1話 呆気なく人間は壊れ、そして歪に回復する
初めまして、作者の鳳翔雨月です。
本日から『鉄槌の優等生~勉強だけの人生だった彼女は自由に生きる事を決意する~』の投稿始めました、よろしくお願いします!
一先ず区切りとなる話までは毎日更新です。更新の間隔が変わる際はお知らせさせていただきます。
源澄という人間を自分で分析するならばとても詰まらない人間だということ。
裕福な家で父は医者、母は検事という優秀な両親から生まれた私は他所から見れば恵まれた存在だろうが、ただ親に呆れられる事を恐れる空っぽの人間。
本当に辛い人もいる中で私自身も今の悩みを贅沢だと思う。
ただ……私が重みに耐えきれず、沈みかけているだけなのだ。
――私は両親が思う程、優秀な娘ではないと真実――。
この真実に気が付くと毎日がまるで枷を付けられた様に重くなった。
「はぁ……」
噛り付く様に日々向かい合う勉強机から体を離して、伸ばす。けれど出るのは陰気なため息だ。
体を伸ばすとあちらこちらから軋む音が聞こえる。フッと視線を感じれば姿見に映る陰険そうな女。長い黒髪を一本の三つ編みしている。背丈は女性にしては背が高い。顔は母に似て整っているけど、父に似た目つきの悪さが全てぶち壊している気がする。いつまでもこの目つきの悪い女と視線を合わせていてもしょうがない。
既に癖になったため息と共にダサい丸眼鏡を取って掛けた。
少しぐらいならストレス解消もいいだろう。
人気のない自宅を歩く。相変わらず両親は仕事で忙しいみたいだ。
たどり着いたのはガレージ。棚に合った錆の浮いたハンマーを手に取り――。
振り下ろす。
置いたアルミ缶は簡単にひしゃげ、潰れた。
「あはぁ……」
うっとりと目を細める。ハンマーで空き缶を潰すその快感。
ただの空き缶でこれなのだ。他の物を潰す感覚はどんなものだろう。
頭の中で自分と同じような姿の二本足の生き物の頭を潰す想像をして……顔を振って想像を振り払った。
私は三年生であり、有名な大学へ行くためには相応の成績が必要である。今の成績では望む大学へ行く事は無理だろう。
結局、私は両親の期待する娘ではなかったのだ。
「はぁ……」
オレンジ色の空を見上げた。毒々しい色は酷く不気味な色に見えた。
常に勉強だけをしてきた私にはこれからどうすれば皆目見当が付かない。
気が付けば空は黒くなり、いつものように塾の前に来ていた。
「もう意味もないか……」
塾の入ったビルを少しだけ見上げて、帰路に付くべく足を踏み出す。雑踏をゆっくりと歩くのは久しぶりだ。
暫くぼんやり歩いただろうか、突然前を塞がれた。
「?」
「やっぱり美人じゃん。ねぇ、君。俺たちと飲まない?」
「おぉ、よく見ると確かに。って胸デカ。少しきつそうなところがそそるぜ」
「化粧っけないけど、すげぇ美人だな」
じろじろと不快な視線に苛立つ。どう見ても面倒そうな連中が前に立ちふさがった。当然、相手にする必要はない。無視して横を通り過ぎようとしたが――。
「おい、無視か?」
腕を掴まれ強引に引き寄せられる。
「ちっ」
私も今は穏やかに相手出来る精神状態じゃない。おもいっきり睨みつけてしまう。
「あ? なんだよその目?」
男の一人はそんな私の目付きに……眉間を皺を寄せ、そのまま殴られた。
「っ!」
けたたましい音と共に裏路地のゴミを巻き込みながら転がる。
(痛い……痛いって感覚も……久しぶり……だわ)
口の中に鉄の味がして、体中が痛い。
殴られたのは初めてだ。
「舐めた目つきしやがって。大人しくしてりゃ、優しくしてやろうと思ったのによぉ。おい、お前ら」
男の一人、リーダーだろうかガタイのいい日に焼けた男が顎をしゃくる。男達が倒れた私に手を伸ばして服に手を掛けた。私は女としては背が高く、体が丈夫な自負はあるが流石に数人の男相手に力ではかなわない。
「くぅ!! あ、ぐぅ!」
「ひひ、大人しくしろ!」
「服の上から見てても分かる、いい体付きしてやがる」
下卑た笑い声が上から掛けられ、欲望に染まった鼻息が顔の近くで当たる。
がむしゃらに抵抗するけど、どうにもできない。
(あ……あはは。こんなもの……)
自分自身の無様さに笑いが出てしまう。そんな時、自分の鞄が手に当たり、中の物が散らばる。その中には――あのハンマーがあった。ガレージで空き缶を潰した後、ボンヤリしたまま放り込んでいたのだろう。
武骨な工具は地面に転がった私の目に鈍く輝いて見える。
