2話 異世界だからって自由な訳じゃない(1)
初めまして、作者の鳳翔雨月です。
本日から『鉄槌の優等生~勉強だけの人生だった彼女は自由に生きる事を決意する~』の投稿始めました、よろしくお願いします!
一先ず区切りとなる話までは毎日更新です。更新の間隔が変わる際はお知らせさせていただきます。
気が付けば戦場に居た。
ネットやニュースでぐらいしか見た事ない、所詮向こう側の事。――だったはず。
生き残る為には走るしかない。横を見れば必死の形相で慣れないであろう剣を振り上げて"敵"へ振りかぶる、どこの制服かも分からない女生徒。丹念にされていたであろう、ネイルは見るも無残だ。
敵兵が彼女の剣で血飛沫と共に倒れる。
私もあんな風に必死の形相なのだろうか。
「っ!」
石造りの広間の少し高い位置に立った豪奢な服を着た男。周りには全身鎧を着込んだ人物が数人。
自分の後頭部を押さえて、周囲を伺う。
状況が全く分からない。頭の痛みから、男に殴られた事は確かだが。
「っざっけんじゃねぇ! どこなんだよ、ここはよぉ! あぁ!?」
私を襲った連中と似たり寄ったりの見た事もない制服の男子生徒が豪奢な服装の男に掴み掛かる。いや、掛かろうとした、か。
男は不快そうに眉根を寄せると、何もない場所で横薙ぎに手を振る。 そんな軽い仕草だけで、男子生徒の首はハサミで綺麗に切られたように転がった。
(今、あの男の指輪が……光った?)
「は?」
手を付く事もなく、ばたりと。その勢いのまま首がコロコロと転がっていき、鎧の男がゴミでも拾うように麻袋に入れた。同じように胴体も回収される。
「きゃぁぁぁ!?」
「う、うそ……」
「は、ははは。どっきりだよ。悪趣味だなぁ」
陶器が割れる様に広場の人間は混乱状態に叩き込まれる。
私は眼鏡の位置をもう一度直して、よく見てみる……けどそこに広がった血痕は紛れもなく本物だった。
思わず後頭部を撫でる。無意識に唇を舌で舐め取る。
「これは……困った事になったわね」
そうこうしている内に鎧の一人が声を張り上げた。
「貴様らは! 我らの国の為に選ばれた戦士だ! この国の為に戦え!」
先ほどまでの喧騒はなかったかのように静かになり……やはり真実だったと思い出させる様に再び喧騒が強まった。
恐怖が支配する中、男が語った事は要約すると『勝手に私達を別の世界から召喚し、敵と戦う為の手駒にしている』と言う事だった。
しかし誰も反発する事はできない。先ほどの男子生徒の惨状を見て抗議できる愉快な人材はいないようだ。
小さく嗚咽が聞こえる中、生徒たちの手首に鎧の人物たちが強制的に金属の輪を嵌めていく。
私は素直に右手を差し出す。
男は銀色の飾り気のないブレスレットにしか見えない物嵌めると次の生徒へ移動していく。
自分の右手を様々な角度から見るが、変わった所は見られない。試しに外そう試みたが外れる事はなかった。
「これは……外す時には壊すしかないわね。それか、私の右手を切り落とすか……」
私は自嘲気味に口角を上げる。全く、別の世界に来たと言うのに未だに自由がないとは……。
「笑えてくるわね」
全員に行き渡ったのか、鎧の人物が男の前で跪くと頭を垂れた。
「いいか、貴様らは逃げ出す事はできない。逃げれば――」
豪奢な服の男――貴族とかだろう――がニヤリと笑い、血だまりを顎でしゃくった。
「この無礼な男のようになる。覚えておけ」
そうして鎧の人物達へ追い立てられる様に連れてこられたのが、今いる平原だった。平原と言えばのどかな感じがするが、そこら中から聞える悲鳴と爆発音が死の気配を濃厚にし、ここが戦場となのだと理解させていた。
「ま、待ってくれ! 僕らは戦い方なんて分からないんだ!」
「そ、そうよ。喧嘩すらしたことないのに!!」
元気な者は抗議しているが、大半が死んだようにヨロヨロと命令通りに歩くだけだ。渡されたのは粗末な剣だけ。
私は召喚された時に持っていたハンマーを見つめる。それに気が付いた兵士から視線を向けるが、大した大きさの物ではない為、危険だと判断されなかったのか、嘲る様に小さく笑うと離れて行く。
ハンマーを持つ手に僅かに力を込めて握り込むと腰側でベルトに引っ掛けて固定した。
「ね、ねぇ。落ち着いてるけど……何かの武道をやってたの?」
私の隣の大人しそうな子が声を掛けてくる。
「そう見える?」
おどけた様に腕を広げて見せる。
「……頭は良さそうに見えるけど……」
言い淀むこの女生徒は気遣いが出来るのだろう。
