第22話
俺は一人、百八十階層にいた。
向かうべきは三百八十階層……そこに向かうためのポータルへ。
道中、魔獣は出なかった。魔獣が出ないってことは、死んでダンジョンに吸収されたってことだ。リポップするにはある程度時間が必要だってことはわかる。
そして、ポータルを見つけ、三百八十階層へ転移。
「……誰かいたな」
気配とかじゃない。匂い……香水の香りが残っていた。
「なんだっけ。サイクロン、なんちゃら……あの高飛車なお嬢様の」
一度すれ違った時、こんな香りがした。
というか……こんなダンジョンに香水とか、魔獣を舐めているのか。それとも……残り香程度問題ないくらい強いのか。
俺はマスクの『鑑定眼』を起動、匂いの大本とどれくらい距離があるのかを『鑑定』する。
「距離、二百四十メートル……魔獣の気配は少ない。連中が倒しながら進んでるのか」
俺はタルを召喚。背中に乗る。
「タル。この香りの大本と接触しないよう進んでくれ。道中の魔獣は無視だ」
『グル……』
香水の香りが嫌なのか、タルは顔を歪めて歩き出した。
◇◇◇◇◇
炎堂 カナデ
霧氷 刹那
◇◇◇◇◇
四百七十階層。
そこは、カナデたちにとっても未知の領域。
クラッシュ、アウローラがいるとはいえ、全く油断ができない。
轟ですら、冷や汗を流して周囲を警戒していた。
刹那も、レンゲ、マイ、ランジュも同じ。白井も黒田も、そのチームも同じ。
日本人が潜った四百階層を超える、四百七十階層を進んでいるのだ。それだけですでに、日本のダンジョン開拓の歴史を塗り替えている。
すると、アウローラが日傘をクルクルさせながら言う。
「はぁ、退屈ね」
魔獣は、アウローラばかり狙っている。
飛び掛かり、痙攣して倒れ、そのまま死ぬ……というのを繰り返していた。それが大きくても小さくても、魔獣の死は共通。
あまりにも理解できない現象、理解できないとカナデたちの顔に出ていたのか、クラッシュが解説する。
「ニオイだよ」
「え?」
「アウローラ。あいつの付けてる香水には、魔獣が好む香りが混ざってる。つまり、アウローラは自分をエサにして魔獣をおびき寄せ、近付いたところで……」
クラッシュは、握った拳を開いた。何かが破裂することを表現したらしい。
刹那はアウローラを見て気付いた。
「……アウローラさんは、風のエレメント能力者。風……あ」
「なに、刹那。なんか気付いたの?」
「クラッシュさん、もしかして……空気を破裂させてるんですか?」
刹那の答えに、クラッシュはニヤッと笑う。
「正解。あいつは、指先よりも小さい不可視の『風玉』を、魔獣の口、鼻、耳に送り込んで、頭ン中で破裂させてるんだ。どんだけ図体がデカくても、脳ミソが破壊されたらどんな魔獣でも死ぬ」
「……ゆ、指先以下って、そんな緻密なエレメント制御、できるの?」
カナデが呟くと、聞こえていたのかアウローラが振り返る。
「できるから、ワタシは世界十三位のダイバーなのよ」
エレメント能力者は、ヒトならざる力に興奮し、大きな力を使いたがる傾向がある。だがそれは間違いではない。圧倒的火力、破壊力を持つエレメント能力者は大勢いる。
アウローラは、圧倒的な力を持ちながら、それを凝縮した小さな力で戦うことを得意としている。
「……すごい」
「ふふん、尊敬したかしら?」
アウローラは、この時初めて……子供っぽく微笑んだ。
そして、ハッとなり咳払い。前を向いて歩き出す。
子供っぽい部分を見て、カナデはクスっと微笑む。緊張も少しほぐれ、大斧を担ぎ直して言う。
「よし!! みんな、できることを全力でやるわよ!!」
カナデの気合いに触れ、轟、堂島、三上は頷く。
そんな様子を見て、クラッシュは「ほう」とカナデたちの評価を改めるのだった。
◇◇◇◇◇
それから、四百七十階層のさらに奥へ進むにつれ……気合いが入ったばかりのカナデたちだが、すぐに気合い程度ではどうにもならない『現実』を見た。
