三度目の正直
「……また、か」
じゃり、と地を踏みしめる音が聞こえた。首切り役人と並んで歩くその進行方向。
一休みする暇すらも与えてくれないのか。
そこにいたのは、お察しのとおり。
「お前のせいだよね。夜遊びはおいたが過ぎたんじゃないの?」
首切り役人が、横で私を非難する。幾度目かの遭遇だろうか。ここまでくると笑えてくる。
「……まあ、否定はできない」
私がここにいたことが、いまここで彼――オルグに出会う要因の一つになったことは否定のしようがない。
「私はギロチンさんほど優しくはないからね。お前を守ることなんてできないから。自分の身は自分でどうにかしてよ」
首切り役人の声は、いつものように騒々しくはなく、静かに目の前の敵を睨んでいる。その彼女に似合わない真剣な静けさは、これから始まる殺し合いが確かな“死合”であることを示している。
「……とにかく、死なないことを最優先で」
その手には余る巨大な斧をどこからか取り出す。同時にオルグの方も斬首の剣が片手に現れる。
「とう、ぜんッ!!!」
首切り役人は一喝すると、勢いよく飛び出した。
重たい斧と剣が衝突する。金属同士がぶつかるような甲高い音ではなく、地響きのような重低音が鳴り響く。
その後ろ姿はつい最近も見たばかりだ。いつもはあほらしくて、正直そんな好きにもなれないが、戦闘においてはとても頼りになるその後ろ姿。
一見闇雲に振り回しているように見えるその大斧は、実際適当に振り回しているだけかもしれないが、迷いのない一閃は隙が少ない。
それに対しオルグは、受け止めるのではなく、攻撃を受け流していく。おそらくあの大斧を受け止めるのは流石に難しいのであろう。思えば、ギロチンと戦っていた時も、落下してくる刃をそのまま弾くのではなく、軌道をずらしているように見えた。
ただ、あいつの真髄はそこではない。
今まで私がオルグの戦闘を見てきたのは二度。そのどちらも遠くから観察してきた。その両方で私は見た。
首切り役人が振り下ろした斧。これをオルグが剣の峰で横に軌道をずらし回避。続けざまに斧の柄が回転してやってくる。柄とは言え、勢いよく落ちてくる巨大な斧のそれに当たってしまえばただでは済まない。それをオルグは身をひねって回避。しかしここでオルグの体勢が崩れてしまう。重い斧の斬撃を受け流した後にさらなる追撃を無理やり避けた彼には自らの重心を綺麗に保つ余裕はなかった。首切り役人はそこにさらに重たい刃の遠心力をうまく利用して、上手に両手で斧を回転させ、横薙ぎに巨大な刃が迫る。
体勢を崩した状態でのオルグではそれを回避することは困難であろう。
間違いなく、当たる。
しかし。
視界が、ズレた。
戦場の外にいる私には、そのように表現するほかなかった。
いつの間にかオルグは体勢を整え、逆にその斧を剣の鎬で受け流し。
「……ッッ!!」
今度は、間違いなく当たるように見えた渾身の一撃を流された首切り役人の体勢が崩れかける。それを寸でのところで一歩踏み出し、踏みとどまり、さらにそこに重心を移して回転。すぐ目の前まで迫っていた斬首の剣を何とか切り抜ける。
そこからブンッと斧を一閃し、相手を遠ざけた後、彼女も後ろに跳び退いて、私のすぐそばまで戻ってきた。
斧を構え直して、敵を睨む。
「アレ、やっぱりやばい奴だぞ!」
肩越しに語り掛けてくる。
「……それは知ってる」
そもそもやばい奴じゃなかったらギロチンも死にかけないし、水責めさんも死んだりしない。
よく見ると、首切り役人の首筋には、一筋の水滴が流れていた。短い攻防だ。多少疲れたにしろ、汗くらいかくだろう。
だけど、あれはたぶん違う。
あれは冷汗というのだ。
実際に斬り交えたからだろうか、きっと首切り役人は私よりも敗色を濃く感じている。
オルグの方は、私たちの会話を遮るでもなく、ただその場に佇んでいる。決して聞こえていないわけではあるまい。それは余裕なのか、それとも彼なりの慈悲とでもいうべきものだろうか。
その様子に私は、少しだけ不可思議な感覚を覚える。
なんにせよ、このままでは過去と同じだ。今度は首切り役人がやられて、今度こそ私も死ぬかもしれない。
なにか、何か考えないと。
知らず歯を食いしばる。
「……何か……!」
「そうだ!急いでギロチンさんを呼べばいい!」
こいつは馬鹿なのか。ギロチンを呼んでここに戻ってくるまでにどれだけかかると思う。走ってもそれなりに時間がかかる。
それまでこいつが耐え切れるかどうか――。
「……そんなことしてもまた来るまでに貴女がやられるだけだし、ギロチン単体ではオルグには勝てない」
それは過去の二戦が証明している。一回ならまだしも、二回続けばそれはきっと偶然ではない。たとえ偶然だったにしろ、負ける可能性が高いのは事実だ。今度こそ助けは入るまい。
「むう!確かに……!」
