第7話
日本屈指の広さ、難易度を誇る『ダイバーギルド本部ダンジョン』か。
地下二千メートル以上、広さは中規模の町が一つすっぽり入る広さ……というのが、現在わかっている情報だ。地下二千メートル……とんでもない深さだな。
「……デッラルテでは、ドワーフ族が地下三千メートルの岩盤を砕いて町を作ってたっけ。一度行ったけど……正直、二度と行きたくない」
地下千メートルほどで摂氏百二十度くらいの気温だった。どうやらマグマが流れていたみたいだけど……天然サウナの中を歩いているようで不安だった。
現在、俺がいるのはEエリア7番区画地帯。通称E7区画だ。
俺は、清掃ギルドでもらったマップを手に、右目の『アナライザー』に記憶させる。すると、レンズにマップが表示される。
『ゴアアアアォオオオ!!』
「なになに、ダイバーギルド本部ダンジョンは、地下四百階層まであり……いや、その先に進んだダイバーがいないのか。そして、階層ごとにエリアも変わる……基本的に、エリアはAからZエリア、区画は1~24区画まで……って、頭痛くなるな」
『アギャアアア!!』
『グゲッ!?』
周りがうるさいな。
現在、俺はゴブリンの集団に囲まれていた。
だが、俺の周りを飛び回る、四十センチほどの『剣』が、ゴブリンの脳天を正確に射抜いていた。
「『追尾剣ロカカ』……雑魚相手では、こっちのが楽でいいな」
追尾剣ロカカ。デッラルテで手に入れた呪いの魔剣。
常に所有者の周りを飛んでおり、所有者に敵意を向けた相手の頭、心臓を狙って飛ぶ。しかもその速度は時速数百キロ……所見ではまず回避は難しい。
最後のゴブリンの脳天を射抜いたところで、俺の元に戻って急停止。俺はゴブリンを無視し、マップを見ながら進む。
「……とりあえず、今日はこの世界のダンジョンがどういう場所なのか、デッラルテと同じなのかを確認しなきゃな。同じなら……ん」
「あん? なんだお前、ソロか?」
前から、数人のダイバーが来た。
俺と同い年くらい……っていうか、さっき清掃を依頼した新人だ。
新人たちは俺をジロジロ見る。
「なんだ、その装備? レア装備か? どこの企業のヤツだよ」
「馬鹿。いきなりタメ口じゃん。年上かもしれないでしょ?」
「あはは。ごめんなさいね、あたしらダイバーになったばかりでさぁ」
「……すまんな」
どうやら、舐めた口調なのはリーダーっぽいやつだけのようだ。
俺は軽く会釈し、その場を去ろうとする……が。
「おい待てって。その剣なんだ? すっげ、浮かんでんじゃん。どこの企業のだ?」
「……」
「おい、無視すんなって。お前、ダイバーランクは? オレらはF級」
「……」
ダイバーライセンスを見せてくる。
俺はそのライセンスをジッと見た。すると、リーダーが言う。
「おいおい、ライセンス見せたんだ。そっちも提示しろよ。ダイバーの常識だろ?」
「……」
そういや、ダイバー同士、挨拶するときはライセンスを提示するとか何とか……しまったな。当然だが俺、ダイバーライセンスなんてもってない。
そんな時だった。通路の奥から、オオカミの群れが襲い掛かって来た。
「げ、ウルフだ!! くっそ、数多いしめんどくせえ、逃げるぜ!! あんたも逃げろよ!!」
四人は一目散に逃げだした。
俺はライセンスを提示することがなくなり安堵。向かって来るウルフに、右手を向けた。
「解放──『増殖剣メギストス』」
魔法陣から、大量の剣が一気に射出される。
それらは向かって来るオオカミの頭部、身体に突き刺さり、断末魔を響かせた。
メギストス。三秒に一度分裂する剣。一度使用すると消滅する剣で、ウルフに突き刺さると役目を終えたように消滅する。
「この辺の敵は雑魚だな。やはり、下階層に行かないとレベルがわからん……」
あのオオカミみたいな魔獣、デッラルテでも見たが……オオカミみたいな魔獣の区別はつきにくい。
デッラルテと地球、ダンジョン同士の共通点。
十年の経験からすると……ダンジョンの構造は、デッラルテと相違ない気もする。
「……とりあえず、今日はここまでにするか。引き返して……」
と、踵を返そうとした時だった。
脇道から、女四人のチームがいきなり現れた。
ギョッとする。なぜなら、その女の一人は、今日の入学式で隣だった……霧氷刹那だった。
「どうやら、あの『ポータル』はハズレね。Eエリアまで飛ばされたわ……あら」
目が合った。
すると、霧氷刹那の前に二人、後ろに一人が守るように出た。
「お嬢様。お下がりください」
「おいお前。ダイバーライセンスを提示しろ」
「…………怪しい仮面」
ポニーテールの女、ショートヘアで拳を構える女、盾を手にした女が警戒する。
全員、敵意を剝き出しにしている。俺、そんなに怪しいか?