四百九十階層にて。
「なっ……こ、こいつ!!」
それは、かつてカナデたちを追い詰め、絶望しかけた原因……討伐レートSS『アガリアプレト』だった。
異形のケンタウロス。それが、なんと十体以上、横幅の広い通路を徘徊している。
この時初めて、アウローラの表情が変わる。
日傘を折り畳み、丁寧に巻き……まるで剣のように持つ。
「どうやら、普通の魔獣じゃないわね。コホン……日本のダンジョン、レベルが低いって言ったこと訂正するわ」
『ゴアアアアアアアア!!』
アガリアプレトがアウローラたちに気付き、一斉に駆け出してきた。
アウローラは傘の先端に高密度の風を纏わせ、巨大な『玉』を発射する。
その玉は、発射されると同時に一斉にバラけ、まるで散弾のように通路全体に飛んで行った。
「……チッ。クラッシュ、何匹かよろしく」
「オウ。こっちは気にしなくていいぜ、オレも運動したかったんでな」
クラッシュは、全身をボコボコと脈動させる。
カナデ、刹那たちは。
「……ッ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
飲まれていた。
カナデたちだけじゃない。『ハンドレッド・ランカー』の二人以外、この討伐レートSSが十体という恐怖に、心が屈服しかけていた。
S級ダイバー。この場にいる全員が、ダイバーの最高レベルだ。
だが……S級といえど、ピンからキリまで。日本のS級ダイバーは、間違いなくS級でも下位レベル。
なぜ、アウローラやクラッシュは、あんな怪物に立ち向かえるのか?
「……違いすぎるんだ」
カナデは呟く。
経験値。日本と海外のダンジョンでは、魔獣のレベルが違う。
きっと、この二人は……自分たちとは次元の違う地獄を息抜き、レベルを上げ、こうして戦っているのだ。
「……刹那」
「……何?」
「なんかさ、あたしたち……弱い」
「……言われなくても、理解できます」
魔獣ではなく、今度は自分の『弱さ』に、カナデたち全員が打ちのめされた。
だが……カナデは食いしばる。斧の柄を強く握る。
すると、アガリアプレトの一体が、アウローラの風に吹き飛ばされ転がって来た。
瀕死。だが……身体をゆっくり起こし、カナデたちに向かって口を開ける。
「──できる?」
アウローラは、小さく呟く。
まるで、試しているような。カナデたち全員に向けて小さく呟いた。
カナデは食いしばりすぎて、奥歯がビキッと嫌な音を立てた……が、もう迷っていない。
「行くわよ!!」
「おう!!」
「はい!!」
「うむ!!」
斧に火を灯す。矢を番える、杖を構える、大剣を振りかぶる。
両刃の大斧が、刃が深紅に染まる。
「チーム『ワルキューレ』……出陣!!」
「「「ヤー!!」」」
刹那の号令で、三人が武器を構え、エレメントが込められる。
チーム『ライトメイツ』も、チーム『バリオンズ』も、震える身体を叩き武器を構えた。
その様子を見て、クラッシュは「ワオ」と感心。アウローラに言う。
「お優しいねぇ、後進の育成とは。しかも、他国のダイバー」
「うっさい。見込みあれば、後が楽になるでしょ」
戦闘に参加したカナデたちは、負傷したアガリアプレトを四体倒した。
以前の敗北を乗り越え、更なる成長をした瞬間でもあった。
◇◇◇◇◇
地下五百階層。
ダイバーギルド本部ダンジョン、最下層。
一行が足を踏み入れたのは、直線の通路だった。
「……何も、ない」
カナデが周囲を確認するが、広い横幅、高い天井、そして真っ直ぐ伸びる通路だけ。
クラッシュは顎をさすりながら言う。
「昔、踏破したダンジョンもこういうのがあったな。最下層はボスだけの部屋。ボスを倒すと、地上へ通じるポータルが現れる……恐らく、ここもそうだな」
「どうでもいい。さっさと終わらせて帰るわよ、シャワー浴びたいの」
アウローラは、日傘を開いて歩き出す。
