緋色の眼を持つ少年第五十四話
まるで美由紀さんに、人格が奪われた様な瑞代ちゃんは、緩やかな坂を洋館へと昇って行く。未だ透さんからの返信は無かった。
逢魔が刻に支配され…
何も無い筈の緩い昇り坂が緊張を誘う。
さっきから僕の心臓の鼓動が早鐘を打ち鳴らす様に響いている。
だんだんと、汚してはならない白い洋館が近付いて来る。
まだ…透さんからの返事はスマホの着信音を未だ鳴らさない。
焦りだけが先急ぐ…
何とか瑞代ちゃんを止めたいが…
マドンナの瑞代ちゃんに触れる事は…
憚られる気がして僕はただ…
『瑞代ちゃん!!そちらは、瑞代ちゃんの家じゃない!!美由紀さんの家の方向だよ。』としか、声を掛けれない…
僕はこれほど自分の事を無力だと思い知らされた事は無かった。
身体的苦痛は、対処が出来る。
だが…
こんな事態の対処法なんて…
大抵の大人でさえ、知らないはずだ。
改めて僕は自分の無力さを噛みしめる事になった。
なすすべも無く白い洋館の前に着いた。
あれほどこの美由紀さんの洋館を避けて居たのに…
力業で此処まで引っ張られて来てしまった。
瑞代ちゃんの体は…
美由紀さんの家の門へとクルリと向きを変え…
玉砂利を、静寂に占領された空間を、まるで汚す様に静寂を引き裂く様に音をたてて玄関に近付く。
瑞代ちゃんの体は玄関の前まで来ると、まるでマリオネットの操り糸が全てプツリ…と切れたかの様に崩れ落ちた。
すかさず僕は瑞代ちゃんの体を支え
何とか二人で玄関の大理石に膝をついた。
瑞代ちゃんに意識は無い。『瑞代ちゃん!!瑞代ちゃん!!』
と、必死に呼び掛ける。
その時…
《カチャリ》と玄関のノブが開く音がした。
僕が玄関に顔を向けると…
優しい表情の美由紀さんが立っていた。
すべての汚れを拒絶するような雰囲気をたたえたまま
水晶を凝縮したような美由紀さんは
『和美くんいらっしゃい』と僕に声を掛けた。
僕はこの時程…
スマホの着信音を心待ちしたことは無かった。




