処刑人
「……遅い」
オルグの帰ってくるのがあまりに遅い。彼が何をしてようか勝手ではあるが、ここまで遅いのではどこかで誰かに殺されている可能性すらある。
すでにギロチンすら機嫌を直して帰ってきているにもかかわらず、未だ姿を見せないのは遅刻が過ぎるだろう。昼も働いてくれている彼に当たるのは少々酷ではあるが、せっかくやる気を出した手前、遅刻されるのは大いにやる気をそがれる。その辺りは完全にこちらの問題ではあるが。
「まぁーいいんじゃなぁーい?あいつがどうなろうがぁー?むしろどっかで野垂れ死んでくれていた方が幸いって感じかなぁー?」
「……まあ、ギロチンはオルグのこと嫌いだしね」
昼は一人一人、まあ、私が出掛けないことが多いのでオルグ一人で出かけることが多いのだが、それは手分けして探索範囲を広げることが主である。しかし、夜の探索は大きな危険を孕むため、探索効率よりも安全性を求めて、三人一緒に探索するのだ。むしろ死ねば探索量は小さくなるので、こちらの方が効率を高める可能性もあるとはいえよう。あと単純にそんな簡単に死にたくないし。ちなみに私が出掛けないと自動的にギロチンは私について、家でごろごろすることとなる。
「うーん?断罪ちゃんはぁー?あいつのことがぁ心配なのぉー?えぇえー?なんでなんでぇー?」
声とは裏腹に、彼女の瞳は真剣味がある。
「……いや、心配ってわけじゃないけど」
ただ、なんとなく他人とは思えないというか。
後半は口に出さなかったが、ギロチンはどう解釈したのか。すっと目を細め、内心の嫌悪を露にする。
「まぁー、断罪ちゃんが言うならそれでいいけどぉー?……きっとそれは後悔するよ?」
ぼそりとギロチンが呟く。
「……ん、それってどういう……」
その真意を問いただそうと、改めてギロチンに向かいなおしたとき、
「ッ!危ないッ!」
ギロチンがこちらに身を乗り出し、私を押し倒して床に転がった。
「……え、何……」
突然の行動の意味を聞こうとするや否や。
ひゅっと風を切る鋭い音。それが頭上を通り過ぎた。
遅れてやってくるピリピリとした感覚。それは殺し合いを始める前の相手の殺意か。
急いで起き上がると、いきなり襲い掛かってきた相手に向き直る。
敵はこちらに背を向けている。パーカーを羽織っており、そのフードを被っていてかろうじて見える横顔すらも見えない。もっとも、月明り程度の明るさでは、正面を向いていてもフードを外さなければどんな奴か判別できないだろう。
通常であれば。
「顔をみせ……」
「……オルグ?なにをしてるの?」
ギロチンの言葉を途中で遮り、相手に迫る。
「……いきなり襲い掛かるなんて理不尽。せめて理由を言って」
ギロチンはオルグを視界に入れることさえ嫌っていたため、背格好など覚えていないだろう。また、今相手の着ているパーカーも、いつも着ているものとは色が違い、白色をしている。
だが、着ているものが違うだけで、しばらく過ごしてきた私の目をだませると思うな。私はギロチンとは違ってオルグのことが嫌いではないし、しっかり彼のことを見ていた。少なくとも顔と服装だけでしか判断できないほどではない。
「………………………」
相手は沈黙を続ける。
「……ねえ、理由もなくいきなり襲い掛かってくるとは私は思えない。貴方はそんな人には見えなかった。ならばなぜ?何があったの?」
そして最後にもう一つ。
「……ねえ、その剣は、どこから拾ってきたのかな?」
体が影となって今は見えていないが、先ほど襲ってきたときのその手には鈍く光る一本の剣が握られていた。それは切っ先をつぶして丸くしたもので、「突く」ことなどはその用途に考えられておらず、ただ「斬る」こと、いや、さらに言うならそれは――。
「それは斬首の剣……?“処刑人”か……!どっか見覚えあると思ったら……!!」
その剣を視認したギロチンが苦々しげに呟く。
「斬首の剣……?“処刑人”……?」
それが何を意味するのかを理解するのに、多少の時間を要する。しかし、その前にギロチンの言葉を聞いた相手がゆっくりとこちらに相対した。
「……………処刑、か。随分聞こえが悪いな。だけど、確かに間違ってはいない」
フードを外す。その下にあった顔は、やはりオルグだった。しかし、彼の纏う気配は今朝までの安穏としたものではなくなり、突き刺さるような冷たさを持っていた。