その中の一戦は首切り役人も見て、参戦している。そのことは重々承知しているだろう。一瞬で自らの提案を崩されて渋い顔をしている。
「じゃあ、どうする!?正直わたしはそんな頭良くないからわからんぞ!!」
ソレ自覚あったんだ。と、そうじゃない。そんな余計なこと考える暇など微塵もある訳がない。かと言っていい案が私の頭に思い浮かぶわけでもない。
どうする、どうする、どうする。
「とにかく、わたしが時間を稼ぐから、お前はどうにかする方法を考えろ!できればあいつを倒す方法をな!!」
「……待っ」
私の制止も聞かずに首切り役人は、休憩はこれまでとばかりに、再び勢いよく飛び出していく。
「今際の言葉は決めたのか?」
「そんなもの必要、無いねッ!!!」
「……そうか」
――別れは惜しむものだ。
オルグの口がそのように動いた気がする。
それをよく見る前に、再び周囲に重低音の衝撃が走る。土埃が舞う。
首切り役人は果敢に斬りかかっていくが、それでは先ほどと同じ結果になることは目に見えていた。
確かに勝負は時の運、だとかいうこともある。しかし、そうじゃない。幾度も見えた、あの謎の視界のズレ。あれがオルグの勝利を確固たるものとする。
そうだ。
あれが、オルグの勝利のカギなのだ。思えば、実際何度もオルグを殺せそうな時があった。そのたびにいつの間にかオルグはそれを躱しているのだ。あのズレはオルグがピンチに陥った時だけではない。攻撃の時にも何度も生じる。不可思議なあの現象でオルグの攻撃がさらに変則的なものとなっていることも事実だ。
ならば、逆に言えば。
あの奇妙なズレさえ攻略できればこちらの勝利が一気に近づくのではないだろうか。
少しだけ、光明が見えてきた気がする。
では次だ。どのように攻略すればいいのか。
攻略のためには、あのズレの正体が何なのか、それを見極める必要がある。
そこまで考えたところで、
「グッ……!!」
首切り役人の肩口が切り裂かれた。
早い。
まだ切り結び始めて幾分も経っていない。先ほどの調子だったらまだ耐えれそうだったのに。疲労がたまっていたのか、いつもはない緊張感が彼女を苦しめたか、それともオルグが彼女の動きに慣れたか。
もしくは先程まで手加減していたか。
嫌な予感は首を振って振り払う。
いずれにせよ、首切り役人はそう長くは持ちそうにない。タイムリミットが近い。それを過ぎて、いや、過ぎる前に私に何も選択できなければ、待っているのはほぼ確実な死だけである。
「まだまだぁッッッ!!!!!」
首切り役人は咆哮し、先ほどよりも激しく斬りかかる。
「ガァああぁぁぁあアアアアッッッ!!!!!」
何の意味も持たないその叫びが真っ暗な夜空に木霊する。
先ほどよりもはるかに激しく斬りかかる。
その斧撃はすでに私の眼には捉えられそうにない。ただ、微かな影だけが彼女の周りを飛び回っている。
「――――――ッッ!!!!!」
すでにその叫びもかすれ、それでも彼女は必死に斧を振りかぶる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ―――――――――ッッッッッ!!!!
まるで掘削機が地を抉るような音が響く。彼女らの周りには、砕けた石片、割れた岩石が飛び跳ね、それらが彼らの皮膚を破るのか、時々血が舞う。しかし、そんなものには目も留めず。激しい攻防が続く。
彼らの刃は目に見えないが、彼ら自身の身体はちゃんと見える。双方小さな傷だらけであるものの、致命的な大きなけがは見えない。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ――――――――――ッッ!!!!
連続的に奏でられる間断ない衝突音は、されど。
ガギッッ!!!!
ひと際大きな音とともに、唐突に止んだ。
「………………………………あ」
首切り役人の口から、聞いたことのない気の抜けた声が聞こえた。
「すまんな」
そこに無慈悲なオルグの声が重なる。
連撃が止み、土埃舞う戦場を見ると、先の刃が折れた、いや、断たれた巨大な斧を手に、ただ呆然としている首切り役人。そして――。
「……ダメッ!」
ダメなんだ。これ以上誰かが死ぬのは。その存在が“殺される”のは。
そこにいるのは立ち尽くすことしかできない首切り役人と、その首を今にも刎ねようとしているオルグ。
それだけ。
――本当にそれだけか?
誰も助けには来ない。今までみたいには、うまくはいかない。
――水責めさんのように?
死ぬ。
絶たれる。
存在が。
――違う。
そうだ、違う。ここに居るのは彼らだけではない。
誰も助けには来ない。
そうだ。だったら。
「……私が、助ける――!!」
振り下ろされる斬首の剣。
間に合わない。この距離を、彼女の首が刎ねられる前に。
そうじゃない。
間に合ってみせるのだ――ッ!
