幕間 深い森の中で
時は少し遡り、優太達が戦いを繰り広げた日の深夜、草木も眠る丑三つ時での事。
「はぁっ、はぁっ・・・くそが・・・もどきめ、絶対に殺す・・・!」
街の近郊にある深い森の中、複数の足音とともに怨嗟の声が響く。
声の主はギレ家の次期当主、シュードイラ・アイネス・ギレである。
彼とリュウヤはアリス達が残したメモと証拠品から連続空き巣犯の容疑者として一旦は拘留されたのだが、案の定、ギレ家との裏取引により罪取消しとなって釈放された。
今はセラフィリアス王政府役員の秘書と名乗る男性に案内され、従者として同じく釈放されたリュウヤと共に、疲労した身体を引きずるようにして、街の近くにあるセラフィリアス王国人専用の迎賓館に向かう最中であった。
「はぁっ、ぜぇっ・・・おい、お前!まだ目的地には着かねえのか!?」
「もうしばらくですので、御辛抱下さい」
「ちっ。どいつもこいつも使えねえ奴ばかりだ!」
シュードイラは息も切れぎれに、前を歩く案内人の男に対して苛立たしげに吐き捨てる。
それは完全な八つ当たりであった。
先の戦いでの結末をシュードイラ自身は認めていなかった。
(王女もどきの騎士ごときに敗けやがって!)
自分はあの時、アリスに対して有利であった。彼女を地面に縫い付け、足で踏みつけていたのだ。
そんな状態で敗けるはずがない。
不利になった要因があるとすれば・・・リュウヤだ。
(奴が王女もどきの騎士に敗けなかったなら、もっとアイツを絶望の淵に叩き込む事ができ、あんな姑息な手段[自分の事は棚にあげてシュードイラはそう思っている]をとられる事もなかった。だから、戦いがうまくいかなかったのも、俺の手が負傷したのも全てはリュウヤのせいだ!)
そんな理不尽な怒りがシュードイラの胸内を焦がす。
プライドが高い彼は自身に非があったとは微塵も思っておらず、今は怒りの矛先をリュウヤに向け、あらん限りの罵倒を放つ。
しかし、彼からの返事や反応はない。
その事に対し、更に怒りのボルテージが上がったシュードイラは、後ろを歩かせていたリュウヤに物理的制裁を加えようと振り返った。
しかし、そこに彼の姿はなかった。
つい先程まではシュードイラもリュウヤの姿を確認していた。
そんな彼が忽然と姿を消したのだ。
シュードイラとリュウヤとの距離は3メートルも離れておらず、暗いとはいえ月明かりで普通に歩く分には問題ない為、はぐれたにしてはおかしい。
そして、何よりおかしいのはこの場所である。
案内人である秘書に付いて来たが、迎賓館までの道のりが長すぎる。
しかも周りは木々が生い茂る深い森である。
本当にこの先に目的地があるのだろうか?
「おいーー」
ー ズブリ・・・グチャ・・・グチャ ー
ー ゴキッ!バギバキ、ボキ!・・・グジュリッ、ズルッ! ー
ー クチャッ、グチャ、ゴリッ、クチャッ ー
シュードイラが案内人の男を詰問しようとした時、少し離れた草むらから何かを刺し抉る音、次いで折れる音と引きちぎる音、そして、咀嚼音が響き渡った。
その音のどれもが、ただただ不快で、そして、むせ返る程の血と臓物の匂いを伴っていた。
「・・・おい、これはどういう事だ?」
突然の事で唖然としたシュードイラだったが、瞬時に状況を理解し、鳴り止まぬ不快音の中、今度は溢れんばかりの殺気を伴って、案内人へ詰問した。
「・・・はあ、我慢しろって言ったのになあ。なあ?」
案内人は口調を一変し、振り向きながら、返答になってない返答をシュードイラに返す。
シュードイラは案内人に興味がなかったので、出会ってから顔をまともに見ていなかったが、敵と認識した今、初めて案内人の男と顔をまともに合わせた。
男は40半ばくらいで、背は平均より少し高く、身体は引き締まっており、狂犬のように目がぎらついているのが印象的であった。
また、肩ぐらいある男としては長めの黒髪が風に揺れた時、隠れていた頬が見え、そこには刃物で切られたかのような、うっすらとした傷痕があった。