私は手を伸ばし……掴む。そして渾身の力で上に多い被さった男の頭を振り下ろした。
「ぎゃぁぁぁ!?」
空き缶より少し硬めの手ごたえと共に悲鳴が上がり、男の一人が横に転がった。突然の事で上に乗った別の男は呆気に取られていた。
足を男の腹の間に入れて、力一杯蹴り上げる。女の力でも横に転がす事ぐらいは出来たようだ。
蹴りを入れられた事で男達も放心状態から回復したのか、泡を飛ばして目を血走らせる。
「て、てめぇぇ!」
「お、おい大丈夫か!? スゲェ血だぞ!」
私は起き上がると手元を見た。ハンマーと手にはべっとりと血が付き、ぽたぽたと地面に落ちている。
「ふ、ふふふ、あははは」
自然と笑いがこみ上げてきた。今男を殴り倒した時……今まで感じた事のない解放感を感じたのだ。
あの空き缶を潰す際のすっきりとした感覚。
突然笑い出した私に男達は後退りする。だが転がった仲間、獲物だった筈の女に反撃された事でキレたのか、拳を構えた。
「ザケンなよ! ぶっ殺してやる!」
一人が向かってくる。大ぶりな拳の振り抜き。当然……避けられない。喧嘩などした事ないのだ。
けれど殴られて体がよろめこうが吹っ飛ばされなかればいい。一瞬視界が白く染まるが、踏みとどまる。男は大きく体勢を崩している。
また自然と口元が緩む。物心付いてから殆ど笑った記憶なんてないのに。
「ま――がぁぁぁぁ!?」
「あら? 頭じゃなかった?」
頭ではなく側頭部、目に近い所へ当たったらしく悶絶して転がる男。最初の男の様に動けない状態にはならなかったようだ。
「しっかりと……潰さないとね?」
私は男の前に立つとハンマーを振り下ろそうとした。
いや……。
振り下ろそうとした――。
後ろから激しい衝撃を受け、視界が赤く染まる。気が付けば再び倒れ伏していた。先ほどまでと違うのは冷たい地面に温かい液体が流れている事。
「ん……。私の血?」
左目の視界がない。体が全く動かない。唯一動く右目で見上げると、男が血の付いた石を振るえる手で持っている。
「こ、コイツがわりぃんだ。仲間を……クソクソクソ!!」
男は石を投げ捨てると表通りに走り去っていった。
人の声とサイレンの音が近くに……。喧騒は大きくなるのに、スピーカーが遠のくように小さくなっていく。
「あ……あははは。くっだらない人生」
暗く、沈んでいく意識に終わりを感じて吐き捨てた。
あぁ……本当に……くだらない人生だった。
酷い頭痛に吐き気。今自分がどんな体勢かも分からない。
自分の意思で何一つ自分の体を動かせない状態。
ヒューヒューと自分の間抜けな息遣いが聞こえる。
けれど次第に体が動く様になってきた。
意識があるのに体が動かない。いや、意識しかないというべきか。
視界も触覚も音も聞こえない。
「私は……死んだの?」
呟いた声は音になったのか……。分からない。
これが死というやつなのだろうか?
鈍い思考のまま、ぼんやりとする。
(あぁ、そういえばこんな風にぼんやりするのは久しぶりね)
自分でもどうかと思うが確かに勉強や学校の事、家の事以外を考えるのは久しぶりだった。
しかし長くは休息を取れないらしい。
段々と触覚が戻り、体の感覚が戻って来た。
(固い……)
フローリングみたいな感触の冷たい場所で横になっているようだ。
全身自分の体なのに油の切れた機械のようなぎこちなさを覚えながらも、手を付いて上半身を起こすと鋼鉄製にでもなったのかと思う程思い瞼を開いた。
「う゛……」
まだ立つこともできずに緩慢な動きで頭を振る。最早意識しないと視界に入らない黒い束が頭の後ろへ移動した感触に気づき、腕を後ろに回して顔の前に持ってくる。
うん。見慣れた三つ編み。そしていつもの様に視界がブレブレだ。
床の色程度しか判別できないが――硬質な石材だろうか?――手を動かして床を探ると手に当たる物がある。慣れた感触に少しだけ心の余裕が戻ると共に拾った眼鏡を掛けた。
割れるような頭痛と共に目を開けると、見たこともない石造りの広間。周囲には私と同じように状況が分からず困ったり、困惑している同年代の男女。そして……彼らを見下ろす傲慢そうな男だった。
広間に広がる緊張した空気は確かに今までの平穏が遠くなったのだと直感した。
(だけど……何か……変わるような気が……した)
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