57.エピローグ~もう一人のお母様
「お嬢様……」
真っ白なドレスを纏う私をひと目見るなり、タミョルが絶句する。
タミョルとは去年、三年ぶりの再会を果たした。今は魔国に住む私の専属となっている。
十二歳からザケルバードと共に魔国での生活を始めた私は、十六歳になった。
呪いによって異形の姿となっていた魔国の住人達も、私が魔国に住んで一年経つ頃には呪いから解放されている。
「ふふふ。どうかしら、タミョル」
「とっても綺麗です、お嬢様。既に式場でスタンバってるザケルバード国王陛下が、ベールをめくったら腰抜かしますよ」
タミョルはそう言いながら、感慨深げな表情で手にしていたベールを私の頭に装着してくれた。
「……意外ね。馬子にも衣装とか言うと思ったのに」
素直に褒められて、私の方が気恥ずかしさから天の邪鬼な発言をしてしまう。
「タミョルはお嬢様の晴れの日にまで、そんなこと言いません。それに私がお嬢様と呼べるのは、お嬢様が陛下と夫婦の誓いを宣誓されるまでですからね。余計なことでお嬢様と呼ぶ機会をへらしたくありません」
そんな私に気を悪くするでもなく、むしろ母親のような表情すら浮かべて素直な言葉をかけてくるタミョル。
「素直なタミョルが逆に怖いけれど……そうね。タミョルは体の弱いお母様の代わりに、私を育ててくれたわ……泣き片手も酷かったし、悪夢に魘されて起きるた時は、タミョルがいつも側に来てくれて安心したのを覚えてる」
回帰した私は、赤ん坊の頃から記憶がある。一度目の人生で負った心の傷に関わる記憶もまた、持ち合わせていた。
まだまだ感情の統制が取れない赤ん坊だった私は、一度目の人生を思い出しては火がついたように泣き叫んだ。
そもそも体の弱いお母様では赤ん坊の面倒を見られるはずもなく、全てタミョルが対応してくれたのだ。
当時のタミョルはまだ二十代手前。離れ離れになった弟妹の人数が多かったとはいえ、独身。乳やおしめでもなく大泣きする私は、さぞ扱いづらい赤ん坊だったに違いない。
ちなみにこの頃のお兄様は、ザ・ヤンチャ坊主。けれど領民の子供達と外で駆け回るタイプの子供で、ある意味では手がかからない子供だった。
私が一歳過ぎる頃には突然の大泣きは落ち着いたとはいえ、三歳頃までは夜中に悪夢を見ては魘されていた。
そんな時、何かを察したかのようにタミョルがいつも側に来てれ、抱き締めてあやしてくれたのだ。
『お給金が良かったから』では説明がつかないくらい、タミョルは私に献身的だった。
「タミョルは私にとって母親のような存在よ。だから、その……今までありがとう」
「…………あー、もう……まだ式も始まってないのに……すぅー、ふぅー……」
私の言葉に目を潤ませたタミョルは、深呼吸してこみ上げる何かを逃す。
「ザケルバード陛下と、これから先もずっとずっと幸せになって下さい、お嬢様。お嬢様がリビア様と開発された栄養ドリンクのお陰で、奥様も随分と健康になられました。カミュリッチ家への憂いは、もうないでしょう。けれどお嬢様は今日、お嬢様と国王陛下の結婚式に参列する各国の代表の前で、正式王妃陛下となってから、魔国の開国と独立国宣言されるでしょう。国の名前も正式に聖ケルバート国になりますしね」
そう、今日は私とザケルバードの結婚式であり、独立国家として誕生すると共に、通称呼びだった魔国から聖ケルバード国という国名を周知する。
ちなみに私が生まれ育ったケルバート領も魔国の一部になった。
名前から察していたけれど、ケルバート領はザケルバードが王子として国から与えられていた領地だったらしい。
けれど異形姿となったザケルバードは森を見守らせる意味も含め、異形化から免れていたザケルバードの忠臣の一人に譲渡した。その中国が私の生家となるカミュリッチ家の初代当主だ。
初代当主は聖騎士で、後に夫人となった人物は私の師匠であるリビアが次代の大聖女候補として育てていた聖女見習いだったというのだから驚きだ。
そうした背景がカミュリッチ家と王家の保管する古い文献にも残されており、マルトレ国はもちろん、周辺国からもすんなりと国として独立する事に承認を得られた。後は宣布するだけ。
この四年で周辺国とは薬を中心とした医療技術を提供することで、独立を認められた。
私の母国であるマルトレ国の超虚弱体質な国王陛下が率先して後ろ盾となり、
五百年前ではあるが、魔国の住人達は元マルトレ国神殿の神官達だ。
五百年前も今と同じく、神殿では治癒魔法、薬学、医療に通じていなければならなかった。神殿とは癒しと宗教の場だけでなく、治療院的な側面も担っていた。
だからマルトレ国王が床に伏していた際、神官長が城に呼ばれていたのだ。
その上、魔国は呪いで異形な姿となっただけでなく、攻撃性を刺激される者で溢れた鎖国状態。常に大怪我のリスクに曝され続けたことで、元神官である魔国の住人達は自然と治癒魔法や薬、医療に関する知識が深まっていた。
「きっと王妃となってからの方が、お嬢様は忙しくなりますよ。けれど夫となるザケルバード陛下と、いつまでも中睦まじく過ごして下さい。タミョルはそんなお嬢様を見る事で、安心できるのです……母として」
最後のひと言は、タミョルとは思えないくらい、とても小さな声だった。きっと照れているに違いない。
「さあ、お嬢様。参列者はもちろん、ザケルバード陛下が誰よりも首を長くして待っていますよ。式場前で待つカミュリッチ家の御当主様の元までは、タミョルにエスコートさせて下さいませ」
「もちろんよ、お母様」
差し出された手を取り、母娘の時間を噛みしめながら向かった。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
なかなか更新できずに申し訳ありません。
次回が最終回です……多分。