「俺様の問いにだけ答えろよ、殺すぞ」
「殺すなら、言葉で言うより先に殺しにくるのが常識だぜ、坊っちゃん」
男はシュードイラの警告を無視し、卑下た笑みで彼を小馬鹿にする。
「俺様を馬鹿にするな!交戦開始!」
激昂したシュードイラは再び、疲労した身体に橙色の鎧を身に纏って戦闘態勢に入った。
「レムントッ!聖約武器!」
更に黒鉄色の戦斧を呼び寄せ、いつでも攻撃を仕掛けられるよう構えを取る。
「知能ある鎧に聖約武器か。めんどくせえな。まあ、俺がやる訳じゃないからいいか」
いつシュードイラの斧の餌食になってもおかしくない状態にも関わらず、男は余裕の表情を見せ、防具や武器はおろか、戦闘の構えさえ取らずに呟く。
明らかに見下されている状況に、いよいよシュードイラの怒りが頂点を突破し、無防備な男を攻撃しようと一歩踏み込む。
その時だった。
ー べちゃっ。ずるり・・・ボトッ ー
不愉快な音の発生源である草むらの茂み辺りから、何かが飛来して鎧の背に当たり、そのまま地面へとしたたり落ちた。
ー 見てはいけない ー
本能が警鐘を鳴らしていたが、つい反射的にシュードイラは落ちたものを確認してしまう。
「うぐっ!」
『それ』を見た瞬間、彼は後悔と猛烈な吐き気を催した。
『それ』は覆面のようなものであったが、しかし、明らかにそれとは別のものであった。
何故なら『それ』は本物の人間の『顔の皮』だったのである。
無理やり剥がれたその顔皮は、所々に肉片や血がこびりつき、また、頬の一部が食いちぎられていた。
そして、そんな痛ましい姿に成り果て、かつて眼があった双穴でシュードイラを見つめる顔皮は紛れもなくリュウヤであった。
アリス達の世界、クリシュナが誇る七雄国の中でも、勇猛果敢と名高いセラフィリアスでは、戦争等の有事の際、古い時代から王侯貴族が戦場に立って指揮を取っていた。
その伝統を受け継ぐ現代でも、大部分の家では、戦場等の凄惨な場においても冷静な判断ができるよう、幼い頃から精神的負荷に耐える訓練が施されていた。
もちろんギラ家でも行われており、シュードイラも次期当主として幼い頃から教え込まれている。
しかし、たとえ訓練していたとしても、本能的な嫌悪感や恐怖は、完全には拭い切れない。
ましてや、今見た惨たらしいものは、つい先程まで共に行動していたリュウヤなのである。
歴戦の戦士ならともかく、今日初めて実戦経験を積んだばかりのシュードイラが冷静でいられる訳がなかった。
彼は何とか嘔吐するのは堪えたが、身体の疲労だけでなく、精神も揺さぶられてしまった。
そして、追い打ちをかけるように、シュードイラの背後からリュウヤの顔皮を投げ付けた張本人が姿を現す。
草むらから突如現れたその者は、深緑色の肌に尖った耳をしており、禿げ上がった頭部にヤギのような黄色の眼と四角い横長の瞳孔を携えていた。
ボロ布を身に着けた上から錆びついた胸当てを着けており、手には錆びついた短剣と何らかの肉塊を持っている。
口の中に見える乱杭歯を剥き出しにして嘲笑いつつ、時折、肉塊を頬張るその醜悪な姿は、まさしく『小鬼』であった。
「なっ!?・・・こいつ、ゴブリンか!?大昔の戦争後に魔界の化物達は一匹残らず駆逐したはずじゃ・・・?」
現代にいるはずのない魔物が現れた事による驚愕で、一瞬吐き気を忘れたシュードイラは疑問を口にする。
「さあて、どうだかな?逃げ延びた個体もいるかもしれないし、どっかの国が匿った可能性もあるかもな。まあ、どうであれ坊っちゃんには関係ねえ話だ。」
相変わらず男は、余裕のある飄々とした態度で雑に答えると、一旦言葉を切り、悪意のこもった意地悪い顔でシュードイラに告げた。
「どうせすぐに死ぬんだからな」
「ゲヒャーッ!」
「っ!」
男の言葉を皮切りにして、肉塊を投げ捨てたゴブリンが、次はお前の番だというように短剣を振り上げ、シュードイラ目掛けて突っ込んでくる。
