44.ウォルフと魔石~ザケルバードside
『ザケルバード』
『……その声……まさかウォルフなのか?』
回帰前。同胞諸共焼き払われ、もはや跡地としか呼べぬ様相へと変貌した場所で、我は絶望しておった。そんな我の前に現れ、我の名を呼んだ男こそがウォルフ。
この日再会するまでの記憶ではウォルフの体を覆う鱗は首元で止まっておった。しかし今ではウォルフの顔中を覆ってしまっただけでなく、鼻より下が前にせり出して蛇のようになってしまったらしい。
ウォルフと対峙する我は王都へと移り住んだフィリに使いを頼まれ、黒タンポポを求めて結界があったはずの場所へ赴いていた。
噂で聞いていた通り、異形となった我らが住んでいた場所は壊され、我の同胞達は皆殺しにされた後。
恐らく呪いによって破壊衝動に駆られたゼル達が結界を壊したタイミングで、魔族討伐軍に攻め込まれたのだろう。
いかに強大な力を持とうが、自我を失った者達だ。簡単にとはいかぬまでも、数と戦術で処すのは難しくなかったはず。
何より討伐軍には髪も瞳もピンク色の、あの女がいた。マゼンダピンクの魔石を宝石のようにあしらった首飾りを身に着けた、あのピンク女が……。
討伐軍を率いていたのは、第一王子が死んだ事で王太子となったカリエルと、自称聖女とほざくピンク女。
ピンク女の名前は知らぬ。我は寂れた邸に押し込められたフィリの為、度々、邸から出て王城を偵察していたが、その際に何度かピンク女を見たにすぎぬ。
ピンク女は常に、あの似合わぬ豪奢な首飾りを着けていた。
あの首飾りの魔石は、フィリが師匠と仰ぐリビアが呪いを移した魔石に違いない。
リビアはウォルフという聖騎士と恋仲だったが、ウォルフは我と二つ違いの異母兄でもある。
ウォルフはフィリが言うところの、マルトレ国を建国した王とは同母兄であり、つまるところ我とウォルフは王子として生を受けた。
現在の史実と照らし合わせるならば我が王子であった頃、周辺国にまだ正式に国と認められておらなんだのやもしれぬ。
だが我は五百年前の当時、確かに側妃の息子として王族の一人に名を連ねていた。
ウォルフもまた、正妃の息子として名を連ねていた。
そんなウォルフと歴代一と称された浄化力
を持つリビアが恋仲になるまでには、そう時間はかからなかった。
ウォルフは王子から王太子となるも、我と同じく聖騎士の素質を備えていた。
年々激化する黒魔術師との攻防。そして増え続ける呪い。
それらに対抗する為、ウォルフは王太子の地位を同母弟に譲り、神殿所属の聖騎士となる事を選ぶ。
ウォルフが平民の出であるリビアと出会ったのは、聖騎士となってからだ。
リビアは平民であったが、当時は既に神殿から大聖女と任ぜられていた。聖騎士となったウォルフと恋仲になったとて、障害はなかった。
ウォルフはリビアと相性の良い魔石を見つけては、守護系統の魔法を魔石に込めた上でリビアに渡していた。
我の記憶する限り、ウォルフがリビアに渡した魔石の中でも、ピンク女が身に着けていたのと同程度の大きさは一つしかない。
ウォルフとリビアを含む、異形となった我らが移り住む直前までリビアが呪いを移していた魔石だ。
魔石は本来、聖騎士の力で呪いごとこの世から消す。
だが異形となった我らを畏怖し、弾圧せんとする集団から逃れる中で魔石を消す暇がなく、ウォルフと我の弟――この弟が後に建国の王となる――に封じるよう頼んで手放した。
『ウォルフ……生きていたのか』
おおよそ百年ぶりに対峙したウォルフにそう言ったのは、ウォルフが呪いによる破壊衝動に駆られてリビアに大怪我を負わせた後、消息不明となっていたから。
ウォルフは我と同じ血が通うが故か、結界の外に出られた。てっきり結界から出て、魔獣として外の者に殺されたと思っていた。
『すまない……リビアの魔石を黒魔術師に奪われたせいで……』
苦しげに呟かれた言葉で、我はピンク女が黒魔術師としてリビアが魔石に込めた呪いの力を操っていると察した。
黒魔術師だけは呪いを自在に操る事ができる。呪いを使って他者を傀儡のように操る事も可能だ。
正直、カミュリッチ家が治めるケルバード領にいた頃のカリエルはフィリを大事にし、尊重もしていた。
なのに王都に着いてからというもの、カリエルは妻であるフィリを邸に放置し、次第に足が遠のいていく。
移り住んだ当初は、政敵からフィリを守る為であったと理解はしている。
だがカリエルか妻の住む邸に来なくなって半年が過ぎた頃、気になって王城に忍びこんだ我は、あのピンク女と不倫をするカリエルを見た。カリエルは常に硬い表情だったから、心変わりせぬまでも、王太子として公爵令嬢を娶るしかなかったのだろうと考えておった。
フィリを想えば、カリエルは許せぬ。
だが、我も元王族。結界からあふれ出た我の同胞がもたらした混乱があった以上、国を預かる王太子としては受け入れる必要があったのだろう。
そうでなければ今度はフィリが、力のない王太子妃という立場故に命を狙われかねない。
ウォルフと再会するまでの浅はかな我は、そのように考えてしまったのだ。




