第3話
「エレメント適正試験の結果は、『無属性』でした。申し訳ございません、ダイバー登録はできません」
「え」
決意を固めた翌日、俺は『ダイバーギルド・本部』に来た。
そして、受付で「エレメント適性試験」を受けたいと言って、そのまま大部屋に案内され、多くのダイバー希望者と一緒に適正試験を受けた。
結果、無属性……つまり、エレメント適性がない。
「え、マジで……て、適性なし?」
「はい。ですが、清掃人にはなれますよ。こちらどうぞ。はい次の方~」
パンフレットを押し付けられ、そのまま強引に離席させられた。
周りを見ると、百人以上が横一列のカウンターに行列を作り、指紋認証みたいな箱型の機械に人差し指を置いてる……っていうか、試験が超簡単だった。
機械に埋め込まれた宝石が輝けば適正あり。俺の場合、宝石は光らなかったので適正なし。
「や、やった……赤、火属性だ!! カナデちゃんと同じだ!!」
と、俺の後ろにいた青年の宝石が赤く輝いた……火属性の適性みたいだ。
他にも、がっかりした顔で去っていく人、大喜びな人と、反応は様々だった。
「……参ったな」
ダイバーにならないと、ダンジョンに入れない。
まあ……世界を救うためなら、そういう決まりを無視してもいいけど。でも……できることなら、この世界のルールは守りたい。
俺は無法者じゃない。ルールがある以上は従うのがヒトの生き方だ。
「まさか、適性ナシか。俺の能力が関係しているのか不明だけど」
と、俺はもらったチラシを見て気付いた。
「ダンジョン、清掃……」
清掃人募集。と書かれた紙をよく見た。
ダイバーギルド本部に、『清掃ギルド』があるらしい。
紙には『アルバイト募集』とも書かれていた。
「バイトか……って、そういや明日は大学の入学式か。大学もだけど、先立つものも必要なんだよな。アルバイト……清掃人なら、ダンジョンにも入れるし、生活費も稼げるか」
両親が遺したお金はあるけど、一生遊んで暮らせるというほどではない。
仮にこの世界を救えても、俺の人生は続くのだ。稼ぎは必要だろう。
「とりあえず、清掃人について聞いてみるか」
俺は、募集のチラシを片手に清掃ギルドへ向かうのだった。
◇◇◇◇◇
ダイバーギルド本部の敷地内に、小さな建物があった。
看板には『清掃ギルド』とあり、二階建ての鉄筋コンクリート造りの簡素な建物だった。
建物に入ると、小さなカウンターに女性が座っていた。
「こんにちは。何か御用でしょうか?」
「あ、えーと……清掃人募集を見て来たんですけど」
「ありがとうございます。では、課長が対応しますので、そちらに掛けてお待ちください」
「あ、はい」
と、応接スペースを差されたので見ると……そこに、一人の子供がいた。
俺を見て、ぺこりと頭を下げる。
若いな……中学生くらいだろうか。俺も会釈し、少年……だよな? その長椅子から一人分のスペースを空けて座る。
それからすぐ、浅黒い肌をした筋骨隆々、スキンヘッド、頭部にファイアパターンの刺青をした、やけにおっかない男性がニコニコしながら対面に座った。
「やあやあ、こんにちは!! ぼくは清掃ギルド課長にして、クラス『清掃人』のダイバー、本願寺紋次郎だ。みんなからはガンモさんと呼ばれている。ガンモと呼んでくれたまえ!!」
やけにフレンドリーだった。
俺は会釈。少年は真っ青になり俯いていた……気分でも悪いのだろうか。
ガンモさんはニカッと白い歯を見せると、受付にいた眼鏡の女性がお茶を出してくれた。
「課長、ただでさえ悪役顔なんですから、怖がらせないでください」
「む、そうか。はっはっは。いやあ、すまんすまん。あっはっは」
