第五話 黄金の街・後編
「シェフィールド様の噂? ああ、アレね」
その翌日、朱雀と蒼山は食材の買い出しついでに情報の聞き込みのため、パン屋の店主にそれとなく話を聞いてみた。
「やっぱりそういう噂があるの?
黄金化した人を攫ってるって」
「噂じゃないよ。マジ。自分の家族を攫われた人から直に聞いたことがあるし、被害者の家族の話はあちこちで聞くよ」
「ああ、なるほど……」
あからさまに嫌そうな顔をして答えた店主に、朱雀は低い声を零す。
こういう話はどんなに真実っぽく聞こえても、一方だけからの話だけを聞いて信用しない。朱雀も蒼山もそれは共通認識だったため、セイアンだけの言葉で信用する気はなかった。そのためこうして第三者に聞きに来たのだが。
「これは真っ黒っすね。朱雀さん」
「そうだね。誰彼構わず攫ってるなら目撃者も一杯いそう」
蒼山の小声に頷いて、店主が差し出したパンの入った袋を受け取る。
「でもそんな沢山の人を攫ってるなら、さすがに暴動でも起きそうなものだけど?」
「起こせるなら起こしたいよ!
でもあいつの屋敷の守りは厳重すぎて、誰も侵入出来ないのさ!
邪魔する奴は容赦なく殺すし、それで迂闊になにも出来なくて…!」
「ああ、そういう……」
「あ、いや、でも邪魔した奴を殺してたのは最初の頃だけで、最近は殺してないかも。
……うーん」
「なにか気になることでも?」
「考えすぎかもしれないけど、なんかまるで黄金化する人間がわかってるみたいな…。
あいつを邪魔した奴はすぐ黄金化するし、家の中で突然黄金化したのに予知したみたいに乱入してきたりして……」
店主が腑に落ちない、という風に考え込む。
朱雀も確かに妙だ、と思った。
黄金化は魔王の仕業のはず。そもそもただの人間に黄金化なんて出来るはずがない。
なのにまるでそれを操作出来ているかのようなのは不自然だ。
「ごめん。そんなわけないよねえ。
黄金化は魔王が残したあの黄金の大樹のせいなのに」
「ああ、あの金ぴかの木?」
考えすぎだ、と笑った店主の言葉に朱雀と蒼山は視線を店が並ぶ大通りの中心に向ける。
そこに見上げるほどの黄金の大樹がそびえ立っている。
強力な魔力を感じるので、これが黄金化の元だろうと思っていた。
ただ微妙に表面がすり減ったように細っているのが気になるが。
「そう。人間が黄金化するたびにすり減っていくみたいなんだけど、あの太さじゃ街中の人々が黄金化しても消滅しなさそうだね」
「なのに、みんなこの街を出ないんだね?」
黄金化の範囲はこの街の中ってわかってるのに、と朱雀。
「この街を捨てられる奴らはとっくに出て行ったよ。
今残っているのはこの街を捨てられない奴らさ。
大切な家族の思い出の残る家や街を置いていけないとか、黄金化した家族を置いていけないとか、命の危機があるってわかってても出て行けない奴らはいるもんさ」
覚悟を決めたような店主の言葉に朱雀は「そっか。ごめんね」と謝った。
パン屋から離れて、間借りしている屋敷への道を歩く。
「朱雀さん、どうします?」
「まあ、シェフィールドの屋敷に行くかなあ。ちょっと気になることあるし」
個人的にはこの街の人やセイアンを助けてやる義理はない。
ただ、普通の人間のはずのシェフィールドがなぜ黄金化する人間がわかる風なのか、まるで黄金化を操っている風なのか、気になることがある。
「そっか。よかったです」
「蒼クンも気になるの?」
「まあ、セイアンには怒りましたけど、でも見捨てられないので。
助けられるなら助けたいじゃないですか」
「…ま、蒼クンはそう思うよね」
朱雀は自分より高い位置にある蒼山の顔を横目で見上げて、小さく息を吐く。
蒼山は勇者だから、やっぱり困っている人が居たら助けたくなる。
その蒼山の存在は、やはり自分の目的には邪魔だ。
