6話 赤いフワフワは考える
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初めて見たとき……同性ながら綺麗だと思った。
一瞬だけ……こんな掃き溜めに、勿体ないとも。だけど直ぐに頭を振ってくだらない感情を追い出した。
異邦人はリスクが少ない獲物だ。
噂に聞く『スキル』を持った異邦人はスラムに捨て置かれたりしない。つまり何の力もない普通のやつだと言う事で……。スラムの中でよく餌食になっているのをワタシもよく見かけた。
異邦人は大抵が無警戒でいきなり害されるなんて考えはないようで、目の前をフラフラと歩く三つ編みの女も例外ではないようだった。
物珍しいのだろう、キョロキョロと左右を見回しながら明らかに目的地が無い歩き方だった。大方、異邦人が戦いに駆り出されたあとで放置される、広場から出て来たのだろう。
女は背が高く、詰まらなそうで物憂げな表情の所為か、ワタシと変わらない年齢だろうに妖艶な雰囲気すらある。
戦場で転げ回ったのか、泥だらけだったがその美しさは一つも陰りがない。元々がいい暮らしをしていたのだろう、肌艶もいい。着ている服も泥塗れではあるものの、上質なものだと分かる。
「ちっ……」
無意識に舌打ちをして女の後を付けた。
八つ当たりだ。もちろん分かってる。
スラムで這いまわるしかないワタシは、裕福な暮らしの女が突然、こんなクソみたいな所に連れてこられて絶望している顔を想像して、笑みを浮かべた。
(いい気味)
女は偶然にも路地の行き止まりへと入って行ったの事で僅かに笑みがこぼれる。まるでワタシの為にヤりやすい場所へ入って来てくれた様に思えた。
ワタシは楽な稼ぎに笑みを溢しながら、懐からナイフを取り出し、静かに女の後ろを取った――。
結果を言えば散々だった。
幾らこのスラムで盗みや暴力、殺しを見ていたって覚悟もなく殺しなんて出来る訳ない。
反射的にワタシはナイフを引いていた。
そして喧嘩で完全に負けるのも初めてで――もちろん、人数が多くて逃げ出す事は日常茶飯事だけど、タイマンなら大人にも負けない自信があった――腹の上に乗られ、ぶん殴らながら女を見上げて……理解してしまった。ワタシは負けたのだと。遠くなる意識の中で、強いと認めて負けを認めるのは結構清々しいのだと知ったのだった。
それから女……澄と話した。廃墟の柱に縛り付けられ、見下ろされるのはさっきの負けを認める気持ちを吹き飛ばして、イライラしてきたが負けた以上このスラムで殺されないだけマシだった。
赤いフワフワとかふざけた事を言いやがったので渋々名前を教えてしまった。
(クソ……)
忌々しいくせ毛が視界に入って更にイライラしてくる。
異邦人は当然、この国の文字が読めない。ご所望の薬の店を教えると縄を解きもせず出ってた。
「縄ぐらい解いていけよ……」
ただの愚痴だ。襲い掛かってきた相手にそこまでしてやる義理はない。ワタシも返り討ちにしたら身ぐるみ剥ぐし……。
体中が痛い。特に顔。
殴られた事は何度もあるが、これだけ徹底的にボコボコにされた記憶はない。
縄を切らないと、人売りに捕まり娼館へ売り飛ばされる危険もある。なんとか体を捩じって縄を解けないか試したが、ただ適当に縛っただけのか結び目はぐちゃぐちゃで全然解ける気配がない。
「く、そ……」
暫く縄と格闘していたが、再び廃墟に足音が近づいてくる。
「くっ……」
声を潜めて、通り過ぎてくれる事を祈った。スラムには助けてくれる衛兵なんていない。
だが無常にも相手はこの廃墟が目的地らしい。
(なら、縄を解く時がチャンスだ。それしかない……)
幸い数は多くない……気がする。
しかし……現れた奴を見て力をが抜けた。さっきの異邦人……澄だった。
澄が魔法薬の使い方を聞いてきたので、教えると見せつけるようにワタシの前で回復薬を飲んで見せる。
わざわざワタシの前で飲む趣味の悪さに、せめて睨みつけてやろと思った時――指で顎を持ち上げられると回復薬を流し込まれた。
「ッ! な、なに――」
言い終わる前に液体が入ってきて反射的に飲み込むけれど、少し変な所に入ってむせる。けれど、効果はあったらしく顔の痛みが引いた。
そして直ぐに縄を解かれる。命を助けられ、回復薬まで分けられた。
変な異邦人だと思ったのと同時に面白いとも思った。イかれてるとも。
恩を返せと静かに言う、女の緋色の瞳を見て……ワタシは女に興味を持ったのだ。
運がねぇな、と。
一日に二回も招集されるとは。
澄の魔道具が『招集』を告げた。特別な力を持たない異邦人はほぼ使い捨てだ。
ワタシは部屋を出て行く澄へ、この国のゴミさを教えてやる。澄は僅かに顔を顰めながらだが、余裕の態度を崩す事はなかった。
静かになった部屋でベットに体を横たえる。
「死んだかな」
生き残る異邦人は少ない。恐らく戻ってこない。
そう思いながらも、どこか本当に? と呟く自分もいる。ワタシは立ち上がり、あの裏路地に足を向けた。そこにはワタシのナイフと澄のハンマーが路地の端に転がったままだった。
「うわ……」
ハンマーの方にはなんなのか分からない赤黒いモノやオレンジ、ピンクの肉片が付いていて思わず顔を顰めた。
うん。これが何なのか、分かるのだがあんまり想像はしたくない。スラムでもここまでする人間はあんまりいない。
ナイフも回収したし、異世界の物なら売れるだろう。
「高く売れればいいけど……。今日の稼ぎはこれだけかョ……」
それもこれもあの女がいけない。
顔も痛いし、身体も痛い。あんな女をターゲットにした自分の運がなかったんだろう。
完全に損しかない。
どんよりとした気分のまま、自宅に戻った――。
「あら……どこに行っていたの?」
そこには先ほどのと変わらない、長い黒髪を後ろで三つ編みにした澄が優雅に足を組んで眼鏡を拭きながらベットに腰掛けていた。
澄はここに長くいて染まり、死んだような目をした異邦人や無駄な希望を持ち、キラキラした目の異邦人とも違う目をしている事に気が付く。まるで野生の魔物の様にギラギラとした目をしているのが妙に印象深かった。
ワタシは自然と笑みが零れる。もちろん呆れたほうだったが……。
「大人しく死んでろよ」
澄も笑みを返す。もちろん好感を得るような爽やかな笑みではない。
「冗談でしょ? やっと分かったの。これから……自分の意思で……好きに生きてみたいって、ね」
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次回も明日【19:20】に更新予定です。
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