寄せよ!」
(分かりました。灯音さんはどうします?)
「念の為、優太を降ろした後、そなたが守っておくれ」
(仰せのままに)
リリは、主人の意図を理解し、二つ返事で承る。
これで舞台は整った。
「レーゼ!、フルフェイスモード!」
今度はアリス自身の準備である。
彼女の呼び掛けに呼応し、鎧は首元を粒子化させる。
赤い光の粒子はやがてアリスの顔全体を覆い、そして、狼をモチーフとした兜が形作られた。
その間にも、オークの猛攻を避けながら、優太を乗せたリリが接近してくる。
オークの速度が上がっている事もあり、疲労しているリリは何度か捉えられそうになるが、全てを紙一重で避け、その美しい白毛を傷付けさせる事を許さない。
オークも限界が近いのか焦りが目立ち、攻撃が大降りになる。
ー ズルリ ー
何度目かの横殴りを放った時である。
オークは全体重をかけた軸足が滑り、そのまま転倒した。
リリは腕の下を掻い潜って横殴りを避けており、倒れていくオークを尻目にそのまま距離を離す。
ー ズシィイイン! ー
オークの転倒音が響く中、リリはアリスの元へと辿り着いた。
「リリ!よくやった!限界のところ悪いが灯音を頼む!」
(いえ、問題ありません。アリス様、ユータ様も御武運を)
リリはそれだけを伝えると、優太を降ろし再び灯音の元へ風のように駆け戻っていった。
「アリス、俺は何をすれば良い?」
転倒から立ち直り、憤怒の咆哮を上げるオークを、仁王立ちで見据えるアリスの背中に優太は問い掛ける。
「優太。よくぞ無事であった。時間がないゆえ手短に聞くが、そなた鎧の全登録を完了させたか?」
「いや、時間が惜しかったから鎧だけ見繕ってもらったんだ。だから、全登録どころか必要な登録さえできていない」
役に立たない騎士ですまん。
優太は悔しさを滲ませて謝る。
そんな彼にアリスは少し笑って声をかけた。
「そなたは十分に役に立っておるから、そのようにしょげるでない。今もそなたの無事を早く確認できたから、戦いに集中できておるのじゃ。まあ、まだ病み上がりじゃしわらわの後ろで休んでおれ。そして、よく見ておるのじゃ。そなたの姫があの魔物に勝利する光景を」
オークが咆哮を上げながら突撃を再開するが、突如アリスとオークの間に巨大な氷の壁が数枚立ちはだかり、魔物の行く手を阻んだ。
アリスが聖約武器の能力で作ったのだ。
だが、オークは破滅的な力を以て、気にせず氷壁を崩し突き進んでくる。
突撃を完全に止める事はできなかった。
ただ、いくらかの時間は稼げている。
1枚、2枚と氷壁が突破される中、アリスは優太に問い掛ける。
「優太よ。決戦の前に1つだけ聞くぞ・・・そなたは自身の鎧姿を見たか?」
その声音は少し震えており、彼女が緊張している事が手に取るように分かった。
これで決着がつく。
成功すれば勝利、失敗すれば全滅。
この場全員の命がかかっている。
その重圧は並大抵のものでない。
だからこそ、アリスは優太に声をかけた。
緊張を解す為に。
安心する為に。
助けを求める為に。
「もちろん見てる余裕なんてなかったし、ここには鏡もないからまだ見てないぞ。ただ、俺の形象を具現化したものだとは聞いてる。だから、俺のイメージ通りなら・・・」
優太はアリスの感情を察し、いつもと変わらない表情、口調で彼女の問いに答える。
彼女の緊張を解す為。
安心させる為。
そして、助ける為。
続く言葉を、優太は悪戯めいた明るい口調で伝えた。
「立派な王女になったアリスの騎士に相応しい鎧姿のはずだ。どうだ?格好良いだろ?」
それを聞いたアリスの身体から余分な力が抜けたのが分かった。
「ふふっ。そうじゃな。とても格好良い鎧じゃ。今のわらわには相応しくない程に。そして、今のそなたにも似合っとらんな。じゃから・・・お互いその鎧姿が似合う騎士と相応しい王女にならねばな」
その為にも、この戦いに勝ってみせる!