「……随分な変わりよう」
「そうかもしれない。俺は記憶を取り戻した。この世界の記憶を。そして、俺が何をするべきかもな」
そこでダンッ!!と、もはや聞き慣れたまである音が響いた。
見ると、いつの間にであろうか、オルグが数歩横に移動し、死角から墜ちたギロチンの刃を回避していた。その所作はあまりに自然で、流れるようなもので、まるで、“既にそこにいた”かのような。
「無視しないでくれるかなぁー?ねぇー?あの時、首は墜とせなかったけれど、殺せたと思うんだけどなぁー?まぁた死にたいのぉー?」
ギロチンの口ぶりから、どうやら彼女はオルグと、いや“処刑人”と面識があるようだ。
「ああ、あの時はやられたな。危うく死ぬところだった。だが、今度は違う。今回はこちらが勝たせてもらうぞ?」
オルグはどこまでも冷静な様子だ。二人の雰囲気はすでに一触即発だ。
しかし、それが爆発するにはまだ少し早い。
「……待って。私はまだ貴方の答えを聞いていない。なんで私たちを襲ったの?」
まだ、問いの答えを聞いていない。
「はぁ、分かった、答えてやるよ。と言っても難しいもんじゃない。単に俺は、この世界のやつらを救いたい。ただそれだけだ」
「……救いたい?」
どういうことだろう。
「ああ、この世界は知っての通り、処刑具や拷問具がヒトガタになって夜な夜な殺しあう世界だ。理由もなく、ただただ不毛に、な?俺の世界で彼女らは道具として散々人々を苦しめてきた。だが、そんな悪辣な役目も終えて、やっと安らかに眠るはずだったんだ。それがどうだ。この世界で再び苦しめ続けている。今度は自らも傷つきながら」
オルグはとうとうと語る。自らの“救う”その方便を。
「彼女らに死闘を強いるのは誰か?神か?それとも別に誰かいるのか?この殺し合いは彼女たちへの罰なのか?ただ、役目を果たしただけなのに。それは俺にはわからなかった。一度はそういう存在に対して憤った。だがな、それでは結局何もわからないし誰も救われない。だから…………俺は……!」
徐々に彼の声に感情が籠ってくる。抑えていた感情があふれてくる。そんなオルグに対し――、
「ふざけるなッ!」
今度はギロチンが激昂した。
「そんなのは違う!!お前のやってることは間違いだッ!!!このクソッたれがッ!!!ああ、最初から!!お前と話した時からずぅっとお前にはイライラしてたんだ!!お前の思考に!!自分勝手な秤をこっちに向けてくるお前になッ!!それで救うと称してあたしたちを殺すのかッ!!?あぁ、イライラするッ!!お前はあたしが殺すッ!!!ただ殺すだけでは飽き足らないッ!!指先から徐々に徐々に切断してやるよッ!!お前はあたしたちを救えないし、あたしはお前を“救わない”!!!!」
そんなギロチンを見て、逆に冷静になったのであろうか、オルグの表情が元に戻る。
「ああ、そうだな。でも俺は、そんなお前でも救ってやるよ」
そんな彼らの間に、私が割り込むことはできなかった。
ギロチンの矜持にかけて、あたしという存在意義をかけて、あたしは目の前のこいつを殺す。
いつもは格好つけてなんとなく手を掲げながら刃を生むが、それは無駄なモーションだ。今回はノーモーションで生み出す。遊びの余裕など一切ない。
狭い室内一杯に刃が生まれる。と同時に一斉にそれを墜とす。それだけではない。さらにその上、部屋の上空からも刃を降らせる。屋根が崩れて、土埃が舞った。
視界は完全にふさがれた。
が、これであいつが終わるわけがないのだ。絶対にこの隙に何かを仕掛けてくる。止まっていては居場所を特定されて奇襲をかけられるだろう。
相手がどこにいるのかもわからないが、直感で身をかがめながら前へ進む。
気配をできるだけ消して。
風を切る音がした。どこからかもわからない。しかし。
とりあえず急いで後ろへ飛び退く。直後、目の前に剣が振り下ろされる。間髪入れずに刃を墜とす。しかしそれは返す剣で弾かれる。そのまま、敵はこちらの位置を認識。地を蹴る音がした。
近づかれたら終わりだ。あたしには接近戦の技術はほとんどない。あたしにできるのは斬首の刃を墜とすことだけ。だから。
敵の射程範囲に入る前に、常に用意している刃を墜とす。敵が近づいてきたときにいつでも対応できるよう、相手の射程範囲に入るギリギリには常に刃を「設置」している。
ダンッ!!
