もうひとつのハチ公物語「八重とハチ」第五話 秋田犬の子犬
英三郎と八重は渋谷で同居を始めて九年が過ぎた頃、知人から秋田犬の子犬をもらうことになった。
子犬は生後二カ月で上野家にやって来て、「太郎」と名付けられた。
秋田犬は大型の犬で成長が著しく、太郎は生後二カ月ですでに体重が八キロ近くあった。ころっとした体に手足が短く太く、耳がまだ垂れているところがなかなか愛らしい。
しかし、どこか日本犬らしい凜とした顔立ちをしている。
まだおぼつかない足取りで庭を探索する太郎に英三郎は言った。
「太郎は元気だなあ。好奇心でいっぱいだ」
八重は、
「たくさん食べて、うんと大きくなってね」
と毎日声をかけた。
八重は、残った味噌汁にご飯や小さく切った肉や野菜を混ぜて太郎に食べさせた。
英三郎は学者らしく分析口調になって言う。
「この三角の耳がこれからぴんと立ってくるんだよ。ちょっと前に傾いてるのが良い秋田犬の条件らしい。それにこの巻き尾を見てごらん。くるりと巻いて背中の上に乗っかってるよ」
八重は秋田犬がどれぐらいの大きさになるのか想像もできないでいる。
「さぞかし立派な犬になるんでしょうね。でも、今のこのお顔もずっと見ていたい気がしますわ」
秋田犬の成犬は少しつった細い目をしているが、太郎の目はまだ円くて黒目勝ちだ。
八重は暇がある時には太郎のそばにしゃがみ込んで、無垢なその顔を眺めていた。
英三郎は時折自宅に教え子たちを呼んで食事を振舞うことがある。
太郎がやって来た数日後にも数人の教え子たちが訪れた。
彼らは見たこともない子犬の愛らしさに声を上げ、代わる代わる太郎を抱いたり、若者らしく軽いちょっかいを出したりした。
中でも、大の犬好きと自分で言う田中正男が一番太郎に興味を示した。
「僕の田舎の実家にも犬が三匹います。親が犬好きで昔から何匹も飼ってきたんですよ」
英三郎は笑顔で答えた。
「そうなのかい」
「本当に可愛いですね。僕もいつか大きい犬を飼ってみたいなあ。こんな犬がいたら、ずっと家にいたくなりますね」
正男は小さな太郎を何度も抱っこして頬ずりした。
その様子を見た英三郎は、
「会いたければまた来ればいいさ」
と嬉しそうに言った。
「はい、また会いに来ます!」
正男の即答に教え子たちが笑った。英三郎も笑った。
八重はそんな英三郎を見て、太郎をこの家に迎えて本当によかったと思った。
ところが、太郎に異変が起こった。
急に元気がなくなり、食欲も落ちたのだ。
八重は心配になった。
「どこか具合が悪いのかしら…」
二、三日が経っても太郎は良くならない。
英三郎は太郎を玄関に入れて、毛布を重ねた上に寝かせた。
太郎は体が少し熱く、時々下痢も起こした。
英三郎は太郎の様子を見ながら八重に言った。
「もう少し様子を見て良くならなかったら獣医大学の病院へ行こう」
大正時代には、動物病院は牛や馬などの家畜や、軍馬・競走馬などの大型動物の治療が中心だった。
犬や猫などの小動物が病気になった時にかかる専門の病院はなかった。
もし重症になって病院にかかるとすれば、獣医大学の附属病院に連れて行くしかない。
翌日、嘔吐もし始めた太郎を、英三郎は獣医大学の病院に連れて行った。
太郎を診た医者は目を伏せて言った。
「残念ですが、ジステンバーにかかってしまったようです。ここ数日が…ヤマだと思ってください」
ジステンパーと聞いて英三郎と八重は絶句した。
「……」
犬のワクチンや予防注射がなかったこの時代には、現代ならワクチンで防げるような致死性の高い感染症にかかって、子犬や若い犬が命を落とすことが多くあったのである。
英三郎と八重は太郎のそばに座って祈った。
数日間、徹夜で看病をした。
「太郎、どうにか助かってくれ」
「神様、どうか太郎を助けてください」
だが太郎の容態は悪化し、けいれんを起こし、意識を失っていった。
「太郎!」
「太郎!!」
二人の声は届かず、太郎は息を絶えた。
発病から一週間だった。
英三郎と八重は動かなくなった太郎の体を触りながらすすり泣いた。
二人は太郎の亡骸を庭の桜の木の下に埋めて、小さな墓標を立てた。
見上げれば、早い秋の訪れに葉が少しずつ色を変えていた。
二人で縁側に座って、太郎がいなくなってがらんとした庭を眺めた。
時間が経って、少し気持ちが落ち着いたのか、八重が思い出してぽつりと言った。
「太郎は本当に早く大きくなりましたね」
英三郎もまた、太郎と過ごした数カ月を思い出していた。
「ああ。どんどん重くなって抱っこするのが大変だった」
八重は声を震わせた。
「でも楽しかったですね。太郎がいるだけで」
「そうだな」
「私の何がいけなかったんでしょうか・・・」
「八重は何も悪くない。きっと太郎の運命だったんだよ」
英三郎は八重の肩を引き寄せた。
太郎を失って自分自身もとてつもなく悲しいが、それ以上に、八重の悲しみが早く癒えることを願う英三郎だった。
その後、英三郎は大学での仕事に没頭した。
八重も茶道の仕事になるべく集中した。
だが悲しみはなかなか癒えなかった。
帝大の教え子たちは、上野先生の意気消沈の様子を目の当たりにして辛く思った。
先生の家で太郎と遊んだ教え子たちはなおさらだった。
その中でも、何回か上野家を訪れた田中正男は太郎の死を心から悲しみ、先生の悲しみも肌で感じていた。
正男は先生が太郎の話をする時の幸せそうな様子を知っていた。
先生は熱を込めて秋田犬の魅力を語っていた。
子犬の太郎がこのあとどんなふうに成長していくのかを本当に楽しみにしていた。
英男は思った。
なんとかして先生を元気にすることはできないだろうか。
そして、あることを思い立った。
「そうだ! 秋田だ!」
英男は上野先生の教え子の先輩で、秋田県に赴任した間瀬に連絡を取ることにした。
「間瀬さんにお願いしてみよう」
農業土木工学の権威である英三郎の教え子たちは、卒業後、全国各地に赴任していた。
正男は秋田県庁に勤める間瀬に電話をし、事情を説明して、こう言った。
「間瀬さん、秋田犬の子犬を譲ってくれる人がいたら連絡をいただけませんか?」
「分かった。色々声をかけておくよ。先生のためなら何でもやるよ」
間瀬の返事に喜んだ正男は早速上野先生に話した。
「秋田の間瀬さんに秋田犬を譲ってくれる人がいたら連絡をくれるように頼んでおきました」
英三郎はとても喜んだ。
「ありがとう。八重もきっと喜ぶよ」
話を聞いた八重も、できればもう一度秋田犬を飼いたいと思っていたので喜んだ。
「太郎にはもう会えないけど、太郎の分まで大事にしたいですね」
「…そうだな」
しかし、本場の秋田犬は希少な存在であり、ほとんどは秋田で育てられ、東京に出せるものは少なかった。
英三郎も正男もそのことを忘れていたところ、一年後に間瀬から連絡が入った。




