二度目は……
刃を作って墜としてまた作って墜として作って。
単純な作業。けれどそれは同時に繊細な観察も必要となる。
目の前に立ち塞がるは“処刑人”。あたしたちの首を刎ねようと虎視眈々とそのチャンスを窺っている。
「落ちろ堕ちろ墜ちろッ!!!ひゃはひひゃふははははは!!断って絶って裁って、お前を存在ごと全てを両断してやるよッッ!!!!!はひはひゃひひゃははははははは!!!!」
口では嗤って嘲って相手を煽るけれども、あたしの額には嫌な汗がいくつも垂れている。
意識を向ける余裕もないが、ちらりと映る水責めちゃんの表情も、あたしの心中と同じことを物語っていた。
勝てない。
完全に攻撃が当たらないわけでもない。事実、“処刑人”の皮膚にはいくつもの裂傷が刻まれている。
けれど。
ただ無情に剣を振るうこの敵は、致命的な攻撃だけは紙一重で躱してくる。確実に当たったと思った攻撃もいくつかあった。なのに、気づけばそれらも全て外している。かすり傷程度しか与えられない。
「くっ……!」
水流と刃の雨を潜り抜け、“処刑人”があたしの目の前に辿り着く。
「まだ……ッ!」
目の前に刃を墜とす。それが容易く破られる。そんなことは織り込み済みだ。以前の戦いでそれは学んでいる。これの本命は防御じゃない。
突くべき相手の意表だ。
口元だけは嗤ったままで。
ギロチンの巨大な刃を右手で直接持って、それを大きく振りかぶる。斬れた刃の隙間目がけて、思い切り刃を入れる。目の前の“処刑人”は刃を切った状態のままで体勢を崩している。
当たる。
普通であれば。
何かがズレた。
いつの間にか“処刑人”は剣を横に構えて、あたしの刃を防いでいた。
「ひゃは!知ってたよッ!」
本命はそもそもあたしじゃない。あたしには見えている。奴の後ろに渦巻く蛇のごとき水の塊が。
まだだ。
油断はしてはいけない。常に次のことを考えろ。
水流がついに“処刑人”の体を捕縛する。水が広がって全身を覆う。
周囲に刃の雨を展開。奴が捕らわれている状態のまま、一気に降らす。
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!!
幾ばくかの轟音を鳴り響かせた後、あたしはその手で刃を持ち、自らの手で両断するために近づいた。
また、ズレた。
水の塊が霧散する。金属同士がぶつかり合う音が何重にも木霊する。あたしが墜とした刃の軌道が外れて全然違うところに突き刺さる。
――やっぱり。
これでも殺せない。
連携になれていないあたしたちの精一杯の連携だったのだが、それも功を為さなかったか。予測はしていたことではあるが。
「それなら……ッ!」
続けて再度刃を展開しようとした辺りで、急に腹辺りから後ろの方に引っ張られた。見るとそこには水が滴っており、その水ごと引っ張られていた。
先ほどまでいたところからは少し離れたところ、水責めちゃんの足元に体が投げ出される。
「なんで邪魔を……」
「文句は受け付けませんよ」
あたしが見上げると、水責めちゃんが鋭い瞳で奴を睨んでいる。
そこを見ると、そこで“処刑人”がその剣を振るっていた。
あの剣だ。何もかもあれのせいなのだ。
改めて視認すると、心の奥からふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「もう一回……ッ!!」
「待ちなさい。闇雲にやったって意味がないことはわかっているでしょう?闇雲にやらなくたって先ほどの体たらくなのに」
感情のままに走り出そうとしたあたしを、水責めちゃんが引き留める。“処刑人”は未だその場でこちらを見ながら仁王立ちしている。
「闇雲にやらなくてダメだったんだから、今度は闇雲にやってみたらうまくいくかもしれないじゃんッ!!」
自分でも何を言っているのかわからない。
案の定、水責めちゃんもはぁ、とため息をつきながら呆れた様子をしている。
「……遺言は済んだろう?」
不愛想な声とともに、すぐそばまで“処刑人”が迫っていた。
「それがまだ済んでないの」
水責めちゃんがあたしの体を後ろに退きながら、水流で応戦する。いや、それを応戦、と言えるのかどうか。それはまるで水遊びでもしているかのように、流れる水が弾かれているだけだった。
あたしの身体は左腕を失って、未だ本調子ではない。腕一本を失った体のバランスは未だに取り違えることがある。それが水責めちゃんもわかっているのだろう。あたしの体を直接戦闘の範囲から離すことには念入りである。
そんなこと、気にしないでもいいのに。
ダンッ!!
