第六話 希望の街・前編
「あー、寒い」
「このあたりから、寒い地方に入ってきますからね。
そのうち雪が降り始めますよ」
「やだなぁ」
朱雀と蒼山は旅を続けている。今はちょうどある街の入り口に到着したところだ。
時刻は夜。気温もあって、道に人気はない。
「俺、冬嫌いなんだよね」
「それもあって普段は温暖な南の賢者の館から出ませんもんね」
「うるさいよ薫」
朱雀的に余計なことを言ったらしい薫が睨まれている。
ふと蒼山は「そういえば薫、さんって一体何者なんだろう」と思ったが口にはしない。
一見してただの杖だけど、喋ってるしなあ。
そう考えながら、閑散とした街の途中まで来た時だ。
「なにしてるの?」
不意に聞こえたのは、少し高めの男の声。
目の前にあるのは噴水。その後ろに佇む明るい髪色の男のものだ。
「朱雀さん!」
薫が焦ったように名を呼んだ瞬間、男の手に握られていた銃が引き金を引かれた。
撃たれて倒れた朱雀に、続けて撃たれた蒼山も地に伏す。
それを一瞥し、男は興味を失ったようにその場を立ち去った。
「で、一応空気読んで死んだふりしましたけど、朱雀さんは大丈夫ですか?」
「君だけ反撃してもよかったけどね」
むくりと何事もなかったように起き上がった蒼山に、朱雀も起き上がる。
胸元に当たった銃弾がころん、と地面に落ちた。
再生した皮膚に押し出されたものだ。
「でも服が血で汚れちゃった。宿についたら誤魔化さないと」
「盗賊に襲われた返り血ってことにしましょう」
「て、あれ」
不意に朱雀が手元を見て声を漏らす。
手に持った杖が折れていた。
「うわ、薫! 大丈夫!?」
「大丈夫っすよ。俺の本体はこの魔石だってわかってるっしょ」
「わかってるけど一応念のためね。
さっきの銃弾が当たったのか……」
朱雀は立ち上がるとまじまじと杖を見て「困ったなあ」と呟く。
「俺の修繕魔法で直せるけど、修繕魔法って代価に直せるだけの材料がないと出来ないんだよねえ」
「その杖の材料って言うと、木材ですか?」
「そう。木材なんて売ってるかな?」
「まあ明日になったら探してみましょう。ひとまず」
立った蒼山が、周囲を見渡して困ったように言う。
「今は宿を探さないと。時間が遅いから店開いてるかなあ」
教会の朝は早い。
神に祈りを捧げ、それから教会の建物内や庭の掃除を行う。
教会に仕えるシスター・シャロンは教会の回廊の掃除をしているところを、走ってきた青年に抱きつかれた。
「おっはよ! シャロン!」
「……まったく、急に飛びつかないでと言っているでしょう?
アマラン」
「へへっ」
黒い祭服を纏った青年はアマランと言うらしい。
無邪気な笑みを浮かべ、シャロンから離れると頭の後ろで手を組んだ。
「シャロンは真面目だなあ。少しくらい手を抜いても神様は怒らないと思うよ?」
「いけませんよ。アマラン。
私たちは神に仕える身。教会は綺麗に保たなくては」
「そういうところが真面目なんだよなあ」
甘ったるい声で呟いたアマランに、シャロンはため息を吐くが表情は優しい。
「そうそう、暇しているなら旅人の案内でもしてくれないかしら」
「旅人? 教会に宿を借りに来た旅人がいたの?」
「そう、困った人たちに手を差し伸べるのは教会の役目だもの」
シャロンがそう言った時だ。足音が近づいてきて、アマランが視線を何気なく向けて呼吸を止める。
そこに昨日噴水の前で見かけた二人の男が立っていた。
「シャロンさん、庭の掃除終わったよ」
「ありがとうございます。助かります」
「いや、宿がなくて困っていたところを、泊めてもらったからね。
一宿の恩だよ」
にこやかに挨拶した鴉の濡れ羽根色の髪の青年に、シャロンは笑顔で二人の持っていた箒を受け取る。
「シャロン」
不意に硬い声がシャロンを呼んだ。
「この人たちは」
「ああ、アマラン。さっき言ったでしょう?
