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遭遇

 それは突然のことだった。

 きっと誰も予期していないことだったろう。少なくとも私は予期していなかった。

 とある昼下がり、精神を休めることとギロチンが片腕の体に慣れるため、という名目の下、家の近くを散歩している時のことだった。

 ギロチンもだいぶ隻腕の状態に慣れてきたのか、何もないところでつまずいたり、ふらついたりすることは随分減っていた。ちなみに初めの頃は割とひどかった。初夜の戦闘時はおくびにも出なかったが、それはギロチンの戦闘スタイルがそもそも動かないもの、ということがあり、翌日、外を歩き回った時は、十歩ごとに右側に転んでいた。意識して転ばないようにしても、いつの間にか進行方向が曲がっていたりした。

 今はそんなことも少なくなり、通常通りの足取りで、しっかりと地を踏みしめている。

 そんな折々の昼下がり。

 周囲は荒野。枯れた草木だけがまばらにひょろりと生えているだけの、もの悲しい大地。そんな野の中で。

「ッ!……あぁー、まぁ、一応、危ない!って感じかなぁー?」

「……え?」

 思いのほか気の抜けた言葉とともに、私はギロチンに突然突き飛ばされた。

 直後。

 ドゴンッ!!

 ギロチンの刃の落下音とはまた違った、土を抉るような音が目の前で響いた。地面が爆散し、土埃が舞う。

「……まさか……?」

 視界が遮られて相手はよく見えないが、それでも嫌な予感が頭をよぎる。いや、嫌な記憶というべきか。

 まさか、もうここを特定して、追いついてきたというのか?いや、むしろ遅かったというべきか?私たちが長居をし過ぎた可能性は十分ある。

 だが。

「はぁー、いつもいつもよぉーく追ってくるよねぇー?ね、首切り役人ちゃん?」

 ギロチンはあくまで冷静に、襲ってきた相手に対処した。

「ギロチンさんがここを訪ねているとの!風の噂を聞き!不肖わたくしめ、“首切り役人の斧”が馳せ参じましたぁぁぁーーーー!!!!」

「別に呼んでないからねぇー?」

 見ると、そこには巨大な斧をギロチンに振りかぶっている少女がいた。黒い外套に紅い目、ギロチンの瞳とは色合いが少し違い、こちらは少し青みがかかっているが、それにしてもよく似た格好をしている。ただしこちらは身長が私くらいあり、子供のような背丈のギロチンよりは流石に高い。あと、なんというか、この少女の方がオトナな体型をしている。

 そんな少女が持つ斧はかなりの重量感があり、持つだけでかなりの力が必要そうに見えるが、思い切り振り下ろされたそれを、ギロチンは面倒くさげに、一瞬で出現させた刃で受け止めている。

「いや!言葉では呼んでなくとも!きっと心でわたくしめを呼んでいるはずです!でしょう!?ね!ね!?」

「ち、近いなぁー……」

 少女は斧を受け止められたままギロチンに顔を近づけて、しきりに声をあげている。あの距離であんなに声を出す必要など無いと思うのだが、地声であの大きさなのだろうか。

「その証拠に、ほら!わたくしめの行く先に貴女がいたでしょう!?これはまさに運命!まさに赤い糸で結ばれた絆!どうぞ何なりとお申し付けしてください!!」

 恋人なのか従者なのか、この少女は一体何を求めているのか。キャラがブレブレではなかろうか。

「いや、たぶんほんとただの偶然だと思うよぉー?いやほんとにほんとぉー。誰がそんな風の噂を流したのかも、首切り役人ちゃんがどうやってここまで辿り着いたのも全然わからないけどさぁー?ほんとに偶然だからさぁー?運命とか赤い糸とか全然全く存在してないからさぁー?ねぇー?」

