第二話 雪降る街・前編
ざくざく、と靴音が響く。
蒼山のいた東聖国の王都を出立して、早一週間。
朱雀はうんざりしたような顔で隣を歩く蒼山に話しかけた。
「ねえ、蒼クン」
「はい、朱雀さん」
「君のいた東聖国の王都を出てからまだ一週間だよね?」
「そうですね」
「王都からここまでに通った街って三つだったよね?」
「はい」
「じゃあさ…………」
朱雀は不意に足を止める。その目は胡乱に、目の前の果てなどなさそうな風景を見据えている。
「なんでここすっごい吹雪いてるんだと思う?」
朱雀の視界は、ひたすら白。白。白。一面真っ白の猛吹雪。
足下の地面はすっかり深い雪に覆われている。
「東聖国って温暖地方でしょ?
そこから三つ街を越えたくらいでこうはならないはずなんだよね。
その証拠に、あそこの国境、鉄柵の向こうが雪どころか雲一つない快晴」
朱雀は後ろを振り返り、百メートルくらい離れた場所にある国境の鉄柵を見やる。
国境の鉄柵のこちら側は猛吹雪だが、鉄柵の向こう側は雪一つない快晴である。
これは異常だ。
「なんかギャグみたいな光景ですね」
蒼山は朱雀のようにドン引きすることもなく真顔で答える。
「実際ギャグだよ?
こっちの国境の見張りの兵士が寒すぎて東聖国のほうの敷地で待機してるじゃん」
「サボりじゃないですか」
「いや、俺は気持ちすごくよくわかるよ?
寒いもんここ。極寒だもん。そりゃ逃げるよ」
「職務放棄ですね」
「君は真面目だねえ」
蒼山の返答に朱雀はツッコミを放棄した。
こんな時、薫なら俺の気持ちがわかってくれるのに、蒼山は真面目すぎて話が通じない。
「というボケは置いておいて」
「今のボケだったの!?」
「一応ボケますよ生きてますんで」
「そんな一応呼吸しますよ生きてますんで、みたいに言う……」
あくまでニュアンスだが、なんかそういう意味合いに聞こえた。
「これ、例の魔王の起こした異常気象ってやつでしょうね」
「やっぱりそうだよねえ。自然の気象じゃあり得ないもん」
一応隣の街で勧められるままに防寒着買っておいてよかったよ、と朱雀は零す。
それからハッとして「あれ、魔王の起こした異常気象ってことは、蒼クンが気に病むんじゃ」と気づいた、のだが。
「さて、まあさっさと一番近くの街まで行きましょう。
この中で野宿は不死の俺たちでも厳しい」
「あれっ、気にしてない?」
「あ、俺のせいとかどうとかですか?
別に全然」
「意外だね。あんなにネガティブってたのに、吹っ切れたんだ」
まあ蒼山のせいっていうの、あの王国の国王たちの八つ当たりだからな、と朱雀が思った矢先、
「なぜならこの異常気象も全て朱雀さんが解決してくださるのですから!」
とがっつり拳を握って蒼山は輝いた瞳で言った。朱雀は危うくずっこけるところだった。
ちなみに朱雀の鞄に差された薫が小さく吹きだした。
吹き出す余裕があるならもっと早くツッコミに参加して欲しい、と朱雀は思う。
「え、そんな理由で余裕ぶっこいてたの?」
「はい。だって朱雀さんは素晴らしい賢者ですから。
朱雀さんが行くということは、解決も秒読みかと」
「君の真っ直ぐな信頼が痛い」
「あ、大丈夫です! 俺も出来ることならなんでもしますから!
