第18話
それから、俺はダンジョンに清掃人として、そして謎のA級ダイバー『アトラトル』として潜り続けた。
そんなある日。
『えー、最近ダイバーの間で話題になっている謎のA級ダイバー、アトラトル。噂では、異世界転生者という話がありますが……』
「ぶっ」
テレビを見ながら朝食を食べていたが、いきなりアトラトルの画像が表示され噴き出してしまった。
地上波デビュー……正体がバレることはないと思うが、やはり心臓に悪い。
テレビを消し、俺はソファでコロコロ転がっていたタルに言う。
「よし、散歩行くか」
『わううう!!』
嬉しいのか、跳ねまくるタル。
一応、怪しまれないように首輪をつけ、リードを装備しておく……本当はいらないんだが、放し飼いにしていると近所で言われるのも嫌だしな。
外に出ると、隣の家のドアも開く。
「牛乳と、なんだっけー?」
「豚肉と人参、あと玉ねぎもね」
「はーい。あれ、カレー粉あるの?」
「今日はシチューだからいらないわよー」
「ええ? カレーがいいー」
と、聞き覚えるのある声。
すると、カナデが買い物用の手提げを手に出てきた。俺と目が合う。
「あれ、逢魔」
「おう。カレーの材料買いに行くんだな」
「聞いてたの? って……」
『わうう?』
カナデは、タルを見て目を輝かせ近づいてきた。そして、しゃがんで撫でまくる。
「かわいい~!! なになに、アンタ犬飼い始めたの? 綺麗な灰色の毛並み~、名前は?」
「あー……タル」
「タル?」
「ああ。えと……タルタルソース作ってて、それで思いついた名前」
「ふーん。タルちゃん、よろしくね」
『くーん』
せっかくなので、散歩ついでにカナデの買い物に付き合うことにした。
住宅街を歩きつつ、俺は気付く。
(……へえ、カナデのヤツ、以前より強くなってるな)
纏うオーラというか、闘気というか……エレメントかな? その力が増している。
俺は言う。
「お前、家は都心じゃなかったか?」
「そうだけど、実家に帰省するでしょ。それに、実家と都心、距離そんなに離れてないし」
「はは。テレビとかにも出るS級ダイバーも、カレーの材料買いに出かけるんだな」
「ま、そうね」
カナデとの会話は、心地いい。
ふと、気になった……以前、俺がカナデを助けた時に、世界崩壊の危機を上層部に伝えるよう言ったけど……あれからどうなったのかな。
「アトラトル」
「ッ!?」
いきなりカナデの口から出てきた単語に、心臓が飛び跳ねた。
「あいつさ、『崩壊論』の信者だったのよね」
「……い、いきなりだな」
「なんか、アンタ見てたら話したくなって。聞いてくれる?」
「あ、ああ」
カナデは「ありがと」と微笑んだ。
近くの公園に移動し、ベンチに座る。タルは遊びたそうだったのでリードを外すと、公園内を走り出した。
「あのさ、逢魔……『崩壊論』って知ってる?」
「ああ。電波ジャックされて、日本中に『世界が崩壊する』とか言ってたやつだろ」
「うん。アトラトルも、世界が崩壊するって言っててさ、ダイバーギルドの上層部に崩壊の危機伝えろって言ってさ……まあ、伝えたけど」
「伝えた? それで……」
「なにも。なーんにも変わらない。いつもの日常が続くだけ」
「……お前は、信じてるのか? その、アトラトルの話」
「……わかんない。ダンジョンなんて生まれた時からあるし、いきなり『ダンジョンのせいで世界が崩壊します』なんて、馬鹿でも信じないでしょ」
「…………」
そうだろうな。
俺だってそうだ……デッラルテが崩壊するなんて、転移してすぐには信じられなかった。
「だからさ、準備はしておくの」
「……準備?」
「うん。強くなって、もし世界が崩壊しそうになったら、それを止める。そのために力を付けるのよ」
「…………」
カナデは、微笑んだ。
「最近、正太郎も真面目になってさ、調子に乗ること少なくなってきたのよ。かれんも鉄之助もやる気出てるし、みんなレベルも上がってきてさ」
