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ギロチンと断罪と

 あたしが目覚めたのは、なんとなく、だ。

 夜中に断罪ちゃんが出掛けたのは気づいていた。けれど、あたしは彼女を止めなかった。

 なんでだろう。

 その姿に、どこか決意を見出したからか。

 その視線の先に、どこか誰かの姿が見えたからか。

 それとも。

 いや、そんなことはどうでもいいだろう。

 あたしはひっそりと彼女を見送った。しばらく経った後、彼女の不在に気付いた首切り役人ちゃんが叫びながら出ていくのも黙って見送った。

 首切り役人ちゃんはいつも通り騒々しく出ていったから、例えしっかり寝ていたとしても気づいただろう。

 でも、それが彼女のいいところだ。いつもは確かに邪険に扱ってはいるけれど、決して嫌っているわけではない。むしろあたしは彼女のことが好きだ。

 そんなことは、今は関係ないか。

 寝よう。

 そう思うのに。

 目を閉じて、暗闇に浮かんでくるのは崩れる水流。首のない死体。ついで浮かぶのは、あたしが彼女の首を落とす瞬間。美味しい料理。あたしが溺れているのをにやけながら眺める彼女の姿。まあ、次の瞬間にはその鼻を明かしてやるのだけど。楽しかった思い出。幸せだった過去の記憶。

