結末
時は過ぎ、月が昇る。
私は独りで流離う。目的地は、ある。だが、明確には存在しない。ただ、心の行くままに、もう慣れ親しんだ痛みを伴う足の進むままに、歩くだけだ。
見慣れた廃墟。聞き慣れた無音。虫の羽音一つしやしない、閑静な崩れた街。
決着がどうあれ、私には結末がもう見えている。
今夜。
全てを終わらせよう。私のすべてを。
ふと、立ち止まった。何者かの気配を感じたからだ。
「……誰?」
「我ら、は“さらし者”」
奇しくも、同じ問いを発してしまった。
「……貴女は、この前の貴女?それとも、別の貴女?」
「我ら、は幾人。全て同じ。ゆえに我ら、は誰であろうと、我ら。そして、私は私。この前に出会った。私。それであっている」
この前と同じように、話している方向も曖昧だし、声も不可思議だし、話も分かりにくいが、この“さらし者”はこの前のやつと同じ存在、同一人物であるということは間違いなさそうだ。
「……それで、私に何か用?」
今、私は記憶を取り戻したが、それでも彼女らの記憶は、この前出会ったとき以外のものはない。一体彼女らが何なのか、それは未だ謎のままだ。きっと私ではない「私」は知っているのだろう。
「我ら、はただ観測するのみ。例え我ら、が滅ぼされようと。だが、我ら、じゃない、私は興味を持った。お前、じゃないお前に。ただの観測、ではなく、観察を続けた。だが」
あの時では全く分からなかったが、今ではその意味も分かる。私じゃない私。そうだ。今の私は「私」ではない。
「お前は消えた。消失した。私の、我ら、ですら知らぬところに。私たちでは届かぬ、領域に。探した。するとお前、がいた。ゆえに、お前、にも興味を持った。ただし、観察ではなく、観測を。偽りであり、空虚な潜伏者であるお前を。いつか、我ら、の私たちの仲間であるお前が帰ってこられるかどうか」
「……帰ってくるよ。絶対に」
断言する。未だ正体不明の存在だが、「彼女」を案じていることだけはわかる。だから、何も心配することはない。
「……そのために、私は行く」
「……そうか」
その声に潜む感情が、なんとなく喜びにも、寂しさにも思える。
「……どうしたの?」
「もしかしたら、情でも移ったのかもしれない。お前だけでなく、お前、にも」
よくわからない。でも。
「……そう、だったら観測者としてはあまりよくないんじゃない?」
そんな軽口をたたいて。
「……じゃあね」
私はまた、歩き出だした。
「観測者失格、かもしれない。でも、仕方がない。歩け。その先で、きっと結末に辿り着く」
言われなくとも。
それは言葉にはせず、私は無言で歩き出した。明確な目的地は持たず、ただし、辿り着くべき場所を目指しながら。
月が、すっかり昇りきって、もうすぐその頂点に辿り着こうとしている。
どれだけの距離を歩いたのだろうか。きっと大した距離じゃない。私の足もそんなに痛くない。
じゃあ、問題ない。
大きな月を背後に、私の目の前にそびえたつのは、真新しい大きな教会。
ここは、私が初めてギロチンと出会った場所。オルグと出会った場所。ギロチンの刃に凸凹にされたはずの地面はすっかり整地されて、その上にあの時には確実に無かったはずの教会が鎮座している。
「……不釣り合い」
それはこの廃墟の世界において、あまりに不釣り合いだ。こんな立派なもの、この世界には似合わない。
でも、この先に彼がいる。確証はない。けれど、私は確信していた。その心が、何よりの根拠だ。
教会の門は閉ざされている。入るには、無理やり開けるか、他の抜け道を探すか、よじ登るか。
いや、それ以外にもう一つ。
私はポーチから剣を取り出す。このポーチはいつの間に取り戻したのか、その記憶はないが、いつの間にか袈裟に掛けていた。このポーチは鞘だ。私の剣を入れる。物理的には全く入らない様な気がするが、なんでか完全に剣が収納される。ちなみに剣以外は通常のポーチ相応しか入らない。
取り出した剣を構える。
「……こんなもの、壊れてしまえ」
そのつぶやきと同時に、私は剣を振りかぶった。
容易く、門が切り裂かれ、破壊される。
