今宵は月天心で恋衣
雅矢が神の子と知った亜子。そして亜子は雅矢が好きなことを正直に自分の気持ちと向きあいます。すると人の顔色で動いていた亜子が理性を捨て感情で雅矢に向かっていきました。雅矢も亜子の気持ちを受け止めました。でも雅矢に、もうすぐお別れだと告げられます。
それでも亜子は真っ直ぐ現状を受け止めました。
雅矢と次に会うまでの時間が長く感じる。そしてもう時間も儚く花びらが散るように過ぎていく。
わたしはどのような心がけて待てばいいんだろう。それよりほんとに雅矢と会えるのだろうか。待つことが、こんなに忍耐力が必要なんだ。
雅矢は言っていた。オーロラ色が空の一部に発生したら亀裂から磁場のパワーが発するサインだと。でもまだそんな模様した空光のサインはない。
わたしは無心になりたくてピアノを弾いた。曲はなぜかザローズが頭に浮かんだ。聞いたことはあるが、弾いたことはない。だからYouTubeでザローズを聞いてから弾いてみた。 歌詞が切なく頭の中でイメージする。すると指先が鍵盤と黒盤を叩く。やっぱり不思議な現象だ。これが雅矢が言ってたことなのか。
「亜子、弾くピアノに気持ちが伝わりほんとに上手だね」
ママがやってきた。
「ちょっと話があるんだ」
「ママなに?」
ママは難しい顔だ。こんな表情の時は、あまり良い話しではない。
「実はね、宏樹くんのことだけど••••••」
「もう死んだ人の話しはいいじゃない」
やっと宏樹の件も気持ちが整理できたのに、急にママはなにを言い出すんだろう。
「実は宏樹くんパパの子なの?」
「えっっ! ど、どう言うこと?」
「宏樹くんのお母さんとパパは、わたしと結婚する前は恋人同士だったのよ。それで色々あってパパはわたしとすぐに結婚したの」
「えーーっ」
わたしは心臓が飛び出しそうだ。宏樹のお父さんは、そのいきさつは知らない。ましてや自分の子供だと思って育てていたらしい。知ってるのは、宏樹のお母さんとパパだけの秘密ごとだ。
「ママ知ってたの?」
「知らなかった」
「なぜ知ったの?」
「この間、東京に帰った時にパパが教えてくれたのよ」
「パパもどうして今更そんなことを言うの?」
ママは無言になった。
「じゃあ、わたしと宏樹は血がつながっていたの?」
ママは、ゆっくりうなずいた。
もしや波留は、その話しを知っていたのか? いやそんなわけない。
「ママどうするの? パパ許すの」
「許すもなにも宏樹くん、もういないから」
長野にきてからわたしは様々な体験と遭遇する。それが長野にきた意味なのかと考えてしまう。
そしてまさかわたしと宏樹が兄弟だったとは、わたしの中で最大の事件だ。
「血液型は?」
「パパも宏樹くんのお父さんも同じB型でわたしと宏樹くんのお母さんはO型なのよ」
「そんなことって‥」
「不思議な巡り合わせよね」
「亜子ちゃん、店番変わってくれる」
おばあちゃんが部屋の奥までやってきた。
「わたしが店番しましょうか?」
「亜子ちゃんにしてほしいの」
わたしは仕方なく店番をすることにした。
「やあ!」
雅矢が立っていた。
「雅矢! こんな時間にどうして?」
「亜子のピアノ演奏が聞こえたからきたんだよ」
「雅矢に響いてたのね」
「うん。亜子が弾いた中で、ぼくはこの曲が一番好きだ」
「このザローズが?」
「なんか居心地がいい曲だ」
その後、急に雅矢は悲しそうな表情に変わった。
「どうしたの?」
雅矢がわたしを見つめてきた。その瞳は一点の曇りもなく、わたしは吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳だ。
「今夜は満月で磁場エネルギーが充満して爆発する」
雅矢とのお別れは、わたしの全身を通り過ぎ深い部分に突き刺さった。この日がくるのは分かっていた。だから軟弱なガラスのわたしでも今、割れずに持ちこたえていた。
「••••••そっか」
それ以上かける言葉がない。
「いよいよお別れだ。だから日が沈み満月が真上に上がるまでぼくは待ってる」
「うん。わたしも必ず行く」
雅矢は最後に駄菓子を買った。
「亜子誰としゃべってるの?」
ママが店に顔を出した。辺りを見渡すママには雅矢が見えなかった。
なんだか不思議だ。昨日までの動揺もなく、真っ直ぐ雅矢を直視できる。しかも今日は理性が動いている。(わたしはそんなに大人になったのか?)
