49.下僕を使った脱出~カリエルside
「ウォルフ……ふふ、ふふふ」
鉄格子を挟んで数歩の距離にいる女の変化に、知らず眉根が寄る。
手枷には魔法封じを施している為、女が魔法で攻撃する事は不可能だ。
更に連絡鳥にかけた防音魔法で、ガルヴァウには私以外の声は聞こえない。
「なるほど。ウォルフが黒タンポポを使った理由はわかったよ。あとはどうやって保管庫に入ったのかだね」
なので女を無視してガルヴァウと話を続ける事にする。
『それなんだが、ウォルフは魔国に移り住んだ聖騎士で、聖騎士になる前は王太子だったらしいんだ』
「えっ……ああ、そうか」
ガルヴァウの言葉に驚くも、すぐに陛下から聞かされていた建国前後の国の状態を思い出す。
その昔、今はいないが神殿の聖騎士となる者がおり、その中には王族もいたという。
黒魔法や呪いは脅威で、王族であっても対抗できる力があれば聖騎士となる事を優先したらしい。特に王子が複数いる場合、後に王とならない者が必ず発生する為、そうした傾向にあったようだ。
王太子だったウォルフなら、国王夫妻と王太子しか入れない保管庫に入れた説明がつく。
魔国に移り住んだ聖騎士なら、呪いで異形の姿になると同時に、寿命も延びている。
約五百年という時を経て王太子として与えられていた当時の許可を使い、保管庫に入ったのだろう。
当時の事は推察するしかないけれど、王太子から聖騎士となった者なら、王太子として与えられた権限の内、政に関する権限以外ならば全て剥奪されなかったとしても不思議じゃない。
『それでさ、この近くに黒タンポポの群生地があるらしいから、ちょっと行ってウォルフがいねえか見てから、王都に戻るな』
「んん? ガルヴァウ? どうして黒タンポポの群生地にウォルフが――」
『じゃ、また後でな~』
聞き返す間にもガルヴァウは一方的に連絡を絶ち、連絡鳥が掻き消える。
ガルヴァウは絶対、全部説明した気になっているに違いない。恐らくウォルフ探しに興味が移っている。
目先の興味がある事に気が逸れる子供のようだ。
いや、ガルヴァウは成人しているとはいえ、まだ十五歳。私のように回帰で中身が一気に大人になったわけでも――。
――ガシャン!
「ウォルフ! そう! ウォルフよ!」
ガルヴァウに思いを馳せていれば、女が牢の鉄格子を勢い良く掴んで叫んだ。
もちろん視界に捉えていたから、驚きはない。
女の為に声を出してやるのも面倒で、訝しく思いながらも冷めた目で見やるに留める。
「あはは! ウォルフは生きているのね! あの役立たずの蛇男が! 私の下僕にしたウォルフが生きているなら……」
言うが早いか女が踵を返す。少し前まで蹲り、血を流しながら打ち付けていた地べたの上に再び座りこむと、先ほどよりも強く、激しく手枷を打ち付け始めた。
嫌な予感がして女を目で追えば、私が魔法で生み出して転がしていた光源が照らす血の跡がおかしい事に気づく。
女が手枷を打ち付けてできた血の跡。赤い跡だけでなく、乾いて黒ずんだ血の跡に加え、正に今、血を滴らせてできていく赤い跡が描くのは――。
「牢番! ちっ!」
大声で衛兵を呼ぶも、間に合わないと直感して舌打ちする。
攻撃魔法で先に物理的な方の鍵を壊す。
しかし牢の鍵には物理で閉める鍵の他、魔法錠も採用してある。いくら王子とはいえ、魔法錠を開閉できるのは鍵の権限を持つ者だけになっている。
「あははは! 無駄よ! これは黒魔法を使った血の魔方陣! この枷が新たな魔法を発現する事は防ぐけど、流した血に宿る魔力を目印に、牢の外にいる私の下僕が、先に私が下僕の体に刻んであった魔法陣を媒体に使わせて私を召喚する事ならできるわ!」
「カリエル王子殿下!」
「開けろ! 囚人が逃げる!」
女が言い終わる直前、人払いしていた牢番が地下に駆け込んできて、女と牢番、そして牢番に命じる私の声が重なった。
しかし牢番が魔法錠を開け、私が牢へ足を踏み入れて攻撃魔法を放とうとした直前、魔方陣から発生した黒い魔力が女を一瞬で包んで女ごと消えた。
「ど、どこに……」
おろおろと口を開いた牢番を横目に、私は思考を巡らせて一つの結論に至る。
「ガルヴァウが危ない!」
小さく叫んだ私は、牢から外へと駆けだした。