こんなことには何の意味もない。ただの八つ当たりだ。でも、それでいい。
私は壊しに来たのだから。
歩みを進める。
教会の中は、真っ直ぐに廊下が続いている。ステンドグラスはこの前見たものよりも幾分豪奢で、何やら意味でもあるのだろうか、幾何学模様を形作っている。
内部には明かりが定期的にともり、天窓がなくても、外が夜でも十分に明るかった。私にとってはそれがまぶしかったけれども。
歩く。
寄り道するのは性分ではない。目的地が明確ならば、それに向かって真っすぐ進む。例え途中迷ってしまっても。
壁が横に広がり、十字架で言うところの交差部分に辿り着いた。この先には幾分かの段差があり、その先には。
「来たのか」
「……来たよ」
目的の相手、オルグがいた。
オルグは、まるで司祭であるかのように、祭壇の傍らに立っていた。
「……何やっているの?」
それは何の意味もない素朴な疑問。ふと気になったから口にしただけのことだ。
「傷を治してた」
「……それは治ったの?」
「とっくに治ったが、なんとなくここにいた」
「……私が来ることを予感してた?」
「さあな」
彼もなんとなくわかっているのだろうか。少なくとも、ここでどちらかが確実に死ぬ。相手はその気でなくとも、少なくとも私は死ぬまで戦う。そのことを。
「……じゃあ、もう一度、聞こうかな」
「何をだ?」
これから話すことはただの確認。とうにわかっていることの、最終確認だ。
「……貴方はどうして彼女たちを、殺すの?」
答えなど、分かり切っている。
「それは、彼女らを救うためだ」
予想通りの解答。
「……どうして殺すことが救いにつながるの?」
殺しに生産性はない。いつだったか、それは彼自身が語ったことだ。
「俺も殺したくはなかった。だが、それ以外に彼女らが苦しみの連鎖から抜け出す方法が分からなかった」
それは嘘だろう。
「……諦めるのも、一つの方法だったはず」
それは殺しと彼の言う「救い」、それを天秤にかけた結果、殺しの方が軽かった結果なのだろう。選択肢は他にもあったはずだ。
「仕方ないだろう!俺には、どうしても、苦しんでいる人を見過ごすことができなかった。知っているか?殴られた方は当然痛いが、殴る方も痛いんだ。殴られた方ほどでないにしろ。そして、殴った方はさらに罰を受ける必要がある。なんにせよ苦痛を与えた彼女らに罰が下されるなら、俺自身の手で、無駄に苦しむ前に……」
その発想はあまりに異常だ。何より、自らの手を汚すという判断を、必要もないのに容易に下すことができるというのは。ヒトとして、おかしいだろう。
「……そう、それで、彼女らは、本当に苦しんでいた?」
ここからが本番だ。お前の矛盾を穿ってやろう。
「当然だ」
「……本当に?」
「ああ」
大真面目に、オルグは答える。彼が屠ってきたイリヤ達は、確かに苦しんでいたと。
「……根拠は?」
一応聞いてみようか。
「罪で汚れた人間が、その罪を認識していて、苦しまないはずがないだろう?その罪が重ければ重いほど、己の罪悪感で死にたくなるだろう?」
「……貴方も罪を重ねていると思うのだけど?」
「ああ、だが、俺はこの世界に転生して来たんだ。何のためにか。来たからには役割があるはずだ。罪の意識に潰れてなんていられない。頂いた命、だれが与えたかは知らないが、この命は他人のために燃やすと決めたんだ。だから、俺は役割を果たすまで、決して折れない」
ある意味、彼の決意は固いようだ。
「……その他人が、この世界の住人たちで、その役割が、彼女たちを救うことだと?」
「そうだ」
「……そう」
幾度も繰り返した問答。それはいつも通りの結論で終わりを告げた。
「今度は俺の番だ」
「……何?」
それは、次はこちらが質問するということだろう。
「お前は……何者だ?」
何者、か。
「……何者だと思う?」
逆に問う。
「わからないから聴いているんだ。お前は……俺が首を斬っても、死ななかった、どころか、その状態のまま、俺の剣を止めてみせた」
「……え」
その辺りの私の記憶はないんだけど。首なしで動いたとかバケモンじゃん。自分のことらしいけど。
「……まあ、首がない云々はさておき。私が何者か、ね」
