第2話
テレビだけでは限界があるので、俺は町に出た。
そして、大きな本屋に入り、『ダイバー』や『ダンジョン』について情報を集めようと思ったのだが……もう、あるわあるわ、とにもかくにも専門書だらけ。
専門コーナーにある売れ筋の本を手に取ってみる。
「なになに……『ダイバーランキング』に『週間ダンジョン』に『ダンジョン配信者になろう!』に……おいおい、漫画にもなってるのかよ」
資料には困らなかった。俺は適当に本をカゴに入れ……一冊の本に目が留まる。
「……『ダンジョン清掃人の仕事禄』?」
ダンジョン清掃人。
異世界でも聞いたことがない。そもそも、ダンジョンの清掃……掃除? 掃除なんて必要あるのか?
「まあ、資料は多い方がいいか」
本をカゴにいれて会計。
けっこうな出費になってしまった。
本屋を出ると、ビルの街頭スクリーンに馴染みのある顔があった。
『超人気配信者にして、S級ダイバーチーム「ドレッドノート」の斧戦士炎堂カナデ、その秘密に迫る!!』
カナデだった。
赤っぽいロングヘアをツインテールにし、深紅の斧を担いでいる映像が流れている。
鎧も深紅で、いかにも赤がメインカラーですと言わんばかり。
『個人チャンネルの登録者が五百万人を超えたインフルエンサーでもあり、モデル、CM起用など活躍は多岐にわたり……』
映像では、カナデの紹介が流れている。
大学の入学を控えており、入学式も近く……と情報が流れてくる。
「……俺と同じ大学か。話、できるかな」
いちおう、スマホに連絡先はあるが……いきなり電話していいものか。
というか、どういうことなんだ?
「カナデ。どう見てもあれ、魔法だよな……それに、華奢なのに身の丈以上の大斧を軽々振るってる。身体強化でもしてるのか? 魔法……当たり前のように、この世界でも浸透してるのか」
考えること、知らなきゃいけないことが山積みだ。
家に帰り、情報を整理しなきゃ……と思い、帰ろうとした時だった。
大きな看板が目に入った。
そこには『ダイバーギルド・本部』と書かれている。
「ダイバー、ギルド? ギルドって……冒険者ギルドみたいなものか? しかも、本部ってことは……」
寄り道し、ダイバーギルドの本部へ行ってみる。
俺が住んでいるところは日本の首都だし、ダイバーの組織、しかも本部があってもおかしくないけど……やっぱり、俺が知っている町の雰囲気とは少し違っている。
もともと、日本の国防を担う警察組織のビルがあった場所には、巨大なドーム状の建物があった。
そこに、大きな看板で『ダイバーギルド・本部』とある。
「……こ、この感じ」
おぞましい気配がした。
異世界デッラルテで味わった、高難易度ダンジョンの気配。
忘れることのできない……異世界デッラルテが滅んだ原因の一つが、今、俺の全身を呪うように圧を向けているような気がした。
「ある、ここに、まさか……『コア』が」
デッラルテでは、十年かけて見つけた、崩壊の原因。
もう少し早ければ対処できた。でも、原因を見つけた時には、すでに遅かった。
それが……地球に、日本に、今、目の前に、近くにある。
「ま、まさか……まさか」
ダンジョン。
デッラルテが滅んだ、消滅した原因が、日本にもある。
すると、肩を叩かれた。
「ッ!!」
「っと……だ、大丈夫かい? きみ、顔色悪いけど」
「あ……い、いや」
警備員だった。
だが、普通の警備員じゃない。警備員はこんな『魔力』を纏っていないし、拳銃とか警棒でなく腰に剣を下げたりしていない。
ダイバー……俺の勘がそう告げていた。
「ダイバー志望者かい? それなら、向こうで適正検査を受けられる。どのエレメントに目覚めるかは不明だが、素質があればすぐに覚醒するさ」
何を言っているのか理解できなかった。
警備員は、俺の持っている紙袋から見える『ダイバーについて』や『ダンジョンの謎』というタイトルを見て、俺がダイバー志望だと思っているようだ。
「いやあ、最近ダイバー志望者が多くてね。新規ダンジョンも次々と発見されているし、チーム『ドレッドノート』がS級ダンジョンを攻略してから益々ダイバーが人気になってる。きみのような若者がダンジョン目指して頑張ってくれるなら、日本の将来も安泰だよ」
「安泰なんかじゃない……」
のんきなことを言う馬鹿な警備員だった。
誰も知らないのだ。
警備員は困ったように言う。
「ははは。まさかきみ、無属性だったのかい? だったら『清掃人』にはなれるよ。危険はあるけど、会社勤めよりは給料もいいし……ああ、学生かい? だったらアルバイトでもできるよ」
「……ダンジョンは危険だ」
「そりゃそうさ。でも、最近は魔獣素材で作る装備も強力なものが増えてきている。私の装備は警備用の支給品だけど、警察の使う拳銃なんかよりも高性能なんだよ」
警備兵は腰の剣の柄に触れる。
それを見て、俺は鼻で笑った。
「そんな『ナマクラ』……なんの価値もない」
「……はぁ、無属性に何を言っても無駄か。さあ、帰りたまえ。ダイバーの資格ない者が来る場所じゃない!!」
警備兵は、俺を突き飛ばそうとした。
伸ばしてきた手を俺は掴む。
「……ふざけやがって」
「おい、わかっているのか? ダイバーはダンジョンに潜るだけじゃない。警察組織と同じで、逮捕権限もある。暴行容疑で……ッ」
俺は警備兵を睨みつけた。
イライラしているのが自分でもわかった。
(俺は、十年間……デッラルテのために奔走した。滅びゆく世界を救おうと、仲間たちと一緒に、戦い続けて来たのに……)
「お、おい……離せ」
それなのに、こいつらは。
配信者だと? 人気者だと? 稼げるだと?
