第12話
翌日。
大学へ行き、講義を受け、お昼は学食で食べることにした。
ハイジと合流し、日替わりランチを注文。空いている席に座り、俺はカバンからパンフレットを出す。
それを見て、ハイジは言う。
「逢魔くん、それって……バイク?」
「ああ。教習所通おうと思ってな。俺の家、大学まで徒歩一時間くらいだし、電車でもいいけど……あんまり窮屈なの嫌だしな」
「へぇ~、いいなあ。ぼくも通おうかなあ」
俺は、教習所のパンフレットをハイジへ見せる。
「清掃人の給金、かなりいいからな。前にあった百七十階層での掃除でかなり稼げたし」
「だよね……あ~、あんまり思い出せないけど、『アトラトル』が出たんだよね」
「あ、ああ……」
定着してる……『アトラトル』ね。
まあ、カッコイイし別にいいか。そもそも俺だってことバレてないし。
そして、注文時に渡されたレシーバーがピーピー音を鳴らした。どうやら料理ができたらしい。
今日の日替わりはカツ丼だ。しかもけっこうな量で、ドンブリからカツがはみ出している。これはうれしい。
ハイジはサンドイッチ盛り合わせ……ちょっと似合うな。
「教習所に通うくらいの金はあるし、今日はバイトもないから行くつもりだけど……ハイジ、どうする?」
「バイクかあ……うーん、ぼくはダンジョンに入ってみたいから清掃人のアルバイト始めたのであって、お金の使い道考えてなかったなあ。よし、せっかくだし逢魔くんと通うよ。一緒にツーリングとかできたら楽しいかもしれないしね」
「お、おう」
なんというか、ストレートなやつだ。
そのまま昼食を味わっていると、食堂の入口が騒がしくなった。
「てかさ、アンタってお嬢様なんでしょ? 学食使うとか似合わないわ」
「あら。ご存じないの? ここの学食、おいしいって評判なのよ? というか、お嬢様はやめてくださる?」
カナデと霧氷刹那だ。なんとも意外な組み合わせ……でもないか。
友達なのか知らんが、二人で並んで食券機の前でお喋りしながら選んでいる。
「わ、逢魔くん。カナデさんと刹那さんだ……すごいよねぇ。日本トップクラス、世界ランカーのダイバーが並んで食券機の前にいるなんて、すごい光景だよ」
「まあ、そうだな」
カツ丼うまい。
カツを食べ、味噌汁を啜り、たくあんを齧る……うーん、たくあんのコリコリした食感がまたいい。
「お、逢魔くん。あの二人、こっち来てるような……」
「あん?」
すると、カナデと霧氷刹那が俺たちの方に来た。
「逢魔。アンタもここにいたんだ」
「そりゃ学生だしな。そもそも、俺が太陽浴びながら中庭で手作り弁当広げるような奴に見えるか?」
「……まあ確かにね。でもアンタ、自炊できるでしょ」
カナデは俺の隣に座った。
霧氷刹那も少し周囲を気にしていたが、そのまま緊張マックスのハイジの隣へ。にこやかに微笑んで「失礼します」と言って座った。
「なんでここで食うんだよ」
「いいでしょ別に。席、あんまり空いてないし。今日は鉄之助もかれんもいないから、話し相手欲しいのよ」
轟をナチュラルに省くカナデ……嫌ってんのかねぇ。
俺はチラッと霧氷刹那を見る。
「刹那と会ったの偶然よ。この子も、今日は一人なんだってさ」
「ふふ。またお会いしましたね」
微笑を浮かべる霧氷刹那……わかる。この笑顔、余所行きの笑顔だ。
かつて、フェリアナが各地の聖堂を巡礼した時、権力大好きな肥えたブタみたいな司祭たちに向ける笑顔とそっくりだ。笑顔だけど、笑顔じゃない。そんな感じの笑顔を俺に向けた。
それが、どうも嫌だった。
「あのさ……普通にしてくれないか」
「え?」
「いやその、失礼かもしれないけど……」
「どうぞ、構いませんので」
「じゃあ遠慮なく。俺、作り笑顔が苦手なんだ。だからその顔やめてくれ」
シーンとなった。
カナデは口をポカンと開け、ハイジはサンドイッチを皿の上に落とす。
霧氷刹那は目を見開き、そしてクスクス笑いだした。
「あなた、面白いわね」
お……今度の笑みは、自然な感じがした。
カナデは俺の背中をバシッと叩く。
「アンタね……そんなストレートに言うことないでしょうが」
「いってぇな。メシ食ってんのに叩くなよ」
「ったく……あ」
カナデ、霧氷刹那のレシーバーがピーピー鳴る。
二人は料理を取りに席を立った。
「おおお、逢魔くん、キミ何言ってんの!?」
「いや、言いたいこと言っただけだぞ」