刃を墜としてあたしの身体を動かす水流を散らす。解放されたあたしは地に足を突こうとして、バランスを崩してよろめく。
運がいいことに、“処刑人”は水責めちゃんにかかりきりでこちらには向かってこなかった。いや、運じゃない。水責めちゃんのおかげだ。
今ここにあたしがいることはあたし一人の力じゃない。幾人ものイリヤの犠牲からあたしはここにいる。
だから。
「殺す――ッ!!!!」
その一言にすべてをかけて、あたしは今度こそ奴を殺すべく、刃を展開する。
高く、高く、高く、高く。
当然のことだが、ギロチンの刃は高所から落下させるほど速さも威力も大きくなる。地面に着くまでの時間は長くなるため、その辺りは計算する必要があるが、そんなことは関係ない。水責めちゃんならその辺りを計算して動いてくれる。
あたしがやるべきなのは、奴を殺すことだけ。
「墜ちろ――――ッッッッ!!!!!!」
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン―――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
規則的な、けれど時折不規則に入り乱れる爆音。
地が爆ぜる。
撥ねた石がさらに砕かれる。
隕石のようなその雨は、視界を埋めて、大地を抉る。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――――ッッ!!!!」
水責めちゃんは、大丈夫だ。刃の範囲からは外れている。足元から刃の中に水を伸ばしている。
爆音は鳴り響く。大地が爆ぜる音は、いまだ鳴りやまぬけれども、それも段々と静かになっていく。
この短期間で作り出せる刃の数はそう多くもない。この量ですらかなり無理をして形成している。
しばらく降り注いだ刃が止み、辺りに静寂が訪れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体力はまだ余裕がある。だが精神力がごっそり削られた。
大きく肩で息をする。
それでもまだだ、奴がこの程度で死ぬならば、あの廃墟で、いや、それより前に死んでいる。
「まだ……!」
再び刃を形成しようとしたあたしの目の前に――。
「危な……!」
水責めちゃんの声が聞こえる。
それも遅い。
「あ……」
首元に剣があてられる。あと数センチその刃が進むだけで、あたしの首は飛ぶ。
――もう、殺されるの?
誰かに殺されること自体はどうでもいい。でも。こいつにだけは。
そんなあたしの想い虚しく、刃が首にめり込んで――。
ガ――ッ!!