ダンジョンは、そんな生易しいモンじゃない。俺の仲間は、何人も死んで……それなのに。
「……っ、あ、ご、ごめんなさいっ」
フェリアナの顔が浮かび、俺は警備兵の手を離す。
そして、ダイバーギルドに背を向け、そのまま走り去った。
◇◇◇◇◇
家に帰り、俺はリビングで買った本を全て読み、放り投げた。
「…………」
ダンジョン。数百年前に突如として地上に現れた迷宮。
ダンジョン内には魔獣が存在し、未知のアイテムや鉱石、各種素材などで溢れている。
人間はダンジョンに入り、お宝を手にした。
ダンジョンに入る人間をダイバーと言い、今では世界中にダイバーが存在する。国際機関なども存在し、この数百年で法整備や素材を活かすための技術も確率された。
今では、人気の職業ナンバーワン。ダンジョンは自然発生するため、今なおダイバーの数は足りていない。
「……わかってない」
ダイバーになるには、『エレメント適性検査』を受ける必要がある。
適正者は「属性」に目覚め、地水火風光闇雷氷のいずれかの属性に目覚め、その属性の『魔法』を使うことができるようになる。
エレメントに目覚めないと、ダイバーになることはできない。
ダイバーにもランクがあり、最初はF級からスタートし、最上級はS級。
S級ダイバーは希少で少ない。日本には七名存在する。
「カナデは、S級ダイバーの一人か……」
ダイバーの上位百名は世界ランキングに名前が載り、有名である。
ダンジョンに入るにはチームを組むのが一般的。ひとチーム五名まで、ダイバーギルドに登録する。
そこまで考え、俺は思考するのをやめた。
視線を『ダンジョンとは? 世界に存在する踏破不可能高難易度ダンジョンを知り尽くせ』というタイトルの本に向ける。
そこに描かれていたダンジョン。そして、その特徴からして……間違いなかった。
「同じだ。デッラルテと……世界は、ゆるやかに崩壊が進んでる。ああ……どうして」
デッラルテの崩壊原因はダンジョン。俺は、その理由を突き止めるのに七年かかった。
そして、その理由を取り除くのに三年。だが……間に合わなかった。
世界中で増えつつあるダンジョン。なぜ、ダンジョンが増えているのか……今、この世界でダンジョンを管理している連中は知っているのか。
「……フェリアナ、俺、どうすれば」
目を閉じると、思い出すのは……愛しの聖女。
どこか怒りっぽく、子供っぽく……それでも明るく笑っていた。
他にも大勢の仲間がいた。
偏屈なドワーフの鍛冶師ダンバン。俺がした特撮ヒーローの話に食いつき、朝までずっと話をした。
見た目は小学生なのに七百歳超えのエルフ、シャンティア。こいつは魔法少女の話をしたら、年甲斐もなく目を輝かせていた。
魔法剣士サリッサ。フェリアナと張り合っていた俺の相棒の女騎士。俺に剣を教えてくれた。
弓士デイノス、盾士カラド、魔法士フォンク、アサシンのクロ……全員、思い出せる。
「──……っ」
全員、思い出せるのだ。
一緒に過ごしたこと、笑いあったこと、そして……別れ。
みんな、死んだ。ともに戦い、俺を守り、導き、そして……死んだ。
「……もう、嫌だ」
『それでいいの? オウマ』
「えっ」
ふと、誰かに囁かれたような気がした。
頭に直接、何か聞こえてきたような。
『生きて、オウマ……生きて』
「……フェリアナ」
フェリアナの、声がした。
手を伸ばす。だが、闇の先には何もない。
リビングにいたはずなのに、いつの間にか闇に覆われていた。
そして、意識が覚醒する。
「……あ」
いつの間にか、朝になっていた。
どうやら……リビングで寝ていたようだ。
「……生きて、か」
このままだと、世界は滅びるだろう。
ダンジョンが世界を食いつくし、全てが崩壊する……恐らく、十年もない。
異世界デッラルテを救えなかった俺が、この世界に戻って来たのは……世界を、救うためなのか。
「…………やれるかどうか、わからないけど」
できるかもしれない。
デッラルテを救えなかった。だったら、この世界は救う。
そのための『力』は、ある。
でも。
『オウマ、一緒に行こうぜ』
『フン、足を引っ張るなよ』
『あはは、終わったらご飯食べようね』
『さあ、行きましょう』
かつての仲間たち。
俺が死なせた、仲間たち。
「……こんな思いは、したくない。だから……一人で全部やる」
仲間なんていらない。
俺は決めた。一人で、この世界を救うために……この世界のダンジョンを攻略することを。