「ふふ、言いたい事は分かるよ。不健康そうだし、戦いなんて出来なさそう。でしょ? そして実は私、勉強もできないの」
そう答えると女生徒は引き攣った笑みを浮かべた。
その表情にはありありと『この女はダメだ。もう諦めたから、こんなに気が楽なんだ』と言う思いが透けて見える。
曖昧な笑みを浮かべて会釈すると、私の傍からさっさと離れて行く。
「冗談でしょ? 死なないわ。生きる。どんな手を使ってもね」
正規の兵隊――いや騎士かもしれない――に威圧され、前線らしい場所に連れて来られた。あの石造りの広場にいた集団より鎧が簡素に思える。
召喚された者たちであろう、制服を着た集団の雰囲気は完全にお通夜だ。確かに無理からぬ事だろう。無理やり拉致され、命を懸けて戦えと言われれば。しかしここには守ってくれる法律はない。別の世界にまで及ぶ司法はないのだから。
兵隊達を見ると鈍重そうな全身鎧なのに私達と同じように軽やかに行動している。
広場の哀れな男子の時もそうだが、何か特別な力……異世界なら定番の魔法があるのは確実だろう。
「戦闘開始!」
全身鎧が少し豪華な兵士の一人が槍を掲げ、平原の向こうからも雄たけびが聞こえて来た。
更に私達がいる後ろから槍を構え、進軍する兵隊たち。自ずと私達は前と進まなければならなくなる。
(体のいい盾、そしてあわよくば敵を倒してくれるといいな、ってところかしら)
明らかに質の悪い剣が小刻みに震える。私の体が震えているからだ。
思考は死んでない。諦めてない。
でも……体の方はそうではないらしい。当然だ。荒事など無縁の今までなのだから。
「!?」
突然周囲が爆ぜ、吹っ飛ばされた。
それは爆撃そのものの様だが、不思議な事に爆発した音しか聞こえなかった。
耳鳴りと、誰かの血に泥まみれ。
頭を振って、とにかく立ち上がる。震えも悪寒も消えないが、身体自身も理解しているのだ……立たなければ死ぬ、と。
不格好でも立ち上がる。私達には幸いと言えるのか、私達の後ろに居た兵士達も大勢が被害を受けたようだった。
霞む視界と、何とか吹っ飛ばされずに済んだ眼鏡を正すと、周りを見回す。
「げほっ……素人の私にも分かる、負けっぷりね……」
完全にこちら側の負けである。指揮などなく、制服を着た者たちは逃げ回り、兵達も混乱している。
さっさと逃げよう。けれどそれは私の都合だ。
「……」
目の前にはいつの間にか鎧の兵士が居た。こちらの兵士達とは違う鎧の形で腕に青い布を付けている。腕の布が味方識別なのだろう。なんてどこか現実逃避した考えをしながら、持っていた剣を構える。もちろん適当だ。
武術はやった事もないし、試合を見た事もない。
相手……"敵"が槍を構える。
(相手の武器の方がリーチがある)
無知な私でも分かる事だが、基本的にリーチはあった方が有利だろう。敵も私がただの素人だと直感したのか、躊躇いの内突きが飛んできた。
「っ!!」
慌てて、地面を転がる。無様だけど贅沢は言ってられない。
「贅沢は生き残ってから!」
立ち上がると剣を思いっきり投げつけた。
これには敵も驚いたらしい。唯一の武器を投げ打つのだから。スカートのベルトに引っかけてあったハンマーを取り出す。
「そこ!」
狙うのは人体の曲がらないとこ!
私は渾身の力を込めて、敵の膝をハンマーで叩いた。派手な火花と金属音。そして中身が潰れる不快で……私にとっては福音の音。金属がひしゃげる音の中に、確かに混ざった『パキィッ』という生々しく、けれどあっけない音。
「ぐあぁぁ!?」
兜で視界が悪い事が幸いした。敵は悲鳴と共に地面に転がる。
「はぁ、はぁ」
持っていた槍を遠くへ蹴飛ばし、敵を跨いで立つ。
「さぁ……私が生き残る為に死んで?」
私はハンマーを敵の頭に振り下ろした。
一瞬、兜の奥で恐怖に染まった目と視線が合ったけど所詮は知らない人で、私の敵だった。
その感触は……あの暗いガレージの快感を思い出させた……。
濃厚に漂い始めた血の香りを前に立ち上がる。
荒い息とバラバラになる思考に自分を制御できない。しかし鋭いラッパの音にハッと気が付く。
周囲では早々に兵隊たちが後ろへと逃げ出しており、その様子を見た生き残った生徒たちも慌てて逃げ始めていた。
「ふぅ……」
自分でもびっくりする程、重いため息と共に私も周囲に続いた。
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