砂埃が舞い上がった。
「え……?」
一瞬、なにが起こったか分からなかった。
先ほどまで、死の瀬戸際まで追い詰められていたはずなのに。
なのに、どうしてあたしは誰かの後ろで座り込んでいる?首元に手をやってみる。そこには浅く傷ついてはいるものの、いつも通りのつながったままの首がある。
目を上げるとそこには、
「ギロチンさんのピンチをしっかりきっかり聞きつけて、遅ればせながらわたくしめが参上いたしましたーーーーー!!!!!」
ああ、そういえばこんな奴もいたな、と。疲れた頭でそんなことをうすぼんやりと思い出す。
「ギロチンさんの腕を奪ったのは、お前かーーー!!!!!!」
そこにいたのは紛れもなく馬鹿なやつではあったけれども、しかし、頼もしいやつでもあった。
“処刑人”の剣を受け止めていた首切り役人ちゃんが、力任せに剣を吹き飛ばし、そのままブンブンと巨大な斧を振り回す。
それは力任せで技量も何もない連撃だったけれども、ひたすらに振り回される巨大な斧にはかすっただけでただでは済まず、思いのほか隙は無い。少なくとも“処刑人”は相も変わらず余裕ぶって躱してはいるものの、攻めには転じてこない。後ろからは水責めちゃんの水流がもう一度奴を捕らえようと動き回っている。
もしかしたら。
そんな希望が、あたしの胸中に生まれる。
見たところ、首切り役人ちゃんだけでは“処刑人”の相手を取るには不足だ。水責めちゃんのサポートがあることで何とか食らいついてはいる。
なら、あたしがそれに加われば。
そう思って、立ち上がろうとするものの。
「あ、れ……?」
手がつかない。そうだ。あたしの左手はもうないんだった。だったら右手をついて立てばいい。
ではもう一度。
今度こそ。
その思った瞬間、今度は水流があたしを捕らえた。
「え、なに……?」
この水は水責めちゃんだろう。なんで邪魔するんだ。
気づけば、水責めちゃんがすぐそばに立っている。
「首切り斧!」
首切り役人ちゃんを呼んでいる。
「ギロチンを連れて――逃げなさい」
え、なんで。
言葉に出そうとしたけれども、それはなかなか言葉には出ず。
「な、んで……?」
ようやく何とか絞り出す。
「あなたはもう限界。それは自分でもわかっているんでしょう?今のあなたはこれ以上戦闘に加われない。それだけね」
意味が解らない。あたしはまだ戦える。まだ。まだだ。
「頑張り過ぎ。さっき左手を使って立ち上がろうとしたでしょう?集中力の欠如。精神的疲労。見るまでもないかしら」
「……今が……今がチャンスでしょ……?」
三人が揃っている今がチャンスだろう。これ以上の好機はない。
「違う。今日はもう終わりよ」
その言葉を最後に。
水流が一瞬だけ“処刑人”を捕らえて、奴の動きを鈍くさせる。その隙に首切り役人ちゃんがここまで下がってきて、あたしの様子を見るとすぐにあたしを担いだ。
「待っ、て……」
思ったように言葉が出てこない。
首切り役人ちゃんは無言のまま、あたしを担いで戦線を離脱しようとする。当然“処刑人”も追いかけてこようとするが、それを水責めちゃんが立ちふさがって止める。彼女の足元に大きな水たまりが広がり、周囲からはさらに多くの水柱が立ち並ぶ。
「そう簡単に通すなんて思わないことね?」
水責めちゃんが嗤った。妖艶に。この戦闘中ほとんど感情を顔に出さなかったのに。
「待って……」
待ってよ。あんたを置いていけるわけないじゃん。
首切り役人ちゃんは無表情に脇目も振らず、戦場に背を向けて走っている。
あそこではまだ、水責めちゃんが戦っているのに。
水責めちゃんの横顔だけが目に映る。
「待って……!」
その顔はまるで、二度と会えないことが分かっている人を、ただ安心させるかのように少し寂しげに笑っていて。
「待ってよ……!!」
首切り役人ちゃんが全力で走っているせいで彼女の姿はとうに彼方だ。
でも、まだ見える。
だったら、まだ、間に合う。
「待って――――!!!!」
絶叫する。
いやだ。いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
そんな、
二度と会えないみたいに、
「そういえば、自己紹介してなかったかしら。わたしは“水責め椅子”」
水責めちゃんはもうこちらを向いていない。ただ、その後ろ姿だけが見える。はるか遠くにいるはずなのに。その声だけはなぜだか聞こえてくる。
「そうね。あの子たちの――友達よ」
そんなのはいいから。
友達なんかじゃなくていいから。
だから。
生きて帰ってきてよ。
だから。
そんなこと言わないでよ。
やめてやめてやめてやめて。やめて。
「――――――――――――――!!!」
もう、言葉なんて出なかった。何も言えなかった。
道中、断罪ちゃんが加わったことも、景色がいつの間にか変わっていたことも何も見えていなかった。
あたしはただひたすらに水責めちゃんが消えた地平線を見つめる。
最後に見えたのは、崩れ落ちる水柱と大きく跳ねた水の塊とかろうじて視認できた――
――首のない、身体だけだった。