私は剣を握りしめる。
「……そうだね。私はただの影。ただの虚像」
「どういうことだ?」
「……いろいろ察しが悪いね。ギロチンだったら、これだけでたぶん答えに辿り着いてる」
まあ、こんなことを他者と比べたところで意味ないんだけども。
「……そうだね。この剣、見覚えがないかな?」
手に持っていた剣を掲げて、オルグに見せる。
「それは……俺の剣だ」
そう、これはお前の剣だ。でも、それは不正解。
「……当たってるけど違う。まあ、そこのとこは後で突くとして、貴方は、その剣をなんて名付けた?」
最後に言ったのを覚えている。お前はこの剣を――。
「断罪の剣だ」
「……そう。断罪の剣。なんであなたはこれを断罪の剣と名付けた?」
「彼女らの罪を断つ剣だからだ」
「……そう。たぶんそうだろうと思った。でもね、違うんだよ」
私は、ここで一歩踏み出した。オルグとここで出会って、初めて歩きだす。
「……この剣は決して罪を断つ剣なんかじゃない。ただの道具にそんな力は存在しない」
「何が言いたい?」
もう一歩踏み出し、段差に足をかける。
「……この剣は、ただ、首を断つだけ。ただ、命を絶つだけ。だからね、この剣は――」
段差を昇り、オルグと正面で目を合わせる。
「――彼女は、“処刑人の剣”。ただの、断首の剣だよ」
決して、“断罪”などと言う大層なものではない。ただの処刑用の剣だ。ただの殺人の道具だ。それだけ。それ以上の何物でも無い。
「……まあ、それもすでに私の、ただの偽の皮でしかないんだけどね。でも私は、彼女になった。わずかでも彼女を知った。少なくとも、彼女はお前のものではないね」
私はオルグを見据える。
「……ねぇ、貴方は自らの剣を断罪と名付けた。自分こそが裁く権利を持っていると驕った」
「……だったら、なんだ」
「……貴方は未だ自分の名前は憶えていないんだよね。だからオルグって名乗ってる」
「そう、だな」
多少うろたえながらも、彼は真っ直ぐにこちらを見ている。
「……貴方の名前。お前の正体。私は知ってるよ」
「……………」
彼は黙ったままだ。私は話を続ける。
「……貴方はオルグ。でもそれはただの略称」
一歩近づく。
「……お前の名前、それはorgueil――傲慢。ほら、お前にぴったりな名前だ」
「……違う」
否定しても無駄だ。
「……違うというなら、聞かせて。彼女らの名前はなんていうの?」
「…………」
わかるまい。お前は一度も彼女らのことを知ろうとはしなかった。
「……わからないよね。だから自分の尺度だけで他者を救うとか言い始める」
そもそもがお前は間違えている。
「……死ぬのなんて、皆嫌だよ。皆一番自分が好きだよ。どんな大罪人でもそれは同じ。お前はもう少し考えるべきだったんだ」
「何が……!」
「……最初が違うのはしょうがない。でも、歩み寄ろうとしなかったのはお前だ。彼女らの名前はIl y a――イリヤ、彼女たちは、ただ存在したかっただけ」
そろそろわかってきたかと、私は目の前の人間を睨む。
「……人にはもう捨てられた。お前はもう、必要ないと棄てられた。だから、せめてこの世界では。ただ、そう願っただけだったんだよ。ただ、自分に課せられた使命を、己の存在意義を示したかっただけだったんだよ」
「…………」
「……そしてもう一つ。イリヤはもともと処刑具や拷問具だよ?そう在るべきと創られたんだ。そんな彼女らが、殺しに罪の念を抱くはずがないじゃない」
そろそろ、限界だろう。
「……だからお前は、傲慢なんだ。己の尺度でしか測れない。他人を理解しえない。元の世界でもそうだったんじゃない?赤の他人はお前を称賛する。でも、当の本人にとってはただ迷惑だっただけ。そうではないと、自信をもって言い切れる?」
「違う……!!」
「……まあ、いいよ。話を戻そうか。じゃあ、今度こそ私の正体」
“傲慢”が私を睨む。そこに燃えるのは、私への怒りか。それとも、言い返せない悔しさか。
「……さっきも言った。私はただの影。私は――お前だよ」
「どういう……ことだ……!?」
彼が声を絞り出す。
