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異世界姫滞在記  作者: いぬがさき
第4章 進む非日常

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月下の剣姫

「異世界のお姫様とお友達・・・雪城君達が・・・」


それが真実なのだと、優太達の表情を見た灯音は察した。

それに、得体の知れない化物と一触即発の状況で、嘘や冗談を言う意味もない。

だが、その現実味のない事実のおかげで、多少恐怖が薄れて冷静になる事ができた。

自分より年下の少女アリスが恐ろしい姿をしたものと対峙しているのを見て、助けに行きたい衝動に駆られるが、行ったところで足手まといになるだけだと、聡明な灯音は知っている。

だから彼女は歯がゆい気持ちを抑え、今の自分にできる最大限の事として、ただただ静かにアリス達の無事を祈る事にした。

ただ、最前線にいる金髪少女の姿を目にした時、どうしても一言溢れてしまった。


「綺麗・・・」


ー 綺麗 ー


優太は自分のすぐ後ろから溜め息と共に溢れたその言葉に共感する。

月明かりの下で輝く銀の鎧は、一切の穢れを打ち払うかの如く神秘的であり、それを纏い、聖約武器である剣を構えるアリスの姿は、強く美しく、まるで神話に出てくる戦乙女のようだった。

優太はつい見惚れてしまう自分に喝を入れ、アリスを見守りつつ、人型のリリと共に灯音の周囲を警戒する。


その姿から相手はゴブリンだと優太は確信していた。

直接見るのは初めてだが、彼は夢で奴らを知っている。

一般的にゴブリンは知能、腕力ともに貧弱で漫画やゲームにおいて雑魚として認識されている。

だが、夢の中のゴブリン達は知能もそれなりにあり、腕力、俊敏性等も高い強敵であった。

夢なので、実際は一般的な認識通りの弱さなのかもしれない。

しかし、優太は予感していた。

あの夢は意味のあるものだと。

現に今、本物のゴブリンと対峙しているのだ。

それに、弱いと決め付けて戦うより、強いと認識し、油断せず戦う方が生存率はぐっと上がるだろう。


全ては無事に生きて帰れるように。

優太は今まさに戦いを始める寸前であるアリスの武運を祈った。

先に動いたのはアリスであった。

相手のゴブリンが負傷している分、攻撃を先に仕掛けやすく、そのまま押し切ろうと判断したからだ。


ー ドンッ! ー


身体強化の魔法もあり、足元のアスファルトを抉り、たった一歩でゴブリンへと肉薄する。

その勢いのまま、アリスは袈裟斬りで斬りかかった。

一瞬で間合いを詰められたゴブリンだったが、その速さと動きを予測していたのか、後ろに大きく一歩引き、辛うじて見える剣先から逃れようとする。

そして、ゴブリンが一歩引くとほぼ同時に、手前数センチの距離を剣の切っ先が鋭く走った。

ゴブリンまで剣が届かなかったアリスの初撃は失敗し、かわしたゴブリンに反撃する隙を与えてしまった。


かのように見えたがーー


ー ブシュウッ! ー


「ギャガッ!?」


ギリギリ避けたはずのゴブリンの左肩から右腰にかけて斜めに、どす黒い血が吹き出す。

当のゴブリンも何故斬られたか分からず、痛みに呻くので手一杯であった。

アリスはそのまま回転し、勢いを加えた薙ぎ払いでゴブリンの上半身と下半身を分断する。

ゴブリンは物言わぬ2つの肉塊となり、地面に崩れ落ちた。


優太はその様子を目を逸らさず最後まで見る。

夢の中で一度見た光景なので、何とか吐き気を堪える事が出来た。

ゴブリンが最初から負傷していたとはいえ決着は早々とついた。

呆気ないように見えるが、アリスの高い戦闘技量があっての事だと、見守っていた優太は感じた。


実戦はまだ2回目であるが、彼女の戦う姿は堂々としており、とても頼もしくみえる。

その後、アリスはしばらく警戒していたが、新たな敵襲がくる様子もない為、ゴブリンが確実に絶命している事を確認し、彼女は剣を血振りする。

その時、月明かりによって刀身が反射し、剣先がわずかに見えた。


「ん?」


血振りの様子を見ていた優太はある事に気付いた。

剣先が見えた時、それより先の何もない空間にも血が滴っていたのだ。


「あ!なるほど!」


その意味が分かった優太は納得して、つい声を溢してしまった。


(辛うじて見える剣先は罠か。本当の剣先はもう少し先で、そして完全に透明なんだな)


