優しさがあるというのは、錯覚であろう
何か言うことで、他者を傷付けてしまうことがある。また、言わぬことで傷付けることもある。
善意からの行いであっても、相手を考えての適切な行動が出来ぬ。私の冷たさが、そのようにしてしまうのであろう。
そも、冷血人間たる私に善意など有るのであろうか?
……無いのかもしれぬ。傷つけたくないなど、それすら自らを騙そうとしているのではなかろうか。自分にも、優しさがある……そんな錯覚をおこしたいだけやもしれぬ。
私の名は、ガイラルアッヴァーン。冷血人間である。
私は今、困惑している。
風が、びやうと吹く。
ぶらんと、それは揺れる。
今度は風が、そよと吹く。
ぎしり、それを吊り下げる縄がきしむ。
縄は、空の高み……私の目には見えぬ程の、高い高い処から垂れている。
縄の先、輪になった部分に首を差し入れ、吊り下がっているそれ。それはニコニコとした笑顔の、若そうな見た目の女である。
救助すべきであろうか?
……街行く人々は、そこに何者も存在しないかのように過ぎてゆく。
女は、ニコニコと笑顔を見せ続けている。
びやう……、ぶらん。
そよ……、ぎしり。
ニコニコ。
私は、ガイラルアッヴァーン。かくのごとき状況に初めて直面する、ただの冷血人間である。そして、空の高みから下がる縄、この高さ、耐えている位置エネルギイはいかほどであろうか。
「あら?……あなた、わたしが見えるの?」
鈴の鳴るような声が聞こえた。縄の丈夫さに、思いをはせていた時のことである。
「……見えますな」
「うわゎ!地元の神の方だったかしら!?ご挨拶に伺うつもりだったけど、先を越されちゃった?」
「私は、冷血人間ガイラルアッヴァーン。神ではありませぬ」
「え?冷血人間?」
「左様。貴女が首を吊っているので、如何したものか悩んでおりました」
「あ、それはご迷惑おかけしました。わたしは、イシュタb、南米から来た神だよ」
「イシュ……たん?殿ですか?特に迷惑ではありませぬ」
「えーと、イシュタ……bね。こちらの地方の方には、発音しにくいのかなあ」
ふむ。最近の若い人々は「〜たん」という敬称とも愛称ともつかぬものを、可愛らしい女性だか幼女に付けるとか。神の世界でも、流行っているのであろう。
「イシュたん殿は、私が貴女を見えていたことに驚いておられた様子。何故でありましょうか?」
「ああ、もうイシュたんでいいや。普通の人には、わたしは見えないんだよ。わたしは、自殺などの不遇の死者を救うのが仕事の神なの。その関係で、自殺したい人なんかには、見えることがあるの」
「……私は、自殺したいとは思いませぬな。もっとも私のような、他者を傷つけるばかりの冷血人間など、生きているべきではないのでしょうがな」
「うわあ、自虐的。とても冷血人間とは思えないよー」
バッサバッサと音を立てて、巨大なコウモリがやって来た。
「フハハハハ!左様、この男、種族が冷血人間であるが、我輩の友!ただの冷たい性格の者を指す冷血人間などとは、一線を画する存在よ!」
「おお、ザバラキィーン殿」
「フハハハハ!息災か?我が友よ」
「うむ。私は、生存している。息災であると言えよう」
「えーと?種族が冷血人間?」
「左様。私は、冷血人間族ですな」
イシュたん殿は、目をぱちくりとしている。
「この男、血液が凍る程に冷たい。おそらく……いや、確実に液体窒素を超える凍結能力よ」
「左様。しかも、私の心は、それ以上に冷たい。優しくありたいと、思いはすれど冷血」
「う、うわあ」
これは……引かれているというやつであろうか。
……ハア。
……おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ……
「ん?ガイラルアッヴァーンさん、何か言った?」
「いえ。何も申してはおりませぬ。ザバラキィーンよ、何か言ったか?」
「否。しかし、風に乗って何者かの声が聞こえる」
……おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ……
「……猫であろうか?」
「行ってみましょう」




