第四話 黄金の街・前編
「いやー、助かりましたね。おかげで野宿せずに済みます」
「そうだねえ。宿屋が全滅してるって聞いた時は焦ったけど」
「たまたま貴族の別荘が空き家で、間借りしてくれる客を探してたから宿として使っていいって、ラッキーです」
そう薄暗い道を歩きながら蒼山と朱雀は談笑している。
ここはパラディス王国のちょうど真ん中あたりだ。
あの雪に覆われていた街を発ってから十日ほどが経っている。
この街に到着した時にはもう日が暮れていて、宿屋が全て埋まっていたのだ。
困った蒼山と朱雀に、宿屋の店主が教えてくれたのがその貴族の別荘だ。
パラディス王国の王都に住む貴族の別荘がこの街にあり、別荘が埃を被らないよう定期的に間借りしてくれる客を探しているという。
なにしろ人の住まない家というのは急速に劣化する。屋敷を長持ちさせるために、誰かに格安で間借りさせるというのは良い選択だろう。
「でも、宿屋の店主、なんか妙なこと言ってましたね」
「ああ、この街には長居しないほうがいいって、どういう意味だろうね?」
この街の気候は温暖。パラディス王国は元々暖かい地方だ。
魔王が起こしたような異常気象もないようなのに、長居するなとはどういうことか。
「あ、ここだと思いますよ。朱雀さん。
貴族の別荘って」
「ああ、本当だ。立派なお屋敷だね」
不意に蒼山が足を止め、朱雀を振り返って笑った。
目の前には、空が暗いため少々見づらいが高い塀に囲まれた見事な二階建ての貴族邸が佇んでいた。
この時刻で灯りもついていないということは、屋敷が無人である証だ。
蒼山が宿屋の店主から渡された地図を確認しても、間違いないだろう。
「あれ? 蒼クン、あのお屋敷はっきり見える?」
「あ、はい。俺、石人の力を譲り受けた時に目の見え方も変わったみたいで。
夜目が利くんです」
「ああ、なるほど。いいな。それは便利そう」
俺はただの不老不死だからなあ、と朱雀は羨ましがる。夜目が利く瞳は純粋に憧れる。
蒼山が宿屋の店主から預かった鍵で門の錠前を開ける。
「定期的に人が入って手入れしてるんでしょうね。庭に雑草があまり生えてないし」
「ああ、そうだよね。この気候で人の手が入ってなかったら雑草が凄いことになってるか。
思い出すねえ。薫。俺たちの住んでた南の家も、ちょっと数日手入れを怠ると草が凄いことになって……」
「あれは場所が悪いっすよ。ここと同じで温暖な場所ですもん。
そりゃちょっと雨が降れば凄い勢いで草が生えるでしょ。
北の賢者さんとかそういう心配なくて良さそうっすよね」
「あー、でも北のの住居は極寒らしいからそれは俺は嫌」
肩に乗せた杖と会話しながら蒼山が扉を開けた屋敷の中に入る。
蒼山があちこちのガス灯を点火して、一気に室内が明るくなる。
朱雀は眩しさに少し目を瞑ってから開く。
広い室内だ。綺麗な模様の絨毯が敷かれていて、吹き抜け状の二階へと続く階段が左右にある。
「朱雀さんみたいな賢者様って、全部で四人いるんですよね?」
「そうだね。東西南北の端を守ってるから」
「仲良いんですか?」
「あー、どうだろ……。俺は北のとは割と話すけど……」
朱雀は顎に手を当て、少し考えながら話す。
「北の賢者様とは魔王を倒す旅の道中で会いましたけど、『玄武』なんて名前じゃなかったですよ?」
「そりゃそうでしょう。朱雀って名前はあくまで南の賢者としての通り名だからね。
本名じゃないし」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ。普通に考えて四星獣の名が本名なやつそうそういないから。
それに東の出身でもなきゃ、蒼クンみたいに漢字の名前じゃないしね」
俺は東の出身じゃないし、と朱雀はあっけらかんと話す。
「本当の名前はなんて言うんですか?」
「内緒。北のに会ったなら知ってるはずだよ。
賢者はそう簡単に真名を明かさない」
「まあ、そうですけど……」
蒼山は一応納得したようだが、やや不満げだ。
「なんで不満げなんだろうね?」
「懐いてるあんたの本名を教えてもらえないことへの不満でしょ」
小声で薫に向けて呟いたら意外な(朱雀にとっては)返答が来て目を丸くする。
「え、懐かれてる? 俺」
「どう見たって懐かれてるでしょ、あんた」
「えー、懐かれるほどのことしたかな……」
朱雀がそう不思議そうに首をかしげた時だ。
「動くな」
いつの間にか背後に立っていた男が低い声で言う。
朱雀の首に押し当てられていたのは、長い剣の刃だ。
「おや、油断してしまった」
「油断したもなにもあんた元から人の気配に気を遣って生きてないでしょ……」
意外そうに呟いた朱雀に、薫が呆れたようにツッコむ。
その姿の見えない声に、朱雀の首に剣を押し当てた大男は訝しんだが、少し離れた場所に立つ蒼山の声だと考えたらしい。視線をそちらに向けた。
「おい、わかってるな。こいつの命が惜しかったら」
「…………………それ、脅しのつもりか?」
「は?」
蒼山はやや気の毒そうな表情で大男を見る。
「お前、飛んで火に入る夏の虫だぞ」
「はい」
蒼山が言うなり、朱雀が杖で素早く剣を弾き飛ばし、振り上げた足で大男の顎の下を蹴り上げた。
吹っ飛ばされた大男が床に倒れ込む。薫が、
「首斬らせてやらないんすか?
そうすればすぐ怯えるから、話が早いのに」
とコメントする。
「馬鹿だねえ。ここ間借りした屋敷なんだよ?
