43.回帰~ザケルバードside
「コロロン!」
義兄と別れた我はゴルとコロロンの手綱争奪戦を繰り広げた後、コロロンと共にフィリの下へ戻った。
フィリが満面の笑みを浮かべてコロロンに抱きつくのを見て、我も顔が綻ぶ。
コロロンもまた、背の小さなフィリが抱きつきやすいよう、大きな体をかがませつつ頭を垂れる。
当然ながら我がゴルと争ったのは、この愛すべきお転婆可愛いフィリの顔に笑顔を花咲かせたいが為。
思った通りフィリの可愛らしい笑顔を見れて満足だ。
「ヒヒィン、ヒヒィン……」
コロロンも甘えた鳴き声を上げてフィリの頭に顔をすり寄せたな、と思った時――。
「ガブッ、ガブッ、ガブッ」
「あたたた、あたた、ちょっ、コロロン!」
コロロンがフィリの手に、腕に、肩にと何度も噛みつく。
だが手加減はしているようで、やや強めの甘噛みだ。
普通の馬でも本気で噛めば、子供の手を噛み千切ってしまいかねない。
コロロンは黒い竜馬だ。一般的な馬より二回りは大きくく、膝下には鱗が生えている。
飼い主には従順だが、怒った時の気性は荒く、一度荒ぶればフィリなど一蹴りで殺されてしまうだろう。
「コロロン、ごめん! ごめんってば!」
「ブルルッ、フンッ、ガブッ、ガブッ」
「置いてったから、怒ってるのね! わかってるから! ちょっ、痛いってば! もう! ごめんって!」
なおも噛みつくコロロンに、フィリは馬面を撫でながら謝る。
本気でフィリに噛みつこうとするなら、たとえフィリの愛馬であっても叩きのめすが、フィリの反応からしてもコロロンが本気で噛みつく事はないようだ。
「降参よ! ほら、私の可愛いコロロン! ギュッてしよ!」
フィリが身体強化を使ったのだろう。コロロンが噛みつけないよう素早く手綱を掴んでジャンプし、体を捻ってコロロンの首に背中側からしがみついた。
「お、おい、フィリ! 振り落とされたら危ない!」
これでコロロンは噛みつけなくなった。だが逆にコロロンが少しでも身を捩るでもしてしまえば、フィリは甘噛みのような手加減なしで地面に叩きつけられてしまう。
「ブルルッ、ブルッ」
だがコロロンは我に向かって不服そうに鳴くと、ピタリと動きを止めた。
どうやら自分がフィリを本当に傷つけるわけないだろうと言いたいらしい。
「大丈夫よ、バード。コロロンもわかってくれてるもの」
フィリが我にそう言いつつ、コロロンの鬣更に顔を埋めて更にぎゅっとしがみつく。
「……侍女殿の方は良かったのか?」
コロロンが落ち着きを取り戻したのを見計らい、フィリに尋ねる。
『それからザケルバード陛下。お嬢様は本当にお元気ですか? 一度でも、お泣きになっていませんか?』
侍女殿が我に尋ねた言葉だ。
我はフィリが元気に楽しく過ごしていると答えたが……。
『……そうですか。お嬢様にお伝え下さい。タミョルの胸はいつでも空いてますよ、と』
次に侍女殿はこう言ったが、我にはフィリが泣きたいのを堪えていると聞こえた。
確かにフィリの中には未消化の感情がある。
そう思うのは、まだフィリには言えてないが我に回帰した記憶があるからだ。
思い出したのはフィリが作った解呪ポーションを飲み、突き抜ける辛さに悶絶する中フィリに腹パンされ、鈍色をした蠢くスライムっぽい呪いの塊を吐き出して気を失った後。
我は回帰前の出来事を夢として追体験する事で、全てを思い出した。
回帰前、結界内は呪いのせいで破壊衝動を抑えきれなくなった住人達で溢れていた。
ゼルもまた同じだったが、ゼルは破壊衝動のままに暴れ狂う住人達を煽動するようになった。
一人、また一人とゼルは仲間を増やしていったある日、我はまだ自我を保っていたゴル共々、打ち負かされた。
だが我は結界内の住人の中では唯一、結界の外に出られる。
ゴルは間一髪、我を結界の外に逃がして命を落とし、いや、違うな。戦う事で呪いが活性化したせいで自我を失いかけ、結界という壁を隔てた我の目の前で自ら命を絶ったのだ。
角を折られた我は目の前でゴルを失い、呪いに抗えぬ程の失意に塗れた。
呪いに支配され、次に目を覚ました時には衝動のままに全てを破壊するだろう。
そう思いつつ、ゴルも含めて聖騎士だった仲間達の顔が頭を過り、我は獣化して自らに制約魔法をかけた。
獣化したまま、決して異形の姿に戻るなと。魔獣として駆除される道を選べと。
そして獣となって目を覚ました我はフィリに拾われた。
ケモックと名づけたフィリと過ごす事で平穏を手に入れ……フィリを喪い、ある方法で回帰した。