教会が宿を貸した旅人の、朱雀さんと蒼山さん」
「どうも、東のほうから来た旅人です。よろしく」
「お世話になってます」
にっこり微笑んだ朱雀に、蒼山は一礼してから笑みの浮かんでいない顔でアマランを見やった。
「シャロンさん、少しアマランさんと話があるんだけどいいかな?」
そう言ったのは朱雀で、シャロンは戸惑いながら「え、ええ」と頷いた。
朱雀とアマランが向かい合っているのは、教会の敷地内にある四阿だ。
にこにこ笑っている朱雀に対し、アマランは険しい表情だ。
不意に短くアマランが言う。
「なんで」
「主語がないよ。『なんで生きてるの?』『なんで死なないの?』『なんでいるの?』?
そんなことが聞きたかったのかなあ。
ねえ、魔族アマランサス」
瞳を細めて笑った朱雀に、アマランは悔しげに顔を歪めた。
「なんで、南の賢者がここに」
「その割に、昨夜君は俺が南の賢者だとわからなかったみたいだし、蒼クンの正体にも気づかなかったみたいだね?」
うっすらとした微笑を浮かべたまま、朱雀は歌うように囁く。
「魔族アマランサス。魔王軍の特攻隊長だと言われていたらしいけど、魔王と勇者の戦いでは勇者と戦わなかったみたいだね。
それで蒼クンの顔を知らなかった?」
「……昨夜は、単純に感覚を人間のものに落としていたからよく見えなかっただけだよ」
「ああ、なるほど。あそこ暗かったものね」
朱雀は納得したように頷くがどこか白々しい。
不意にひゅっと風を切る音が響いて、長く伸びたアマランの爪が朱雀の首に押し当てられていた。
「やめなさい」
朱雀は動じず静かに制止する。
「俺は死なないから無意味だし、血の跡が残るから君が怪しまれるだけだ」
その言葉にアマランの手が震えたが、ややあって悔しそうに爪を引っ込めると、手を下ろした。
「で? 南の賢者様と勇者様は俺を退治しに来たの?」
「いや、この街に来たのはただの偶然。蒼クンもね」
「じゃあ、俺を見逃してくれるって?」
「さあ?」
朱雀は立ち上がると小首をかしげる。
「俺は見逃してもいいと思ってるけど、蒼クンはわからない」
正直なことを言えば、朱雀はあまり蒼山のことを知らない。それはお互い様だが。
なぜ彼が勇者になったかの理由も知らないから、彼が魔王や魔族に向ける感情の種類も知らないのだ。
「でも、俺も蒼クンも君に大した興味はないから、まあ、君次第じゃない?
ねえ、昨夜街の外れで人を殺害していた魔族さん?」
昨夜、アマランが去ったあとに彼の立っていた場所を確認したところ、既に息絶えた男の亡骸が二つ倒れていたのだ。
教会のシスターたちに聞いたところ、しばらく前から謎の不審死が続いていて、見付かった死体は皆、街の住民ではなかったという。
その上で朱雀はアマランを見逃せるが、蒼山はわからない。
人に害をなす魔族を勇者が見逃すか、どうか。
「あと少し」
不意にアマランは擦れた声で言葉を紡ぐ。
「あと少しだけ待って」
「あと少し? どうして期限付き?」
「あんたたちに俺は敵わない。でもまだ、やらなきゃならないことがあるんだ。
だから、あと少しだけ待って。そうしたら」
必死で懇願するアマランの瞳は、必死な人間となんら変わらない色をしていた。
「うーん」
その頃、宿として貸し出された部屋の二つあるベッドのうち片方に座って、蒼山は手の中にあるあの杖を見ていた。
見事に折れている。朱雀の魔法なら直せると言うが、そもそもこの杖って一体なんなんだろう。
「俺になんの用事だよ。勇者」
「いきなり喋るのやめてくれ薫、さん。びっくりする」
「朱雀さんはびっくりしないけど」
「あの人は慣れてるんだろ」
そう軽口を返して、やはり不思議だ、と思う。
薫は一体、何者だ?