その日の夜だ。朱雀と蒼山は間借りした屋敷で待っていたセイアンを伴って、シェフィールドの屋敷の前まで来ていた。
屋敷の庭には至るところに警備の兵士が立っている。
おそらく雇った傭兵だろう。これは普通の人間には突破出来ない。
「ちょっと乱暴な入り方するけど、ついて来れなかったら置いていくから」
「そういうこと」
「お、おう」
賢者と勇者の完全に武力に頼った台詞に、(二人が賢者と勇者と知らない)一般人のセイアンは気圧されながら頷いた。
「六芒の南」
朱雀は杖を構えて詠唱を始める。
「終焉の西、我が名に従う者に継ぐ。
我ら異体同心たりて、ことごとく敵を滅ぼさん。
サンダー・スピリッツ!」
杖を振り上げた朱雀の声に合わせ、降り注いだ雷が見張りの傭兵たちを撃った。
呻いて倒れた傭兵たちを見て、「今だ!」と蒼山が塀を跳び越える。
朱雀も同じように塀を跳び越え、屋敷の中へと向かった。
今回、魔法は加減したので傭兵たちは死んでいないはずだ。
もっとも、傭兵たちを直に撃つつもりはなく、屋敷を狙うつもりだったがそこは安定のノーコンである。
屋敷の入り口に立つと、蒼山が扉を蹴り一撃で破壊する。
そのまま中に侵入し、奥へと進む。
「朱雀さん、ちょっと」
「蒼クン、こっちは二階に続く階段じゃないよ?」
「そうなんですけど、ここ、扉の奥の空間が広そうなんですよね」
屋敷の主人がいるなら、二階の寝室か書斎だろうと朱雀は思ったが、蒼山は目の前の扉に耳を押し当て、気配を探っているようだ。
不死身故に人の気配に鈍感な朱雀と違って、勇者である蒼山は他者の気配に敏感だ。
「場所的に広間じゃなさそうだよね。こんな屋敷の奥に広間は作らないだろうし」
「あと、やけに人の気配が多い……」
「なるほど。蒼クン、扉壊して」
朱雀はそう命じる。蒼山は「気配が多い」と言ったが話し声や足音は全く聞こえない。
もし黄金化した人間からも人の気配が感じられるならば。
蒼山が扉を破壊する。眩しい光が照らす室内に足を踏み入れると、そこは大勢の黄金化した人々が彫像のように飾られた空間だった。
「ビンゴだね」
「主!」
「危ないからまだ突っ走らないの」
自分の主を見つけたらしいセイアンが飛び出そうとしたその足を引っ掛けて転ばせ、朱雀は静かに言う。
「やあ、初めましてのお客だね?」
その視線は真っ直ぐに、黄金化した人々の中央に佇む男に向けられていた。
壮年の男は身なりが良い。この男が間違いなくシェフィールドだ。
「よくここまで入って来れたものだ」
「君こそ、侵入者を前に慌てる様子がないね。
黄金化を操れるという噂は真実かな?」
「噂かどうか、確かめてみるかい?」
うっすらと微笑んだシェフィールドが手の中に収まっていた赤い石を見せる。
あれは魔石だ。その魔石が淡く発光した。
瞬間、蒼山が朱雀の前に立ちはだかる。
「朱雀さん!」
瞬間、淡い魔力が蒼山を包み込んで、その身体が一瞬で黄金化した。
「蒼、クン?」
擦れた声が朱雀の口を吐く。
「蒼……」
「いいから逃げるぞ!」
信じられないように名を呼びかけた朱雀の手を引いたのはセイアンで、壊れた扉を避けて外へと逃げ出す。
そのまま長い廊下を走りながら、セイアンは「なんで黄金化をあいつが操れるんだ…!」と吐き捨てる。
「魔力だ」
「は?」
「あの人間を黄金化させる力は、魔力に反応するんだ。
普通なら誰がいつ黄金化するかはわからない。
人間は誰もが大なり小なり魔力を持っているものだけど、その魔力は体内に潜んでいるものだから。
でもあの魔石は人の身体の表面に魔力を帯びさせる。
そうやって自分の狙った相手を黄金化していたんだ」
「そういうことかよ…!」
朱雀の分析に、セイアンは悔しそうに顔を歪める。
朱雀が魔法を使う時も魔力を帯びるが、その魔力は強大すぎる。
だから黄金化の力を弾けるのだろう。
どうすればいい?
