第6話
清掃ギルド。
ダイバーギルド本部の隣にある、小さな建物だ。鉄筋コンクリートの三階建てで、地下にはダンジョンに繋がる専用のゲートがある。
そこを通り、E7区画と呼ばれる地区が、俺たち『清掃員』が掃除をする担当だ。
現在俺は、清掃ギルドの更衣室でツナギに着替えていた。
ハイジも一緒だ。ありがちな展開だと「おま、女だったのか!!」というのがあるが……まあ、華奢なだけでこいつもしっかり男だった。
「……おぉ」
「なんだよ、ヘンな声出して」
「いや、逢魔くん……格闘技でもやってたの?」
上半身を見られ、そう質問される。
確かに、細マッチョという言葉が似合いそうな体形だ。
デッラルテでは戦うために鍛えまくったし、剣技だけじゃなくありとあらゆる武術、武器術を習ったりした。
この世界に戻り、十八歳の身体に戻ったけど……どういうわけか、身体は十八歳の身体でなおかつ、かなり鍛え抜かれた状態だ。
デッラルテで鍛えたという経験が魂に刻まれ、この世界に戻って来たときに肉体が影響を受けたのかも……なんて、俺にはわからない。
俺は適当に「ま、少しな」と言い……右手に『リング』をはめる。
事務所に行くと、受付の佐藤さんがいた。
「お疲れ様です。今日からお仕事、頑張ってくださいね」
「「はい」」
すると、事務所にいた一人の男性が立ち上がり、俺たちの元へ。
「期待の新人くんたちか。今日からよろしく頼むよ」
七三分けの男性だ。二十代後半くらいだろうか。
けっこう鍛えた身体をしているのがわかる。
「自分は、天内三郎。清掃ギルドの職員で、キミたちの指導員でもある。サブさん、と呼んでくれ」
「あれ、朱美さんは……?」
「ははは。彼女は別件で、別の区画のヘルプに向かったよ。さて……仕事もまだ入っていないし、それまでこのダイバーギルド本部ダンジョンについて説明でもしよう」
面倒見の良さそうな人だ。
ちなみに課長のガンモさんは本部で会議に行ってるそうだ。
サブさんに案内され、事務所の隅にあるホワイトボード前へ。椅子が並んでいたので座る。
「さて、このダイバーギルド本部ダンジョンとは何か? ハイジくん」
「はい。えっと……日本国内、最難関ダンジョンの一つです」
「その通り。国内には大小合わせても数千以上のダンジョンが存在するが……中でも特に危険度の高いダンジョンは現在三つ確認されている。それらは『特級』と呼ばれるダンジョンだ」
下級、中級、上級、そして最上級……その上に特級。
特級ダンジョンは、この世界で七つしか確認されていない。誰も踏破したことのないダンジョンだ。
「ダイバーはアルファベットで等級管理されているが、ダンジョンは五つの等級で管理されており……」
サブさんの講義が続く。
ハイジは几帳面にメモを取っていたが、俺は考えていた。
特級ダンジョン。世界で七つ確認されている。
つまり……そのダンジョンこそ、世界崩壊の引き金であり原因である可能性が高い。そこを調査し、『コア』を探し出し……破壊する。
「清掃ギルドの職員も、ダンジョンに入ることは許可されている。だが……入った以上、完全な自己責任だ。そこで怪我をしようと、死のうと、誰の責任でもない。全ては自己責任……よく覚えておくように」
「「…………」」
俺は挙手をする。
「あの、サブさん。清掃ギルドの職員も、自由にダンジョンに入っていいんですか?」
「うむ。清掃ギルドの職員には無属性が多いが……エレメント所持者もいる。そういう子が、清掃ギルドで仕事をしながら、弱い魔獣と戦って鍛えると言うこともなくはない」
「あ、あはは……」
ハイジは曖昧に笑った。一応、ハイジは水のエレメントを持っている。
「ちなみに私は無属性だ。だが、鍛え抜いた身体がある。魔獣などに引けは取らないがね」
サブさんは、力こぶを見せつけてくる……けっこう鍛えている、と思ったけど違った。あれは相当鍛え混んでいる。課長のガンモさんと同じレベルだろう。
すると、一本の電話が鳴り、佐藤さんが受話器を取る。何度か相槌を打ち電話を置くと、サブさんに言う。
「サブさん。清掃依頼が入りました」
「おおそうか。では新人くん、行こうか」
「「はい!!」」
こうして、清掃ギルドでのアルバイト……そして、ダンジョン調査を始めるのだった。
◇◇◇◇◇
今回の掃除は、以前とは違う初心者ダイバーたちによるものだった。
魔獣はデカいトカゲ。討伐レートも低く、新人が戦うのにちょうどいいのだが。
エレメントに目覚めたばかりのダイバーは、力の制御がヘタクソ……そして、なにかとデカい力を使いたがる傾向がある、とも言っていたが。