「あのね、霧氷刹那さん。前にも言ったけど、国内トップレベルの大企業『ワルキューレ・コーポレーション』のご令嬢で、日本の五指に入るお金持ちのお嬢様!! しかも本人は国内トップレベルのダイバーで!! ダイバー配信者でもトップレベルの登録者数を誇る人なんだよ!?」
「お、おう……トップレベルって何回言った?」
「あうう……そんな人が隣に座って、しかも笑顔を向けてくれただけでも死にそうなのに」
ハイジは残ったサンドイッチを一気に口に入れ、水をがぶ飲みした。
そして、二人がトレイを手に戻って来た。
カナデは肉ラーメン、霧氷刹那はサンドイッチ盛り合わせだ。
「ん~、ここの肉ラーメン気になってたのよね。逢魔のカツ丼も気になったから、今度食べよっと」
「相変わらず、肉好きだよな」
「うっさいわね。身体動かす以上、エネルギーはいつも不足してるの」
カナデは肉ラーメンを食べ始める。
霧氷刹那は、上品にサンドイッチを食べ始めた……なんというか、この二人は正反対だな。
食事を終えると、カナデはテーブルにあったパンフレットに手を伸ばした。
「教習所……車でも買うの?」
「バイクだよ。家からここまで徒歩一時間くらいだろ? 電車もいいけど、バイクも乗ってみたいしな」
「へー……」
「バイク……」
と、霧氷刹那がパンフレットをジッと見る。
カナデは霧氷刹那にパンフレットを渡して言う。
「アタシは都内に住んでるし、必要ないけど……確かにカッコいいかも。でもアンタ、お金……あ、そっか」
たぶん、カナデは俺の両親が遺した遺産について思ったんだろう。
というか……俺が召喚されて戻ってきたことで、歴史がいろいろ改変されているから、カナデがダンジョンに入るきっかけとか、チームを組んだ経緯が曖昧なんだよな。
ちゃんと聞いてみるか……まあ、ハイジたちいても問題ないだろ。
「なあ、カナデ。お前たちが『ドレッドノート』を結成したのっていつだ?」
「……いつって、ダイバーになれるのは十六歳からで、あたしの誕生日に合わせて、みんなで登録しに行ったじゃない。あんたは興味ないって来なかったけどさ」
「……そう、だったな」
当然、知らない。
ダンジョンは、遥か昔から存在した設定になってる。俺がデッラルテに転移する前とは歴史が違ってる……記憶もそれに合わせて修正されたのか?
俺の両親が死んだのは十八歳の頃。転移する前だった。この辺の改変はされていない。
わからん……この世界に、何が起きているのか。『教授』がいれば、いろいろ考察してくれたんだろうけど。
霧氷刹那も、紅茶を飲みながら言う。
「私も同時期でしたね。我が社がダイバー装備事業に乗り出し、テストプレイヤーを必要としていましたので」
「で、あんたは才能もあって一気にトップクラスのダイバーへ。事業も大成功ってことね」
「ええ、そうですね」
カナデの皮肉にも、霧氷刹那は笑顔で返す。
そして、話題はやはり例のアレに変わった。
「そう言えばさ、逢魔も、そこのアンタも……『アトラトル』に遭遇したのよね」
やはりきたか。
ハイジはウンウンと頷き、霧氷刹那はカップを置いて俺とハイジを見た。
なんとなくだが……この二人、最初からそれを聞くために俺たちのところへ来たのかもしれない。
俺は緑茶の入った湯飲みを手にする……まだ少し熱い。
「何を聞かれても、俺もハイジも知らないぞ。そもそも、あのデカい馬みたいな魔獣にアテられて、気を失ってたんだからな」
「う、うん……気付いたら、逢魔くんとぼくは倒れてたよね」
「……ふぅん。そうなのね」
カナデはオレンジジュースを飲み干し、コップを置く。
「アトラトル。何者か知らないけど……うちのチームに来てくれたらありがたいわね。あの火力、最高すぎる……ほれぼれしちゃう」
「お待ちを。カナデさん……アトラトルを勧誘するおつもりで?」
「また会えたらね。A級ダイバーって話だし、いずれ見つかるんじゃないかな。また会えたら声をかけるつもりよ」
「そうですか。それは叶わない願いかと……アトラトルは、チーム『ワルキューレ』に加入していただきます」
「はああ? 何それ」
「強さもですが、あの装備……調べても調べても、どこの企業の装備なのか不明です。ぜひ、お話してみたいですね」
「フン、先に眼ぇ付けたのウチだから」
「あれ、最初に接触したのは私ですわ」
互いににらみ合うカナデ、霧氷刹那。