「…………」
「……逢魔?」
「……ああ、そうだよな。備えは……大事だよな」
「…………え?」
俺は、カナデを見て立ち上がる。
自分がどんな目をしているのか、どんな顔をしているのか、わからなかった。
「頑張れ、カナデ。俺……応援してるから」
「……逢魔、アンタ」
軽く口笛を吹くと、タルが戻って来た。
リードを付け、家に帰るために歩き出す。
もう、振り返らなかった。だから……聞こえなかった。
「……逢魔の目。どこかで、見たような」
◇◇◇◇◇
霧氷 刹那
◇◇◇◇◇
刹那は、ダイバーギルド本部にある中庭にあるベンチに座っていた。
「ふう……」
剣術の訓練、エレメントの訓練、戦術書などを読み知識を蓄える。
どれも、ダイバーにとって……いや、チームを率いるリーダーとして必要なものだ。
「……温泉にでも行きたいわね」
やや痛んだ自分を髪に触れ、疲労が蓄積していることから目を反らしている自分に気付く。
以前よりも強くなり、エレメント能力も上がり、戦術の幅も増えた。十代でこれほどの努力をしているのは、刹那だけかもしれない。
すると、中庭の通路を横切る、見覚えのある顔があった。
「温泉かあ……日帰りか?」
「うん。バイクあれば日帰りで行けるよ。実は……ぼくのおばあちゃんが経営してるんだ」
「おばあちゃん?」
「ぼくの実家、田舎だって言ったよね? そこは父方の実家の方でさ、母方の実家は、都心からそう遠くないところで、小さな温泉旅館をやってるんだ」
「へえ~、そうなのか」
「うん。バイクで一時間くらいだし、どうかな。疲れ、取れると思うよ」
「……いいな」
そんな会話が聞こえた。
温泉。刹那は、スマホを取り出しスケジュールを確認。
今日は一日訓練のつもりだったので、明日まで予定はない。今はまだお昼を過ぎたばかり……大学の講義も入っていない。
どうしようか迷ったが、逢魔と目が合った。
ハイジも気付き、二人は会釈する。そのまま二人は清掃ギルドの建物に入ろうとしたので、刹那は言う。
「お、お待ちください!!」
「「……?」」
「その、温泉、と聞こえまして」
「なんだお前、行きたいのか?」
どストレートな逢魔の返しに、刹那は顔が赤くなる。
よっぽど疲れているのか。普段の自分なら、呼び止めもしなかった。
逢魔はハイジに何かを言い、ハイジは「うん、大丈夫」と言ってスマホを取り出す。そして、逢魔が近づいてきた。
「バイト、あと少しで上がりなんだ。そのあと、ハイジの実家にある温泉に日帰りで行くけど……お前も行くか?」
「……よ、よろしいのですか?」
「ああ。でも、終わったらすぐ行くぞ。誰かを待つとかしないからな。それでも一緒に行くなら、三十分後にギルド裏の駐車場に来いよ」
「……行きます!!」
刹那は立ち上がり、ダイバーギルドへ向かう。
着替え、必要なものをハンドバッグに入れ、軽く髪を整えて駐車場へ……ちょうど三十分経過していた。
駐車場では、バイクの前にハイジと逢魔がいて、楽しく談笑している。
「お、来たか。ほれ」
「え?」
逢魔に、ヘルメットを投げ渡された。
「俺のバイク、二人乗りできるからよ」
「……あ、あなたの後ろに?」
「ああ。ハイジのはスクーターだし、俺のは二人乗りできるから」
「ふ、二人乗りって……」
「あん? 知らないのか? 法改正されて、免許取ってすぐ二人乗りできるんだぞ」
「そ、そうじゃ、なくて」
男のバイクに、二人乗り。
そのシチュエーションが、異性との距離がここまで近くなることを、刹那は想定していなかった。
逢魔は「ほら行くぞ」とバイクにまたがる。刹那はおずおずと、逢魔のバイクの後ろに乗る。
「……ッ!!」
距離が近い。
そして、逢魔の背中が目の前にある。
広い肩幅、以外にも細い腰、そっと触れると男の硬さがわかる。