「うわ……ひどいなこりゃ」
以前、掃除したのと同じ場所だが……壁は焦げ、亀裂が入り、魔獣は黒焦げ、飛び散った血で悲惨なことになっている。
そして、新人たちは四人。みんな十代の若い男女だ。
「ったく、めんどくせぇな。いちいち清掃人呼ぶとかよ」
「しょうがないわ。報告しないとペナルティだし」
「それに、素材とか無視できないもんね~」
「おい清掃人、素材ちゃんと解体して届けておけよ」
なんでこう、新人って高圧的なのか。
俺はこう見えて異世界で十年以上過ごしたし、イキる年下もけっこう見て来たし、そのたびに叩きのめしてきた……なので、こんなガキがナメた態度を取ったところで別に何とも思わない。
サブさんは丁寧に頭を下げた。
「ダイバーライセンスの確認をお願いします」
「ほらよ。おい、そこのガキ、素材パクんなよ」
「え、あ、はい」
ハイジは頭を下げる。
俺はハイジに「魔獣、俺がやるから掃除頼む」と言い、さっそくオオトカゲを解体する。
カバンから、魔獣解体用のナイフを出し、オオトカゲの腹を裂く。
「ほう、手慣れてるね」
「ええ、まあ。異世界……じゃなくて!! 実家の祖父が猟師だったので」
普通に話しかけられたせいで、つい普通に『異世界でやってたんで』と言いそうになった。
新人チームは……いつの間にかいなかった。
サブさんは、「ここは任せて大丈夫そうだね」と、ハイジの手伝いへ。
俺は魔獣の内臓をひとまとめにし、骨、爪などを丁寧にバラしてまとめておく。
「皮はもうダメだな……爪、骨は使えそうだ」
内臓、皮を焼き、骨と爪を包んでおく。
作業が終わり、ハイジたちの手伝いをする。
洗浄剤で汚れを落とし、亀裂をパテで補修する。
作業は四十分ほどで終了……荷物をまとめる。
「さて、今日はここまでだろうな。ハイジくん……もしよければ、ここでキミにエレメントの使い方を指導しよう。私は無属性だが、エレメント指導員の資格も持っている。初歩なら教えてやれるぞ」
「え、いいんですか? でも、お金とか……」
「ははは。そんなものは必要ない。一時間ほどで終わる基礎訓練だ。逢魔くん、キミもどうだい?」
「いえ、俺は大丈夫です。少しダンジョンを散歩して帰ります」
チャンス……俺はそう思った。
一時間ほど。つまり、ハイジとサブさんはここで一時間、訓練をする。
俺は散歩に行くフリをして、ダンジョンを調査できる。
サブさんは頷いて言う。
「わかった。だが、忘れないでくれ」
「何かあっても自己責任……ですね。大丈夫です、ゲートまで一本道だったので迷いません。散歩といっても探索するわけじゃないですから」
「ならよし。では、また」
「逢魔くん……気を付けてね」
俺は軽く手を振り、荷物を持って来た道を引き返した。
◇◇◇◇◇
時間は一時間。
俺は時計をセットし、異空間に掃除道具を全て収納する。
そして、ハイジたちのいる場所からまっすぐ帰り、途中の道を曲る。
手首に装着したリングに向かって、小さく言った。
「『偽装』」
ダンバン、シャンティアの作ったアイテム……『フェイクリング』だ。
黒衣。上半身は、体のラインにぴたりと沿うタイトな作り。首元まで閉じられたハイネックに、中央を走る銀のジッパー。その一本の直線だけが、闇の中に走る刃みたいに光っている。
肩はわずかに開かれていて、可動域を邪魔しない設計だ。装飾はほとんどない。
視線を下げる。腰から広がるのは、スカートのようでいて、どこか違う。幾重にも重なった布が非対称に垂れ、ベルトやバックルで無骨に固定されている。その一つ一つが、ただのデザインじゃない。小物を差し込めそうなポケット、引けばすぐに外せそうなストラップ――全部が機能を前提に組まれている。
「マスク……すごいな、これ」
口元をゴツいマスクが覆っている。そして、マスクと同化するように、右目にはスコープが付いていた。
マスクは『防毒マスク』で、あらゆる毒物、薬煙を無効化する。スコープは『鑑定』の魔法が付与してあり、さらに『記憶』の魔法も込めてある。素材の鑑定、敵のなどをすて閲覧できる『アナライザー』だ。
さらに、偽装ということで魔力により髪と瞳の色が変わっていた。髪は白く、瞳は赤い……シャンティアが『魔法少女って変身すると髪伸びたり色変わるのよね』という趣味が反映された部分でもある。
顔は四分の一だけ露出しており、あとはマスク……うん、ぱっと見、この姿で『久世逢魔』とわかるやつはいないだろう。
「ダンバン、シャンティア……使わせてもらうよ」
変身を終え、俺はダンジョンの探索を開始するのだった。