 そんな時間もすぐに崩れる。

 悪夢が続く。

 目覚める。

 違う。別に悪夢で目覚めたわけじゃない。

 そうだ。決して悪夢なんかではない。

 幸福など、長くは続かない。同じ状態がずっと続くなどある訳がない。

 あの幸福も、絶望も。全ては一過性のものだ。

 それらはただの普通のことで。

 だから、悪夢なんかじゃない。

 悪夢なんかでは終わらせない。

「……殺す」

 ふと、口について出てしまう。まあ、大丈夫だ。今はここには誰もいない。皆あたしが見送ったから。

 彼女らはいずれ帰ってくるだろう。いずれ。

 帰ってこないなんてことは。

 いや、悪い想像をすることはやめておこう。想像すると、なんだか現実になってしまいそうだ。

 背中の冷たい床の感触を感じる。

 あたしの体温も冷たいが、流石にこの床ほどではない。そもそも冷たい石の床は体感的に冷たく感じる。

 再びあたしはまどろむ。夢と現の狭間を揺蕩う。

 そんなことをしているうちに、きっといつも通りに夜が明ける。そのころには断罪ちゃんも首切り役人ちゃんも帰ってきて、いつも通りの日常を過ごせるだろう。

 いつも通りの。


 ふと、目覚めた。

 未だ微睡があたしを捕まえようとするけれど、直感めいたものを感じて、あたしは起き上がった。

 外を見ると、少しだけ空が白んできている。夜明けまでもうすぐだ。

 辺りを見ると、断罪ちゃんと首切り役人ちゃんはまだ帰ってきていないようだ。流石にそろそろ帰ってくるだろうとは思うが。

「どこ行ったんだろ?」

 素朴な疑問が口を突いて出る。別にそうしたところで答えが返ってくるなんて期待していない。だから、それはただの無意味な行動に過ぎなかったのだけれど。

「……自分探しの旅……かな」

 答えが返ってきた。耳慣れた声で。

 声がした方をさっと振り返る。

「あ、おかえりぃー?気配消すのうまくなったねぇー?」

 そこにいたのは、予想通り断罪ちゃんだった。声がするまで全然気づかなかった。こっそり抜け出して一人戦闘の練習でもしていたのだろうか。

「……コレ」

 何気ない動作で、断罪ちゃんが何かを放る。

「……?これ、もしかして……!?」

 嫌な予感は、当たるものだ。

 そこに転がったものは、首切り役人ちゃんの首。斬る側のモノが首を斬られるとは、何とも皮肉なものだ。世とはそんなものか。

「……もしかしてぇー?あいつがいた?」

 できるだけ感情を抑えたつもりだったが、その声は思ったよりもとても冷たいものとなって出てきてしまった。

 しかし。

 フルフルと断罪ちゃんは首を振って、あたしの言葉を否定した。

「……いたけど、何とか大丈夫だった。彼女は、私が殺した」

「ふーん。そっかぁー」

 そうか、断罪ちゃんが殺したのならまだいい。あいつに殺されたのでなければ、夜明けになれば通常通り蘇るだろう。

 問題が在るとすれば。

「どうやって殺したのかなぁー?記憶、戻ったのぉー?」

 そうだったらあたしにとっても喜ばしいことだ。仲間だった断罪ちゃんが、本当にあたしたちの仲間入りをする時だ。

 知らず、あたしは浮足立っていたかもしれない。

 そんなあたしを裏切るかのように。

「……記憶は戻った。でも、やっぱりわからない。だから――」

 いや、違う。裏切るかのように、ではない。

「……あの問題の、答え合わせをして?」


 その手に握っていたのは、見覚えのある剣。幾度も交えた斬首の剣。


「“処刑人”の……剣……ッ!!!」

 事実、裏切りだった。


「なんで……!!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッッ!!!!」

 そんなことを聞いてどうするのか。それでも、その言葉が怒気を交えてあたしの口から出てきてしまう。

「……記憶が戻ったらこうなった。それじゃ、ダメ?」

 断罪ちゃんの顔は無表情で、その手に剣をもって憮然と立つその姿は、どこかあいつの影と重なってしまう。

「どうでもいい!だったらあたしが殺してあげるッ!無慈悲に無様に惨たらしく、あんたの首を断ってあげるッッ!!」

 問答無用。こいつは、敵だ。紛れもなく。だったら手加減する理由もない。あいつと同じ存在だというならば、油断するわけもない。

 最初から本気だ。

「殺すッッッッ!!!!!」

 ダン、ダン、ダン、ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――――ッッッ!!!!

 空から刃を墜とす。それは相手の命を確実に奪う重たい刃。その物量と威力は他のイリヤの追随を許さない。少なくともあたしはそう自負している。

 しかし。

 敵の冷たい眼差しがこちらを見据える。それはこちらも同じ。その姿も、幾瞬か後には刃の雨に消える。

 あたしにはわかる。敵は死んでいない。死ぬわけがない。

 敵は、あたし達と行動を共にしていた時の彼女とはもはや別人だと考えてもいい。あの少しどんくさい彼女はもうどこにもいない。

「絶って断って切って斬って殺すッッッ!!!」

 知らず出てくる、その言葉は、きっと己を鼓舞するためのものだ。敵を絶対に殺すという覚悟だけではない。これは。

 仲間だった彼女を殺すという迷いを失くすための言葉だ。

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――――――!!

 聞き慣れた音。あたしにとっては心地のいい、断頭の響き。その音が空間を埋め尽くす。

 墜とす、墜とす、墜とす、墜とす。

 でも。

 敵は刃を躱し、受け流し、時に受け止め、紙一重で回避していく。落ちてくるのは刃だけでない。崩れた天井の大きな瓦礫も大量に落ちてくるが、それらも全て避ける。流石に地面から飛散する破片は当たるが、そんなもので作られる傷など、全くダメージには入らない。

 その姿も、どこかあいつに重なるが、同時に根本的に違う感じもした。

 あいつと戦った時、それは確かに脅威だった。しかし、その脅威はどこか非現実じみていた。例えるなら、まるで超能力でも使っているかのような。あたしたちの理から外れているかのような。

 でも、こいつは違う。こいつはただ純粋に、強い。身体能力、技量、それらを極めたかのような、そんな脅威だ。

 同じ脅威でも、こいつはなぜか、あいつのような根本を否定する怒りは湧かなかった。浮かぶのは、ただ裏切られた、仲間が殺されたという怒りのみ。

 どうでもいいだろう。今大切なのは、目の前にある脅威があたしの敵であるという点のみ。

 だから。

「殺すッッ!!」

 あたしは自身を鼓舞する。

 刃の落下地点を予測し、“設置”して、形成して。

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン―――――ッッ!!

 爆音が響く。

 そんな間隙ない猛攻の中。

「……ねぇ。“イリヤ”って、どういう意味?」

 音にかき消されて聞こえるはずのない声が聞こえた。

「え?」

 攻撃の手は緩めない。けれど、思わず聞き返してしまった。

 敵は確かに刃を完全に避けているが、一定の距離を保ったままでそれ以上詰めてこようとはしてこない。

「……私には、イリヤが分からない。貴女達が、ひたすら殺し合い、苦しめ合う存在だということは分かった。けれど」

 こいつは何を言っているのか。今、そんなことを聞いてどうする。そんなことを言っても、あたしは決して惑わない。

 殺す。

「……私には、貴女達が何を抱いて戦うのかがわからない」

「うるさいッッ!!」

 いい加減黙れ。ならばお前はなぜ首切り役人ちゃんを殺した。お前はもう、一線を越えている。

「……ねぇ」

 また、敵が呼びかける。

「……オルグは、あの剣を“断罪の剣”と名付けた。貴女は私を「断罪」と呼んだ」

 それがなんだ。怒りは湧くが、それ以上の何でもない。

「……貴女は、いつから気付いていたの?」

「うるさいうるさいうるさいうるさいッッッッ!!!!」

 耳障りだ。

 なんだ、すべてあたしが悪いとでもいうつもりなのか。

「……ねぇ」

 静謐な黒い瞳が、あたしに語り掛ける。

「……私は、貴女に一目ぼれした。その血のような紅の瞳に。私は好きだった。貴女が」

 そんな言葉はあたしの怒りを増幅させるだけだ。

「……ねぇ」

「うるさいッッ!!!」

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――――!!!!

 ひときわ勢いよく刃が墜ちる。

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッ!!!」

「……貴女は、実は、最初から、私を憎んでいたの?」

「――――――――――――――ッッッッ!!!!!