どうぞ弾よけでも盾にでもして役立ててください!」
「ただの他力本願じゃなく責任感も伴ってるの君タチが悪いよね」
「お褒めに預かり光栄です」
「あんまり褒めてないかなー」
そうぼやいて、朱雀は肩の鞄を背負い直す。
「まあ、ひとまず寒いの嫌だから、早く次の街まで行こうか」
「はい!」
とにかくここは寒いし、顔にぶつかってくる雪が最早痛い。
とりあえず屋根のあるところに入りたいと思った。
「………」
パラディス王国の東端の街、そのある娼館の二階で憂い顔をするのは艶やかな髪の美青年だ。
「今日も吹雪いてるわね…」
はあ、と嘆息を吐いたら白く染まった。
この街はかつては温暖な気候の地方だった。
雪など一年に一度見るか見ないか、というような街が雪に閉ざされるようになったのは、魔王がこの世界に降臨してからだ。
噂では魔王は勇者によって倒されたと聞くが、この雪を見ていると本当だろうか?と疑ってしまう。
「ユウイ!」
不意に背後から柔らかい身体に抱きつかれて、名を呼ばれた青年は我に返る。
振り返るとこの娼館で働く娼婦の一人が佇んでいた。
青年の名はユウイ。この娼館の用心棒だ。
「あら、どうしたの?」
「今日店じまいだって。こんな雪じゃ客も来ないだろうって女将さんが」
「ああ、まあそうよねえ……」
こんなに吹雪いてるんじゃ、客はまず来ないだろう。
そう考えたユウイの元に、妙齢の女性がやってくる。
この店の女将だ。
「ユウイ、客だよ」
「え、女将さん。今日は店じまいなんじゃ?」
「そっちの客じゃないよ。この吹雪で宿が全部埋まってるらしくてね、金は出すから泊めて欲しいって客だよ」
「ああ……」
納得したところで女将の後ろからその客が姿を見せた。
あら、イケメン二人、と思う。
片方はいかにも深窓の魔術師という風貌の美形だが、もう片方はいかにも戦士という風な鍛えられた体躯の男だ。
「空いてる部屋に案内すればいいのよね?
こっちよ」
ユウイは頷いて二人を手招く。そのままついてきた二人と一緒に、館の奥の部屋に案内した。
部屋はそれなりの広さはある。が、
「まあ、そういう用途の店なんだからベッドは当然一つしかないよねえ」
「なんだったら俺は床で寝ますよ。朱雀さん」
「いや、蒼クンを床に寝かせて自分だけベッドでっていうのも罪悪感が」
当然、ベッドは一つしかない。
困った様子の客二人に、ユウイは「まあ別の部屋から運び込めるから」と苦笑した。
「それは助かる。ありがとう。ええと」
「この店の用心棒のユウイよ」
「俺は朱雀。こっちは蒼山。部屋を貸してくれて礼を言うよ」
「いいえ~。って、蒼山ってどっかで聞いた名前……」
ふと気づいて呟いた瞬間、蒼山と名乗った男が「ああ、やっぱり俺の名前知れ渡ってるんですね」と呟いた。
息を呑む。
「じゃあ、あなたが勇者・蒼山…!?」
「まあ、一応」
「っどうしてこんな…!」
息を呑み、責め立てかけて我に返る。
「いいえ、魔王のせいね。ごめんなさい。あなたは魔王を倒してくれたのに」
すぐに後悔した。この異常気象は魔王のせいだ。魔王を倒してくれた蒼山を責めるのは違う。
「大丈夫だ。気にしないでくれ」
「本当にごめんなさい……。
お詫びに温かい飲み物でも持ってくるわね。あと火鉢も」
「ああ、ありがとう」
謝罪してユウイが部屋を出ていく。
室内に残された朱雀は少し気にしたように蒼山の顔を見た。
「? どうしました? 朱雀さん」
「いや、……本当に気にしてないんだね」
気にして欲しいわけじゃないけどさ、と朱雀は言う。
「ああ、言ったでしょう?
吹っ切れたっていうか、悩むのはやめたんですよ。
うじうじ悩んでる暇があるなら解決策を考えます」
「……そう」
はっきり答えた蒼山に朱雀はかすかに微笑んだ。
「で、だ。中に入ってみてはっきりした。
この街の異常気象は強大な魔力による魔法が原因だね」
「そうなんですか? なにか魔王が仕掛けていったとかでなく?」
「うん。普通の魔法に気候を変動させる力なんてないけど、相手は魔王だからね。
その強力すぎる魔法のせいで、街中の精霊が異常を来して雪を降らせているんだ。
言わば精霊の暴走だよ」
精霊は万物に宿るからね、と朱雀は窓に手を突いて白く染まった街を見つめる。
その言葉に蒼山は思い出した。
東聖国の王都で朱雀が魔法を使った時、風の精霊が朱雀の呪文に強制的に拘束され、その力を行使したのを見た。蒼山に魔法の素質はないが、精霊を見ることくらいは出来る。
高位の魔術師には、精霊を強制的に従えるだけの強い魔力がある。
