いつも通り
じゃりじゃりと静かな廃墟に砂を踏む音が響く。
「……また、ここに戻ってきた」
初めて私が目覚めた場所。今の私にとっては始まりの街。
ここに来たのに特に理由はない。ギロチンを担いだ首切り役人が走るままに、私はついてきただけで、首切り役人にとっては何か理由があるかもしれないが、私にとってはただの偶然だ。
懐かしい場所に来たからと言って、特に感慨もわかない。ここで目覚めて、ギロチンに出会って、オルグにも出会って、そして初めてオルグに殺されかけた。それだけの場所だ。それ以外には何もない。
「ここも久しぶりだねぇー?昔懐かし我らが故郷だよぉー?」
ギロチンがいつものような調子で話しかけてきた。
「……そんなに懐かしくはないかな」
正直に答える。
「ここはギロチンさんの領地なんだぞ!もっと敬え!もっと尊べ!ギロチンさんの領地に入れるなんてなんたる光栄の極み!!うおぉぉぉぉーーーーー!!!」
「……うるさい、首切り役人」
「初めて……!!初めて入るぞーーーーー!!!!!」
「そんなに特別なところじゃないからねぇー?そんなに期待されても困るよぉー?」
ギロチンは感極まっているような首切り役人に対していつものようにつれなく対応する。
「……もしかしてここに来た理由って、首切り役人が来たかったからとかそういう……?」
こいつの性格ならば、そんな大したことのない理由で逃げる場所としてここを選びそうだ。
「何のことやら!私とギロチンさんは運命の糸でつながっているのだ!それこそその絆は天よりも高く海よりも深い!だから偶然!偶然!!本当に偶然!!!ここに辿り着くことは仕方がないことだと言えるだろう!!?」
「……あー、うん。大体わかった」
つまり来たかっただけか。なるほど理解。
「懐かしいねぇー……?」
ギロチンが、うっすら周りを見回しながらそんなことをつぶやいた。
懐かしい、か。確かにギロチンにとっては私よりもはるかに長い時間を過ごした場所であろう。私より思い入れが深くてもそれはもっともだと言える。
ただ。
その言葉をつぶやく彼女の姿はどうしてもいつも通りとは思えなくて。それでもあくまでいつも通りに振舞う彼女にどう答えるべきか、私にはわからなくて、
「……そう、かもね」
そう言うことしかできなかった。
「さて、ここに戻ってきたわけだけど、流石にもうそろそろ大丈夫だよねぇー?どっかで休もっかぁー?」
「そうですね!休みましょう!疲れてるでしょうし!!さぁ!行きましょう!!」
調子よく首切り役人がギロチンに同意して、じゃりじゃりと音をたてながら再び歩き始めた。
懐かしき場所に戻ってきた、とは言うものの、ここはオルグも知っている場所だ。奴が戻ってくる可能性もあるのではないかとは思ったものの、
「まあ、元の場所に戻ってるなんておもわないんじゃないー?たぶんだけどぉー?」
などとギロチンも言っていたし、ここは相手の盲点を突いたということで納得することとしよう。それに、あいつは水責めさんのところまで追ってきていた。あれが偶然なのか、それともわかってやってきたのか、それはわからないが、今更そんなことを気にしても仕方があるまい。
水責めさんと言えば。
「……ギロチン、大丈夫?」
崩れた廃墟の中。瓦礫が転がっているものの、どちらかというと無事な部類の床に座り込んで壁にもたれかかって、寝ているようにじっとしている彼女に声をかける。
「ん?」
今気が付いたかのように顔を上げ、聞き返す。
「……いや、何でもない」
なんでもないように振舞う彼女だが、水責めさんとの絆は決して浅いものではなかったはずだ。それは日頃の彼女らの会話を傍から見ただけで予想ができる。でも、それがどの程度のものだったのかは私にはわからない。赤の他人の私がその心中を慮るなど、それは驕りというものだろう。
なにより彼女はいつも通りを努めているのだ。ならば私がすべきことも、いつも通りに振舞うことだろう。
「変な断罪ちゃんだなぁー?あたしはこの通り、だぁいじょうぶだよぉー?」
「……聞こえてたじゃん」
ギロチンは勢いよく立ち上がろうとして、左手をつこうとして体勢を崩す。
「おっとっととっと、危ない危ない」
彼女は慌てて体を回転させて右手で支える。
「いやぁー、いつまで経ってもなかなか慣れないねぇー?」
私はそんなギロチンの様子を無言で観察する。ギロチンはにへらにへらと笑ってはいるものの、その様子はどう見ても通常運転ではない。それでもいつも通りを心掛けるか否か。
そう逡巡するのも束の間、
「帰ってきましたぞーーー!!!」
騒々しいやつが帰ってきた。
「お?お帰りぃー。どうだったぁー?」
周辺の見回りを済ませてきた様子の首切り役人がやってきた。
現在、私たちはオルグからなんとか逃げおおせてこの地にやってきたわけだが、疲弊しきった今の私たちがここでさらに戦うような状況に陥るのはあまり好ましくない。死ねば生き返るだとかそんな体力的なことではなく、精神的な面で、だ。だから今夜は適当に隠れおおせて夜を明かすため、おとなしくじっとしとくことが決定されたのだが、周りに他のイリヤが、運が悪ければオルグが追ってきているなんてこともあり得るので、見回りをしてきていたのだ。ちなみに首切り役人はこの決定が下されたときに真っ先に立候補した。曰く、「ギロチンさんにそんな雑務を任せるわけにはいかない!お前は役に立たん!」とのことだった。ぐうの音も出ない。
「そうですね!特に異常はありませんでした!人っ子一人いませんでしたよ!まあ、いたとしてもわたくしの斧の錆にしてくれましたけどね!」
最後によくわからないアピールが入る。
「そっかそっかぁー、それはよかったぁー。じゃ、今夜はおとなしく寝よっかぁー?」
「わかりました!寝ましょう!!」
噛みつくかのごとき勢いでギロチンの言葉に頷く首切り役人はなかなか思考停止しているように見えなくもない。
「どうした?ギロチンさんの言うことが聞けないのか?」
ボーと眺めていただけの私を妙に思ったのか、首切り役人が声をかけてくる。
「……いや、そうだね、寝ようか」
それに対し私は特に異存はない。私も疲れている。きっとまともな思考ができないくらいには。明日になればもっと考えがまとまるかもしれない。今は自分が休むことの方が先決だ。
「……おやすみ」
「あ!そうでした!見張りはわたくしがいたしますのでどうぞ遠慮なく!ギロチンさんは休んでいてください!!」
「いやぁー、首切り役人ちゃんも休んだ方がいいと思うけどぉー」
「大丈夫です!」
そんな「いつも通り」のうるさい会話を尻目に、私はその場で寝転がって瞼を閉じた。やはり相当疲れていたのだろう、意識が遠のくまで、そう時間はかからなかった。




