白の世界
一方、アリスとリリは2対1という数的有利な状況であっても、オークに苦戦を強いられていた。
俊敏さでは鎧で身体強化されたアリスの方が上なのだが、腕力についてはオークの方が圧倒的に上であった。
オークのそれは桁外れに強く、まともに攻撃を受けようものなら、たとえ鎧を纏っていようと致命傷は必至である。
そして、更に厄介なのが、オークの頑丈さであった。
速さはアリス達が勝っているので、オークの攻撃を掻い潜り、その身体に刃や爪を当てる機会が何度かあった。
しかし、いずれも鎧のような筋肉に阻まれ、有効なダメージを与えられなかったのである。
それならばと、シュードイラとの戦闘で見せた、巨大な氷柱での串刺し攻撃も試みたが、逆に氷柱の方がへし折れる結果となった。
こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は全て必殺。
しかも、確かにオークはアリス達より速さは劣るが、それは決して鈍重だという訳でなく、むしろ、生物の中では速い部類であるのだ。
少しでも動きが鈍れば即座に捉えられ、その凶悪な一撃を身に受ける事となる為、アリスとリリは息つく間もなく避け、または受け流し続けなければいけない。
絶え間なく繰り出されるオークの攻撃により、その周囲は既に瓦礫と化しており、元の景観を留めいていなかった。
(このままではジリ貧じゃ。じゃが・・・)
アリスは、焦燥感に駆られつつ、迫りくる打ち下ろしをかわす。
自分達は魔物と戦えるが、優太達は戦う術を持っていない。
それにも関わらず、ゴブリンと相対してしまった。
早く救援に向かいたいが、眼前にはオークが立ち塞がっている。
この状況で下手に優太達に近付くと、オークの攻撃に巻き込んでしまう可能性があり、迂闊に助けに行くこともできない。
もちろん、突破口はある。
だが、それを使用するにはリスクがあり、場合によっては優太達にまで危険がおよぶ可能性があった。
その為、タイミングを十二分に計らないといけないが、このままでは魔力、体力の限界がきてしまい、切り札を使用する前に鎧が強制解除してしまう。
そうなれば敗北は確実である。
残された猶予はそう長くない。
(せめて、優太達をもっと遠ざけられれば・・・)
奥歯を噛み締めた直後、不意にオークの攻撃が止まった。
戦いの最中であるというのに、オークの視線は別の場所を捉えているようだ。
「?・・・なっ!?」
次いで、アリス達も手を止め、魔物の視線の先を辿った。
そして、驚愕する。
視線の先には、白い粒子に包まれた優太がいたからであった。
アリス達は自分達の戦闘以外に意識を向ける余裕がなく、目の端に時折映る姿くらいでしか優太達を確認できなかった。
その為、優太が刺された瞬間は見ておらず、彼が何故、白い光の粒子に包まれているのか状況が分からなかった。
しかし、状況は分からなくても、その現象は分かる。
そして、今が優太達を助ける絶好のチャンスである!
「リリッ!」
(はい!)
アリスはすぐさま驚愕から立ち直り、鋭い声でリリに呼び掛ける。
その声に応えたリリは、白い粒子を警戒するオークの横をすり抜け、同じく警戒して優太達と距離を取っているゴブリンを背後から襲い、その喉元に食らい付いて噛み千切った。
ー ゴポォッ ー
ゴブリンは喉と口から多量の血を流しながら声もなく絶命する。
リリはそのまま、優太の近くにいた灯音を背負うと、安全圏まで連れていった。
(灯音さん、御無事でしたか?)
「え?何これ?頭に直接リリさんの声が・・・それに・・・もしかして、貴女がリリさん・・・?」
(はい。これが私の本当の姿です。まあ、詳しくは後ほど。今は灯音さんとユータ様の安否を確認しているのですが、ユータ様は何故あの状態になったのですか?)
