36.悔恨と執着~ガルヴァウside
「カリエル。お前……本当は俺や父上、フィデリカに責めて欲しいんじゃねえのか?」
確信した事を口に出すと、カリエルは悲しげに微笑み、暫し無言になってから口を開く。
「……うん。私は回帰前に私がやったカミュリッチ家への所業も、妻であるフィーを裏切った自分も許せない」
だけど回帰前を思い出したのか、徐々に顔つきが険しくなっていった。
「呪いのせいだから? 自我をあの女に、テレヌに操られてたから? そんなの言い訳だ」
最後には、握りしめた両手を机に打ちつけた。
「でも……回帰前の出来事を覚えてるのはフィーだけだけなんだ」
カリエルは掠れた声を搾り出しながら続ける。
「私は……フィーに許されたい。ううん、違う。フィーに縋りついて謝りたい。許さなくていい。婚約はもちろん、結婚しようなんて二度と言わない。ただ……フィーの近くにいたい。フィーに何かあれば、今度こそ駆けつけられる距離にいたい……いたいんだよ、フィー……」
いつしかカリエルの拳には、ぽたぽたと水滴が落ちている。
それきり無言になったカリエルからは深い悔恨の情と、妹に恋い焦がれながら身を焦がすような思慕が痛々しいくらい感じられた。
カリエルは良い奴だ。思ってた通り妹を愛してくれてるし、大事にもしてくれるだろう。
カリエルの友としてだけじゃなく、妹の幸せを願う兄としては、二人が結婚して添い遂げて欲しいと願っちまうんだよな。
だけど……カリエルだけじゃなく、妹にも回帰前の記憶がある。妹からすれば余計なお世話だ。
実際、俺が父上と共謀して妹とカリエルの婚約をさせようとしたから、妹はぶち切れて破壊力のある婚約解消を実行した末に、魔国へ逃亡しちまった。
それに話を聞く限り、回帰前のカリエルが妹と婚約したのは、カリエルが妹に惚れたからじゃない。状況的にそうせざるを得なかったからに他ならない。
そりゃそうだろうな。回帰前、結婚したのはカリエルが十七歳、妹が十四歳の時だったらしい。この年齢での三歳差はそれなりにデカイ。
結婚当初のカリエルは、親友の妹であると同時に、カリエル自身にとっても妹みたいな存在で、自分のせいで妻にさせてしまった気の毒で可哀想な子供だと思ってたに違いねえ。
それでもカリエルは妻となった幼い妹に、夫として誠実であろうとしていたはず。
だから妹はカリエルに献身的だったし、いつからか恋心を抱くようになって、次第に愛するようになった……多分。
妹から回帰前に関して、詳しく聞いてねえから、全部俺の想像だ。
だけど俺の勘は当たってると確信してる。
そうでなきゃ、カミュリッチ家でカリエルの存在が浮上してからカリエルを拒絶する時、妹が度々見せた悲哀と苦悩に混じって【女の顔】を見せるはずがねえ。
ちなみに妹の女の顔は、カリエルが絡んだ時にしか見せた事がねえ。
妹の専属侍女であるタミョルと一緒に、イケメンウォッチングを敢行してた時ですら、女の顔なんてしてなかった。
だからまあ……回帰前の妹は、夫になったカリエルを愛してたんだろう。きっと衰弱するカリエルに献身的に尽くしてたはずだ。
恐らくだが、カリエルの呪いを引き受けて、代わりに衰弱するくらいには。
カリエルの話を聞きながら、妹が呪いに有効な解呪ポーションを作れた事も鑑みて、二人で出した結論だ。
そしてカリエルが【女として】妹を愛するようになったのは、妹の献身に接したから。
だから回帰前、体調を回復させたカリエルが王城に呼び出された時、女として愛した妹を手放せなかった。衰弱する妹が気がかりだっただけでなく、夫として、男として、近くにいて欲しかった。
これもまた、カリエルの悔恨の一つだ。カリエルの感情や想いは、本人からちゃんと聞いた。
カリエルの母親は側室だった。その母親も亡くなり、後ろ盾がない。いわゆる名ばかりの第二王子だ。
王妃がカリエルに気を配ってこなければ、今頃カリエルは呪いなんか関係なく早逝していた。
かといって王妃がカリエルに与えたのは、王妃としての施しであって母親の愛情じゃねえ。カリエルもそこのところはわきまえてるっぽい。
だからカリエルは、回帰前は俺や妹を含むカミュリッチ家に、回帰後は俺に会うまで、あえて何にも執着しないようにして生きてきた……多分。これは本人には聞いてねえ。
カリエルは未だに、柔らかい微笑みの裏で孤独と虚無感を抱えているし、これは回帰前も変ってねえ。
むしろ回帰前の一件があるからこそ、回帰して記憶が蘇った分、酷くなってる。
そしてその感情が執着となり……特に妹への執着心がハンパなくなっちまった。
「フィー……いっそ私も魔国に……一緒に結界の中にいられたら……閉じこもって縋りつけられるのに……」
うん、やべえ奴になりつつあるな。人間の目って、あんなにほの暗くなるもんか?
一つため息を吐いてから、話題を変えるべく口を開いた。




