緋色の眼を持つ少年第四十話
『オレの前に置かれた半紙…
それに、何が書いてあろうと獣に成り下がった俺には関係ない。
ただ…吠えるだけの獣じゃからのう。
その日…忠太郎は、初めて塩と水以外の物を俺に与えた。
それは…何じゃと思う?
オレの口に入れてくれたのは一匙の粥であった。
一口粥を口にするだけで
オレは獣の心から解き放たれた。
じゃが…これは…呪法にのっとった行為であった。
俺に一口の粥を与えると
残りを近藤但馬と書いた半紙の上に置いた。
もがけども、わが体は粥には届かぬ。
オレの視線は半紙の上の粥に釘付けになる。
すると…近藤但馬の名もオレの頭を粥と共に占めて行く。
して…粥を後に外せば…
オレの頭の中は近藤但馬で埋め尽くされた。
すり替えたのじゃな…
忠太郎への怨念を、近藤但馬に
二十八日目…
忠太郎は涙を流しながら納屋に入って来た。
しかも…その手には一振りの日本刀を携えて、もう…全てを近藤但馬への怒りと恨みで埋め尽くされたオレの目には入らず。
父…忠太郎は刀を抜き…
それを振り上げ…
今にも半紙の近藤但馬の名前に食い付こうと吠える
延びきったオレの首を切り落とした。
切り落とされ…
解放されたオレの首は半紙に飛び付き…
近藤但馬の名を噛み砕いた。
オレは死んだ。
魂も体もこの世との縁はきれた。
だが…近藤田島への怨念は半紙を噛み砕いただけでは収まらぬ。
我が怨念は近藤但馬の屋敷へと飛んだ。
首だけの怨霊となり…
近藤但馬の首に食らい付いたが
何せ年端も行かぬ子供じゃ奴の首に食らい付こうとも歯が立たぬ。』
僕は人を怨霊と化す。外法のおぞましさに身の毛がよだった。
だが…
怨霊になった初さんの歯が近藤但馬の首を食いちぎれなければ只の無駄死にだ
『初さん…初さんは無駄死にだったの?』
『首を食い千切らずとも…良いのだ。
呪いとは、必ずしも直ぐに相手を破滅に追い込む訳では無い。
オレの怨霊は屋敷に飛び込んでおる。
まず…虫が鳴かなくなる。次に…ネズミが姿を消す。
猫が寄り付かなくなる。
奉公人達が妙な音を耳にする。』
『妙な音って?』
『家鳴りじゃよ』
『家鳴りは、昼間の温度と夜の温度の差で歪みが生まれて音がする自然現象だよ。』
『和美…何時の話だと思っておる。
江戸時代の始まりの事だ
家鳴りが自然現象だと解るのは、ずっと後の事だ。
不思議な物は…
全てが怪異のじだいじゃ
家鳴りが恐怖を誘ってもおかしくはなかろう。
次第にのう…
奉公人の中で、噂が広まる。
誰かが近藤但馬を呪詛していると。
他に祟りを受ける覚えは無いからのう。
やがて…それは…近藤但馬の耳に入る。
最初は、武士じゃもの…
怪異の一つや二つ等気にも止めぬ。
が…奉公人はそうはいかん次々と、お宿下がりを申し出てくる。
こうなると…近藤但馬も不安がよぎる。
これで…
呪詛の足掛かりは出来た。』
と…初さんは幼い顔を歪めて笑った。




