5話 素敵な国(1)
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エルマの拘束を解くと、驚きながらも縛れていた手首を摩りながら立ち上がる。
「……本気か? ワタシが逃げるとは思わないのか?」
「逃げたければ逃げればいい。私の人を見る目は節穴で、判断ミスだったってことよ」
私の言葉を聞いたエルマは難しそうな顔をしたが、直ぐにため息を吐いて廃屋から外へ歩き出す。
「付いてこい。お前の言う通り、このスラムで負ければ何をされても文句は言えない。知りたい事があるなら話してやるよ」
やっぱりスラムだったのかと、納得しながらエルマの後に続く。
「ん……くっ。あんな殴り方しやがって……。お前、喧嘩した事ないだろ」
痛みに堪える様に頬を押えるエルマ。
「えぇ……。毎日勉強ばかりしてたわ」
「はっ、羨ましい事で……」
そんな言葉が出ると言う事は学びたい意思があると言う事。振る舞いの粗暴さとは違い、勤勉なたちなのかも知れない。
赤いフワフワの後頭部を見ながら付いていく事、十分程度。ボロボロのアパートらしき所にたどり着いた。建物の大きさに対してドアがかなり多い。
建物を見ていて、遅れたがエルマが奥の部屋に入ったので続く。
「…………」
室内はワンルームで、滅茶苦茶狭かった。私が部屋を見回しているのを見て言いたい事を察したのか呆れた顔でベッドへ腰を下ろすエルマ。
「狭いって? 部屋があるだけでもありがたいんだよ、ここは」
お嬢様には分からないかもな、とも続けて部屋の隅に置いてあった大きめの瓶――水瓶だろうか――にコップを付けて水を飲んだ。
(そういえば……この世界に召喚されて、何も口にしてない)
フラフラとエルマの隣に立つ。意識したら猛烈に喉が渇いてきた。
隣に立った私を見て、無言でコップを渡される……体は正直でコップを受け取ると水瓶から水を掬って飲んだ。
(おいしい……)
普通の水だ。だけど恐ろしくおいしかった。殆ど無意識で何度か汲み、口元から零れるのも気にならず、喉を潤した。
「んく……はぁ……。水がこんなにおいしく感じられたのは初めて」
そこで普段なら特に感じなかった欲求……つまり食欲が生まれる。元の世界では空腹を感じる前に規則正しく食べていたので、意識した事はなかったけれど……。
人間は食事より、水分が大事である。しかし水分が満たされれば自ずと空腹が生まれると言う訳か……。
「お腹が空いたわ……。何かないの?」
私の素直な言葉にエルマは腫れた目を僅かに見開いて、肩を落とした。
「何もねぇよ……。今日の稼ぎだった獲物を取りぱっぐれたせいでな……」
忌々しそうに私のブレスレットを指さす。
「魔法薬が300Gくらいか? いくらか残ってないのか?」
ブレスレットに視線を落として肩を竦めた。
「ない」
私の簡素な答えに肩だけでなく首も落とすエルマ。
「戦場で戦っても300Gしか渡さねぇのか……ほんっと、この国はゴミだな……」
吐き捨てる様に呟くエルマの隣に腰を下ろす。座れる場所がベットぐらいしかないので、肩を寄せ合う様に座るしかない。嫌そうな顔をしながらもエルマは何も言わなかった。
「食事をするのに幾らぐらい必要なの?」
「安くてマズイけど、腹いっぱい食えるところで100G」
つまり三食分程度か。命がけの報酬には安すぎる。
「なぁ……おまえ「澄よ」……澄」
私の方を見ながら……しかし直ぐにため息を吐いて俯いた。
「なに」
「いや、力があるならこんな所に来てないなって。そういえば……この国の事……いや、この世界の事だっけ、知りたいんだったな。何が聞きたいんだ? ワタシみたいなスラムのガキに答えられる事なんてたかが知れてるけど……」
スラム、という単語のところを吐き捨てる様に呟いた事から、エルマは今の現状に不満を抱いているのだろう。よく見れば、ベッドサイドに本が詰まれている。文字は分からないが、どの本も損傷が酷い。彼女の食べるのにも困った状態から察するに拾い集めた物だろうか。
(……ボロボロで、だけど補修跡を見れば大切にされているのが分かる。その本が部屋中に積み上げられているのは……この絶望的なスラムで「暴力」以外の武器を手に入れようともがいているのね)
現状をどうにかしようと努力している姿勢はたとえ努力が追いついていなくても、ある程度の情報を持っている筈だ。