な、なんか帰りたくなってきたな。
するとガンモさんが言う。
「さて、きみたちは清掃ギルドにどのような用件で?」
「俺はアルバイト希望で」
「ぼ、ぼくもその……同じです」
「ふむ、名前を聞いても?」
「久世逢魔。十八歳です」
「白山、拝司です」
「オウマくん、ハイジくんか。ハイジくんは無属性なのかい?」
「い、いえ……ぼく、さっき、水属性のエレメント適性があるって言われました」
「なんと。では、ダイバーになれるのでは? なぜ清掃人に? 言ってはなんだが……清掃人は、不遇職と言われるくらい人気のないクラスだぞ? はっはっはっは」
なんで笑ってるんだ。というか、ハイジって名前……男だよな。すげえ華奢で女っぽい顔してるけど。
ハイジは、うつむいたまま言う。
「その、ぼく……明日が大学の入学式で、田舎から出てきたんです。ダイバーには憧れていましたけど、やっぱり戦うのとか、怖くて……でも、ダンジョンに入るの、夢で……それで、清掃人なら、戦うこともないし、それに……掃除とか、嫌いじゃないので」
なんかオドオドしてるなあ。
すると、奥の扉が開き、二十代半ばくらいの女性が出て来た。
手にはモップ、大きなリュックにはよくわからない容器やスプレーボトルがある。
「本部ダンジョンのE7区画で清掃要請が入りました。課長、行ってきます」
「ああ、頼むぞ朱美くん。と……彼女は朱美くん。うちの清掃ギルド、一番の清掃人で」
「自己紹介はあと。そこの2人、アルバイト希望だったわね。ついて来なさい」
「「え」」
「はっはっは。職業体験か。では、行くといい!!」
こうして、俺はいきなりダンジョンに入ることになるのだった……展開早すぎる。
◇◇◇◇◇
清掃ギルドの間裏にある階段を下り、『E7』と書かれたドアがある。朱美さんはそこにカードを通し、開けて進んでいく。
道はけっこう広く、明かりもある。だが、どこかじめじめした洞窟の中のような、まとわり付くような不気味さが感じられた。
「……ダンジョンか」
なんの準備もなく、いきなりダンジョンに入った。
手にはモップ。そして、渡されたリュックにはいろんな道具。
雨合羽みたいなのを羽織り、手には軍手という、よくわからないスタイルだ。
ハイジも同じ。そして、ダンジョンが嬉しいのか目を輝かせてキョロキョロしている。
「ここは、ダイバーギルド本部ダンジョン、E7区画よ」
朱美さんが言う。
朱美さん……黒髪をポニーテールした化粧ばっちりのキャリアウーマンに見えるが、雨合羽にモップ、デカいリュック姿に、どこかアンバランスさがあった。
「あの、ここで何を?」
「『清掃人』の仕事よ。さて問題、清掃人の仕事とは?」
清掃人の仕事……確か、昨日読んだ本にあったな。
ハイジを見ると、ビクッとして目を反らされたので俺は言う。
「えーと、ダンジョン内は基本的に、『自己修繕機能』が備わっています。しかし、一部のダンジョン内ではその機能がない区画があり、その区画で戦闘が発生した場合、魔獣の血や身体の一部が散らばったり、ダンジョンの外壁などの破損が発生します」
「マニュアル通り、そして長い」
「す、すんません」
怒られた。
簡潔に言えばいいのか。えーと……じゃあ。
「ダンジョン掃除、つまり雑用ですね」
「正解」
ざっくばらんに言ったけど正解だった。
朱美さんは歩きながら言う。
「つまり、私たちは魔獣の死骸を片付けたり掃除したり、魔力汚染の除去、壊れた外壁の修繕などをする雑用よ」
朱美さんについて行くと、広い空間に出た。
そこに、四人ほどの若い連中がいた……と言っても、俺と似たような年代だ。
