55.駆けと掛け
――パカラッ、パカラッ、パカラッ……。
「ちょっ、ちょっとフィリ様!?」
私の専属護衛であるゼルの声を背中越しに聞きながら、愛馬のコロロンに跨がって爆走する。
「ふふん! 前から言ってあったでしょ! うちのコロロンはね、そこらの狼よりもずっと速いんだから!」
「ブルル!」
軽く後ろを見やりながらゼルへ自慢してやれば、コロロンも「そうよ」と鼻で息を吐く。
ちなみにゼルは腕と足を振り上げて単身で走っているけれど、コレでコロロンより少し遅いくらいの速さ。
むしろゼルの方が凄いと思う。
「くっそう! 獣化も魔法も禁止ってルールさえなきゃ追いつけるのにぃ! つうかその竜馬、そこらの竜馬より走んの速すぎっすよ!」
ゼルの足の速さに感心はすれど、徐々に私達夫婦から離れていく、ゼルの悔しげな声にほくそ笑む。
ちなみに私は魔法で身体強化しているけれど、私の体年齢は十二歳。ずるくはないはずだ。
「魔王妃様ー! コロロンー! 私の夕食に、大量プリンをプリーズ! 勝ってー!」
「「「ゼルー! 負けるなー! プリンが食べられなくなるだろー!」」」
外野の子供達の声援だ。先日、師匠によって解呪された女の子以外、全員がゼルに掛けてるらしい。
腕にふわりと羽毛が生えた女の子も含め、掛けたのが夕食のプリンというところは、とっても子供らしくて平和だと思う。
子供達は皆、獣人ぽい見た目をしている。
「さあ、コロロン! ラストスパートよ!」
傾き始めた夕日に向かって、やや急な坂道に差しかかった。ゴールは坂道を登り切った先にある。
その時だ。
「フィリー! お願いー! この人を、ウォルフを助けてー!」
んん? 師匠の声がした? しかもどんどん近づいて……。
私が師匠と仰ぐ見た目エルフな美女であるリビアは、私の夫にして魔国の王であるバードと一緒に結界の外に出て行ったはず。
勝負中なのでコロロンを止めることはしないまでも、再び後ろを流し見た。
すると師匠がちょうどゼルを追い抜いたところだった。
「ちょっ、リビア様!? ええ!?」
「師匠!? ええ!?」
ゼルと私の驚きが重なる。
「ブルヒヒィン!」
ついでにコロロンもビクンと跳ねた後、驚いている。
もちろんコロロンは後ろを見たわけじゃない。競争中なのだから、当然だ。
ただ師匠が殺気のような、危機感を煽る圧を放っているのを動物的本能で感じ取ったにちがいない。
今までのお遊び早駆けではなく、マジ駆けモードで爆走を始める。
師匠はひと目見て大柄だとわかる、多分男性と思しきフードを被った人物を……。
「なんで野郎をお姫様抱っこした聖女が、俺を追い抜けるんすかー!」
ゼル、私も同感よー!
心で叫んで、コロロンに振り落とされないよう手綱を握りしめ、身を低くしてしがみつく。
「待ってー! はあ、はあ、待ちなさーい!」
そう言って師匠は誰かをお姫様抱っこしたまま、息を切らせて徐々に距離を詰めてきた。
背後に迫る得体の知れない圧と、息切れする息づかい……さすがに怖すぎる!
思わず顔を伏せた。
「「フィリ(様)! 前!」」
するとゼルと師匠の声が不意に重なった。
警告を発する声音に顔を上げる。
「嘘ぉ!? コロロン、崖を降りる気ぃ!?」
コロロンなら、この緩やかな傾斜の崖を降りることはできる。
けれどそろそろ私の魔力は底を尽きかけている。降りきるまで身体強化し続けられない。
後ろからはゼルと師匠の魔力が高まるのを感じる。恐らく私を助ける為、二人して魔法を使おうとしている。
「ヒヒィン!」
けれどコロロンの方が動きが早い。嘶きと共に地面を蹴り、崖を降りかけた。
これはもう、魔力がある内にわざとコロロンから飛び降りて、地面を転がるしかない!上手くいけばゼルが魔法で追いついて、私を抱き留めるはず!
女は度胸! やってやる――。
「フィリ、大丈夫だ」
正に手綱から手を離した直後、私の体を背後から支える形で抱き締められた。
視界の端には長い黒髪が映り、覚えのある引き締まった筋肉を背中で感じる。
「どうどう! コロロン、落ち着くのだ」
コロロンの背に跨がった人物は、同時に手綱を引き、声をかけてコロロンを落ち着かせる。
「ヒヒィン! ヒヒィン……ブルルル」
「ザケルバード……バード……」
コロロンが落ち着きを取り戻していくのを感じながら、身を捻って背後に現れたバードに抱きついた。
さすがにちょっと怖かったのだから仕方ない。




