47.憎悪してやまない~カリエルside
視点変わってます。
「私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない――」
城の最下層にある牢獄で、私が最も憎悪してやまない女が冷たい床に座り込み、自らが犯した罪を否定し続ける。
床に向けた目は虚ろ。正気を失っているように見える。
――カシャン、カシャン、カシャン――。
更に女は、両手首にはめた鉄製の枷を床に打ち付ける。
気を失っている時以外、ずっと打ち付けているからだろう。枷と皮膚が擦れ、初めは滲むだけだった血は滴るようになり、床を汚していた。
女の名前はテレス=テレヌ。立場的には諸事情があって公爵令嬢のままだ。
だが父親であるテレヌ公爵も投獄された。
テレスが王家と神官長を呪った事への連座だけではない。テレヌ公爵自身の不正に対する罪が、少しずつだが着実に証拠と共に明らかになってきている。
テレヌ公爵は、国王である私の父上が呪いによって寝たきりになっている間に力を増した貴族派の筆頭だった。
貴族派達への手前、証拠を提示する必要がある。
「お前も、お前の父親も……私は許さない」
憎しみが口を突く。
目の前の女も、女の父親も、私が自らが拷問した。
私が唯一、親友だと認めているガルヴァウ=カミュリッチには……言えない。
私には回帰前の記憶がある。
回帰前、私はガルヴァウの妹であるフィー――フィデリカ=カミュリッチと結婚していた。
初めは妹のように感じていた。私も若かったけれど、当時のフィーは成人したての十四歳。女性として見るには無理があった。
その上フィーとの結婚は、原因不明の病に侵された私が、異母兄である第一王子に命を絶えず狙われ、生きる為にガルヴァウが提案した事に起因する。
カミュリッチ家としても私がフィーに嫁ぐ形となる事で、王家から支払われる持参金を得られ、飢饉に喘ぐ領地に使える。利害関係は互いに一致していた。
そんな政略的な意図と、死を身近に感じる程に衰弱した体とで私自身、誰かを女性として見られるような状況でもなかった。
ただし回帰前に私を侵した病の原因は、回帰後の今になって判明している。
牢の格子を挟んで目の前にいるこの女が、私を呪っていたせいだ。
そして回帰前の私の病がいつしか回復したのは、フィーが聖女だったから。
どうやったのか、未だにわからない。けれど確かなはずだ。
何故なら私が回復するにつれ、逆に健康だったフィーが衰弱していった。きっと聖女であるフィーが、私の呪いを自分に移したに違いない。
半ば確信した私は回帰後となる二ヶ月前、フィーを聖女と断定した神官長へ内密に尋ねた。
神官長いわく、聖女は他者の呪いを自分に移し、自分の肉体の中に留めながら呪いを浄化する事もできるらしい。
ただし自浄できずに呪いを引き受け続けると、異形の姿に変貌してしまうのだとか。
回帰前のフィーは私が思っていた以上に、危険を顧みず私へ献身的に尽くしてくれていたのだ。
そんなフィーを……回帰前の私は夫としても一人の男としても……裏切った。
回帰前、この女は婚約者である第一王子を事故に見せかけて殺害。
その頃には国王も呪いで完全に寝たきり状態にした上で、政治の要となる王妃も、国民に強い影響力を持つ神官長も、魅了の力で操っていたのだろう。
貴族派筆頭だったテレヌ公爵共々、フィーとの結婚が内々のものだった事にかこつけ、フィーとの結婚をないものとして扱った。
状況的に仕方なく王太子となった私だったが、もちろん抵抗した。
しかし、あのマゼンダピンクの宝石がはまった首飾りの力を使われ、私の精神はあの女に囚われてしまった。
それでもフィーとの離縁だけはせずにいれば、タイミング悪く魔国の結界が解けてしまったのを利用してしまう。
神殿を使って自らを聖女と認めさせ、民衆をけしかけてテレヌ公爵主導で討伐軍を作り、半ば操り人形となっていた私を担ぎあげて魔国を、そして……防衛の要だったカミュリッチ家に責任と謀反の罪を着せて処断させた。
そうして最後にあの女は私の妻を、フィーを殺したのだ。
『……フィデリカを助けたいか?』
激高してあの女を剣で突き刺し、冷たくなっていくフィーの体を腕に抱いていた私を蹴り飛ばし、そう尋ねたのは片方の角が折れた金眼の魔族。
私は即座に頷き、命を差し出して回帰した。
いつ頃に回帰し、現在が在るのかわからない。
ただ、もっと早く回帰前の記憶が戻っていればと思わずにはいられない。
そうすれば妻であるフィーを失わずにすんだかもしれないのに……。