四枚の刃が墜ちる。三枚は私を守るように、一枚は敵がそのまま進めば両断するように。敵はその刃は躱したもののあたしに近づく前に、刃によって行く手を阻まれた。
ひとまず安心。
そう思ったのも束の間。直感する。それに従うまま、とっさにしゃがみ込む。そのすぐ上を剣が薙いだ。それは、ただあたしの上を通り過ぎて行っただけではなく、私を囲むように墜とされた刃を切断した。
「ッ!!」
思わず息をのむ。
あたしの作り出した刃はただの刃ではない。そもそも落下の勢いに耐えるために、肉厚でもともと丈夫に作られているうえに、あたしの能力で作った刃はあたしの意識によって硬度をある程度任意で変化させることができる。
あたしを守るための刃。もちろん硬度はできうる中で最も硬くしている。
それを破られた。いとも容易く。
元から余裕なぞなかったが、ここにきていよいよ死が迫る。振り返ると目の前に敵が剣を淡く煌めかせて、悠然と立っている。
いつの間にか土煙は収まり、明瞭な視界が広がっていた。
「勝負あったな」
ぽつりとつぶやいて、剣を振り上げるその姿は、さながら死神か、はたまた――。
「処刑人、ね。お前がほんとにそんな大層なやつなら、おとなしく殺されてもいいんだけどねぇー?」
絶体絶命な状況。ゆえに振る舞いだけは余裕を忘れない。
あたしの刃は上から下に墜とすことしかできない。ならば――。
「……もう、いいだろ?こんな無益な争いは。目的もなく戦い続けるなんて、あまりに不毛だし、それを強いられるお前たちが可哀そうだ。だから、俺が……」
――お前たちを殺してでも救う、と。
言葉にはせず、然れどもそれを瞳で語り。
振り上げた剣を、勢いよく――。
――ダンッ!!
その音は――。
「お前……!」
私はギロチンとオルグの戦いの行方を遠巻きに見守っていた。
戦いの様子は大半が土煙で覆われており、あまり見ることはできなかったが、今の、この状況は。
オルグは目を見開いて、目の前に広がる光景を眺めている。私も全く同じ気持ちで、きっと同じ表情をしていることだろう。
振り下ろされた剣は、ギロチンの首には届かなかった。なぜなら。
「……くはっ、けほっ……ひ、ひひゃふはは♪お、驚い、たぁー?ひゃひふはひ♪」
ギロチンは血を吐きながら、独特に嗤う。紅の瞳は爛々と輝き、そこには狂気すら混じっていたかもしれない。
彼女の身体を、大きな刃が両断していた。それが盾となり、オルグの剣を弾いたのだ。
「ぎっ、がッ!うっ—――――――!!」
少し身じろぎした拍子に、うめき声をあげる。さらに声にはならない悲痛の叫びを。それでもギロチンは這いずってオルグからなるだけ離れようとする。ついでにオルグをはさんでいる私からも。切断面が、ぬちゃりと音を立てながら冷たい金属から離れる。熱い鮮血が降りかかる。崩れた中身が漏れ出る。
そんな速度でオルグから逃げ切れるわけがない。いくばくかの延命でいったい何をする気なのか――?
