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13/30

鍛冶屋ガンズと規格部品

第13話です。

仮水路を維持するため、ルカは同じ形で交換できる部品を作ろうとします。

翌朝、東の仮水路はもう崩れ始めていた。


 中央井戸の水音は、昨日よりも安定している。


 ぽちゃん。

 ぽちゃん。


 けれど、分水石から東へ伸ばした土の溝には、細い赤線がいくつも走っていた。水量は少ない。流れも細い。それでも水が通れば土は削れる。人が踏めば縁は崩れる。


「昨日作ったばかりなのに」


 ミラがしゃがみ込み、頬をふくらませた。


「もう壊れたの?」


「壊れたというより、予定通り傷みました」


「予定通り?」


「土で作った仮水路は長くもちません。だから仮水路です」


「じゃあ、毎日直すの?」


「今のままなら、そうなります」


 それはまずい。


 応急修理は必要だ。だが、応急修理を毎日続ける仕組みは、いつか必ず崩れる。


 王都の錬金術院もそうだった。俺が毎日、小さなズレを直していた。炉の音、薬液の濃度、結界石の欠け。だが、その修正が俺一人に頼っていたから、俺がいなくなった途端に穴が出た。


 この村を、同じ形にしてはいけない。


「ルカさん」


 エルシアが分水石の横に立った。


「今日中に直せますか」


「直せます。ただし、同じ方法では駄目です」


「では、何が必要ですか」


「同じ形で交換できる部品です」


 俺は記録帳を開き、昨夜の最後に書いた項目を示した。


『水路部品の規格化を検討。木、石、鉄のいずれか。村内に加工可能な職人が必要』


「規格化、ですか」


「はい。同じ長さ、同じ幅、同じ形で部品を作る。壊れたら、同じ形の部品と入れ替える。そうすれば、俺が毎回測らなくても修理できます」


 エルシアは仮水路を見て、静かにうなずいた。


「誰でも交換できるようにするのですね」


「それが理想です」


 その時、村の入口から車輪の音が聞こえた。


 南西の道から荷車が近づいてくる。昨日、水を求めてきたハルカ村の寄合代表、バーナンだった。ただし、今日は空の樽ではなく、黒ずんだ道具箱と、曲がった鉄輪、古い木板を積んでいる。