 もう、叫びすらも出てこない。自身を鼓舞する言葉すらも失った。

 だから。

「……ッ!!あたしは……あたしはッッ!!そうだよッ!初めから気付いていたあんたの壊れかけのちっぽけなナイフ!アレは刃が欠けていたんじゃない!元からあんな形状だったんだ!あのナイフ……小さかったけれど、その見た目はあの処刑人の剣と同じだった!あたしがそれに殺されたとき、あたしは死ぬかもしれないと思った。けど、まだ半信半疑だった。それにあの後あたしは復活した!でも、あたしはあんた達を見て、やっぱり確信していたよッ!改めてあの剣を見た時、アレは、確実にあんたのナイフと同じだった。この世界は道具が形を持ったセカイ。道具の形状が同じだということはそういうことだッ!けど……でも……ッッ!!」

 ついに溢れ出たあたしの感情に、刃の勢いは増す。けれどそれには何の規則性もなく、ただ無秩序に考えなく墜ち行く。そんなものはこいつには当たらない。落ち着いてかわしながら、こちらの話を黙って聞いている。

「あたしは……あたしも……あんたのことが好きだったよ!!あんただけじゃない……首切り役人ちゃんも、水責めちゃんも……!!みんなみんな……大切な友達だったんだ……大事な……大事な仲間だったんだよッッ!!だから……」

 そうだ。皆あたしにとってはかけがえのない奴らだったのだ。

 ならば。

「だから、あたしは……あんたを赦しはしない」

 簡単な話であろう。何も迷う必要はない。あたしたちを裏切った。だったら、もう仲間ではない。

「でも……すべては過去の話だッッ!!!」

 あたしはお前を殺す。それだけだ。

「……そう」

 敵は、なにも動揺することはなく、無表情に頷く、

「……じゃあ、簡単だね。答え合わせ」

 もう、これ以上聴くこともない。あと導き出される結論は一つだけ。

「……私を、殺して見せて」

 その言葉と同時に、敵は勢いよくこちらに接近してきた。


 変わらず降りゆく刃の雨。だが、そんなものには目もくれず、敵はこちらまでの道のりを、隙間を縫って駆けてくる。

 もう、己を叱咤する言葉も必要ない。覚悟は決まった。次に見えるのは勝負の行方のみ。

 刃を形成。形成。形成。落下。

 堕ちろ、墜ちろ、墜ちろ。

 これはただの勝負ではない。裏切者を目の前にするならば、あたしのこれは、ただの殺し合いじゃない。これは、あたしの誇り、あたしたちの存在意義を賭けている。

 だったら、こいつを倒すために。

「じゃあねぇー、もう一度、自己紹介しようかぁー?」

 もう、調子は戻った。本当の意味でいつも通り。敵が迫ってくる中、のんびりとそんなことを口にする。

「あたしはギロチン。断頭の処刑具」

 不敵に笑う。

 嗤う。

 嗤う。

 もう敵はすぐ目の前にいる。すでにその剣は、あたしの首を刈ろうと、その刃が迫ってくる。

 でも。

 目の前のこいつは、ナニモノでも無い。どこかの誰か。誰でもない誰か。

 そんな奴には負ける気がしない。

 全て、見えている。

 あたしの刃は、ただ落ちることだけが能だけど、その墜ち方はあたしが決める分、千差万別だ。でもその法則はいたって単純。

 高ければ高いほど、速く、重い。

 重ければ重いほど、硬く、強い。

 ある意味、この一撃があたしの全力だ。

「遅いよぉー?」

 今までの刃の雨はただの目くらまし。ただのお遊戯といってもいい。

「……―――ッッ!?」

 敵の眼が見開かれる。もうすぐで彼女の刃はあたしに届く。一秒も経たぬうちに、あたしの首は刎ねられる。

 それでも遅い。遅すぎる。

 キラリと、微かに上空で月明りに刃が煌めいたが、それを認識すると同時に。いや、認識する前に。

 ズン―――――ッッッッ!!!!!

 いつもの爆発するような音ではなく、隕石でも落ちたかのような轟音と地響き。

 それに潰れる直前。

「……やっぱり、強いね」

 そんな声が、聞こえた気がした。

 でも、あたしにそんなことは関係ない。

「ふはひゃ、ふひゃはひははははははははは♪」

 目の前に広がるのは、クレーター。敵はもう、跡形もない。けれど、あたしの根源は首を断つこと。おそらく、この中心は、あいつの首元だろう。すぐ近くにいたあたしも当然巻き込まれ、身体のほとんどが千切れ、潰れ、ほとんど跡形もなくなっているが、どうでもいい。

「そうだねぇー?あたしは、強いでしょぉー?」

 痛みなんて感じない。そもそもそれを感じるほどの体も残っていないからかもしれない。

 崩れた廃墟の中、空が白んでくる。いつの間にやら夜明けのようだ。

 そんな中、あたしの嗤い声だけが、虚しく木霊していた。


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