「ゴブリンごときがぁっ!」
シュードイラは戦斧を構えて迎え撃つ。
身体も精神も疲労していたが、群れるだけが取り柄の、力も思考も粗末な魔物として認識されているゴブリンごときなら問題ないと侮っていた。
それなのにーー
ー ガキィイイイイン! ー
「ぐぅっ!?」
手筈ではゴブリンの短剣を戦斧で受け止め、力任せに返し押し、体勢が崩れたところを斧で叩き伏せるつもりであった。
しかし、短剣を正面から受け止めた時からその思惑は大いに外れてしまった。
知能ある鎧には、身体強化の魔法が施されている。
この魔法は装着者の身体能力を強制的に引き上げるもので、戦闘時においては身体への負担が大きく、体力を大幅に消耗する。
また、装着者や鎧が活動限界に達すると鎧が強制的に解除されるようになっていた。
シュードイラは先の戦闘や鎧の使用により、大きく疲労していたが、伝承通りのゴブリンなら、鎧や身体が活動限界域になるまで、まだ余裕があるはずであった。
しかし、である。
伝承と違いゴブリンの力が異常だったのだ。
黒鉄の戦斧と競り合う錆び付いた短剣を押し返せない。
それどころか、ジリジリと押され始めている。
「何で!ゴブリンごときが!こんな馬鹿力なんだよ!」
シュードイラは悪態をつきつつ、迫りくる刃を必死で防ぐ。
先程から聖約武器の磁力を使用しているが、錆びで効力が薄いのか、短剣が磁力の効かない材質なのか、磁力が十分な効力を発揮できずにいた。
その為、純粋な力比べとなっており、シュードイラの方が不利な状況に陥っている。
「何を勘違いしてやがる」
その様子を楽しげに眺めている男が、心底面白いとでも言うように、シュードイラを小馬鹿にして告げた。
「小鬼だぞ?劣等種とはいえ鬼の血を持つ魔物だ。オツムはともかく非力な訳ねえだろ」
「ゲヒャッ!」
ゴブリンは更に力を加えて、シュードイラを組伏せようとする。
乱杭歯の隙間から血とヨダレが流れ出して、尖った顎を伝ってボロ布にポタリポタリと落ち悪臭を放つ。
ゴブリンの濁った眼差しは、シュードイラを組伏せて息の根を止めた後、思う存分に食らい付く事しか考えていないようであった。
男はその様子をニヤニヤしながらゴブリンを諌める。
「おい、コイツを殺しても良いが食うなよ?コイツの死体には大事な役割があるんだからよ」
「ゲヒィ」
諌められたゴブリンは若干やる気を失い、無意識のうちに少しだけ力を緩めた。
シュードイラは自身が死ぬ事前提で話を進めている男とゴブリンに対する怒りを爆発させた。
「クソがぁああああ!」
怒りに任せて力を込めた結果、瞬間的に限界以上の力を発揮する事ができ、ゴブリン側の力の緩みも相まって、短剣を押し返す事ができた。
油断していたゴブリンは勢いに押し切られてバランスを崩す。
その隙を逃さず、シュードイラはゴブリンの足を蹴り転倒させる。
「ゲヒーー」
転倒し悪態を付きかけたゴブリンだったが、言い終わらないうちに、シュードイラの憤怒を纏った戦斧の一撃が脳天から降り注ぎ、原型を留める事なく押し潰された。
「はぁっ、ぜぇっ・・・ざまあみろ・・・」
ゴブリンを討ち倒したシュードイラは、疲労困憊で息も上がりきっていた。
鎧や身体も活動限界域に達しかけているが、残るは傷顔の男のみで、見たところ先程のゴブリンよりも力があるようには見えない為、戦闘を続行する事に決める。
「おい・・・次はテメエの番だ。せいぜい泣いて命乞いしろ!」
勝利の高揚もあって、勢いづいたシュードイラは男に言うが早いか、戦斧を脇に構えて突っ込んでいく。
体力の限界もあって動きは鈍いが、生身の身体よりは圧倒的に早く、瞬く間に男との間合いを詰めた。
突進の勢いのまま、シュードイラは構えた戦斧を男目掛けて全力で薙ぎ払う。
間合いを詰めた時、男はまだ構えてもいなかった。
その状態からはさすがに避ける事も受ける事も不可能である。
(今度こそ、ようやく終わりだ!)