 荷車の横には、大柄な男が立っていた。


 背は高くないが、肩が厚い。腕は丸太のようで、手の甲には火傷の跡がいくつもある。灰色の髭を短く刈り、煤で黒くなった革前掛けを腰に巻いていた。


 男は村札を見上げ、鼻を鳴らした。


「ここが、昨日まで廃村だったって場所か」


 バーナンが俺を見る。


「職人が必要だと言っていただろう」


「言いました」


「連れてきた。ハルカ村の鍛冶屋、ガンズだ」


 大柄な男は片手を上げた。


「ガンズだ。鍛冶屋といっても、今は釘直しと鍋底叩きが主な仕事だがな」


「ルカ・オルメインです」


「追放された井戸番だと聞いた」


「間違ってはいません」


 ガンズは俺を上から下まで見た。


「白衣じゃないんだな」


「追放されたので」


「なるほど。追放されると服まで地味になるのか」


 ミラが小さく笑った。エルシアは笑わず、ガンズの腰の道具に目を向けている。


 バーナンが咳払いした。


「昨日の水は助かった。だが、小瓶十本ではハルカ村は長くもたん。リーベルの水路が安定すれば、うちにも水を分ける道ができる。だから、こいつを貸す」


「俺は道具じゃない」


 ガンズが低く言った。


「仕事をするかどうかは、見てから決める」


 彼は東の分水石へ歩き、膝をついた。土の仮水路を指で押し、崩れた縁をつまみ、分水石の溝を覗き込む。


「土溝か。すぐ崩れるな」


「はい」


「木樋を通すか、石樋を置くか。鉄管は無理だ。材料がない」


「まずは木で作りたいと思っています」


「木なら大工の仕事だ」


「接合部に金具が必要です。木だけだと水量が増えた時に浮きます」


「この程度の水で大げさだな」


「今はこの程度です。けれど、井戸の流量が戻れば違います」


 ガンズは鼻を鳴らした。


「先のことを細かく言うやつは嫌われるぞ」


「よく知っています」


 俺が答えると、ガンズは道具箱から槌を取り出した。


 その瞬間、俺の視界に赤線が走った。


「待ってください」


「あ?」


「その槌、柄の根元が割れています。強く振ると頭が抜けます」


 空気が止まった。


 ガンズの眉間にしわが寄る。


「俺の槌にケチをつけるのか」


「危険箇所です」


「見ただけでわかるのか」


「見えます」


 ガンズは無言で槌を見た。それから柄の根元をひねる。


 最初は動かなかった。だが、楔に指をかけると、乾いた音がして黒く傷んだ木の筋が現れた。


 ガンズの顔つきが変わる。


「……昨日、馬車の車輪留めを叩いた時に妙な音がした」


「その時に割れたのかもしれません」


「赤線、ねえ」


 彼は俺をじっと見た。


「少しは話を聞く。だが、俺は王都の白衣みたいに、紙の上の寸法だけで物を作るのは嫌いだ」


「紙だけでは作りません。現物を見ます」


「なら見せろ。お前の言う、同じ形の部品とやらを」


 俺は地面に線を引いた。


 分水石から受け場まで、必要なのは長い一本の水路ではない。短い木樋をいくつもつなぐ形だ。一本が壊れたら、その一本だけ外して取り替える。南畑へ伸ばす時も、北森へ伸ばす時も、同じ部品を組み合わせられる。


「長さは腕半分ほど。幅は手のひら二つ。底は浅く丸める。左右に同じ位置の留め穴を作る。接合部は金具で押さえます」


「全部同じ長さか」


「はい」


「現場ごとに合わせるほうが早い」


「最初はそうです。ですが、現場合わせにすると、作った人にしか直せません」


「職人の仕事とは、そういうものだ」


「でも、この村には職人が足りません。俺が全部を見ることもできません。ガンズさんが毎日ここにいるとも限らない。だから、ミラでも、ネリアでも、バーナンさんでも、壊れた場所を見て同じ部品に替えられる形にしたい」


 ガンズはしばらく黙った。


 怒っているのではない。考えている目だった。


「……同じ形で作れば、数はいるぞ」


「はい」


「材も手間もいる」


「はい」


「なのに、なぜやる」


「次に壊れた時、早く直すためです」


 ガンズは道具箱の上に腰を下ろした。


「面白くない答えだな」


「よく言われました」


「だが、嫌いではない」


 彼は壊れかけの槌を横に置き、代わりに小さな金槌を取り出した。


「木樋なら、村の壊れた家から使える板を取る。釘は曲がったものを打ち直す。接合部は樽の輪金を切って押さえる。鉄管はまだ無理だ。炉がない」


「炉があれば作れますか」


「炉があればな。だが、それは今日の話じゃない」


「はい。今日は木樋で十分です」


「十分かどうかは、作ってから言え」


 ガンズの手は、もう動き始めていた。


 ハルカ村の男たちが壊れた家から使える板を運ぶ。エルシアはまだ人が休める家から板を取らせないよう確認する。ネリアは南畑の試験区を見ながら、時々こちらへ来て白露草に水が行きすぎないか確認する。