「……お前はこの世界でいつからその剣を手にしている?はじめからだ。でも、その剣はこの世界の住人だよ?」
己の剣に目を落とす。
「……元となったイリヤはどこに行った?消えた?いや、違う。彼女は依り代になっただけで、死んだわけではない。“傲慢”に追いやられただけ。それを隔離して、どこかへ排出した。彼女を抑えるための、わずかな“傲慢”の力とともに」
私の剣と、“傲慢”の剣。瓜二つの二振りの剣。
「……そろそろわかった?お前という本体から分離した余りものの力、それが私。尤も、私には“傲慢”の力なんて微塵もないけどね」
剣を構える。
「……そろそろ、おしゃべりはいいかな。簡単に言おうか。私は――お前の天敵だ」
その言葉が言い終わる前に、私の脚は駆け出していた。
相手が覚悟を決める前に殺せたらそれが一番だった。しかし、そううまくはいかないものだ。
私が正面から繰り出した剣撃は、危ういところで同じ剣によって防がれた。
「……やっぱり正面からは難しい」
飛び退く。
落ち着いて行け。私は、私じゃない。そこにあるのは私の力ではなく、彼女の力だ。その剣技も、能力も。
ただの借り物。偽りの力。それがどれほど通用するか。
知らず笑みがこぼれる。
確かにそれは本来、私の力ではないかもしれない。でも、紛れもない、彼女の力だ。行使するのは偽りでも、それは本物だ。
だったら、この世界においてすべてがニセモノのこいつに、その力が届かないわけがない―――!!
「……殺す」
再び駆けだす。刃が交差する。そこで止まってはただの五分だ。常に念頭に置くべきは次点の策。
力では流石に勝てない。彼の力は“傲慢”によって増幅されている。そもそも私に“傲慢”を足したのが彼の力と言っていい。
尤も、能力と力だけだ。
鍔迫り合いにもつれるのは分が悪いので、腰を低くし、相手の力を逃がす。そのまま彼が体勢を崩した状態から、私はそのわき腹を裂こうとする。
カチリ。
オルグの動きが加速する。いや、私の動きが減速している。
ああ、そんなものもあったな。
でも、私にあるのはこれだけではない。
「……甘い」
見えているのなら、私にも似たようなことができる。
彼の身体を“拘束”する。ガクンと動きが鈍くなる。私ほどではないにしろ、その動きは緩慢だ。問題ない、これで五分だ。
「……斬る」
「まだ……!」
次を予測とは自分の行動を考えるだけではない。相手の策を読むことだ。次の次も、その次も。勝負とは読みあいだ。
私の剣は撥ねられたが、それで終わるわけがない。持ち手を変えて、もう一度。刃だけが攻撃ではない。回転して柄の方で殴る。寸でのところで躱されるが、その時点ですでに私はしっかりと剣を構えている。
狙うべきは首だ。それが私の、彼女の存在意義。それ以外はただの遊び。しかし、それは流石に読まれる。
「予想通り」攻撃は防がれ、私はもう一度距離を置くために後ろに跳ぶ。
「……やっぱり」
今までの戦闘を見ていて、少しわかっていたことだったが、こいつ、そこまで「強く」ない。
確かに“傲慢”の能力は強い。だが、種を明かして、その力を覗いてしまえば、それ以外は脅威ではない。
まあ、その“傲慢”の力が強いのだけれど。
「……お前の能力。それも彼女の能力を増幅しただけのものだよね」
今、私と彼の力は同帯にあると言ってもいいだろう。むしろ、どちらかと言えば私の方が優位であると言える。こちらは“傲慢”のことについて知っているが、奴は彼女のことについて何も知らない。
それは、ただ、何も知ろうとしなかったツケに過ぎない。
「……ねぇ」
私が声をかけると同時に、奴がこちらに突進してきた。そこに剣技も何もなく、ただ闇雲に、必死に剣を振るっているだけだ。防戦するだけなら全く難しくない。
よく見ると、今まで無表情だった彼の顔にも、焦りのようなものが滲んでいる。
「……お前の能力」
攻撃を受け止めながら、私は話し出す。
「……イリヤにはね、“拘束”以外に、もう一つ共通して能力がある。それが“走馬灯”」
イリヤの肉体は、殺し、殺されるためのものだ。その性質上、能力は執行する側だけでなく、される側の性質も存在する。