 珍しい。ギロチンが圧されているうえに焦っている。この少女のなんと強いことか。いきなり現れたけれども、ギロチンに反撃されてもいまだ優勢とは。なお、精神的な意味で。

 ちなみに、物理的にはいつの間にかギロチンの刃に囲まれて、すでに絶体絶命状態だ。

「はっ!?いつの間にこんな状態に!?」

 彼女も話すのに夢中で、今しがた気づいたようだ。

「うわぁ……今頃気付くのぉー……?」

 驚愕の事実発覚。ギロチンがかなり引いている。まさかのドン引きである。

「ま!そんなことはどうでもいいですよね!さ、ギロチンさん!どうぞ!煮るなり焼くなり両断するなり好きにしてください!どうぞ!さあ!」

「…………」

 すでに彼女のことを無視するまでになったギロチン。

「まさかの放置プレイ!だがそれもあり!むしろそれは試練!わたくしは耐え切って見せます!見ててください!いや、それすらも無いのがこの試練なのか!?」

 なんということだ。

「……かなり、重症そう」

 ぽつりと出た言葉。しかし、

「何だお前!重症とはなんだ!わたしのどこが重症だというのだ!ほら!言ってみろ!」

 どうやらしっかり聞いていたご様子。というか態度の違いが激しいな。

「……地獄耳」

「ああ!?なんだと!?地獄耳!?何の悪口だ!言うなら面と向かって言え!」

 流石にうるさいな。ていうか割と面と向かって言ったじゃん。

「あぁー、もういいから、置いていこぉーかぁー?一緒にいてもしょうがないよぉー、ほんとにぃー」

「……はあ、まあ、それなら別にいいけど」

 正直私も置いていきたい気分である。

「待て!ギロチンさんはともかく、私を置いていく気かお前!というか誰だお前!最低でも名を名乗れ!それが礼儀ってものだろう!?」

 置いて言っても煩そうだな。後々の禍根にもなりかねない気がする。

「…………あの、大変心苦しい話なんだけどさ」

「それ以上言わなくてもいいよぉー?わかってる、一応わかってるからさぁー」

 口ではそう言いつつも、嘆息するその顔は、かなり億劫そうだ。

 お互いの気持ちは解りつつも、避けられない難題にぶち当たり、顔を見合わせ、同時にため息をつく。

 これぞまさに英断か。

 正直嫌だし面倒だ。やりたくないんだけど、しょうがない。

 私たちは本当に仕方なく、彼女を連れて一緒に帰ることにした。


 水責めさんの家につき、連れ帰った少女。“首切り役人の斧”こと、首切り役人さんは、一人床に正座して、ギロチンに対面している。その様は忠犬のように見えなくもなく、しかし叱られて沈んでいる様子よりもフリフリと嬉しそうに振られる尻尾を幻視する。

「でぇー?なぁーんで首切り役人ちゃんはこんなところにいるのかなぁー?あんたの領地はこことは全然違うところだよねぇー?それともなぁにぃー?追い出されたぁー?」

「いえ!全然全くそんなことはありませんよ!本当にただの直感で!ギロチンさんがここにいると思い!その直感に従いやってまいりました!!」

 こんな室内でも首切り役人さんの声はうるさい。

「何だおまえ!今変なこと考えただろう!」

 なんでわかったんだ。嫌に勘がいいな。

「誰とも知らぬ奴がギロチンさんと一緒にいて!そればかりか私より親しげ!恨めしい!!」

「……私怨じゃないか」

「私怨じゃない!もっと崇高な、こう、もっと立派な!そんな感じの何かだ!!」

「……自分でもわかってない」

「なにを……!」

「もぉー、今あたしと話しているよねぇー?」

 首切り役人さんは――いや、こいつに敬称使う必要性も感じないな――首切り役人は何かもっと言い返したげだったが、ギロチンに話しかけられ、そちらに改めて向き直る。やはり首切り役人のギロチンの優先順位は何よりも高いものらしい。

「はい!何でございましょう、ギロチンさん!なんでも申し付けください!なんでも!」

 まるでやる気溢れる従者のように、もしくはギロチンに憧れているかのように敬語の多用や振る舞いをしているが、ギロチンの敬称を「さん」で止めている辺り、案外親しい仲なのだろう。