 ミラは俺の横で、長さを測る紐を持った。


「ここまで?」


「そこまでです」


 俺は紐に墨をつけ、木杭に結んだ。


「この紐と同じ長さに切ります」


「これは水路のものさし?」


「そうですね」


「水路ものさし」


 ガンズが低く笑った。


「名前はそれでいいんじゃねえか」


「正式名称にはしません」


「つまらん」


 一つ目の木樋ができたのは、昼前だった。


 板を二枚合わせ、底に細い板を当てる。内側は浅い溝になるよう削る。両端に切り欠きを作り、次の木樋と重ねられるようにする。接合部は、樽の輪金を切った金具で押さえる。


 見た目は粗い。王都の工房で作る部品とは比べものにならない。


 だが、俺には白線が見えていた。


 まだ良くできるが、使える可能性がある線だ。


「通します」


 ガンズが木樋を分水石の東溝へ置いた。


 俺は中央井戸の音を聞く。


 ぽちゃん。

 ぽちゃん。


 問題ない。


 分水石の栓を少しだけ開く。細い水が、木樋へ流れ込んだ。


 最初はうまく流れた。


「流れてる!」


 ミラが目を輝かせる。


 だが、すぐに接合部から水が漏れた。金具の下から、ぽたぽたと水が落ちる。


 赤線が浮かんだ。


「止めます」


 俺は栓を閉じた。


 ミラの肩が落ちる。


「失敗?」


「失敗です」


 俺がそう言うと、ガンズが意外そうにこちらを見た。


「ずいぶんあっさり認めるな」


「漏れていますから」


「王都の連中なら、試験中の想定内だとか言いそうだ」


「想定内でも、漏れは漏れです」


 ガンズは口の端を上げた。


「なら原因は何だ。誤差が見えるんだろう」


 俺は接合部を見る。


 赤線は金具の端に集中している。切り欠きが正確すぎる。木が水を吸ってわずかに膨らみ、金具の端で押し上げられていた。


「切り欠きが詰まりすぎています。水を吸った時の膨らみを逃がせていない」


「そうだ」


 ガンズは満足そうにうなずいた。


「木は石じゃない。濡れれば膨らむ。乾けば痩せる。ぴったり作ればいいってものじゃない」


「はい」


「お前、細かいくせに、そこは雑だな」


「……その通りです」


 反論できなかった。


 俺は寸法をそろえることばかり考えていた。だが、同じ形にすることと、隙間をなくすことは違う。


 壊れない部品には、必要な余裕がある。


 ガンズは木樋の端を指で叩いた。


「ここに少し遊びを入れる」


「遊び?」


 ミラが首をかしげる。


「ふざけるってこと?」


「違う。動ける隙間だ」


 ガンズは笑った。


「きつすぎる戸は開かねえだろ。緩すぎる戸は外れる。ちょうどいい隙間がいる。それを遊びと言う」


「水路にも遊びがいるの?」


「いる」


 ミラは俺を見た。


「お兄さん、遊びも記録するの?」


「します」


 俺は記録帳を開いた。


『木樋接合部、完全密着は不可。吸水膨張により金具端に負荷。接合部に少しだけ動ける隙間を残す』


 書いてから、下にもう一行足した。


『きつすぎると割れる。ゆるすぎると漏れる。少しだけ遊びを残す』


 ミラが覗き込む。


「こっちのほうがわかる」


「なら、こっちも残します」


 二つ目の木樋は、最初より早くできた。


 切り欠きに少しだけ余裕を入れる。金具の端は角を落とす。板の内側は、無理に磨きすぎない。底の傾きは、ミラの水路ものさしで確認する。


 昼過ぎ、三本の木樋が並んだ。


 長さは同じ。幅も同じ。切り欠きの位置も同じ。だが、接合部には少しだけ遊びがある。


 俺はそれぞれに小さな印を入れた。


 一号。

 二号。

 三号。


 ガンズが二号を持ち上げる。


「ミラ。一号を外して、二号を入れてみろ」


「わたしが?」


「同じ形ならできるんだろう」


 ミラは俺を見た。


「やっていい?」


「水は止めてあります。手を挟まないように」


 ミラは慎重に一号を外した。最初は金具の外し方に戸惑ったが、ガンズが指で示すとすぐに理解した。


 二号を置く。切り欠きが合う。金具がはまる。


 少し曲がっていたので、ミラは水路ものさしを当てた。


「こっちがちょっと上」


「では、木片を一枚下に入れてください」


 ガンズが薄い木片を渡す。ミラがそれを差し込む。


 二号の木樋は、分水石から受け場までまっすぐにつながった。


「できた」


 ミラの声が弾む。


 俺は栓を開いた。


 細い水が二号の木樋を流れた。接合部からは漏れない。


 ぽちゃん。


 受け場の石桶に、水が落ちる。


「わたしでも替えられた」


「はい」


「これ、すごい」


 その言葉は、王都の表彰状よりも強く聞こえた。


 ガンズは腕を組んで、水の流れを見ていた。


「同じ形で作る意味はわかった」


「ありがとうございます」


「だが、まだ甘い。木樋だけそろえても駄目だ。留め金も同じ形にしろ。釘の位置も決めろ。板の厚みもそろえろ。でないと、三日後にはまた現場合わせになる」


 俺は一瞬だけ黙った。


 それは、俺が次に言おうとしていたことだった。だが、ガンズのほうが先に言った。


「協力していただけますか」