「……まあ、皆無意識に使っているから誰も自覚していないけれど」
死に瀕しれば、誰だって集中力が増す。演算能力が飛躍的に増加する。戦闘時、イリヤ達はその戦いに集中する。ゆえに無意識にその力を行使するが、地味すぎて誰も気づいていない。
「……でも、剣しか能のない、力も弱い彼女が、そこに目を付けた」
生きるために。自分の存在意義を果たすために。力が必要だった。
横薙ぎに振られた刃を、上方に受け流す。
「……異常な集中による、動体視力の拡張。それが“走馬灯”。お前は、“傲慢”はその力を増幅させた」
いや、その力はもはや別物だ。
無理やり体勢を戻した彼が、蹴りを放つと同時に、続けざまに剣を振るった。
体の軽い私にとって、どちらも致命的。
問題ない。
蹴りは受け止めて、その勢いのまま、私は飛びずさる。
あまりに幼稚。“傲慢”の力に頼っていればよかった戦闘では何の問題もなかったが、己の力が必要となってくると、ロクな訓練も受けていない状態では、それはただの戦闘センスのみで戦うことになる。その点で言えば、彼は並だ。特に命を懸けた戦いで、自らの圧倒的アドバンテージを失ったとき、彼は自らの心に勝てない。記憶がない時の彼の様子が、それを証明している。
彼が再び斬りかかってくる。
「……お前の能力、それは範囲内の空間における時間の遅延」
限定された空間内での時間を遅らせる。停止ではない。あくまで遅延だ。遠くから見た時に生じたズレは、空間内の時間と範囲外の時間のズレを、無理やり帳尻合わせた時に発生したものだ。範囲内ではそれを観測することはない。ただ、奴の行動が異様に速く見えるだけである。
その程度であれば、“走馬灯”と“拘束”で対応できる。私には、彼女にはそれしかなかった。ゆえに、彼女はそれを極めた。その剣技と、みんなが共通に持っている力だけを。もちろん、それだけでこの世界で連勝できるわけではない。はるかに強大な力でねじ伏せられるときだってたくさんある。むしろ敗ける時の方が多かっただろう。でも、今この時、この相手に対してだけは。
「……だから、私はお前の天敵」
「くっ……!」
彼の剣戟の隙間を縫って、私は軽く剣を振るった。ただし、軽くと言っても、当たれば間違いなく命を奪う一撃だ。
それを大きく後ろに跳んで彼は躱す。
その場で彼が、じりじりと後ずさる。私はこの場から一歩も動いていないというのに。
「……ねぇ」
私は呼びかける。同時に、のんびりと歩を進め始める。まるで、ただ呑気に街を散策するときのように。でも、私の眼差しだけは、鋭く奴を射抜いている。
「……そろそろ、終わりにしよう?」
もういいだろう。苦しむのは。お互いに。
これも、私の尺度で勝手に測っただけだけど。
でも。
「……私も、“傲慢”だから」
もう、私と奴の距離はすぐ目の前だ。奴の後ろは、もうただの壁。
「……お前のこと、勝手に決めさせてもらうよ」
それでも私が一歩踏み出し。
「……ねぇ」
それでも後ろに下がろうとして、壁に衝突する。
「クソッ……!」
悪態をつくが、その声はどこか力ない。
「……もう、十分わかったでしょ?もう、十分苦しんだでしょ?」
ざくり、と私は動き回れないように彼の両足を切り裂く。じくじくと血が流れ出る。
「……ねぇ、知ってる?ギロチンは、昂った時、絶対に「殺す」って言う」
脈絡のない、突然の話題。
「……少なくとも、私が聞いた限りではそう。それはね、彼女が自分の手で命を奪うということに、誇りがあって、そこに責任を持っているから」
少なくとも、私はそう思っている。
「……それは、彼女がきっと優しいから。でも、私は優しくないから」
私は、倒れている彼の身体の上に倒れこむ。
「……ねぇ」
「何が……!!」
精一杯の見栄か、目の前にある彼の顔が、私を睨む。
彼は気づいていないかもしれない。でも、私は気づいている。幾ばくか遠目に見た私には、それが見えていた。
ポーチからナイフを取り出す。先のつぶれていない、切っ先のとがったナイフ。
私は、彼の胸にその小ぶりのナイフをあてがって、
「……死のうか」
私がナイフを突き刺すと同時に、終幕の刃が墜ちてきた。




