第10話
「えー、本日は清掃人の仕事に密着。ま、退屈な配信になるけど見てくれよな」
歩いていると、ドローンカメラを飛ばした轟がカメラに向かって言う。
カナデは顔をしかめて言った。
「ちょっと……まさか」
「ナマじゃねーよ。あとで編集するって」
「あのね、配信はあたしたちの活動がいかに危険か、これからダイバーを目指す人たちの参考になればってことで始めたことでしょ。やむを得ない場合を除いて、部外者の顔は写さないって決まりもあるじゃない」
「堅いこと言うなよ。清掃人がどういう仕事か知ってもらうのも、立派なダイバーの仕事だぜ? なあ」
「え、あ、はい」
轟がハイジに言うと、ハイジはブンブン首を振る……断りにくそうなハイジに言うところが轟らしい。
それにしても、配信か。
俺は、後ろにいた堂島に聞く。
「なあ堂島。ダンジョン配信って誰でもできるのか?」
「ああ。ダイバーの副業みたいなものだ。広告収入も入るし、下層へ行ける実力者の配信には多くのフォロワーがつく。中には、配信者になるためにダイバーを目指す者もいる」
「ふーん……」
「ちなみに、オレらは全員が配信者だ」
カナデは登録者五百万人超えの有名配信者。いろんな企業から装備など提供してもらい、それを使ってどういうモノなのかを実際にダンジョンで見せる配信もやってるようだ。
本人は『これからダイバーを目指す新人が、自分に合った装備を選べるよう少しでも役に立てれば』みたいな感じらしいけど……カナデ、真面目だもんな。
三上、轟は二百万人超えの配信者。そして堂島は。
「オレの登録者数……二千人」
「え?」
「……オレは口下手だからな。配信も全くやらないし、人気もない」
「そ、そうなのか」
堂島……こいつ、やっぱいいやつだ。
ともかく、専用ドローンカメラを飛ばして録画し、あとで編集して投稿するようだ。生配信の時もあるみたいだけど……ほんと、デッラルテでは考えられない。ここではダンジョンが娯楽の一つみたいに消費されるようだ。
それからしばらく進み、カナデは言う。
「……魔獣がいないのは助かるわ。逢魔の言う通り、誰かこの階層にいるのかも」
「チッ、つまんねぇな」
轟は舌打ちする。
そして、カナデがマップを見ながら進み……広い空間に出た。
「ここが現場ね」
到着したのは、かなり広い空間だった。
白い煉瓦造りで、学校の体育館みたいな広さ。だが、これまでと違うのは、魔獣の死骸が転がっているのと、壁や床に亀裂が入り、緑色の液体で汚れているところだった。
ハイジは、転がっている魔獣を見て、スマホで写真を撮る。
「すごい!! 逢魔くん、あれ……コモドアーズドラゴンだよ!!」
「……子供? あず、ドラゴン」
「コモドアーズ、ドラゴン!! 百階以下の階層でしか現れないドラゴンだよ!! わぁ~……かっこいい」
「死骸だろ。しかも、緑色の血ぃ出てるし……てかドラゴンってかデカいトカゲだぞ」
「もう!! 夢を壊さないでよ!!」
「す、すまん」
「そこの二人。私たちの仕事ですよ」
朱美さんは、すでにカバンを降ろして清掃道具を取り出していた。
俺とハイジも荷物を降ろす。
「では『ドレッドノート』の皆さん、作業終了まで護衛をお願いします」
「わかりました。かれん、鉄之助は入口の見張り、あたしは向こうの道、正太郎はあっちの道を偵察。正太郎、くれぐれも変な行動はしないように」
「へいへい。おい逢魔、撮影してるからちゃんと掃除しとけよ」
そう言い、轟は行ってしまった。
堂島、三上も見張りへ。そして、カナデが俺のところへ来た。
「あのさ、逢魔」
「ん、なんだ?」
「その……さっき、かれんと何を話してたの?」
「……ああ、昔のことだよ」
「昔?」
「ああ。隠すようなことじゃないし、あとで三上に聞いてくれ」
俺は解体用ナイフを出し、死骸の元へ。