無言でいると、ポニーテールの女がライセンスを提示した。
「最近、ダンジョン内で略奪行為が頻繫に起きている。ダイバーとダンジョン内で遭遇したら、ライセンスを提示するのが決まり事だ。貴様、なぜライセンスを提示しない」
他の三人もライセンスを提示した。
まずい。略奪行為ってなんだ? まさか、疑われている?
今、手元にあるのは清掃人の身分証だけだ。どうする、どうする。
「これが最後だ。身分証を出せ」
「…………」
俺は、ポケットから『身分証』を出し、ポニーテールの女に見せた。
『アナライザー』でポニーテール女の身分証を分析し、異空間に収納してある『複写剣ゼンゼ』の力を使い、身分証を偽造した……複写の力、あまり戦闘では使わないと思ったけど、まさかのところで役に立った。
女は身分証をジッと見て、霧氷刹那に小さく頷く。すると、ようやく警戒を解いた。
「A級ダイバーが、ソロで、しかもEエリアで何をしている? まさか、お前もハズレのポータルで飛ばされたのか?」
何を言ってるんだ? ポータル……ああ、ダンジョン内にある転移装置か。
とりあえず頷く。すると、霧氷刹那がポニーテールの女の前に出た。
「ソロでA級とは、なかなかの強さのようですね。装備も……初めて見るモノばかり。どこの企業と契約を? 教えてくださらない?」
「お嬢。気になったモンを知りたがるクセ、やめなって何度も言ってるじゃないスか」
「……好奇心旺盛」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
なるほどね……そういや、入学式の時もパンフレット気にしてたし、バイトのことも知りたがってたな。
俺は小さく言う。
「……すまないが急いでいる。失礼させてもらう」
マスクは変声機にもなっているので、俺じゃない声が出た。
そのまま、霧氷刹那たちと別れようとした時、霧氷刹那たちが出てきた穴から、巨大な魔獣が突進してきた。
いきなり現れた。
一瞬だけ思考する。
回避は容易だが回避すれば俺の後ろにいる霧氷刹那たちに激突する。イノシシ、でかい、アフリカゾウ並、速度はイノシシ以上、四人は気付いたが動きが遅れている。
──やむを得ない。
「『召喚』」
右手から、増殖剣メギストスが発射され、イノシシの額に三本突き刺さり、横から一斉に放ったメギストスが、イノシシを真横に吹っ飛ばした。
「……なっ、今のは」
霧氷刹那は、腰に下げてある剣の柄に触れていた。
その気になれば、俺が回避しても両断していたかもしれない……と思ったが、その考えに意味はない。
ポニーテールの女が驚いたように言う。
「貴様、今のは……エレメントの力、なのか」
「……」
ポニーテールの女が言う。
「どうやら、我々の使ったポータルを経由して、下層から転移してきたようですね……移動には便利ですが、下級のダイバーが魔獣と遭遇すると危険かもしれません」
「うし、潰しておこうぜ」
ショートヘアの女は、盾の女を連れてポータルへ。
霧氷刹那はぺこりと頭を下げた。
「助けていただき、感謝します。それにしても……エレメントの力にしては、妙な感じですね。今のは、剣?」
「…………急いでいる。じゃあ」
俺は詮索される前に、さっさと霧氷刹那から離れるのだった。
◇◇◇◇◇
急ぎ、清掃ギルドのゲートへ向かった。
すると、ゲート前でハイジ、サブさんと合流。
「あれ、逢魔くん? まだダンジョン内にいたんだ」
「ああ。散歩してたら、けっこう時間経っちまった。ただの横穴だけど、普通に散歩するだけでも楽しいな」
「ははは!! まあ、一般市民はまず入ることができない場所だからね。さあさあ、今日はここまでにしよう」
三人でゲートに入り、事務所に戻る。
すると、朱美さんと課長のガンモさん、受付の佐藤さんがいた。