優太は剣の造りに感心した。

地味ではあるが効果は先程の通り絶大である。

その武器を効果的に使うアリスを改めて尊敬し、自分も強くなる為に、よりいっそう稽古に励もうと心に決める。


この時、戦闘が無事に終わった事で、優太は無意識のうちに気を弛めていた。

それはアリスも同じで、踵を返して振り向いた彼女は優太達を見て一息つき、安堵の笑顔を向けた。

優太もアリスに笑顔を返し、背後にいる灯音とリリの様子を確認すべく振り返る。

当然、リリ達も安堵の笑みを浮かべているだろうと優太は思っていた。

しかし、リリの姿を見た途端、優太は己の過ちに気付いてしまった。

アリスがゴブリンを屠った時でも、リリは警戒を解かなかった。


それは何故か。


優太が振り返った時でも、リリは真剣な表情で森の方へ注意を払っていた。


それは何故か。


それはーー


「グガァアアアアアア!」


答えは身が竦む程の雄叫びを上げ、森の草木を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。


身の丈2メートル。

筋肉隆々である黄土色の肌に、血のように赤い目を大猪の毛皮の奥に宿す小鬼ゴブリンより強力な化物。


中鬼オークである。

アリスと優太の気が弛んでいる、正に最悪のタイミングで現れたオークは、止まる事なくアリスに突っ込んでいき、右手に持った灰色の得物を躊躇なくアリスに叩きつけた。


彼女は突然の事で反応できず、立ち尽くしている。

そのまま、オークの武器がアリスを脳天から押し潰すかにみえたが、それを一陣の風が拒んだ。

アリスは風に連れ去られ、目標を失った一撃は地面へと打ち下ろされる。


ー ドゴォオオッ! ー


その一撃は周囲のアスファルトを粉々に砕き、小さなクレーターを形成した。


(御無事ですか?アリス様)


その攻撃が及ばない場所までアリスを退避させた風の正体は、本来の姿をしたリリであった。

彼女は先程の戦闘後も森の中から気配を感じており、常に敵襲に備えていた為、すぐに聖獣の姿に戻り行動に移せたのである。


「リリか!?ありがとう、助かったぞ!」


アリスはリリに助けてもらった礼を言うと、意識を戦いの方へ切り替えて、すぐさま戦闘態勢に入った。


(アリス様、私も加勢致します。お気を付け下さい。この魔物は先程のより強いです)


リリの念話にはいつもの余裕が無かった。全身の毛を逆立て臨戦態勢をとっている。

それ程までに、目の前の魔物は強いのだとアリスは察し、更に気を引き締めた。

確かにオークはゴブリンとは比較にならない程強い。

だが、リリに余裕がなかったのは、それ以外にもう1つ別の問題があったからである。

彼女はオークを射殺すような視線で牽制しつつ、切羽詰まった念話で優太に警告した。


(ユータ様!灯音さんを連れてお逃げください!まだいます!)