カナデはまだ気になっているようだったが、俺がトカゲの外皮にナイフを刺したのを見ると、そのまま何も言わずに偵察へ行ってしまった。
少し、冷たかったかな……と思い、振り返る。だが、もうカナデはいなかった。
「逢魔くん、魔獣の素材、所有権は清掃ギルドにありますので、丁寧な解体をお願いしますね」
「え、そうなんですか?」
「はい。この魔獣を倒したチームが素材を放棄したので」
朱美さんは、薬剤で血を拭きとりながら言う。
俺は解体を続け、内臓を丁寧にばらして一か所にまとめ、薬剤をかけて火を付ける。
朱美さんはまた言う。
「……本当に手際がいいですね。このサイズの魔獣の解体を、まだ大学生になったばかりのキミが、こうも容易く……」
「え、ええ……その、なんとなくというか。ははは」
この程度のサイズだったら、一時間もあれば簡単にバラせる……とは言わない。
まあ、本当なら俺は二十八歳。十年間、デッラルテで暮らした経験がある。魔獣の解体なんて日常茶飯事だったし、狩人の仲間からいろんなコツを伝授された。
ハイジを見ると、亀裂にパテスプレーを吹き込んで穴を塞ぎ、固まった余分なパテをナイフで削っていた。
朱美さんも手際よく掃除をし、全ての作業が終わったのは、始めてから二時間後だった。
「……ふう。これで終わりですね」
朱美さんがマスクを外して言う。
俺も、トカゲの外皮や骨、瓶に入れて薬液で満たした眼球などをカバンに入れる。
ハイジも、掃除道具を全て収納した。
「ハイジ、ほれほれ、眼球」
「わわ、そ、そんなに近づけないでよ」
ハイジに眼球の入った瓶を見せつける。野球ボールくらいの黄色い眼球だ。
作業終了を三上に報告し、堂島が偵察に行ったカナデを呼びに行く。
カナデが戻った時だった。
「……あれ、正太郎は?」
轟がいない。
まだ偵察に行ってるのか戻ってこない。
轟が向かったのは、新エリアの通路……まだ、誰も踏み込んでない通路だ。スマホで連絡しようとするが、繋がらないようだ。
カナデは言う。
「あのバカ……まさか、余計なことしてないでしょうね」
「……イヤな予感するかも」
「同感だ。はあ……カナデ、こっちには非戦闘員が三人もいる。さすがに問題が起きての対処は厳しいぞ」
三人で何か話をしている。
そして、カナデは俺たちに言った。
「正太郎を探しに行くわ。朱美さん、逢魔、ハイジくん……絶対に守るから、一緒に来てくれる?」
「……わかりました。こちらとしても、同行する以外の選択肢はありませんので」
「も、申し訳ございません……」
一応、『ドレッドノート』は清掃ギルドに雇われている形だ。
轟が契約外の無断行動をしているのは事実。そこに、日本トップクラスとか、有名ダイバーとか関係ない。
俺たちは、轟が向かった道を進み……気付いた。
「…………なに、これ」
「ひっ」
カナデは、転がっている魔獣の死骸を見た。
横幅が広い通路に、魔獣が何体も転がっている。蛇みたいな魔獣、蛾みたいな魔獣、でかいゴブリンみたいな魔獣……堂島は魔獣の死骸を掴み、頭を見た。
「見ろ、この傷……正太郎の攻撃によるものだ」
ゴブリンの頭に、何か貫通したような跡があった。
それに、周囲が焦げている。
「正太郎の『矢』ね。あのバカ……勝手に戦闘したみたいね」
「ど、どうする?」
「はあ……行くしかないでしょ」
堂島が死骸を放ると、魔獣の死骸はダンジョンに吸収された。
俺たちは、カナデを先頭に進む。すでに『ドレッドノート』の三人は戦闘態勢だ。
俺も無意識でスイッチを入れる。いつでも『召喚』できるようにするが……カナデたちの前で『変身』して戦うことはできれば避けたい。
そして、通路を進むと……聞こえて来た。
「クッソがああああああああああ!!」
轟の声、いや……叫びだった。
「朱美さん、絶対に通路の奥に来ないで!!」