そんな時、おばあちゃんがピアノを弾いた。おばあちゃんがピアノを弾けることを初めて知った。
ベートヴェンの月光だ。なんだか月光の演奏で、わたしは長野にきてから今日までが、走馬灯に駆け巡り胸が熱くなる。そして細胞の隅々まで音色が焦りや不安を取り除いてくれる。だからこんなに落ち着いていられるんだろう。おばあちゃんがこんなにピアノ演奏が上手で優しい音色を弾けるとは知らなかった。
わたしはふと我に帰り雅矢を探した。もうわたしの前から雅矢は姿を消していた。(ほんとに今夜、雅矢とお別れだ)わたしは何度も胸に刻みこみ、その言葉を飲み込んだ。まだわたしは冷静だ。
「ママ、おばあちゃんってピアノ上手だね」
「そりゃそうだわよ。高校までコンクールで全国大会で金賞取ってたらしいわよ」
「えっスゴっ! それが中学の先生で、しかも地理なの?」
「わたしにもその理由は言わないわ。亜子聞いてみてよ」
おばあちゃんは、わたしと雅矢のこと知っているのだ。
日が沈み始める。風がさわやかで初秋のようだ。あんなに青々していた稲穂も、ゴールド色に輝いている。東京からきて二週間が過ぎただけなのに、もう長野は一足早く秋だ。あらゆるセミの種類が競争するかのようにサマーエンドに向けて鳴き狂っている。
その中でもヒグラシは、わたしの思い出をほじくるような体内へ染み込むように寂しく鳴いていた。
「おばあちゃん浴衣着させて」
「今日は、このひまわり柄が亜子ちゃんには、似合うわね」
それ以上、おばあちゃんはなにも聞かない。ママだけが、きょとんとした表情だ。その様子をみて、おばあちゃんがママに適当に言ってくれた。
下駄の音がアスファルトに響く。その音を演出してくれるのが秋の虫のコーラス隊だ。そのハミングを聞きながら小風が肌に触れ気持ちを穏やかにしてくれた。
歩くたびに鼻緒が指先に食い込み少し痛い。けど雅矢を最後は浴衣姿で見送りたかった。
太陽の残照が柑橘系色をまだ残しながら、満月がおぼろに顔を出した。
「雅矢!」
雅矢は待っていてくれた。最初出会った白Tに短パンにサンダルだ。
「これこそが雅矢だね」
わたしは不意に笑顔になった。雅矢がわたしの右肩を握り柑橘系色の空と紺系色が入り混じる空を見つめた。
「亜子、腕出して」
わたしは左腕を出した。雅矢は左手首に、自分が身に着けてい白地に赤と茶系の桜紋柄のミサンガをつけてくれた。
「これ、ぼくの分身」
「雅矢といえばこの桜紋柄だね」
ほんとは、すごくはしゃぎたい。けどはしゃげばはしゃくほど、わたしは、惨めになるのが分かる。しかも辛くなる。
「ずっとこれからも一緒だよ」
「うん」
「ねぇ、最後にキスしていい」
「あーぁ」
安定の悪い下駄だけど、わたしは背伸びをして雅矢の口びると重ねた。
今日は雅矢は温かかった。
ぎゅっと雅矢が最後に抱きしめてくれた。やっぱり体も温かい。
無常にも満月は、もうすぐ山の上だ。山風が強く吹き立ってるのも大変だ。地面も揺れ始めた。雅矢はわたしが、飛ばされないように更に強く抱きしめてくれた。(このままわたしを抱きしめたまま、一緒に連れて行ってほしい)
わたしは自然と涙がこぼれ、雅矢の頬が濡れた。そしてわたしの頬も濡れた。それは雅矢の淡涙だ。雅矢も泣いていた。お互いの額を何度も重ね擦り合わせた。わたしは頑張って笑おうとした。けど無理だ。
「これっ」
雅矢がポケットからわたしの手にのせた。
「亜子ヨーグル好きだってでしょ」
「これ、今日買ったやつだ」
「うん。亜子の言ったとおり、最高にうまかったよ」
「ありがとう」
わたしはヨーグルを握りしめた、その時だ。上空にオーロラ色が広がった。とても鮮やかな色だ。山風は更に強く吹きゼロ磁場の亀裂から眩い光が一斉に上空に向かって伸びた。
ゆっくりと雅矢と抱きしめていた腕が離れた。握る指先までも離れ雅矢の温もりも見失った。あんなに幾度も握りあった指先は雅矢を今も求めた。でももう握れない。なぜなら雅矢は上空に浮かんだからだ。
「亜子ぉーーぉ!」
「雅矢ぁーーぁ!」
その呼びかけが雅矢と最後だった。
「亜子さん」
わたしはナミちゃんのお兄ちゃんに起こされた。わたしはその場に倒れていた。
「雅矢は?」
「もう行ったよ」
わたしは雅矢の名前を呼んでから記憶がない。これは夢だったのか? わたしは雅矢につけてもらった左手のミサンガを触った。紛れもなくつけてある。
辺りはなにもなかったように虫の合唱に満月が照らしている日常の夜だった。
「これ雅矢から預かってる」
それは一枚の手のひらに収まる見覚えのあるメモ用紙だ。
『亜子、愛してる』ワンフレーズの言葉だけ書いてあった。
「どうしてナミちゃんのお兄ちゃんに?」
「雅矢、直接渡すの恥ずかしいんだって」
今まで雅矢が言ったことないフレーズだ。わたしはメモ用紙を胸にあてながら立ち上がり、満月の月天心見上げた。
「雅矢ーー、わたしも愛してるーー」
雅矢は過去形の愛してた、ではなく現在進行形の愛してるだ。わたしは大きく腹式呼吸をした後に、大声で雅矢に言い返した。
耳を澄ます。小風で草木があたる音と虫の音しか聞こえない。
「ねぇーー、雅矢! なにかぁーー言ってよ!」
無意識にその言葉をわたしは放った。
今回も閲覧していただきありがとうございます。
雅矢が神社に戻り亜子は一人になりました。けど雅矢を通して亜子は強くなっていきます。残された夏休みに亜子は、まだやり残したことがあります。いよいよファイナルに向かって加速します。今後亜子は、どのように成長して夏は過ぎていくのでしょうか!