「っ!そういえば雪城君が!大変です!怪物に刺されたんです!」
灯音はリリの姿や念話に戸惑いの表情を浮かべたが、優太の事を思い出して我に返り慌ててリリに伝えた。
(なるほど。自己防衛機能が動いたのですね)
「それで雪城君は大丈夫なのですか!?」
(たぶんですが、問題ないはずです。あの現象を私達は知っておりますので。ただ、ユータ様が何故『あれ』をお持ちなのかは分からないですが)
「そうですか、良かったです・・・『あれ』というものを私は知らないですが、それのおかげで助かったのなら、雪城君にとって最高の御守りなのでしょう」
灯音は優太の無事を知り安堵のため息をついた。
リリも灯音から、おおよその経緯を聞いた事で今の状況を理解し、アリスに念話で伝える。
(御守り?・・・っ!もしや・・・いえ、今はユータ様の回復だけ願いましょう。最悪の事態を脱したとはいえ、それでも未だ危険な状態が続いております。私は再び御二方の援護にまわる為、戦いの場に戻りますが、灯音さんはくれぐれも近付かぬようよろしくお願い致します)
「・・・はい、分かりました。ここから皆さんの無事を祈っています。どうか御気を付けて」
(ありがとうございます。では)
灯音の祈りと共に、リリは風のように戦場へと舞い戻る。
そこでは既にアリスがオークと戦闘を再開していた。
白い光を警戒していたオークだが、いつ気が変わって優太に攻撃を仕掛けてもおかしくない為、先にアリスがオークを攻撃し、彼から気を逸らしているのだ。
(何故そなたが『それ』を持っていたのかは分からぬが、無事であるなら何でも良い。そなたはわらわの騎士なのじゃから、これからも傍にいてもらわねば困る。じゃから早く目を覚ますのじゃ!)
アリスは優太の無事を祈りながら、オークの攻撃を凌ぎ続ける。
度重なる猛攻により、アリスの体力、魔力がジリジリと削られ限界が近付いてきたが、それでも彼女は優太の回復を待ち、ギリギリまで切り札を使用せずにいる。
ー 強制蘇生完了 ー
アリスとオークの戦いが再開する直前、コンピューターの人工音声のような声が優太の耳朶を打ち、沈んでいた意識が浮上して彼は目覚めた。
そこは白い世界であった。
実際は白い光の粒子に包まれているだけなのだが、優太はその事を知らない。
そこは暖かいものに包まれているような安心感があった。
優太は身体を動かそうとしたが指1本動かない。
しかし、一方で、意識を手放す前の、内臓が燃えるような、刺された腹部の痛みもなかった。
(もしかして俺は死んだのか・・・?だとするとここは天国か?)
状況が分からなくて、突拍子もない事を想像した時、先程の人工音声がまた聞こえた。
ー 回答は『否定』です、所有者様。ここは天国ではありません。日本国です ー
(誰だ!?)
自分の思考を読まれて答えた音声に、優太は警戒の色を示し、動かない口の代わりに頭の中で鋭く問い掛けた。
ー 私の名称はまだありません ー
(何だそりゃ。じゃあ、何て呼べば良いんだ?それにまだってどういう事だ?)
しかし、返ってきた回答は予想外のものであり、また、白い世界の安心感もあって毒気を抜かれてしまった。
ー 私の名称は所有者様が命名されるよう設定してあります。しかし、まだ登録されていない項目があるので、先にそちらの登録を完了するようお願い致します ー
(ますます分からん。マスターってのは俺の事だろうが・・・ん?マスター?あっ。もしかして、俺が気を失う時に聞いた声か?それに、その前に御守りが光ってたな・・・それも今の状況に関係あるよな?)