私はエルマと初めに合った時の態度から、ある程度の人の良さを当てに話を持ち掛けたが、今のところ私の人を見る目はあったのだと評価できる。
「今の話振りだと……特別待遇の人がいるの?」
エルマは痛みで顔を顰めながら、粗末な棚から小瓶を取り出すと中のドロリとした物を手に塗った。
「あぁ……みたいだな。ワタシも詳しくは知らない、実際見た事もない。なんでも『スキル』って言うデタラメな力が使えるらしくて、そうゆう奴は特別待遇なんだと。大体召喚されると本人は自覚できるらしいぜ」
結構な刺激的な青臭い匂いだが、自作の薬なのだろうか。
エルマは自身の手当てをしながら、バカにしたように笑う。
「んで、召喚の間に設置してある、魔力遮断でスキルを止められ、騎士共に魔法で電撃を食らうって寸法だ」
そこでエルマは私に視線を向ける。
「でも強力な力を持って事が多いから国も特別待遇なんだ。あとの……スキルを持ってない奴らは、まぁ国にとって都合のいい駒だな。国は大体何も教えないし、育ちがいいのか、行儀がいいのが多いからワタシらスラムの住人にとって狙い易いカモなのさ」
忌々しそうにエルマは呟く。お前は違うらしいけど、と。
「だから戦いが終わってココに連れて来られたろ」
「ここに何か意味があるの?」
エルマが自嘲気味に笑う。
「通称スラム。国民と認められるのは上の区画の一般エリアってところ。まぁ一応ここも一般エリアではあるけどな……」
つまり特別な力を持たない私はスラムに捨て置かれ、必要であれば使い捨て、言う事だろう。しかし私は特別な力を持たないらしいが、疑問が残る。
「……特別な力を持ってるなら素直にこの国の言う事を聞かなくてもいいんじゃないの?」
エルマは私の右手のブレスレットを指で突っついた。
「召喚の間の魔力遮断で押さえつけた後、この魔法道具を付けさせる。これは異邦人を管理すんのと同時に首輪でもあるからな。逆らえば首がボン、だ。スキルを持つヤツは特別待遇。おまけでお前は選ばれ者って持ち上げてな。異世界から来た奴……異邦人ってここでは言われるけど、異邦人は単純バカらしいな。ちょっと持ち上げてやれば喜んで国の為に戦うんだよ」
そういえばあの兵隊がそんな事を言っていた気がする。
最後の方の言葉は呆れた顔でエルマは再び私の横に腰を下ろした。
「スラムに連れて来られて、おたくと似た様な恰好の奴が居ただろ。けど目が死んでる奴、アイツらはワタシ達と同類の"染まった"奴ら」
エルマは私の方へ向くと至近距離で試す様に嫌味な笑みを浮かべた。
「澄……お前は一体いつまで元気なのかな? お前の身なりを見れば分かるよ。今までいい暮らしをしてきたんじゃねぇか? そんないつあの染まった連中と同じ目になるのか楽しみだよ」
くつくつと笑うエルマ。
「そんなの私にも分から――ッ!」
急に右腕から痛みが走る。内側からやすりを掛けられる様な痛みに思わず身を折った。
「くく、お前、ツイてないな。こっちに来たばかりで2回目の呼び出しとはな」
痛みの中にも驚いていた。この痛みは確かにエルマの言う通り呼び出し、である。
最初の戦闘が終わった後の広場に集合しろ。
頭の中に直接理解させられる命令。不思議な話だが分かる。この命令を無視すれば召喚の場所で豪奢な服装の男に詰め寄った男子生徒の様に首が飛ぶ、と。
脳を直接掻き回されるような、不快な命令。逆らえば死ぬ。その事実だけが、心拍数と共に跳ね上がっていく。正直このままベッドで横になりたい。そんな気持ちを無理やり潰し、私は痛みに耐えながらベッドから立ち上がった。
水だけだが体調も少しは回復したはずだ。
手首を押えながら、エルマの部屋から外に出る。エルマはベッドから動かず視線だけを寄越した。
「ここでお別れかもしれねぇからアドバイス。さっきも言ったけど、この国の連中はいちいち異邦人の数なんて数えてない。生きてりゃ死なない程度に餌をやるだけなんだ」
僅かにエルマと合わせていた視線を外し、あの広場に歩き出した。
「そう……。なら精々楽して稼がせてもらうわ」
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次回も明日【19:20】に更新予定です。
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