景色がゆっくりと見える。
動け動け動け。
動かなければ死ぬ。殺される。
誰が。
彼女が。
会って間もないけど、大事な仲間が。
「決めたよ」
スローモーションの中、オルグの口が開いた。
「この剣。君らを殺す斬首の剣」
迷うな、行け。
「君たちの罪を赦す剣」
例え。
「この剣の銘は、“断罪の剣”だ」
その先にあるのが、明確な私の死であるとしても。
振り下ろされる剣。しかし、そのスピードは遅い。
それは私がそう見えているだけでなく。
「体が、重い――ッ!」
オルグは“拘束”されている。
その視界に、ようやく私が映ったのだろう。でも、もう遅い。もう、すぐそばまで私は来ている。そのまま私はオルグに突進する。
「……何が、断罪の剣だ」
最後に、そう呟いて。
無慈悲に振られる銀色に煌めく刃が、私の命を刈り取った。
*****
驚いた。
今まで遠くで見ているだけだっただけの彼女が、ここになって俺に立ち向かってくるとは。
ただ、その片鱗は常にあった。
ギロチンの命を繋げたのも彼女だ。ここでも――。
「じゃあな、これで、安らかに眠ってくれ……」
彼女も、きっと罪に苦しむ処刑具か拷問具だったのだろう。これでもう、苦しむことはないはずだ。
「……できれば、これ以外の救い方があればいいんだがな」
彼女らを殺す以外の方法を俺は知らない。俺はこのやり方しか知らない。だから、この方法を貫くしかないのだ。
静かに追悼し、俺は再び先程まで戦っていた少女に向き直る。身体に不釣り合いな巨大な斧を振っていた目の前の少女だ。未だ彼女は自らの折れた武具を眺めながら立ち尽くしている。
きっとそれは、彼女の半身であり、命と同等に大切なものだったのかもしれない。それを壊してしまったことに罪悪感は覚える。
だが、今はそれよりも。
「お前も、また……」
いや、これ以上の言葉は不要だろう。それはむしろ蛇足というものだ。
ここは、迅速に。これ以上の苦しみを生まないように。
俺は右手に握った剣――“断罪の剣”を振り上げる。
ここで、目の前の少女がやっと顔を上げた。
その眼は虚ろで。何も捉えていなくて。でも、その瞳は目の前で剣を振り上げる俺の姿を映していて。
一瞬覚悟が鈍る。
目を瞑る。
一瞬後。目を開く。
覚悟は決まった。そんなもの、とっくの昔に決まっている。
けれど、時々ぶれそうになる。迷いそうになる。
それではダメだ。
俺は何のために剣を振るっているのか。
誰のために振るっているのか。
大丈夫。大丈夫だから。
「じゃあ、な」
少し震えつつもそう呟いて、けれど真っ直ぐに剣を振り下ろして――。
刃が、止まった。
「……え?」
その声は、俺だけのものではなかった。俺と同様に、斧の少女も唖然としている。
決して俺が自らの意志で剣を止めたわけではない。少女が行動して、剣を受け止めたわけでもない。
ではなんで剣が止まったか。
そこにいたのは――。
「断、罪……?」
少女が呟く。
そうだ。そこにいるのは確かに彼女だろう。黒いワンピースに、赤黒い手袋。小柄な体躯。どれをとってもかつて行動を共にし、先ほど首を断った断罪だ。
でも。
「首が……ない……!?」
当然だ。俺がその首を刎ねたのだから。頭が乗っているはずのそこには、血の色に塗れた無残な骨と肉があるだけ。
じゃあ、なんで。
「動いてる……?」
少女が俺の言葉を代弁する。
なんで、首のない彼女の“死体”が、動いて。
振り下ろした剣を、「同じ形をした剣」で受け止めて。
「お前は……誰だ……?」
彼女は、俺が思っているような、この世界の住人なのか?本当は、別の存在なのではないか?
俺の問いに対しても、首のない彼女が反応することはなく、ただ受け止めた剣を弾いて、そのまま今度はこちらの首を刎ねようと迫ってくる。首のないはずの彼女は、けれどなぜかこちらを正確に認識しているようだ。
「グッ……!」
あまりに現実離れした光景に、思考を停止していた俺は、危うくその攻撃をまともに喰らいそうになる。
カチリ。
避ける。
避けた。
はずだった。
それなのに、なぜか。俺の胸元が斬られている。首を切断こそされなかったが。けれど。なぜ。
無音の彼女は。全身を赤く染めながらゆらゆらと歩いてくる。
状況が読み込めない。
なにが起こっているというのか。
けれど。
その光景に、俺は既視感を感じる。
剣。
首のない死体。
血みどろの視界。
胸から走る痛み。
吐きそうになる。
頭が痛い。
ダメだ。
「クソッ……!」
ここは退却だ。俺が死んでは元も子もない。彼女らを救うためにも。
俺はそう判断すると、すぐさま踵を返し、その場から急いで立ち去った。