そう言い、カナデが叫んで通路の奥……広い空間に飛び込む。
堂島、三上も俺たちをすり抜け飛び込む。
俺は、俺たちは見た。
通路の奥にある広い空間……そこに、巨大な何かがいた。
「…………ッ!!」
俺は目を見開いた。
そこにいたのは、四足歩行の獣。
馬のような身体を持ち、人間の胴体がくっついたケンタウロスのような魔獣。
だが、胴体に腕が六本あり、身体が青く燃え、顔には目や鼻、耳がない……あるのは口だけ。
手には槍のようなモノを六本持ち、口は愉悦で歪んでいた。
「正太郎!!」
「気を付けろ、こいつ未登録だ!! 推定レートS以上!!」
「カナデ……あなた」
「え、刹那……なんでここに!?」
さらに、なぜか霧氷刹那のチームがいた。
全員負傷している。霧氷刹那のチーム女子三人はすでにダメージを受けて地面に転がり、霧氷刹那も血だらけだった。
カナデはすぐに大斧を手にし、刹那の前に飛び込む。
「なるほどね。あたしらの前にここを調査して、魔獣退治してたのあんたらだったのね」
「偶然よ。そもそも、この階層に来たのはポータルの誤作動だから」
「相変わらず、ポータルに嫌われるわね」
「う、うるさいわ。それより……こいつ、見たことのない魔獣よ」
六本腕を持つ、異形のケンタウロス。
大きさが五メートル以上。腕も丸太より太く、馬の足もかなり太い。ひと蹴りで大型重機も軽く吹き飛ばせそうな脚力がありそうだ。
「刹那、まだいける?」
「……ええ。轟くんのおかげで、全滅は避けられたから」
「フン、感謝しろよ? へへ、いい撮れ高だぜ」
異形のケンタウロスは、グチャリと口を歪め、槍をカナデたちに向ける。
「全員、いつもの行くわよ。刹那、あんたは」
「当然、あなたと並ぶわ」
「ふん、邪魔しないでよね!!」
「ええ!!」
カナデの周囲が燃え、霧氷刹那が冷気を纏う。
轟は紫電を帯び、三上は水を、堂島は黄色いオーラを纏う。
「あれが、エレメントか」
俺が言うと、朱美さんもハイジも何も言わない。言えない。
あの異形のケンタウロスに、飲まれているようだった。
「足狙い、あとは意図を組んで!!」
「「「了解!!」」」
カナデが飛び出す。
真紅に燃える斧を担ぎ、重量を感じさせない速度で走る。
『ハァァァァァァァ!!』
槍がカナデを突き刺そうと振り下ろされるが、カナデは全てを紙一重で躱す。そして、斧を手に回転し、炎を噴射させて威力を増し、そのままケンタウロスの右足に叩きつける。
「『炎爆断』!!」
ズドン!! と、丸太のような前足に斧が叩きつけられる……が。
「硬っ……何この足!!」
「カナデ!!」
「ッ!!」
槍が振り下ろされる。
すると、大剣を頭上に掲げた堂島が割り込み、槍を剣の腹で受けた。
「ッッッ!?」
ブシッ!! と、あまりの重量に堂島の立つ地面に亀裂が入り、堂島が潰されそうになる。鼻血が噴き出し、吐血するがカナデを守り切った。
「野郎おおおおおおおお!!」
轟は紫電を帯びた矢を連続で射出。
その全てが心臓、首、頭を狙うが、強靭な外皮に刺さることなく弾かれる。
『ジャ、マ』
「えっ」
無造作に槍が振るわれ、轟の身体を直撃。そのまま時速百キロ以上で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「正太郎、鉄之助!!」
『オマ、エも、じゃ、マ』
「っ!!」
異形のケンタウロスは、前足を三上の前で踏みしめる。地面が揺れ、三上は飛ばされ地面を転がった。
「野郎おおおおおおおお!!」
「カナデ、落ち着いて。一緒に!!」
カナデが飛び、霧氷刹那が飛び……炎の大斧、氷の剣が交差した。
そして、口を歪めた異形のケンタウロスは槍を交差し、二人の渾身の一撃を受け止め、さらに弾き飛ばす。
「あっが!?」
「うぐっ!?」
二人は壁に激突、吐血する。