念話が届くや否や、優太は森の方へ注意を向けると


ー ガサ、ガサッ ー


茂みが揺れる音が聞こえ、そして新たな影が踊り出た。


「ギィヒヒィイ!」


それはゴブリンであった。

乱杭歯を剥き出しにして卑下た笑みを浮かべており、手にはどこで入手したのか、汚れた果物ナイフを持っていた。


オークより強さは劣るが、今の優太にとっては十二分に脅威的な存在である。

夢の中での動きを見る限り、2人で逃げ切る事はほぼ不可能だと優太は考え、せめて灯音だけでも逃がそうと思い、背後の彼女に声をかける。


「先輩、動けますか?今から先輩が逃げーー」


「ギィヒヒ!」


しかし、 伝える時間も与えずゴブリンはナイフを振り上げ優太達へと突進した。


「くっ、この!」


灯音に逃げるよう促す事ができなかったが、どちらにせよ、彼女を守らないといけない為、優太は盾代わりの看板を構えてゴブリンを迎え撃つ。


ゴブリンが俊敏である事は想定済み。

ゴブリンが力強い事も想定済み。

日頃から何度も練習している成果がここで活き、数ある型の中から適切な型を瞬時に導き出すと共に身体が動き、ゴブリンの攻撃が届く前に構える事ができた。

優太が構えたのは、盾(看板)に傾斜をつけた受け流しの型。

正面から相手の攻撃を止めても、盾ごと弾き飛ばされると判断し、攻撃を受け流し、あわよくば相手のバランスを崩す事ができる型を選んだ。


そしてーー


ー ギィイイン! ー


「ぐぅっ!?」


ナイフと看板が擦れ合う不愉快な音が鳴り響く。

ゴブリンの攻撃を受け流したが、それでも衝撃は大きく、優太の口から思わず呻き声が漏れた。

何とか耐えて攻撃を逸らす事に成功し、灯音と供にゴブリンから距離を取ったのだが、その一度の攻撃で看板がボロボロになり、盾としての役割を果たせなくなった。

また、看板を支えていた右腕に痺れが走り、手からは、衝撃で割れた看板の破片で怪我をしたのか血が流れていた。

アリス達の方を確認したが、オーク相手に奮闘中であり、応援は望めそうにもなかった。


(考えろ!何か手があるはずだ!)


絶望的状況でも優太は諦めない。

諦めたら傍で泣きそうになってる灯音を見捨てる事になり、アリスの騎士として彼女の力になる事もできない。

そして何より、優太の憧れる正義の味方は、白騎士は、どんな状況に陥ろうとも決して諦めず、幾多の逆境を乗り越え勝利を手にしてきたのだ。

そんな彼らを目標としている自分が、誰よりも先に諦める訳にはいかないのだ。


(白騎士、力を貸してくれ)


優太は胸ポケットに入っている御守りを服の上から右手で握りしめた。

手から流れる血は思っている以上に多いらしく、胸ポケットを滲ませ御守りの一部を赤く染める。

すると突如、御守りが淡い光を放ち始めた。


「なっ!?」


優太はその現象に驚き、ついゴブリンから目を離して、光る御守りを凝視してしまった。

そして、ゴブリンはその絶好の隙を見逃さず優太へ一気に間合いを詰め


ー ドスッ! ー


汚れたナイフの刃を彼の腹に突き立てた。


「っ!」


刺された優太は2、3歩よろめきながら後退り、激痛に顔を歪めながら崩れ落ちる。

雪城君!と灯音の必死で叫ぶ声が聞こえるが返事をする事もできず、意識も次第に朦朧とし始める。

浮かぶのは後悔と自責の念、そしてアリスの事。


(結局守れなかった。またリリと二人ぼっちにさせてしまう。また傷だらけの世界に戻してしまう。そんなのは嫌だ。もし、望めるのなら、もう一度チャンスが欲しい。今度は絶対に守り抜くから)


その意志に応じてか、御守りの光が一層強くなり次第に白色の光へと変化し始めた。

やがて、御守りは白色の粒子となって霧散し、優太の全身を包み込んだ。


しかし、今の優太はそれを認識する事ができない。

ただ、薄れゆく意識の中


ー 生体認証確認 ー


ー 所有者登録完了 ー


ー 緊急強制蘇生開始 ー


まるでコンピューターの人工音声のような声で、次々と何かの情報が読み上げられていくのが聞こえた。

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