「薫さんって、一体何者なんですか?」
「今更? 今更それ聞く?」
「いや、今まで聞くタイミングがなくって」
「まあ出会い頭の時は、お前そんなこと聞く余裕なかっただろうけどさあ」
薫はやや呆れたような声音だ。
「杖が喋るなんて、普通もっと気にするもんだぞ」
「あ、薫さんもそれはそう思うと」
「思うね。あと、敬語は要らない。精神年齢そんなに離れてなさそう」
さっぱりした口調で言われて、蒼山は面食らう。
なんとなくだが、薫はそういうことにこだわるんじゃないかというイメージがあった。
まあ顔も姿もわからないんだから、それは俺の思い込みだな、と苦笑する。
「じゃあ、薫はなんで朱雀さんと一緒にいるんだ?」
「それこそお前に話すことじゃないね」
ぴしゃりと言い切られた。取り付く島もない。
「そんなのは、俺と朱雀さんだけが知っていればいい」
「……なんか悔しいな」
「は? なにが?」
不意にぽつりと呟いた。顔も見えない薫に向かってなにを言っているのかと思うけど、そんな感情を抱いてしまったんだから仕方ない。
「俺は朱雀さんをなにも知らない。俺が一方的に朱雀さんについて行ってるだけで、俺がついていくのをやめても朱雀さんは気にしない気がする」
そうだ。だって朱雀に「一緒に行こう」なんて一言も言われていないのだから。
「薫と朱雀さんの絆が、羨ましい」
「……ふうん」
薫の返答は短かったが、あっさりした口調ではなくなにか言いたげな響きに思えた。
不意に扉が開く。朱雀が戻ってきた。
「木材もらって来たよ。すぐ直すからね。薫」
手に持った板を見せて、朱雀は笑うと扉を閉め、空いている寝台に腰掛けると杖を受け取った。
「朱雀さん」
板に手を当てて、もう片方の手を杖に当て、呪文を唱える朱雀を見つめて、蒼山は口を開く。
詠唱はすぐ終わって、淡い発光が消えた後には元通りになった杖が朱雀の手に乗っていた。
「はい、完了。で、蒼クンはなに?」
「あ、いや、あの」
「アマランサスのこと?」
考えていたことをずばり言い当てられて、蒼山はかすかに挙動を止める。
「気づいてましたか」
「まあ、魔族の特攻隊長の名前は聞いたことはあったしね」
ゆったりと微笑む朱雀の顔を見て、やはり敵わないな、と思う。
「倒すべきです」
短く蒼山は言い切った。
「相手は魔族です。人間の中に混じって生きていても、魔族なんです。
いつ人間に手を出すかわからない。
いや、既にあいつは人間を殺している」
ぎゅっと蒼山は自分の手を握って、低く訴えた。
「殺すべきです」
「まあ、それはアマランサスも否定しなかったよ」
朱雀はあっけらかんと答えた。
「あと少し待って欲しいってさ」
「……あと少し? あと少し経ったら、あいつは素直に殺される気なんですか?」
「どうやらそうらしい」
疑うような蒼山の言葉に、朱雀は頷く。
「君は信じられない?」
「朱雀さんは…………」
擦れた声が口から漏れる。
「朱雀さんは、魔族を信じるんですか?」
「駄目だねえ。その聞き方」
わかりきったような顔で朱雀は笑った。
「君は、魔族じゃない、でも人間でもない存在ならなにをしていても見逃すのかい?」
それはそっくり、そのまま朱雀と薫のことに聞こえて、蒼山は息を呑んだ。
「まあ、あと少し見守ってみようじゃないか。
アマランサスは逃げるつもりはなさそうだしね」
ゆるやかな微笑を浮かべて、朱雀はそう言った。