彼女が這いずっている間、私だけでなくオルグも呆然としていた。ある程度進んだ後、満足したのか、ギロチンの進行は止まり、
「ふ、ひひはひ、ひひゃふひゃははひははふはははふいはひゃふははははははは――!」
ギロチンは嗤いだす。
真っ赤な臓腑をまき散らしながら、血を止め止めなく流しながら、白い肌を紅に染め上げながら。
ギロチンは嗤った。そして。
「――これで、殺されて、くれる?」
そう呟いて。
「何を……!?」
なにをする気なのかなどわからずとも、とりあえずギロチンを殺すためにオルグは踏み込むが、その剣撃はギロチンの腕一本を切り落とすことができただけで。
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッッ―――!!
私のすぐ目の前まで、今までのどの刃よりも速く、重く、大量の刃が降り注いだ。
再び巻き起こる土埃に、ギロチンの姿が埋もれる寸前、鮮血の瞳が私を見つめている気がした。
それだけで、私は全速力で駆け出していた。いつの日かと同じ刃の雨の中を。
今度は、彼女を助けるために。
刃は降り注ぐ。間断なく、轟音をがなり立てながら。
私の駆ける足に迷いはない。ただ、周りはもうもうと立ち込める土煙で一寸先も不明瞭だ。ギロチンの位置をおおよそは把握しているものの、周りの全く見えないこの状況では、方向感覚が狂ってくる。
それでも駆ける。この煙の中にきっと、オルグもいるのであろう。彼も刃を避けながら、虎視眈々と私を、そしてギロチンを狙っているのかもしれない。ギロチンの位置はオルグのすぐそばだった。今にもその華奢な首をはねられているのかもしれない。
そんなの関係ない。
この中ではそんなことわかるわけがない。
ならば。
私は信じて走るだけだ。ゆえに私は迷わない。
相も変わらず刃は墜ちてくる。煙の外から振ってくるその凶器を、私は認識することができない。どこから墜ちてくるか、皆目見当もつかない。
ダンッ!
すぐ後ろに、つい先ほどまで私のいたところに、刃が墜ちる。
どこに墜ちてくるかなどわからないから、ただ信じて一直線に進むしかないのだ。本当にまっすぐ進んでいるのかもわからない。進んだ先に彼女がいるのかもわからない。いつ私が降りくる刃に両断されるかもわからない。
怖い、恐い、こわい。
胸は不安と恐怖でいっぱいだ。
けれど。
「…………貴女を、失う方がもっと、もっと嫌だから……」
人知れず口に出る言葉。それは、口にした私すらも周囲の轟音にかき消されて聞こえなくて。でも、それは空っぽな私の、大事な、大切な本心で。
ほとんど剥き出しの足が痛い。初めて、それを「痛い」と感じた。
血塗れのひときわ大きな刃が目の端に映る。それと同時に両断された下半身も。
その向こうに、彼女はいる。少し安堵する。私の不安の一つは、少なくとも解消された。彼女のもとへ、私はちゃんと走れていた。
弾け飛んだ石片が、私の頬を削る。墜ちた刃が腕をかすって、肉を抉り取る。
痛い。痛い。でも。
まだ走れる。
走って走って走って走って走って走って。
身体中が痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて。
それでも走って。そして、その先に彼女がいた。
「――――――ッ!」
声なんて出ない。出たとしても聞こえない。
土煙で全然見えないが、見える範囲にはオルグの姿は見えない。
ギロチンのすぐそばに駆け寄り、すぐに抱きかかえる。もとが小柄で、さらに半身のみのその体は、驚くほど軽く、血も流れ切ったのか、元から白い肌はさらに白く。
けれど、その首はつながっていた。血塗れだけど、腕以外にオルグに斬られた様子はない。
そして私は、一片の悔いもなく、迷わず轟音鳴り響く戦場から離脱した。




