第99話 超常スキル
夕方まで三十一層で魔狼を狩ってクランハウスに戻った。
「ただいまー。おなかペコペコだよ」
装備も解かずに食堂へ向かおうとしたリサを、エレナが呼び止める。
「ちょっと、先に荷物降ろしてらっしゃい」
「はーい。——ノア、金庫開けて」
リサは素直にうなずき礼拝堂へと向かった。
僕もそのあとに続き、地下の金庫室の鍵を開ける。
「今日の動き、どうだった?」
背負子を下ろしたリサが、中から魔石を取り出しながら尋ねる。
「最初に比べると大分良くなってきました」
あれから何度も三十一層で戦ったおかげで、みんな分身の魔法にも徐々に慣れてきていた。
影の狼に翻弄されて陣形を崩すことも、もうほとんどない。
「ほんと!?この調子で明日も頑張るよ!早くノアに追いつかなくっちゃ」
「それじゃもう少し慣れたら、また位階上げやりますか?」
「うん!あれキツイけど、またやって!」
リサはそう言って屈託なく笑う。
生死の境を何度も行き来できるのも、ある意味では才能だ。
そういう意味では、誓いの天秤のメンバーはみんな並外れた資質を持っていると言えるだろう。
「四十層なら、今の戦力でも突破できそうですが……どこかでまた位階を上げる必要はありますね。考えておきます」
僕はリサとともに金庫室を出ると、扉に鍵をかけて二階へ向かった。
「じゃあ、食堂で」
リサと別れて自室に戻る。
杖を置いて、着替えると食堂に向かった。
食堂の扉を開けた瞬間、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
焼きたての肉と野菜を煮込んだスープの匂いだろうか。空腹を刺激する香りに、思わず腹が鳴りそうになる。
食堂ではすでにライルたちが席についていた。
ライルは腕を組みながら料理の並んだテーブルを見つめ、向かいではカイが今にも手を伸ばしそうな顔で皿を眺めている。
「まだ食べるなって言ってるでしょ」
「食ってねぇよ」
「……見てるだけ」
「見てるだけで済まない顔をしてるから言ってるの」
呆れたように言うエレナに、ライルとカイがそろって目を逸らした。
どうやら僕たちが来るまで待っていてくれたらしい。
「お、ノア来たか」
「リサは?」
「もうすぐ来ると思います」
席に着くと、湯気を立てる料理の香りがいっそう強くなる。
ローデントを頼って正解だった。
少なくとも料理に関しては、マロンの腕は疑いようがない。
焼き色のついた肉料理に、具材がたっぷり入ったスープ。どれも食欲をそそる出来栄えだ。
「おまたせー。みんな待っててくれたの?」
そんな声とともに、リサが食堂へ駆け込んできた。
「当たり前でしょ。さっさと座りなさい」
エレナが呆れたように言う。
「えへへ」
リサは笑いながら空いている席へ腰を下ろした。
全員が揃ったのを確認すると、マロンが満足そうにうなずく。
「それじゃ、冷めないうちに食べておくれ」
「いただきます!」
リサの元気な声をきっかけに、僕らは一斉に食事に手を伸ばした。
「んー!おいしい!」
スープを一口飲んだリサが頬を緩める。
続けて、パンを頬張った。
「そんなに慌てて食べると詰まるわよ」
「だっておなか空いてたんだもん」
エレナに窘められても、リサはまったく反省した様子がない。
食事をしながら、僕は仲間の様子を観察する。
ライルとカイに疲労の色はない。
エレナも余裕を残している。
この分なら、明日はもう少し進んでもいいかもしれない。
夕食を終え、食後のお茶を飲みながらくつろいでいた時だった。
玄関の方が騒がしくなる。
「帰ってきたみたいね」
エレナが耳をピクリと動かした。
しばらくして食堂の扉が開く。
ウィスカーを先頭にメンバー全員が顔を出した。
「おかえりなさい。どうでした?」
僕が尋ねると、シリカが興奮したように早口で話す。
「すごいよ!昔みたいにちゃんと攻撃見切れたんだ」
彼女は取り戻した左目を輝かせて言った。
「久々だったが、違和感なく動いたぜ」
ノーマンが義足でなくなった右足をぽんと叩いて、笑った。
「まだブランクはあるが、この調子ならすぐに取り戻せそうだ。ありがとな、ノア」
ウィスカーが右腕を挙げて言う。
「ウィスカーさん達は何層もぐってたんだ?」
ライルが尋ねる。
「俺たちは、三十九層だ。十人のフルパーティーでやっとだがな」
「すごーい!三十九層!あの狼が群れで出るんでしょ?」
リサが目を輝かせた。
「ああ、これでも俺たちは位階Ⅳだからな。あれぐらい何とかなる」
ウィスカーがそう言って僕たちに視線を向ける。
「お前たちもその歳で位階Ⅲはあるだろ?大したもんだぜ」
「うん。でもノアはボス戦で上がったって言ってたから、もう位階Ⅴだよ」
リサがさらりと言った。
「……は?」
ウィスカーの目が僕に向く。
「お前どんな生き方してきたんだよ」
呆れたように笑ってから、続ける。
「Ⅴって事は、超常スキルも覚えたのか?」
「超常スキル……ですか?」
初めて耳にする言葉だった。
やはり位階Ⅴで得るスキルには、何か共通するものがあるのだろうか。
「ああ、位階Ⅴになると自分が最も秀でた分野の極致のようなスキルを覚える。ゼノンの『雷化』なんかが有名だな」
なるほど、と僕はうなずく。
「ああ、それなら僕が覚えたのは『不老』です」
僕はあっさりと打ち明けた。
隠していてもいずれ知られることだ。
「……それはまた、なんというか」
ウィスカーが眉をひそめる。
「治癒魔法を極めた果てが不老か」
「ダンジョンの攻略には、あまり役立ちそうにありませんけどね」
そう言うと、ウィスカーは微妙な顔をした。
「役立つかどうかはともかく、とんでもないスキルなのは間違いないだろ」
「ノアはもう歳を取らないの?」
リサが僕の顔をのぞき込む。
「ええ。おそらく」
「じゃあ明日からは、リサお姉ちゃんって呼んでね」
その一言に、ウィスカーが思わず吹き出した。
「お姉ちゃんか……そいつはいい」
笑いを収めたあと、彼は表情を引き締める。
「まあ冗談はさておきだ。明日、クラン会議がある。場所は『蒼天の冠』のクランハウスだ」