全員、倒れた。
レベルの違う敵だ。
「…………やっぱ、そうなのか」
「え? 逢魔く」
「えっ」
俺は、ハイジと朱美さんの鼻に、異空間から取り出したシャンティア特製の眠り薬の小瓶を嗅がせる。二人は一瞬で落ち、そのまま気を失った。
二人を壁に寄せて寝かせ、俺は荷物を降ろす。
「確信したよ……『偽装』」
黒衣、仮面をつけ、髪色が白く、瞳が赤くなる。
目の前にいる『異形のケンタウロス』……いや、違う。
「十二獄迷宮を司る核の一つ、『邪賊』スカルミリオーネの眷属にして側近、バオファオ……」
俺は、腹の奥から迫ってくるどす黒い『怒り』に気付いた。
バオファオ。こいつは、かつて俺の仲間を殺したデッラルテの魔獣……その一体。
間違いない。デッラルテのダンジョンと、地球のダンジョンはリンクしている。
『シね』
「「……っ!!」」
カナデ、霧氷刹那に向けて槍を振り下ろす。
だが、俺は神速で割り込み、その槍を素手で、両手でつかんだ。
『ア?』
「……」
「え」
「……だ、誰?」
俺は、カナデも霧氷刹那も気にしていない。そもそも、そんな声が聞こえていなかった。
掴んだ槍に力を籠めると、ビキビキと亀裂が入り、砕け散る。
『ナッ……オレの、やり』
「『召喚』 ──『射出』」
背後に、無数の魔法陣が浮かび、そこから剣が射出される。
増殖剣メギストスが一斉に発射され、バオファオの身体に突き刺さり後退させる。
『ギギ……ちくちく、すル』
「……だ、誰? あんた、誰?」
「あ、あなた……以前会った、A級の」
「……ふぅ」
軽く深呼吸する。
二人は今の『俺』が久世逢魔だと気付いていない。
俺は二人に、そして倒れている全員に手を向けた。
「武装召喚──『治癒剣パメヤ』」
召喚したのは、半透明の剣。
それらが全て、倒れている連中に突き刺さった。
「ちょ、ええええええ!? って……あれ、痛くない」
「むしろ、怪我が……」
霧氷刹那も傷が消え、折れていた腕も回復した。
治癒剣パメヤ。一切の攻撃力を持たない聖剣で、『傷を攻撃することで怪我や病気を倒す』ことができる。妖精族からもらった聖剣で、複写剣でいくつもコピーしておいた。
複写した剣は一度使うと消滅する。役目を終えた剣は消滅したが、全員の傷が完治。
『おまエ、なんだ』
「……お前と喋る意味はない。『召喚』」
魔法陣に、再び『増殖剣メギストス』をセットする。
だが、バオファオは笑っていた。
『きか、ない。そんなの、オれにささっても、ナオる!!』
「あっそ。だったら……試してみるか」
腕を振り、三十ほど展開した魔法陣を、追加で二百ほど出す。
全て、バオファオを包囲するように展開。
『え、エ』
「効かないんだろ? 『全発射』」
二百三十の魔法陣から、一斉にメギストスが発射される。
一つ一つの威力が『一』だとしても、二百三十の『一』が合わさり、さらに一秒間に二十連射されたら?
『ウギャアアアアアアアアアアアア!!』
メギストスが、バオファオの腕を、足を引きちぎり細切れにする。
そして、意図的に避けた頭がゴロゴロ転がり、俺の前へ。
「スカルミリオーネはいるんだな?」
『げ、ゲ……なんで、ソレ』
「十分だ」
俺は、メギストスを手に持ち、頭を両断……バオファオは、完全に消滅した。
確信できた。この世界のダンジョンは、デッラルテの物と同じ。
十二のコアが存在する。それを全て破壊できれば、この世界は救われる。
すると、背中に視線。
「あ、あの」
「……あの」
カナデ、霧氷刹那が俺を見ていた。
俺は振り返り、二人を見る……そして、言う。
「忘れるな。命は……一つしかないんだ」
俺は来た道に戻り、少し距離を置いて偽装を解除。そのまま、ハイジと朱美さんの隣でしゃがみ込んだ。
俺は、完全に忘れていた。
轟のドローンカメラが、周囲を飛び回っていたことを。