シュードイラは全てを終わらすように全身全霊で以て薙ぎ払った。
彼の魂の一撃は男の胴体に吸い込まれーー
ー ガギィイイイイイイン! ー
なかった。
薙ぎ払いの一閃を阻むものがいたのだ。
そのものは、薙ぎ払う直後に男とシュードイラの間に割り込み、錆びだらけの大剣で黒鉄の戦斧を受け止めた。
乱入者の正体は、深緑色の肌に尖った耳、禿げ上がった頭部にヤギのような黄色の眼と四角い横長の瞳孔、そして剥き出しの乱杭歯。
そう、ゴブリンである。
「なっ・・・」
最高の一撃を防がれた、ゴブリンが新たに現れた。
それらの衝撃は凄まじく、シュードイラは絶句し立ち竦んでしまう。
そんな隙だらけの身体にゴブリンの当て身をくらい、大きく吹っ飛ばされて地面を転がった。
「おいおい、何忘れてやがる」
地面に倒れたシュードイラに対し、男は追い打ちの絶望を告げる。
「小鬼は群れる魔物だぞ。一匹でいる訳ねえだろ」
ー ギャヒヒ、ゲヒャ、グェヘヘヘ ー
様々な嘲笑をあげながら、木々の間や草むらから次々とゴブリン達が姿を現した。
その数は10を超える。
戦う前までならば、ゴブリンごとき数が多かろうが問題ないと高を括っていただろう。
しかし、奴らを知ってしまった今は違う。
その数は絶望でしかない。
「グゥッ、ぜぇっ、・・・くそったれ・・・」
シュードイラは立ち上がりもせずに悪態をつく。
度重なる疲労と絶望で彼の心は折れかけていた。
(どうしてこうなった・・・?)
幼い頃から今までの記憶が走馬灯のように一瞬で駆け巡る。
ギレ家はセラフィリアス王国の貴族家の中でも古い部類であり、その長男として、何不自由なく、それでいて家名に恥じぬよう一生懸命頑張ってきた。
歴史と権力がある家柄の特権として、好き勝手に振る舞っても許され、また、そう教えられてきた。
だからこそ、日々の辛い鍛練も耐えられてきた。
全ては欲望の為に。
日本を成人の儀式の場として選んだのも、日本人と騎士契約して箔をつけるという、ちょっとした欲望の為であり、軽い気持ちだったのだ。
なのに何故。
(・・・もう良い・・・もう疲れた)
アリスに糾弾され、そして、戦いに決着がついた場面がフラッシュバックしたところで、シュードイラは考える事も放棄し、やがて近く訪れる死を待とうとした。
生を諦めた気配を察してか、ゴブリン達がニタニタしながら彼に近付いてくる。
しかし、そんなシュードイラやゴブリン達の行為を許さない者がいた。
(どうした、物分かりの良い事をして。わが主らしくもない)
力強い声がしたかと思うと、次の瞬間、シュードイラとゴブリン達との間に巨大な魔方陣が浮かび上がった。
その声の主は、自発的に出現してはいけないというシュードイラとの契約に背いて、馳せ参じようとしている。
地鳴りと共に激しく地面が揺れ、シュードイラに近付いていたゴブリン達の内、数匹が尻餅をついた。
残りのゴブリン達も、転倒しないように身体を支えるのが精一杯で、それ以上シュードイラに近付く事が出来ない。
やがて、魔方陣からシュードイラの使い魔が姿を現す。
全長10メートルを超し、大小様々な岩をその身に纏い、城壁さえ易々と崩せそうな2本の雄々しい角を持った破城岩牛。
その名は『オーディス』。
(下郎ども!わが主に近付くな!)
ー グォオオオオオオオ! ー
出現して開口一番、オーディスは雄叫びと共に、持ち上げた片方の前足を地面に打ち下ろす。
直後、強い揺れと衝撃が地面を走った。
ー ズゥン! ー
契約違反の代償で力を削がれ、数匹を弾き飛ばしたに留まったにも関わらず、威風堂々とした振る舞いでオーディスはシュードイラを守るように立つ。
「オーディス・・・?何で自分から出て来た・・・?」
(いや、わが主が珍しい事をしていたのでつい気になってな。して、わが主よ。そなたはいつまでらしくない事をしているのだ?)
