傷みの序章
宏樹の死を知った矢先に、祖母が退院してきた。
亜子は祖母に余命の話しを聞いてみた。祖母は死を覚悟していることを亜子に告げた。次から次にやってくる出来事に耐えられない亜子は気を紛らすため展望台に行った。ふと気がつくと雅矢がいた。雅矢に背中から抱きしめられた亜子は安心して心が乱れた。
久しぶりの東京は、酸素不足の金魚のように息苦しさを感じる。わたしは宏樹に線香あげるため東京に帰ってきた。一昨日、パニック症候群になってしまったことを長野を離れてから何故か思い返していた。
大雨の中、雅矢におんぶされ帰ってきたらしい。わたしには途切れ途切れの記憶しかない。ただ雅矢の背中は妙な安心感だった記憶は覚えている。
あんなに心底から安心感のある人は、あまりわたしにはいない。いるとすると波留だ。
その波留と宏樹に線香をあげてから会った。
「波留!」
「亜子ーー」
「波留、宏樹の家へ線香あげに、一緒にこなかったなね」
「うん、まぁ••••••」
なんだか波留は元気がない。
「長野から帰ってきたんだーー」
「うん。宏樹に線香あげるために」
「そうなの」
「どうしたの波留? 元気ないね。なにかあった?」
波留は下をうつむいた。
「やっぱ東京は暑いね」
わたしには久しぶりの東京の暑さはきつく、全身にどっとまとわりつくような暑さだ。わたしはフェースタオルで何回も顔をあおいだ。
「どうした? いつもの波留らしくないよ」
相変わらず波留は下をうつむいたままだ。
「どこか体調悪いの?」
波留は、うつむいたまま首を横にふった。
「あのさ••••••実は••••••」
歯切れが悪く波留らしくない。
「わたし、学校退学することに決めた」
「えっ? 急にどうして」
わたしは、全身に今まで受けたことのない激しい衝撃が走った。
「赤ちゃんが、できたの」
「••••••ちょっと待って。いったい誰の?」
退学に、赤ちゃんができたとか、あまりにも非現実ばかりだ。
わたしの頭の中はグチャグチャで話しについていけない。
「誰の?」
「••••••宏樹」
「えっーー、うそでしょーー」
さらにわたしの頭は混乱した。
「波留、宏樹と付き合ってたの?」
波留は首を横に振るだけだ。
「どう言うこと?」
波留は急に泣き出した。波留がここまで泣くのは初めて見た。
「わたしが全部悪いの。宏樹を追いつめて」
「••••••どっ、どう言うこと?」
波留は宏樹が亜子を好きなことを知ってた。波留は亜子に嫉妬し宏樹を誘惑した。波留の妊娠判明後、宏樹を波留は必要以上に責めたてた。
そして話しがもつれ波留は赤ちゃんと一緒に死ぬとまで言った。
追いつめられた宏樹は自宅で首をつった。
「ごめん亜子。こんな事になって」
信じていた波留に裏切られ、わたしはなにも言えない。わたしは逃げるように、その場から去った。
でも、その場から逃げれば、逃げるほど、わたしがわたしじゃなくなる。まるで凍りついた傷みがわたしを包みこもうとする。わたしはいったいなにから逃げようとしているのだろうか。
気がつくと品川駅から長野行きの新幹線に乗車した。
今回も閲覧していただきありがとうございます。
宏樹の死の真実を知ってしまった亜子。また仲良しだった波留にも裏切られてしまう。ひとりぼっちになった亜子は今後どう歩いていこうとするのか。