何やら、深刻そうな話をしており、俺たちに気付くと小さく笑みを浮かべた。
「お疲れ!! さあ、今日はもうあがっていいぞ。サブくん、キミは少し残ってくれ」
「はい、課長。では二人とも、佐藤さんから今日の日当を受け取ってくれ。では、また明日」
サブさん、朱美さん、ガンモさんは事務所の端で何か話し始めた。
俺、ハイジは佐藤さんから給料を受け取る。
好奇心から、俺は聞いてみた。
「あの、佐藤さん……何かあったんですか?」
「え? ええ、まあ……うーん、気になる?」
「まあ、あんな風に深刻な顔で話してるのを見たら。なあ、ハイジ」
「う、うん……」
佐藤さんは、チラッと課長を見て、すぐに俺たちを見て言う。
「そうね。隠すことじゃないし……実は、ダンジョン内に新しいエリアが発見されてね。そこが自己修復機能がないエリアなの。清掃人の仕事なんだけど……地下百七十階にある危険エリアに行かなくちゃいけないのよ」
「それの、どこか問題が?」
「ええ……実はね、その……清掃に行く人が、いないのよ」
「「……いない?」」
ハイジと声が被ってしまった。
佐藤さんは苦笑して言う。
「アルバイトのキミたちに言うことじゃないけど……清掃人って重要な仕事の割には軽視されてるから、やり手があまりいなくてね。危険個所の清掃なんてやる人はいないのよ。それこそ、朱美ちゃんや課長、サブさんは別だけどね。サブさんか、朱美ちゃんが行くことになると思うけど、百階層以降の魔獣は大型種が多くて、手が回らないのよ。だから、あと二人ほど手伝いがいればね」
朱美さんと、あと二人。
そして、百階層より下に行くチャンス。
「それ、俺でも行けますか?」
「え?」
「お、逢魔くん!?」
すると、話を聞いていたのかガンモさんたちが俺たちの方を見た。
佐藤さんは続ける。
「……一応、護衛は付いているけど、危険よ? アルバイトに任せることじゃ……」
「何か、特別な仕事とかありますか?」
「いえ……とくには。通常の清掃業務と変わらないけど」
「だったら、俺が行きますよ。いちおう、アルバイトですし……掃除はやります。な、ハイジ」
「うん。って……えええええぼぼ、ボクも!?」
驚愕のハイジ。俺はハイジの背中をバシッと叩く。
「大丈夫だって。護衛も付くしな」
「ううう、でもでも……」
「はっはっはっはっは!! 聞こえたぞ逢魔くん、ハイジくん。百七十層の清掃、行ってくれるのかい?」
「行きます。清掃、面白いんで。それに百七十階層の魔獣とか見てみたいし、解体してみたいです」
まあ、冗談だが。
ハイジは「あはは……い、いきます。はい」と微妙な顔をしていた。まあ、ガンモさんが笑顔で顔を近付けて俺たちの肩を叩いているしな、怖いよな。
サブさんはウンウン頷いて言う。
「実に助かる。課長、彼らの危険手当は」
「うむ、倍にしよう。さてさて、清掃は明日だから、今日はゆっくり休んでくれたまえ」
ガンモさん、サブさんは別件で話があると課長室へ。
そして、朱美さんが言う。
「危険だけど、ある意味では安全よ。何と言っても護衛はあの『ドレッドノート』だからね」
「え」
「え、本当ですか!? って……逢魔くん」
「……まあ、仕事に関係ないだろ」
「どうかしたの?」
朱美さんに、『ドレッドノート』は俺の高校時代の同級生で、リーダーのカナデは幼馴染だと言うと、驚いていた。
「顔見知りなら、キミもやりやすいでしょうね。じゃあ、また明日。今日はゆっくり休んでね」
朱美さんも行ってしまった。
残ったのは俺、ハイジ。
「ハイジ。メシでも食って帰るか?」
「あ、いいね。せっかくだし……お肉食べたいね」
「じゃ、焼肉でも行くか。俺が奢ってやるよ」
こうして、俺とハイジは明日、百七十階層の清掃仕事へ向かうことになるのだった。




