嗤ふ猫
生きることは、傷つけることである。我々は、存在するだけで、知らず知らず他者を傷つけるのだ。
そして、それでも、生きたいと願ってしまうのである。
……おわあああ、おわあああ
まつくろい猫が、鳴いてゐる。なんとも不安を掻き立てる。
私達は、猫の前に並んでいた。
「猫、であるな」
「左様、猫ですな」
「やっぱり、猫だったね」
……おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ
猫は鳴きながら、ぐねぐねと地面を転げ回っている。そして時折、動きを止めてこちらを見やり、また鳴くのである。
「なぜ、この猫はこちらを見るのでしょうかな」
「フハハハハ!きいてみれば良い!」
「……この地方の猫は、喋るの?」
「わかりませぬ」
……おわあああ!
猫は、ぐねぐねとうねりながら、近づいてきた。
「フハハハハ!猫殿よ、声が聞こえたので来てみた。如何致した?」
「クフフフ。余はニャラル7世。空腹のあまり、つい声が出ていたようじゃ」
猫は、人語でそう語った。
「ふむ。如何したものであろうか。ザバラキィーンよ、猫族の食べ物を私は持っていない」
「我輩も、持たぬ」
「イシュたん殿は、持っておられるでしょうか?」
「……」
「……イシュたん殿?」
「……はっ!ごめんなさい。……本当に猫が喋るとは思ってなかった」
イシュたん殿は、びくりと体を揺らし、そう言った。
「ええ、と。猫族の食べ物は、持ってないなあ」
おわあああ!
ニャラル7世殿は、またしてもぐねぐねと地面を転げだしたのであった。
冬は日が短い。すーぱーまあけつとは、便利である。どちらも、この地における事実である。
「おわあ、これは美味いのぢや」
我々は、落日を眺めながら、ニャラル7世が食事をする近くに立っていた。
……いや、イシュたん殿はぶら下がっていた。風が吹く度に、ゆらゆらと揺れている姿は、縊死体以外の何物でもない。しかし、ニコニコと美しい笑顔を浮かべるその表情は、生気に満ち溢れているのである。
「フハハハ、ニャラル7世殿よ、美味いようで何よりだ」
「クフフ、ザバラキィーン殿、ありがとう」
吸血鬼、異国から来たばかりの神、冷血人間……この中で金銭を所持していたのは、吸血鬼のみである。 ニャラル7世殿が貪り食っている猫用食品、これを購入したのは、我が友ザバラキィーンであった。
「……クフン」
ニャラル7世殿が、こちらをチラリと見、鼻で笑った。
冬の日が沈む。日が沈んだ後の、山際の空。その色が美しい。
眺めている間にも変化する空に、私は魅せられていたのである。
「……クフン」
まつ黒い猫、ニャラル7世はザバラキィーンに丁寧に礼を述べた後、再びこちらをチラリと見て鼻で笑い、去って行ったのであった。