どうしていいか迷っていると、逢魔が振り向き……なんと、ヘルメットに触れた。
ビクッとして目を閉じると、耳元で『ピー』と聞こえる。
『あ、あ。聞こえるか? インカム、三人で話せるから』
『えと、霧氷さん……よろしく。ぼく、ハイジでいいですから』
『……よ、よろしく』
今の自分、あまりにも子供では? と……刹那は普段のクールな自分を思いだそうとする。
『おい、腰でも背中でもいいから掴んでろ』
『ッ』
刹那は、逢魔の腰に手を回し、ガチガチに緊張しながらバイクは走り出した。
◇◇◇◇◇
小さな温泉旅館、というのに相応しい佇まいだった。
木造りの、小さな林の中にある小さな旅館。こぢんまりとしており、従業員は四人しかいない。
部屋も六部屋しかなく、旅館というよりは民宿に近い。だが、外観は立派な温泉旅館だった。
逢魔は言う。
「へえ、いいところだな」
「うん。実は、けっこう人気のある旅館でね……普段は予約でいっぱいなんだ」
「そうなんですか? でも、他のお客様は……」
小さな駐車場には、車が一台もない。
ハイジは照れたように言う。
「実は、おばあちゃんが大学の合格祝いってことで、半日だけ貸し切りにしてくれたんだ。お友達と温泉でも……って。まあ、大掃除で業者を入れて、経営再開が明日からだから半日なんだけどね」
「いいおばあ様なのね」
「……えへへ」
ハイジも、刹那相手に緊張することが少なくなっていた。
それよりも『友達』というのに対し、緊張しているように見えた。
旅館に入ると、ハイジの祖母が出迎えてくれる。
「あらあらハイジちゃん。こんなに綺麗なお嬢さんを連れて。そちらの彼も、ハイジちゃんとお友達になってくれてありがとうねぇ」
「お、おばあちゃん!!」
逢魔と刹那はぺこりと頭を下げ、さっそく部屋に案内された。
綺麗な和室だ。泊りではないので荷物を置くだけだが、浴衣なども容易されている。
「夕食も食べていってよ。帰りは送ってくれるって」
「送るって、バイクはどうするんだ?」
「トラックに積んで運んでくれるって。さ、温泉に行こうか。霧氷さんも、ごゆっくり」
「はい、ありがとうございます。それと……刹那で構いませんわ。ハイジくん、と……」
「逢魔でいいよ」
「では、逢魔くん」
異性の友人。刹那にとって、初めての経験だった。
さっそく温泉へ。
刹那は身体を流し、湯舟に浸かる。
「……っ、はぁ」
とろけるような……いや、とろみのある温泉だった。
湯ノ花が浮かんでいる。それに、肌に塗り込むようにすると、スベスベになる。
温度もちょうどよく、とろけるような……刹那は、久しぶりの至福に頬を緩めていた。
「……気持ちいい」
凝り固まった神経がほぐれていくような感覚。
そして、思うのは……『アトラトル』のこと。
「…………」
強かった。あれでA級ダイバーとは思えなかった。
エレメント能力では説明できない異能。鋭い剣技。
仮面を被っていたが、その赤い瞳を思いだすと……刹那の胸が熱くなる。
「あの方と、一緒に……」
もし、アトラトルがチームに入ってくれたら。
そう考えるだけで、刹那の頬が緩む。
だが……あんな強い人が、自分よりも弱い人間が率いるチームに入ってくれるだろうか。
「……だから、強くなる」
自分だけでなく、仲間も一緒に。
カナデたちも今、強くなるために二百階層の攻略を勧めている。
負けられない。刹那は頬をパンと叩き、温泉で緩んだ思考を引き締めた。
その後のことは、薄ぼんやりとしか覚えていない。
温泉から上がり、逢魔たちと一緒に牛乳を飲み、部屋でくつろいだ。
運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、そのまま旅館の車でマンションまで送ってもらった。
心地よかったせいか、帰りの車では逢魔の肩にもたれかかって寝てしまったようだが……刹那は、そのことを全く覚えていないのだった。