からかうようにオーディスはシュードイラに念話で話し掛ける。
「・・・うるせーな。こんな時まで説教かよ。俺様に口答えするのも契約違反だ。もっと力を削がれるぞ」
(なに、このぐらいのハンデがあった方が戦り甲斐がある。それよりもわが主よ、そろそろ起きぬと危険だぞ?)
「あぁ?・・・もう今さら起きたところでどうしようもないだろ」
(おやおや。わが主らしくない発言までもして、今夜は槍でも降るかもしれぬな)
「ちっ。お前いったい何しに出て来たんだよ」
使い魔、オーディスによる先程からの言動に、シュードイラは苛立ちを募らせる。
それと同時に、怒りの方に気持ちが移っていき、少しずつ疲れを感じなくなってきた。
(わが主が、立ちはだかる巨大な壁を前にして、どうする事もできずに泣きそうになっていたのでな。ついついからかいたくなって出てきた)
「誰が泣きそうだって?嘘言うんじゃねえ。殺すぞ」
からかいを止めて、オーディスは真剣な声音で、シュードイラに想いを語る。
(これは失礼。我に暴言を吐ける分には調子が戻ってきたようで何より。・・・わが主よ。そなたと使い魔契約を結び、5年の歳月を共に歩んできた。だからこそ我は、そなたが一見、面倒臭がりで、身勝手な人間に見えるが、その実、諦めが悪く、努力家な男である事を知っている。これまでも大小の困難を足掻きに足掻いて、乗り越えてきた事も知っている。・・・わが主よ。今回の壁は少し高い。諦めたくなる気持ちも、手を放したくなる気持ちも分かる。しかし、乗り越えなくてはならない。そして、そなたならそれが出来る)
「・・・好き勝手言いやがって。奴らの力を見たか?
あれは異常だ。鎧の強制解除も近いし、どうせすぐ殺されるのがオチだ」
(それでもだ。手放しての死なら心までゴブリンどもに屈した事になる。屈辱的で完全な敗北だ。だが、戦って死ぬのなら、心は守られる。たとえ肉体が敗北しようとも、心は敗北などしていない。そもそも肉体も敗けない可能性もあるがな)
「・・・どうあっても、お前は俺様を戦わせたいんだな」
(わが主と共に戦うのが我の本懐だからな。使い魔としてではなく、そなたの・・・一友人として)
「・・・お前までもどきに触発させられるとはな。はあ・・・段々アホらしくなってきた。今の力が無いお前はただのデカ物でしかねえんだから、せいぜい俺様の盾になれよ。・・・俺様の友人なら、それぐらい屁でもねえだろ」
(おお、友人と認めてくれるのか!良く言った、それでこそわが主!初めて会った時、粗相したそなたが良くここまで)
「うるせーよ!いつの話をしてるんだ!・・・まあ良い。説教はこれを終わらせてからだ」
(ほう、戦う気どころか、勝つ気に溢れているな)
「たりめえだ。戦るんなら勝ちにいくに決まってんだろ。それに、考えてみりゃゴブリンごときにただ殺られんのも癪だしな」
(その意気だ、わが主よ。なに、たかだか力があるだけの雑魚達だ。我とそなたが力を合わせれば怖れる事など何も無い)
「俺様だけでも十分だがな。でも、まあ・・・オーディス、背中を任せる。頼んだぞ」
(っ!・・・今日は本当に何と珍しい日だろうか!
御意、わが主、いや、シュードイラ様。何人たりともあなた様の背中は取らせません!)
心身ともに疲労困憊、頼りの使い魔は大きく力を削がれている。
そんな圧倒的絶望の中、しかし、シュードイラ達の戦意は炎のように燃えたぎっている。
一方のゴブリン達も、新たな獲物が増えた事で、再びやる気に満ち溢れた。
オーディスについては、男から何の指示もないので好きに出来る。
しかも、力が削がれているので殺すのも容易い。
ゴブリン達の欲望が渦を巻き、包囲網をジリジリと縮める。
そして、お互いの攻撃範囲が接した今、文字通り死力を尽くした戦いが始まった。