優太はマスターという言葉に聞き覚えがあった。確かに沈みゆく意識の中で『所有者登録完了』という声が聞こえた。
そして、この白い世界も、大切な御守りの光にどこか似ている気がする。
だからきっと御守りとも関係しているだろうと彼は確信した。
ー 回答は《肯定》です。マスターが危険な状態であった為、先に所有者登録を行い、強制蘇生を実施致しました。また、それに伴い待機状態である『安産の御守り』から、現在、仮戦闘状態に移行しています ー
(そうだったのか・・・。じゃあ、あの御守り、つまり、君は知能ある鎧だったんだな。今更だが助けてくれてありがとう。さっきは警戒して悪かった)
アリスから知能ある鎧の事は聞いており、実際にアリスが鎧姿に変身するところも目撃している。
だから人工音声の言葉も理解でき、それが本当の事だとも信じられた。
何故なら、その御守りを自分に渡してくれたのは、命の恩人なのだから。
優太は心から感謝する。
助けてくれた御守りと、それをくれた白騎士に。
ー いえ、御気になさらず。マスターを守る事が私の役割なので ー
(それでも感謝するよ。あと、助けてもらった直後で悪いが、頼み事があるんだ・・・どうか力を貸して欲しい。友達を大切な人を守る力を。俺だけの力じゃ今は助けられないんだ)
そして、優太は己の弱さを、悔しさを噛み締めながら乞う。
この白い世界の外では、未だアリス達が必死にオーク達と戦っているだろう。
自分の事を心配をしながら。
今すぐ出ていきたい。
姿を見せ、安心させて戦いに集中させたい。
しかし、今このまま出ていったところでまた足手まといになるだけである。
だから、強さが欲しい。
だから、心から願った。
主人を、友を守る力が欲しいと。
そして、知能ある鎧の答えはーー
ー 回答は『肯定』です。私はマスターの鎧です。マスターに降りかかる幾多の障害を跳ね除け、幾多の願いを叶える力となりましょう ー
(ありがとう)
ー それでは優先項目の登録を順次行います ー
(ああ、よろしく頼む。悪いが急いでくれ。アリス達が心配だ)
ー 回答は『肯定』です。今回は最優先項目のみ登録を行います ー
ー 戦闘状態における鎧の形状登録がありません ー
ー マスターの形象より抜粋します。マスター、『鎧』を思い浮かべて下さい ー
人工音声の言葉に導かれ、優太は『鎧』を思い浮かべる。
足、腰、胴体と次第にイメージが形作られ、自分でも驚くほど短時間で、兜を含めた全身鎧のイメージが仕上がった。
ー 形状登録開完了 ー
その間、知能ある鎧も優太のイメージを抜粋していたようで、彼の中で鎧姿イメージが完成したと同時に、アクティブモードにおける形状の登録が完了した。
ー マスター、最後に私の名称を登録して下さい。それが私の銘となります ー
(名付けか。最初に言われた時から半分は決まってるんだ。あと半分なんだが・・・なあ、セラフィリアス語で『雪』って何て言うんだ?)
ー 『シン』です ー
(分かった、ありがとう。じゃあ、今から君は『シンシア』だ)
アリスとの会話で、『白』をセラフィリアス語で『シア』と言う事を知っていた優太は、知能ある鎧が作り出した、この雪のように白い世界をイメージして、雪白と名付けた。
ー 名称を『シンシア』で登録 ー
ー 登録完了 ー
こうして、『安産の御守り』であった知能ある鎧は『シンシア』という銘を持った。
ー マスター、今後ともよろしくお願い致します ー
(こちらこそよろしく。早速だが、シンシア。力を貸してくれ。主人が、友達が待っているんだ)
ー 回答は『肯定』です。マスターの半覚醒状態を解くと共に、仮戦闘状態から戦闘状態に移行します ー
(頼む)
ー マスターの健康状態問題なし。鎧の性能状態良好。全て問題なし。それではマスター、御武運を ー
(ああ。共に戦おう、相棒!)
ー スタンバイモード解除 ー
ー アクティブモード開始 ー
優太は目覚める。
それと同時に、彼を包み込んでいた白い光の粒子が、彼の身体に張り付くように形作り始め、やがて鎧と化した。
優太は膝をついて崩れていた事を知り、身体の状態を確かめながら立ち上がる。
鎧を身に纏っているが重さは全然感じない。それどころか、普段より軽く感じる。
また、兜を装着しているはずなのだが、視界の広さも普段と変わらず、本当に装着しているか不安になる程であった。
「これが知能ある鎧か」
魔法鎧の凄さを実感した優太は感嘆する。
だが、そうばかりもしていられない。
彼は周囲を見渡してゴブリンの姿を確認する。
しかし、発見した時には既に討たれた後であった。
そうなると、残りは1匹、オークのみである。
優太は遠くにいるアリスと戦闘中のオークを鋭く見据えた。
すると、危険を感じたのかオークの方も突如戦闘を中断して優太側を向き、警戒の色を濃くした。
それに気付いたアリスも彼の姿を確認しーー
その表情が驚愕一色に染まった。
戦闘中、オークが突然別の方角へ視線を向け、そして警戒し始めたので、もしやと思い、アリスも同じ方角へ視線を向ける。
「なっ!えっ?えっ!?」
だが、そこにいたのは予想外の人物であった。
身に纏うは白を基調とした全身鎧。
威風堂々とした立ち姿。
その姿は紛れもなくーー
「白騎士様・・・!?」




