それは逃避だったか?
俺は一人、この世界の探索を敢行していた。
俺のいわゆるパートナーである少女――確か「断罪」と呼ばれていたか。断罪はこの世界を歩き回ることに関してあまり積極的ではなかった。俺としてもこんな世界で歩き回られるのは少し困る。
初めに出会ったあの日のように、いたいけな少女の惨死体を目撃してしまうのはもう二度とごめんだ。例え翌日になれば生き返るのだとしても。
「ま、流石にこの前のアレで懲りただろ」
静観な街中で、ふとこぼれた独り言は思ったよりも響いた。
少しだけ動揺して、周囲の様子をうかがう。
正確な時刻はわからないが、日はちょうどてっぺんに昇ってきたところだ。まだまだ辺りは明るく、この世界はその本来の相貌を全く表していない。それでも警戒してしまうのはしょうがない事と言えよう。たったの数回とはいえ、確実に俺たちは殺されかけた。いや、断罪の方は確かに殺されたのだ。それで警戒するなという方が無理だ。
そのはずなのに。
当の断罪はのほほんとしている。
彼女を殺し、そのあとにも死闘を繰り広げたギロチンとかいう少女。断罪はなぜか彼女を受け入れ、それどころか仲良さげにおしゃべりなどしているのだ。
「ああ、クソっ!」
なぜだろう。考えると無性にイライラする。
誰が誰と仲よくしようが関係ないはずなのに。確かに断罪はこの世界において、初めて出会って、ともに死線を潜り抜けた。その意味では最も信頼のおける相手だ。
その相手が信頼のおけない者と仲よくしている、というのはあまりいただけない状況ではあろう。だが、どうにもこの感情は違う気がする。
なんだろう。
いくら考えても答えは出ない。
「まあ、何でもいいか」
口ではそう言いつつも、心の中ではその思いを引き続ける。
そもそもこの探索も、その思考からの逃避の一つなのだ。
断罪達と一緒にいたら、どうにもこうにも落ち着かない。理由はわからない。けれどなぜかそばに居づらい。
だから一人で出かけている。
もちろん本来の目的である、この世界の調査も行ってはいるのだが、それと同時にただの逃避の色が強いことも確かだ。
なので、もちろんこれが初めての探索ではない。今日の探索もこれまでに何度も行っている探索の中の一つにすぎず、そして例にもれず特に成果もなく帰ることになるのだろうと思っていた。
今歩いているこの辺りもすでに何度も探索しきり、ほとんど真新しいものなど無い場所だった。
結局ただの逃避だけで終える無意味な探索。
その時までは、確かにそうだった。
いつも通り少し警戒しつつも、のんびりと散策する。その足取りは決して緊張しているようなものでもなく。ただただのんびりと、特に意識することなく歩いていた。
代り映えない灰色のビルの廃墟を曲がると、木造の崩れた一軒家があり、そこを過ぎるとすでに完全に崩壊して元の面影のない石の瓦礫が。さらに行くとまだ幾分か無事な高層ビルが建っていて、そこを曲がると――。
いつも通りの何の変哲もない、まっさらな日常が続くと思っていた。元の世界に帰る方法もわからないが、まあそれでもいいかと思い始めていた。
この日々が続くなら、と。
そこにあったのは、昨日までは絶対になかった一つの小さな教会。
「教会……?」
それはもともとそこにあったかのように建っていて。だけど昨日までここに来た時には確実になかった異物。
そしてもう一つ。
俺はその教会を不思議に思って近づいてみた。柱に指を擦りつけてみる。そこでやはり予想が当たっていることを知った。
「新しいな……」
この世界の建物はどれも古いもので、崩れかけていて、必ずどこか壊れている。もしかしたらここだけなのかもしれないが、少なくともこの付近では何もかもが古びて、壊れているのだ。
それなのに、これは。
壁にひび一本入っておらず、柱は丈夫な木造でどこも腐っている様子はなく、何よりも建物の色が鮮やかだった。
灰色の世界に堂々とそびえたつ、小さいが鮮やかな教会。昨日まではなかったところに、突然現れた真新しい建造物。
常識に照らし合わせてみると絶対にありえない現象。だが俺はすでにこの世界に順応してきたのかもしれない。
俺はその不可思議に対してそこまで驚くことはなく。中を見るべく、その扉をゆっくりと開けて、その中に足を踏み入れていた。
中はなんてことはない、普通の教会だった。といっても今まで実際に教会に入った記憶はないため、想像上の「普通の教会」に過ぎなかったが。
大きな扉を抜けた先、そこはいわゆる礼拝堂というのだったか。左右にはたくさんの長椅子が規則正しく並び、開いた中央はその先にある祭壇に続く道となっている。窓はステンドグラスとなっていて、それを通過した日の光が色彩豊かな影を床に描く。そのせいだろう、内部は暗いわけではないが、明るいとも言い難い。光を得るための天窓は十分についていないようだ。
なんてことはない、普通の教会。
それは本来当たり前のもので、どこもおかしいことはないはずなのに。“どこも壊れていない”。その一点において、俺に多大な違和感を与えた。
しかし、俺は確かに違和感を覚えたものの、なぜだかこの場所が危険なようには感じなかった。
それどころか、どこか安心感さえ覚える。
理由なんてわからないし、何がその安心感を与えてくれるのかもわからない。でも危険なことはない。そのような存在はここにはいない。ただなんとなく、この場所自体が俺にそう語り掛けている気がした。
「ふぅ……」
少しでも警戒して入ったのが突然馬鹿馬鹿しく思えてきて、息をついてそこの椅子に座ってみた。
大丈夫、危険なことはない。ここはきっと安心だ。
その思いのせいなのか。それとも自分で思ったよりも疲れていたのか。
座って幾分かすると、俺はいつの間にか意識を手放していた。
*****
はっと気が付くと、そこは目覚める前と同じ、教会の椅子の上だった。いつのまにか寝てしまっていたようだ。
なんだか、先ほどまで謎の安心感に包まれていたような気がするが、今はそんな感覚はない。周りを見てみると、辺りはすっかり暗くなっており、教会の中の光源は天窓から漏れる微かな月明かりと、入り口から伸びる外の明るさのみで、ほとんど真っ暗と言っても過言ではない。
「……やばっ、早く帰らないと」
頭はぼんやりとしていたが、今が夜だということに気が付くと、すぐに覚醒した。
夜は危ない。暗いだけではなく、彼女らの殺し合いが始まるからだ。処刑具拷問具の少女たちの、不毛で無益で、絶対に止めさせなければならない争い。
「……帰るって、なんで帰らないといけないんだっけ?」
とっさに出た自分の言葉に、首をかしげる。
何か忘れているような気がするが、何を忘れているのかわからない。少し考えこんで、納得の解答にたどり着く。
「ああ、そうだ、思い出した。別れを、告げないと」
自分の目的を思い出した俺は、足早に帰路を急ぐのだった。