「いやぁー、それほんとに聞いてくれるなら、あたしの半径10キロに近づかないでって言ってるじゃんー」

「いえ!それはギロチンさんの身に危険が生じたときに助けに駆けつけることができませんので!ご了承ください!」

「とか言って離れたくないだけでしょぉー?」

「そ、そんなことは!」

 彼女らの話は長くなりそうだったので、私はそっと離れて遠くで胡乱げに様子を眺めている水責めさんと話しに行く。ついでに先ほど気にかかる単語が出てきたので、それも聞いておこう。

「……水責めさん。首切り役人はギロチンの昔からの知り合い?」

「そうね、知り合いと言えばそうだけど、どちらかというと首切り斧が一方的にちょっかい出してくる感じかしらね」

 ちなみに、水責めさんは首切り役人のことを首切り斧と呼ぶ。そちらの方が名称の略し方的に正しい気はするが、ギロチンが首切り役人と呼ぶので、私もそれに倣っている。

「……え、もしかしてあのうざさは最初からなの?」

「少なくともわたしがギロチンと出会った時からはずっとね」

「……それは……いい加減会いたくなくなる気もするね……」

 内心ギロチンに同情する。私にはああいう変な輩が憑りつかないでよかった。と言っても記憶もない私にはいたとしてもわからないのだけれど。

「ま、ギロチンもそこそこ邪険に扱ってはいるけどね。でも彼女も完全に突き放したりまではしないからね。意外とそこまで嫌には思ってないんじゃないかしら」

「……そんなもんかな?」

「そんなもんよ」

 そんなもんらしい。私にはその辺りはわからない。独りは確かに嫌だけど、過剰に干渉されるのも困る。ほどほどが一番だ。

「……そういえば、さっきギロチンが、首切り役人の領地はこことは違う、みたいなこと話していたけど、領地ってなに?」

 先ほどから気になっていたことを聞いてみる。

「あら、領地って知らない?」

 首を振る。

「領地っていうのはね、例えば、ある支配者がいてね、そいつが所有している……」

「……いや、そういう意味ではなく」

 別に領地の意味を聞いたわけではない。

「……言葉の意味は流石に知ってる。そうじゃなくて……」

「ああ、そういう意味ね。わたしたちの持つ領地とはどういうことかってことね」

 その言葉に私は頷く。

「そうね、私たちイリヤは、それぞれ適当な領地を持っているの。と言ってもかなりアバウトなもので、厳密には決まっていないものなんだけどね?」

「……その領地を区切る意味はあるの?」

 領地は何かしらの意味があるからこそ所有を決めるはずだ。

「うーん、そこまで深い意味は無いんだけどね。まあ確かにある程度の能力の向上はあるかしらね。でも、領地なんて言うのは本当にそれぞれが適当に、自分の好みの場所を決めてるだけなの」

「……ふーん、じゃあその決めたところが元々誰かの領地だったら?」

「その時は殺し合いで決めるかしらね。一番簡単に決めることができるし」

「……それはつまり領地を奪うっていうこと?」

「間違ってはいないけど……その認識はなかったかしら。単なる物資の提供くらいに考えていたけれど。そうね、領地っていえば立派な感じではあるけれど、どちらかというと居住地って感じかしら。お互いにそうやすやすとは入らない。なるだけ居住地を侵さない。それにその呼び方のほうが軽い感じがするものね」

「……居住地」

 かみしめるように口の中で呟いてみる。

 居住地と言っても普通は奪ったりはしないとは思うのだが。それでもなんとなくその意味合いはするっと頭に入ってきた。

「……なんとなくわかった」

 ひとまず、理解したことにする。

「なんだかんだ言っても、実際のところ皆平気で入ってくるんだけどね?ただ、流石に普通は領主へのある程度の尊重はしているみたいだけど。でもねー……」

 そう言って、水責めさんはちらりと未だ言い合っている二人の方に視線を流す。

「……じゃあ、水責めさんも領地持ってるんだ」

「あら、そもそもここら一体はわたしの領地。この家も、そこの川も、その辺りの荒野もね。適当に見渡したらわかるかもしれないけど、そこまで広いところではないんじゃないかしら」