朱雀ほど桁外れな魔術師は初めて見たが、似たものは確かに見た。
あの、魔王との決戦で。
ならば魔王の魔法のせいで精霊が暴走しているのも当然と考えるべきだ。
不意に部屋の扉がノックされる。
「お待たせ。温かいレモネード持って来たわ。
あと火鉢も」
「ありがとうございます」
蒼山が扉を開けるとユウイがトレーに載ったカップ二つと、足下に置いた火鉢を見せた。
それを受け取っている蒼山を見ていると、小声で薫が朱雀に話しかけてくる。
「で? あんたはこの街の異常気象を治してやる気なんすか?」
あんたの目的、忘れてないでしょ?と薫は潜めた声で聞いて来る。
「それはもちろん」
「じゃあ」
「俺はこの街の異常にはノータッチだよ。
蒼クンともこの吹雪を利用してどうにか別れたいところだね」
蒼山の注意がユウイに移っている間に、小声で答える。
「俺の目的はこの世界の崩壊。勇者サマの善行に付き合ってられないから」
そう微笑を浮かべて答えた朱雀に、薫は小さく息を吐いたようだった。
夕方になって、やっと吹雪が収まってきた。
朱雀と蒼山は部屋で火鉢に当たりながら、困ったように呟く。
「おなか、空いたね……」
「はい……」
そう、腹が減った。
ここは娼館。宿屋ではない。食堂なんてないのだ。
客に食事を振る舞う目的の店ではないのだから、余分な食材はないだろうし。
「朱雀さん?」
不意に立ち上がった朱雀に、蒼山が首をかしげる。
「外に出てみるよ。食事を売ってるお店があるかも」
「あ、俺も行きます」
荷物を持って扉に手を掛けた朱雀に、蒼山も立ち上がる。
出来ればついてこないで欲しいなあ、と内心朱雀は思ったが面と向かって断れないし。
部屋を出て一階に降りたところで、不意にある部屋の前で不安げに佇んでいる娼婦と、そのそばに立つ険しい表情のユウイを見つけた。
「どうしたの?」
「あ、朱雀さん……それが…」
「何度来られても無理なもんは無理だ! あんたなんかにうちの娘は一人もやらないよ!
わかったら帰りな!」
ユウイが答える前に、部屋の中から女将の大声が響いた。
すぐ部屋の扉が開いて、四十代くらいの身なりの良い男が姿を見せた。
貴族だろうか、と朱雀が考えた時だ。
男がこちらに気づいて、目を瞬いた。
「これはこれは、こんな萎びた店に麗しい骨董人形が。
美しい骨董人形、良ければ名を聞かせていただいても?」
「うわあ変態だ」
朱雀を見てうっとりと囁いてきた男に、朱雀は思わず率直な感想を口にしてしまった。
「変態だなんて失礼な。わたしはただ美しいものに目がないだけです」
「なにやってるんだい。店の客に手を出さないでもらおうか」
部屋から出て来た女将に睨まれ、男は「これはおっかない」と肩をすくめる。
「骨董人形、もし良ければわたしの館に。
快適な暮らしをお約束しましょう」
「ねえ、蒼クン。これ永久定住勧められてる?」
「変態の言うこと聞いたら駄目ですよ」
「聞いたりしないよ」
後半は小声の朱雀と蒼山の会話だ。
「生憎だけど、俺は旅人だからそちらの希望には添えないかな」
「残念だ。また気が変わったらわたしの屋敷に。
いつでも待っていますよ」
男は笑みを浮かべると帽子を被って、店の出口に向かう。
それを睨み付けて見送った女将と、不安げな娼婦と警戒をあらわにしたユウイ。
ただごとではない。
「彼は一体?」
「この街に住む貴族さ。
美しいものに目がないと言って、見目の良い女性や少年を買い取って行くんだがね、買われて行った人間はそのあと消息を絶つんだ」
「…それは怪しいね」
まあ大方、悪い貴族らしい遊びに耽っているのかな、と朱雀は推測する。
つまりは人間を使った遊び。人狩りなどの。
「そいつがこの娘を身請けしたいと言ってきた。
だがそんな男の元に可愛い娘をくれてやる気はないからね。
何度も断ってるのに聞かないのさ」
「なるほど」
そういうことなら尚更頷けないだろう、と思う。
「用心棒のユウイをつけちゃいるが、相手は貴族だからね。
どんな手段を使ってくるか……」
「そういうことなら俺が手を貸します」
困ったように息を吐いた女将に、立候補したのは蒼山だった。
「俺たちなら旅人だから、貴族もなにも出来ないでしょう。
一宿の恩です」
「いいのかい?」
心配そうに尋ねてきた女将に、蒼山は笑みで頷く。
「朱雀さん、俺たちも巻き込みコースですよこれ……」
薫が小声で囁いてくる。朱雀はため息を吐いて、
「まあ、これが最後だからね」
仕方ない、と呟いた。