カナデは刹那に言う。
「……ねえ、なんかさ……何も感じないんだけど」
「わかるわ。上階の方が、威圧感というか……」
最下層、誰も踏み込んだことのない領域にいるはずなのに、全く恐怖を感じない。
轟は首を傾げ、堂島に言う。
「おいテツ、ここマジで最下層なのか? へ、拍子抜けだぜ」
「……油断するな」
そして、一行はゆっくりと前に進む。
魔獣は出ない。ただ伸びる通路。
一キロほど歩くと……最奥に到着したのか、大きな扉があった。
「この先に、ボスがいるわ。じゃあ……行くわよ」
アウローラが扉に触れると、ドアが消滅した──そして。
『おや、来客かな』
ドアの奥は、広い部屋だった。
このダンジョンで最も広いと言っても過言ではない。何もない、まっさらな空間だ。
その最奥に、白い玉座があった。
そして、その玉座に『何か』座っている。
『へえ、人間がここに来るのは初めてだ。フフフ……楽しませてくれるかな?』
それは、ヒトのような何かだった。
ヒトではない。まず、顔が真っ黒だった。
そして、全身に包帯のようなモノが巻かれている。喋っているが、声帯を震わせ声を出していると言うより、空間そのものが振動して声が出ているようだった。
玉座は大きい。そして……そこに座る何かは、全長三メートルほど。
わかりやすく表現するなら、『漆黒の泥を、包帯で無理やりヒトの形にした何か』だった。
「…………」
カナデは、動けなかった。
馬鹿でも理解できる。
『そっちの二人は、まあ合格。あとはダメだね』
バケモノだった。
自分のレベルが六十前後、アウローラとクラッシュは百越え。
目の前にいる『包帯の魔獣』は、少なく見ても五百を超えているような、全く理解できない。
それは、刹那も、他のメンバーも同じだった。
「……覚悟、できてるわよね」
冷や汗を流すアウローラは、傘を畳んで魔獣に向ける。
その言葉の意味……それは、『死ぬ覚悟はできているよね』という意味だった。
クラッシュは、首を振って前に出る。
「参ったぜ。ここまでとはな……甘く見たつもりはないが、『シングルナンバー』を連れてくるべきだぜ」
前に出つつ、クラッシュは申し訳なさそうにカナデたちに言う。
「すまん。守る余裕はない……正直、オレらでも怪しい」
「……大丈夫です」
刹那が、震える手で剣を抜く。
他のメンバーも、カナデも、武器を構えて頷いた。
轟は言う。
「し、死にたく、ねえ……」
自分は強いと思っていた。
国内トップレベルのダイバー、S級ダイバーとして自身はあった。配信でも人気者、町を歩けばサインを求められることだってある。
だが、目の前にいるバケモノを見て、初めて命の危機を感じていた。かつて対峙したアガリアプレトを見た時は命の危機を感じなかったが……今はもう明確に、命の危機を感じている。
そして、アウローラとクラッシュは前に出る。
『フフ。自己紹介しようか。ボクは「邪賊」スカルミリオーネ。こっちの世界でヒトに挨拶するのは初めてだ』
「……こっちの世界?」
『あれ? ああ、知らないんだ。会話するの楽しいし、教えてあげようか? まあ、前世の記憶はないから、詳しくはわからないけど』
「「…………??」」
アウローラ、クラッシュは怪訝な顔をした。
こっちの世界、前世、記憶……まるで、別の世界から来たような言い方だ。
『フフフ。じゃあ遊ぼうか。さあ、楽しもう!!』
シュルシュルと、スカルミリオーネの包帯が解かれていく。まるで意思を持つように、蛇のように動く。
「知性のある魔獣……本来なら捕獲対象だけど」
「ま、無理だろ。さて、軽口は終わりだ」
風がアウローラを包み、クラッシュの身体が肥大化する。
スカルミリオーネは、ケラケラと楽しそうに笑い出した。
『アハハ!! すぐに壊れないでくれよ? 人間ちゃん』
無数の包帯が、アウローラたちに襲い掛かった。