だって蒼山は自分を庇って黄金化した。
魔法の詠唱を始めれば、自分は黄金化されない。でも、
「朱雀さん、あんた、蒼山を助けようとか思ってないっすよね?」
不意に薫が静かに言う。
「蒼山は、あんたの目的にとって邪魔なんすよ?」
その言葉に朱雀の足が止まった。セイアンが息を呑んで立ち止まって振り返る。
朱雀は少し考えて、ふっと笑みを零した。
そのままくつくつと笑い出す。
「ふふ、あははははは」
「お、おい、あんた、壊れたのか?」
「まさか。俺はいつになく冷静だよ」
ああ、俺としたことが。勇者サマのお涙ちょうだい友情劇に感化されてしまっていたらしい。そうだ。俺の目的は世界の崩壊。あんな、勇者に構っている場合ではない。
「さて、さっきの場所に戻ろうか」
朱雀とセイアンがあの部屋に戻った時、シェフィールドはあの部屋の中央に佇んだままだった。
「戻って来ると思ったよ」
「へえ、俺が蒼クンを見捨てないとでも思っていた?」
「もちろん。それだけの絆があるように見えたからね」
シェフィールドはうっすら微笑んで魔石を構える。
「ところがどっこい。
俺は蒼クンのことなんてどうでもいいんだ。
だから迷いなく、君を殺せる」
魔石から放たれた魔力は、杖が弾き飛ばした。
シェフィールドが息を呑む。
「六芒の南、怨念の墓。暮れる空に永別を。
我は求め訴えたり、世界の黄昏よ来たれ!」
黒い魔力の光が朱雀の周囲を走る。
俺は蒼山を助けない。今から使用するのは、呪いを司る黒魔法。
この魔法で、シェフィールドごとこの場にいる人々を呪い殺す。
「ちょ、朱雀さん!」
その意図が汲めるはずなのに、なぜか焦ったように薫が名を呼ぶ。
だがもう詠唱は完成した。あとは放つだけだ。
朱雀は杖を頭上に掲げ、唱えた。
「ブラック・ウィズ!」
放たれた魔法は黒い光を散らしてその場を満たす風になる、はずが、なぜか純白の閃光が生まれ、その空間ごと街中を満たした。
光が去った後、その場には黄金化が解けた大勢の人々が戸惑った様子で佇んでいる。
「主!」
セイアンが走り出し、彼の主の目の前に傅く。
シェフィールドは焦って魔石をかざすが、もう誰も黄金化しない。
その身体を黄金化していた人々が囲んで、地面に引き倒した。
「あれ……」
「あんた、忘れたんすか?
朱雀さんは闇魔法を使おうとすると光魔法に反転するから、使わないようにって北の賢者さんに言われてたでしょ」
「……あ」
闇魔法の領分は呪い。光魔法の領分は治癒と浄化。だからつまり、広範囲の浄化魔法を使ってしまったらしい。
「あんた、忘れてたっすね……」
「いや、闇魔法や光魔法って早々使う機会がなくって……」
呆れた様子の薫に言われ、朱雀はそういえばそうだった、と茫然と呟く。
あれ、じゃあ、と横を向いたら元に戻った蒼山と目が合って、にっこり微笑まれた。
「朱雀さん! 信じてました!
朱雀さんがみんなを助けてくれるって!」
「……ああ、いや、ええと」
「やっぱり朱雀さんは世界の救世主だ!」
言えない。君を含めてみんな殺す気だったんだよ、なんて。
「でもみんな無事に元に戻ってよかったですね。
シェフィールドは黄金化した人々を分解したりしてはいなかったみたいだ」
「まあ、黄金を集めて眺めて楽しみたかったのかもね……」
そう力無く朱雀は答える。
黄金化した人々を扱いやすく分解したり切断したりしていたら、元に戻っても助からなかっただろうが、シェフィールドはそれをやっていなかったらしい。
シェフィールドへの罰は街の住民が下すとして、さて、俺はどうしよう。
そう朱雀は途方に暮れた。
その後、街の大通りに生えていた黄金の大樹がなくなっていることに気づいた住民たちが、朱雀たちに助けられた人々から「朱雀様という賢者様が助けてくれた。朱雀様は世界を救うために旅をしている賢者様らしい」と聞いて朱雀を崇めるようになるのだった。