「水を分けてもらう対価として、一日は働く」


「一日だけですか」


「今日の仕事次第だ」


 ガンズは俺の記録帳を指差した。


「その記録、俺にも写しを作れ。数字だけじゃなく、ミラにもわかる言葉でな。俺は字がうまくない。だが、見本があれば作れる」


「わかりました」


「それと、槌の柄を直す木を一本もらう」


「村の備品として記録します」


「本当に面倒くさいやつだな」


「すみません」


「謝るな。そういうやつが一人くらいいてもいい」


 夕方までに、木樋は五本できた。


 三本を東水路に使い、一本を予備にし、一本を見本として水番小屋に置く。留め金は十個。釘は曲がったものを打ち直して二十本。木片の高さ調整用に、薄い板を十枚。


 すべてに印をつけた。


 水番小屋の壁に、ミラが札をかける。


『水路の替え木

一 同じ長さ

二 同じはば

三 少しだけ遊び

四 赤い線が出たら使わない』


「四番は、俺にしか見えません」


 俺が言うと、ミラは首を振った。


「でも、書いておけば、お兄さんに見てもらうってわかる」


「なるほど」


 全部を誰でも判断できるようには、まだできない。だが、判断できないことを記録しておくことはできる。


 エルシアはその札を見て、手帳に写していた。


「これも水管理規則に入れます」


「こんな札もですか」


「はい。村の人が使える規則です。王都の役人が読むだけの規則より、ずっと大事です」


 王都の規則は、いつも上から降ってきた。現場で使えるかどうかは、あまり考えられていなかった。


 ここでは逆だ。井戸から始まり、水路から始まり、ミラの札から規則になる。


 ガンズが新しい柄を差した槌を軽く振った。


 今度は赤線が出ない。


「よし。明日も来てやる」


 バーナンが目を丸くした。


「おい。一日だけと言っていただろう」


「気が変わった」


「ハルカ村の鍋はどうする」


「鍋は逃げん。水は逃げる」


 ガンズは東水路を見た。


「それに、ここの仕事は面白い。壊れたものを一つ直すだけじゃない。同じものを次も作れるようにする。鍛冶屋の仕事としては、悪くない」


 その時、村の入口から馬の鈴が聞こえた。


 今朝のハルカ村の荷車とは違う。軽い馬車の音だ。


 やがて、見覚えのある荷馬車が現れた。


 旅商人ドランだった。


 彼は東水路を見るなり、歩く速度を変えた。商人の目が、白露草を見た時と同じ色になる。


「これは……水路ですか」


「仮水路を木樋に替えました」


「同じ形の木樋が、いくつも?」


「はい。壊れたら交換できます」


 ドランは木樋を見た。留め金を見た。水番小屋の札を見た。最後に、俺の記録帳を見た。


「ルカさん」


「何でしょう」


「水や薬草だけではありません。この村は、品質を売れます」


「品質を、売る?」


「同じものが、同じ形で、同じ記録付きで出せる。商人にとって、それは水や薬草と同じくらい価値があります」


 俺は東水路を見た。


 俺たちは今日、ただ水路を壊れにくくしただけだ。ミラでも替えられるようにしただけだ。ガンズが同じ留め金を打てるようにしただけだ。


 それが、売れる。


 王都では、検査記録は邪魔だった。

 ここでは、記録が価値になる。


 ドランは荷馬車から小さな木札の束を取り出した。


「検査票をつけましょう」


「検査票?」


「水でも薬草でも木樋でも、この村で確認したものには札をつける。いつ作ったか。誰が見たか。どこに使えるか。買う側は、それで安心して買える」


 ガンズが顔をしかめた。


「木樋を売る気か、商人」


「売れるものは売ります」


「まだ五本しかねえぞ」


「五本あるなら、見本になります」


 ガンズは大きくため息をついた。


「水が戻ると、人も商人も面倒も戻るってのは本当だな」


 ミラが笑った。


 俺は記録帳を開いた。


『東水路用木樋、同一寸法で五本作成。一号から五号まで番号付与。接合部に遊びを設けること。留め金、釘、調整板も同一形状を基本とする。以後、リーベル水路部品一式として記録』


 少し迷ってから、最後に一行を足す。


『規格部品、第一号』


 中央井戸の水音が聞こえた。


 ぽちゃん。

 ぽちゃん。


 その水は、分水石を通り、木樋を通り、受け場へ落ちていく。


 昨日まで土を削っていた流れが、今日は同じ形の部品の中を流れている。


 まだ小さな水路だ。村の中だけを流れる、細い線でしかない。


 けれどその線は、昨日より確かだった。


 直すだけでは足りない。

 直し続けられる形にする。


 旧リーベル村は、また一つ、廃村から遠ざかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

第13話では、仮水路を維持するために鍛冶屋ガンズが登場し、リーベル村で最初の規格部品が生まれました。

次回、第14話「商人ギルドは、安定した品質を金に換える」。水や薬草だけでなく、検査票と規格部品にも外の商人の目が向き始めます。

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