アリスは意気揚々と、地面に突き刺した剣を引き抜き、胸の前に掲げた。
残る氷壁は2枚。
アリスは切り札を行使する為の言葉を紡ぐ。
「世界よ凍れ」
その言葉を発した瞬間、アリスの周囲の温度が急激に下がった。
同時に、氷壁が1枚突破され、残り1枚となる。
残りもすぐに崩されると思い優太は身構えたが、気温が急激に下がった事で、氷壁がより強固なものとなり、オークは突破するのに苦難していた。
そして、切り札を行使する刻がきた。
「氷姫の祝福!」
アリスは己の聖約武器の名を告げる。
ー 真銘解放 ー
聖約武器の銘を証す事で、その武器本来の能力が発揮される。
それがアリスの必殺技であった。
真銘解放と共に、彼女の聖約武器を中心に魔力の冷気が吹き荒れる。
ー パキパキパキパキ ー
硝子や陶器にヒビが入るような音がアリスの剣から聞こえ、見ると光を放つかのように刀身が煌めいていた。
不可視の刀身部分も含めた刃が凍り、氷を纏った刀身が月の光を浴びて乱反射しているのだ。
ー パキパキ、パシ、パキィ ー
至る所から先程の音が聞こえ、地面が、木々が、空気さえも凍り始める。
鎧により護られているらしいが、それでも優太は凍てつくような感覚に囚われそうになった。
生身の状態なら一瞬で肺まで凍りついていただろう。
万物全てを凍らせ、永遠の眠りに誘う氷姫の吐息は、徐々に範囲を広げ戦場を侵食していく。
ようやく最後の氷壁を叩き崩したオークは、全身全霊を以てアリスと優太を叩き潰そうと突撃をかける。
しかし、その動きはいくらか鈍い。
いくら筋肉の鎧を纏っていたとしても、暴力的な冷気は防げない。
加えて、呼吸をすれば即座に命が終わってしまうので、息を止め続けなければいけなかった。
それだけでなく、オークの全身が外から細胞レベルで凍り始め、身体中が軋みをあげる。
一歩、二歩と進むごとに突撃の勢いが落ちていき、アリスまで残り数歩と迫った所で、ようやくその動きが止まった。
オークは完全に沈黙した。
しばらく注意深く観察したが、呼吸も止まっているようだ。
勝利を確信したアリスは真銘解放状態を解除する。
オークを倒した今、解放し続ける必要もなく、逆に解放し続けると護角町全体が凍りつく危険がある。
そして何より、魔力・体力共にもう限界であった。
真銘解放は強力だがその分、魔力・体力の消費も凄まじい。
しかも、使用者本人に特別な加護はなく、周囲と同等に影響を受ける為、鎧による防御が必須であった。
その為、行使するタイミングを間違えれば、魔力・体力切れを起こし、鎧の強制解除にまで至るので、一気に窮地に追い込まれてしまう。
正に真銘解放は必殺技であると同時に弱点でもあるといえた。
「姫よ眠りに」
その言葉が解除の合図だったらしく、ローゼン・レイアの凍った刀身が砕け、元の半透明な刀身へと戻った。
同時に、凍りついていた空気が溶けて元の温度へ向けて徐々に上昇する。
地面は凍ったままだが、こちらも時が経てば次第に溶け始めるだろう。
ただ、木々は、生命は戻らないのだ。
次にアリスは鎧の戦闘状態を解除した。
「交戦終了」
鎧は赤い光の粒子となってアリスの首元に集まり、やがて待機状態へ戻った。
「ハア、ハア、ゼェ・・・」
アリスは息を切らせて片膝をつく。
一見、最後は圧勝したかのようであったが、実際はギリギリの勝利であった。
しかし、これでようやく終わりじゃ。
彼女は目を閉じて、疲労からくる微睡みに身を任せようとした。
だが、この瞬間を狙っていた者がいた。
「グガァアアアア!」
その者、討たれたはずのオークが雄叫びを上げながら動き、勢いよく右の拳を振り上げた。
息が止まっていたのは、肺が凍るのを防ぐ為。
動かなかったのは力を温存しておく為。
オークは死んだ振りをして、ずっと機会を伺っていたのだ。
相手が弱点をさらけ出し、確実に拳を当てられるこの瞬間を。
大きく一歩踏み込んで、アリスを射程圏内に捉える。
踏み込んだ反動で氷に侵食された軸足にヒビが入り、同じく侵食された左腕が千切れたが止まらない。
最期の力を振り絞った拳は唸りをあげて、アリスへ迫る。
彼女は立ち上がる気力もなく、ただ自分の最期の瞬間を呆然と待っていた。
そしてーー
ー ズゥウウウン! ー
地面を穿つ音が辺りに木霊する。
オークの放った拳が地面に突き刺さり、そして砕けた。
それを皮切りにオークの全身にヒビが入り、崩壊し始める。
氷は魔物の深いところまで侵食していたのだ。
だが、最期の最期にアリスを殴り潰せたその表情は満足気であったーー
訳ではなく、オークの表情には驚愕と怨嗟が張り付いていた。
そして、その表情のまま砕け散っていく。
その様子を見届ける騎士の姿があった。
白い鎧を纏う人物、優太である。
腕の中ではアリスが寝息を立てている。
ゴブリンにやられた失敗を学び、油断なくオークを警戒していた優太は、その突然の動きにも反応でき、アリスをお姫様抱っこして攻撃を避けたのだ。
「ふう」
間に合った安堵から溜め息を漏らし、腕の中のアリスを見つめる。
避けた直後の会話の後、安心するように眠りについたのだ。
「アリス、お疲れ様」
優太は優しく彼女を労った。顔を上げると遠くからリリと灯音が駆けてくるのが見えた。
更に顔を上げれば星空が見える。
星の瞬き、月の輝きがアリス達の勝利を称えているかのようであった。
今度こそ本当に戦いが終わったのだと優太は実感した。
彼の腕の中にいるアリスは安心して眠る。
オークに殺されると思った直後、白い鎧の騎士に助けられた。
「姫様。もう大丈夫です」
その騎士の力強く、そして優しい言葉。
鎧姿と相まって、白騎士と重なってみえるので、なお安心する。
そもそも、自分の騎士が大丈夫だと言うのに何を疑う事があるか。
(優太よ。大義であった)
アリスは夢の中で感謝した。
そして再び深い眠りにつく。
また元気な姿を優太達に見せる為に。