首なんか斬ったら後片付けが大変でしょう」
「あ、そっか」
朱雀が奪った剣を手に、指で刃をなぞって「刃こぼれだらけだ」と呟いた。
「盗賊がしたいならほかを当たりなさいね。俺たちは君の手に負えないよ」
「んだと…っ!?」
「こういうことを言ってるの」
朱雀は冷ややかなまなざしのまま、自分の指を剣の刃に沿わせる。
指先が傷ついて鮮やかな赤を零したが、朱雀はその指先を床に膝を突いたままの大男に見せる。一瞬で消えてしまった傷に大男が息を呑んだ。
「俺たちは不老不死だから、人質とかそういうのにはおすすめしないよ。
不適だからね」
「……不老不死、だと?」
「そういうこと、だから……」
「そんな奴がいて堪るか!」
指先だけの傷では納得しなかったのか、大男は地面を蹴って蒼山に飛びかかる。
渾身の力を込めた拳が、蒼山の頭にぶつかる。だが蒼山はびくともしない。
「やめときな」
静かに告げた蒼山が、大男の太い手首を掴むと椅子を退かすような軽々とした動作で、大男を投げ飛ばした。
「お前、俺の敵じゃないぜ」
虫を手で払うような表情で言った蒼山に、大男は床にへたり込む。
「お前ら、…貴族、じゃない、のか?」
「この屋敷を間借りさせてもらってる旅の者だ」
「貴族になにか用事だったのかな、君は」
大体貴族じゃないのは俺の魔術師の装束でわかるでしょうに、と朱雀は思う。
あ、貴族の若君のお付きの魔術師だと思われたのか。
「俺は、貴族なら、あのヤロウのことをなにか知ってると思って……」
「あのヤロウ?」
「この街に住む貴族のシェフィールドだ!
あの、俺の主を殺したヤロウを殺して仇を討つ!」
大男の血反吐を吐くような慟哭に、朱雀と蒼山は顔を見合わせた。
「黄金化?」
あのあと、成り行きで大男──セイアンと名乗った──の事情を聞くことになった二人は、セイアンの言葉に異口同音の言葉を発した。
「そう、魔王が引き起こした異常現象。人間が金塊に変わる現象だ。
どう言うわけか、この街にいる人間は黄金化しちまうらしい。
完全にランダムで、なる奴もいればならない奴もいる。
だがシェフィールドはそれに目を付けて、黄金化した奴を攫って私腹を肥やしてる。
俺の主も、黄金化した被害者の一人だ」
「ありゃ、あったね。異常現象」
「好都合です。しかし黄金化とは、随分変わった異常現象ですね」
「そんなものだよ。魔王からしたら黄金化も石化も変わらないさ。
人間に被害が出せるならなんだっていいのさ」
訳知り顔で語った朱雀に、蒼山は内心「やっぱり朱雀さんって魔王と面識ありそうだよな」と考えた。
そうなると、この強大な魔力を持った朱雀がなぜ魔王を倒すために動かなかったのか、という疑問が残るが。蒼山が見た限り、朱雀の魔力量は魔王と同格かあるいはそれ以上だと言うのに。
「シェフィールドの屋敷に行って主を奪還したいが、あいつの屋敷の警備は厳重だ。
だから」
「だから朱雀さんを襲ったの?」
不意に随分冷たい声がかかって、朱雀はハッとした。
その声を発したのは蒼山だが、普段朱雀の強さや不死の身体を信頼している男らしからぬ、静かな怒りを感じさせるものだった。
「自分の目的のために朱雀さんを殺していいと考えていたなら、君がやっていることは、そのシェフィールドとなにも変わらないな」
怜悧な刃物のようにセイアンの胸を抉った言葉に、セイアンは蒼白になってうなだれる。
「……蒼クン。怒ってたの?」
「そりゃあ怒りますよ。俺を一体なんだと」
「だって、そもそも俺、なんで君にそんなに好かれているのかわからないし……」
困った様子で答えた朱雀に、蒼山は目を瞠った後、ぷっと吹き出す。
「朱雀さんって頭良さそうなのに意外とバカなんですね」
「ちょっとどういう意味かな」
「そのままです。俺が朱雀さんを慕っている理由がわからないなんて」
そう言って蒼山は先ほどセイアンに向けたのが嘘のような柔らかな表情を見せる。
「俺が朱雀さんを慕うのは、朱雀さんが俺すら自覚していなかった本心を探り当てて、肯定してくれたからです」
優しく微笑んで蒼山は朱雀を見つめて答えた。
「あの状況で、普通なら『全員殺したいくらい憎んでるだろう?』って聞いて来そうなのに、あなたと来たら俺がみんなを助けたいことに気づいてくれた。認めてくれた。
そうだ。みんなを守りたいから俺は勇者になった。俺を構築する芯を、見つけてくれたのはあなたですよ」
「………………」
迷いなく語った蒼山に、朱雀は言葉を失う。
「朱雀さん?」
「飲み物がないか探してくるよ」
突然座っていた椅子から立ち上がって背を向けた朱雀に、蒼山は不思議そうに名を呼ぶ。
朱雀はそう答えて、部屋を出るとそのまま廊下の窓から外に出てひらりと宙に浮かび、屋根の上に足を降ろした。
「参ったなあ……」
あんな真っ直ぐに慕われていると思わなかった。
「あんた、大丈夫なんすか」
手に持った杖から、薫の声がする。
「ちゃんと、世界を滅ぼせるんすよね?」
「そのつもりだよ。でも」
朱雀は明かりの灯った夜の街の風景を見つめて、弱ったように呟く。
「蒼クンの真っ直ぐな好意は、ちょっと痛い」