「……そこに、無遠慮にやってきたのが私とギロチンと……」

「首切り斧ね……」

 はぁとひときわ大きなため息をつく水責めさん。確かに住んでるところを勝手に侵される気分はよくないだろう。

「あなたたちはいいよ、別に。それなりにおとなしくしてるし。そんなに迷惑しているわけもないから。ただ首切り斧はねー……?」

 話しぶりから察するに、首切り役人は相当大変な人らしい。今までの行動からも察しはついていたが、自分の中での彼女の警戒レベルを上げておいた方がよさそうだ。

 私の中で首切り役人が勝手に要注意レベルの高い危ない人認定されているところ、話がついたのか、ギロチンがこちらに歩いてきた。と思ったら、その向こうから見える扉のさらに向こうには、いつの間にかギロチンの刃に閉じ込められている首切り役人がいた。

「………………処遇が決まったんだ」

 ギロチンでも手に負えない人物のようだ。さらに警戒レベル上げておこう。

「はぁぁーーーー。アレはダメだよもうー。何をしてもだめぇー、もう末期状態ぃー、お手上げだよぉー」

「……結局何をしたの?」

 見るからに物騒な様子だが、実際何をすることにしたのか気になるところだ。

「閉じ込めたぁー。それで監禁あんど放置プレイを敢行することにしたぁー」

「……アレは大丈夫なの?」

「いやぁー、アレは大丈夫じゃないねぇー」

「……頭の方じゃなくて、閉じ込めておいて大丈夫なのかっていう方で」

「ああ、そっちか」

 この流れさっきもあった気がする。

「まぁー、大丈夫でしょぉー?そんな硬い刃使ってないしぃー?出たければ勝手に出てくるよぉー?どちらかというと問題の方はいつまであたしの言うこと守って閉じ込められているかの方だよねぇー……」

 そういうギロチンの目は珍しく遠いものを見ている。それほどまでに激戦だったということだろう。

「……お疲れ様」

 とりあえず、労いの言葉をかけ、この場をひとまずあとにし、二階へ上がることにした。


 その夜、いつも通りギロチンと水責めさんは殺し合い、私は少し離れて見学だった。

 初めの頃は、一応参加はして、それでも一瞬で降参していたのだが、結局降参することがわかっているならば参加する必要はない、と判断して、途中からはこんな感じである。

 ろくな武器もない状態では、攻撃も満足にできない。その前に攻撃をうまくかわすことすらもできていないのが現状だが。

 そんなこんなで二人の様子を遠目に眺めていたのだが、今日は二人ともいつもと少し様子が違う。いつもは殺し合い、と言いつつもどこか楽しげで、まるで遊びのような様を見せているのだが、今夜はどこか余裕がないように見える。

 それはまるで、別の何かに気を取られ気味というか、目の前に戦いに集中しきれていないというか――。

 その時、ザッザッ、と。

 私の後ろから。

 それはどこか聞き覚えのある足音で。

 すっかり馴染んだ、だが懐かしい音で。

 しかし、それは、死刑を伝えるような、そんな、絶望を交えた冷酷な響きで。

 ああ、きっと、二人はこれが分かっていたのだろう。頭ではなく、心で。きっとこれが今日であることが分かっていたのだろう。

 決して予期せぬ来訪ではなかった。むしろ予期して然るべきであっただろう。

 でも、この暮らしが、居心地よくて、いずれ壊れるとわかっていても、それにできるだけ長く浸かっていたかった。

 いつか感じた、その報いがここにきているのかもしれない。

 幸せの皮が剥がれるときが、再び来たのかもしれない。

 私は、ゆっくりと音のした方を向いた。


「……久しぶり、オルグ」

「ああ、久しぶり。それから、今日でもう終わりにしよう」


 いつかのように、白いパーカーを着た“処刑人”が、そこに佇んでいた。


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