男二人、女二人、装備を見るに……ダイバーだな。
「おっせえよ、清掃人。この魔獣、解体して片付けておけよ。素材、パクんじゃねーぞ」
いきなりだった。
ポカンとしていると、朱美さんが頭を下げる。
「かしこまりました。確認のため、ダイバーライセンスのご確認にご協力ください」
「めんどくせぇな。ほれ、清掃人には縁のないライセンスだぜぇ。へへ」
銅色のカードだ。朱美さんが確認していると、ハイジがボソッと言う。
「清掃人は基本、無属性だから……エレメント適性のあるダイバーは見下してるんだって」
「へえ……」
「ダンジョンに入れるのはダイバーだけだから。ダイバーでもない、しかも限られた場所でしか仕事のできない清掃人は、ダンジョンに入る資格はない……そういう考えの人、いるみたい」
ハイジ、普通に話しかけてきた。
なんとなく顔を見ると、ハッとなり顔を逸らした。
「ご協力ありがとうございました。では、チーム『ニューステージ』の皆様、こちらの魔獣素材は、ダイバーギルド本部にお届けしますので」
「おい、パクるなよ。清掃人、パクってもわかるからな」
ムカつくダイバーはそう言い、朱美さんを馬鹿にするように見てダンジョンの奥へ。
朱美さんは頭を下げたままだった。そして、ダイバーたちがいなくなると俺たちに言う。
「さ、仕事をするわ。ああ、確認していなかったけど、内臓とか血とか大丈夫?」
「俺は問題ないです」
「ぼ、ぼくはちょっと……」
「じゃあ、キミ……ハイジくんだったかしら。あなたは外壁に飛び散った血を『浄化用洗剤』を使ってモップで拭きとって、『魔力除去スプレー』で浄化、亀裂は補修材で埋めて。オウマくんは、魔獣の解体を手伝って」
「わ、わかりました」
「了解っす」
さっそく、魔獣の解体をする。
あの新人が倒しのは、ウルフ系……虎みたいなサイズのオオカミだ。
俺はナイフを手に、オオカミの腹を裂きながら言う。
「素材って、骨と皮くらいですか?」
「そうね。へえ……オウマくん、迷わず内臓に手を入れたりできるのね。その若さで大したものね」
「あ、いや、まあ……その、えーと、祖父が猟師で、鹿とか解体してたんで」
祖父が猟師だったのは本当なので、それっぽい言い訳にはなった。
皮を剥ぎ、内臓を一か所にまとめ、骨をばらして袋に包んだ。
「内臓はどうするんです?」
「ここで焼くわ。知ってる? 魔獣の素材って燃やしても煙がほとんど出ないのよ」
「へえ……」
朱美さんは内臓に液体をかけ、火を付ける。
内臓は綺麗に燃え、消し炭すら残らなかった。
「あの、ダンジョンにダイバーが潜る時、素材とかどうしてるんです? 普通はダンジョンに吸収されるんですよね?」
「基本は、吸収される前にチームで解体するわね。クラス『解体士』や『運送士』がいる解体、荷運び専門のチームに依頼をしたりするパターンも多い」
「つまり、清掃人は解体できないし、こういう自己修復機能のない場所で戦って周囲を傷付けた連中が依頼するためのクラスですか?」
「ええ、そうね。でも、必要な仕事よ」
昨日、書かれていた本の内容を思いだす。
ダンジョンは魔力構造体であり、基本は自己修復機能がある。魔獣を吸収し、修復するのだ。
でも、その自己修復機能が働かない空間がある。そこに魔獣を放置したり、傷をそのままにしておくと……魔力の毒となり、ダンジョンが汚染される。
人間でいうなら、傷が化膿したり、バイキンが全身を汚染し、いずれ死に至る……って感じだ。
だから、ダンジョン清掃人は必要なのだ。限定的で、仕事も少なくても、必要なのである。
「あの、終わりました」
「どれどれ……あら、綺麗にできたじゃない。外壁補修も完璧ね」