ハイジはワタワタしていたが、俺はそれを冷めた目で見ていた。
(……仲間、か)
思い出すのは、かつての仲間。
特撮マニアのドワーフ、魔法少女マニアのエルフ、オタク気質な教授、頭の固い女騎士、手癖の悪い弓士、無口だけど甘党の重戦士、金勘定が好きなロリババア、宴会部長の参謀。人懐っこいネコミミ獣人のアサシン。
そして、いつもそばにいてくれた聖女……目を閉じると、あいつらの顔が浮かぶ。
そもそも、バオファオごときに手も足も出ないカナデたちは、足手まといもいいところだ。
俺は食器を手に立ち上がる。
「じゃ、午後の講義あるから。ハイジ、行こうぜ」
「あ、うん」
「「ぐぬぬぬぬ……!!」」
カナデ、霧氷刹那は、俺とハイジを無視してにらみ合っていた。
◇◇◇◇◇
その日、ハイジと一緒に教習所へ。
バイクの教習予約を入れ、時間が余ったのでバイク屋へ。
「ぼく、スクーターがいいなあ」
「俺はスポーツタイプかな……うーん、そそるね」
カラーは……白がいいな。
ハイジはどういうわけか、ピンク色のスクーターをジッと見ていた……いや、いいんだけどピンクって。ていうかピンクあるんだ。
それから、バイク屋の隣にあったショップでヘルメットを見たり、ジャケットやグローブなどを見た。
見ているだけで楽しい。ハイジも同じようだ。
店を出て、そのまま夕食を取るためファミレスへ。
「ねえ、逢魔くん。講義にアルバイトに免許講習……なんだか、大学生って感じだね」
「まあなぁ。大学ならサークルとかあるんだろうけど、そこまではな」
「勧誘もしてたよね。まあ、ダイバー関連のサークルがすごいらしいよ。『エレメント限定サークル』とか、『重戦士サークル』とか」
「なんだよそれ……」
なんでも、火のエレメント保持者しか入れないサークルだとか、重戦士しか入れないサークルだとか……他にもいろいろあるみたいだ。
サークルね……正直、興味はない。
「お前は興味ないのか? サークル」
「い、いやぼくは……アルバイトあるし、けっこう人見知りだから」
「まあ確かに」
「うう……そういう逢魔くんは? サークルとか」
「興味ない」
そもそも、そんな暇はない。
世界崩壊まで、多少の余裕はあるはずだが……だからといってのんびり大学生活を満喫するつもりはない。
俺は、ハイジに聞いてみた。
「なあハイジ。一般庶民としての感覚で答えてくれ。今、この世界にあるダンジョン……どう思う?」
「どう思う、って……そうだなあ。不思議だよね」
「不思議?」
「うん。ダンジョンって、世界中にあるんだよね。発見済みのダンジョンだけでも数千あって、未発見のダンジョンはまだまだあるらしいんだ。だから、不思議だよね……」
「……もし、ダンジョンが増えすぎて、世界が滅ぶとしたら?」
「あはは。崩壊論のこと?」
──心臓が一瞬止まりそうになった。
思わずフォークを強く握ってしまう。
俺は、声が震えないように言う。
「崩壊論?」
「うん。昔、面白いデマが日本中で拡散したんだ。『ダンジョンはいずれ、世界を滅ぼす』ってね。でも、誰もそんなこと信じなかったし、今もこうして世界はいつも通り動いてるよね」
「……その崩壊論って、誰が言ったんだ?」
「サイバーテロがあったんだよ。知らないの? 二年くらい前に、日本の公共電波をハイジャックして、『崩壊論』を語った人がいたんだ。それが誰なのか、どういう意図があったのかわからないけど……正体は不明なまま。日本中のお茶の間に、『いずれダンジョンは世界を滅ぼす』って、流れたんだ。それが崩壊論って言われてる」
「…………」
なぜか、俺はその『崩壊論』を語ったやつが気になった。
◇◇◇◇◇
ハイジと別れ、俺は家に戻って来た。
タルを抱っこし、リビングでテレビを付ける。
チャンネルはニュース、バラエティー、ダイバー特集、アニメ、ダイバー特集、ダイバー特集……ダイバー関連の放送ばかりやっている。
このテレビ電波を使い、誰かが『崩壊論』を語ったのか。
「……まさかな」
『わう?』
世界が崩壊することを知っているのが、俺以外にもいるのかな……だとしたら。
「……デッラルテからの、転移者。馬鹿な」
タルをギュッと抱きしめる。
『くーん』
「……あ、悪い。苦しかったか。よし、気分を変えるか……風呂行くぞ」
『わう』
考えてもしょうがない。
明日もバイトだ。調査することはいくらでもある……今日はもう寝よう。