「あ、ありがとうございます」
ハイジの方も終わったようだ。
朱美さんは、素材の入った包みを持とうとしたが、俺が持つ。
「これを運べばいいんですね」
「そうね、これで仕事はおしまい。助かったわ──」
と、朱美さんが言った瞬間だった。
「「「うわああああああああ!!」」」」
『ガオオオオオオオオ!!』
先ほど、奥に向かって行ったダイバーたちが来た。
俺、朱美さん、ハイジが同時に見る。ダイバーたちが俺たちを無視して別のルートに走って行き……その奥から現れのは。
「なっ……お、オーガ!?」
身長三メートルほどの赤鬼だった。
真紅の肌、手には棍棒、頭にはツノ。
「討伐レートDの魔獣、ここに連れて来たの!? くっ……二人とも、逃げるわよ!!」
「ひいいいいいいいいい!!」
ハイジが腰を抜かす。
朱美さんはモップを手にハイジの前に。
「立ちなさい!!」
「あ、あ」
「…………」
俺は、小石を手にし、オーガの頭に向かって投げた。
「おら、こっちだ!! 朱美さん、ハイジを!!」
「オウマくん!?」
俺は、来た道とは別の道に向かって走り出す。
すると、オーガがついてきた。
わざと速度を落とし、オーガを誘う。
そして、周囲に誰もいない、やや開けた場所に到着。
「さて……」
『ガオオオオオオオオ!!』
オーガが棍棒を思い切り振り下ろしてきた。
俺はバックステップが回避。
右手をオーガに向け、意識を心に向ける……うん。
「よかった。ちゃんと使える」
『ウガアアアアアア!!』
オーガが、棍棒を横薙ぎする。
「『武装召喚』」
『ッ!?』
オーガの腕に、鉛色の『剣』が三本、突き刺さった。
そして、突き刺さると同時に消滅する。
「俺がデッラルテに召喚された時、一つの能力を授かったんだ」
『ウガアアアアアア、アァァ!?』
両足に三本ずつ、背中に七本、両腕に三本ずつ、鉛色の剣が刺さる。
どこからともなく現れ、その全てがオーガに突き刺さった。
「俺の能力は『召喚』……契約した精霊、魔獣を使役して、いつでも召喚できる力。でも……デッラルテが消滅したことで、契約魔獣、精霊との契約も切れて、みんな消滅しちまった……だけど」
『ウ、ッゴオオオオオオオオ!!』
俺は、人差し指をオーガの頭に向けた。
俺の指先から召喚された『鉛色の剣』が、オーガの頭に突き刺さる。
オーガは倒れ、剣も消滅した。
「俺がデッラルテで手に入れた数々の聖剣、魔剣は全て異空間に収納されている。『武装召喚』……今の剣は、『増殖剣メギストス』だ。その名の通り、無限に増殖する剣。ひとつがふたつに、二つが四つに、四つが八つに、八つが十六……と、十年以上、俺の異空間内で増殖してる。一度斬ると役目を終えて消滅するから、使い捨てにはちょうどいい」
オーガは、すでに消滅していた。
ここは自己修復機能がちゃんとある。よかった、俺がやった証拠はない。
「オウマくん!!」
「あ、朱美さん。それにハイジ」
「怪我は!?」
「大丈夫です。物陰に隠れたんで、俺に気付かず奥に走っていきましたよ」
「そう、よかった。では……」
「はい? おっぶ!?」
朱美さんにビンタされた。いきなりで驚いた。
「この、馬鹿!! 誰が囮になれと言いましたか!! 言っておきますけど、私はこう見えてC級のダイバーです。オーガごとき問題ありません!! わかりましたか!!」
「ご、ごめんなさい」
「ハイジくん、あなたもです!! 立ち上がるなり『逢魔くんを!!』なんて走り出して、まったく!!」
「ご、ごめんなさい」
なぜかハイジも謝った。
俺、ハイジは朱美さんにたっぷり叱られるのだった。




