第100話 円卓の新参者
白い石壁に青金の装飾。
雲を裂く王冠の紋章が掲げられた門。
僕はウィスカーとローデントと共に『蒼天の冠』のクランハウスを訪れていた。
案内された部屋は広々としており、円卓にはすでに何人かが座っている。
正面の席に座る『蒼天の冠』のレイモンドが最初に口を開いた。
「ウィスカーか、珍しいな。銀鼠はいつもローデントに任せてるだろ」
「ん?ノアもいるのか」
黄金獅子団のバルガスが眉を上げる。
「この会議に顔を出すには早いんじゃないか。それとも、ようやくうちに入る気になったか?」
そう言って豪快に笑う。
「いや、俺はもう銀鼠じゃねぇ。ノアのクラン『薄明の揺籃』に入ったんでね」
そう言ったウィスカーは、治った右腕を持ち上げて見せる。
「四十層突破済みの俺たち銀鼠の深層組が属してるんだ。参加資格はあるだろ?」
「お前、その右腕どうしたんだよ……」
バルガスの視線が腕に止まる。
「……ああ、そういうことか。ノアが治したんだな」
それから得心したようにうなずいた。
「それにしても、欠損まで治せるなんて。本当に規格外の癒やし手ね」
銀月の祈りのセレフィナが口を挟む。
「まぁそういうわけで、今回から参加させてもらうぜ」
そう言ってウィスカーが顎をしゃくる。
促されるまま、僕はローデントと並んで席についた。
ウィスカーは椅子を引かず、僕の後ろに立つ。
まるで自分ではなく、僕がこの場の中心だと言わんばかりに。
「では改めて。『薄明の揺籃』のクランマスター、ノアです。今後ともよろしくお願いします」
僕は挨拶を終え、円卓を囲む顔ぶれに視線を巡らせた。
その時、部屋の扉が開く。
「悪い、遅れ――」
入ってきた男が言葉を止めた。
円卓を見回し、その視線が僕のところで止まる。
「……なんだ?」
「ん?」
「いや、なんでガキが座ってるんだ?」
「おいディーン」
バルガスが呆れたように言う。
「お前、治癒の宝玉使ったことあるだろ」
「あるが?」
「作った本人だ」
「……は?」
「はじめまして。『薄明の揺籃』のノアです」
「ああ……」
ディーンが僕を見直す。
「いや、それはわかった。だがなんでここに?五十層以降のボスの話に、ガキの出る幕はないだろ」
「ウィスカーが怪我を治して移籍したそうだ。銀鼠の深層組も加わった。今や一大勢力だよ」
レイモンドが答える。
「そうか……」
ディーンはなおも僕を一瞥してから、空いている席へ腰を下ろした。
「参加者は『赤鉄の楔』で最後だ。ではまずは来月の五十層ボス討伐についてだが——」
レイモンドの仕切りで会議が始まった。
「俺のところは、二軍も突破したから来月はパスでいい」
バルガスが椅子に背を預ける。
「うちは、そろそろ二軍が仕上がってきたから挑戦させたいけど——」
セレフィナが言い切る前に、ディーンが手を上げた。
「俺達も来月、挑みたい」
「うちも、早めに回す必要がある。ドラゴン素材の調達依頼が入ってる」
レイモンドが円卓を一瞥する。
「ディーンはもう少し鍛えた方がいい。死ぬぞ」
バルガスが笑いもせずに言った。
ディーンが一瞬だけ口を閉じる。
「……もう少し考える」
それだけ言って、視線を外した。
「今回は譲ってくれないかしら。素材は安く譲るわよ」
セレフィナの提案に、レイモンドは少し考えてからうなずいた。
「……わかった。値段は後で詰めよう。ディーンもいいな?」
「……ああ」
レイモンドの言葉に、渋々とうなずいた。
「ローデントとノアも問題ないな?」
レイモンドが視線をこちらへ向ける。
「銀鼠は挑みませんよ」
「うちもまだ、ウィスカー達を挑ませる気はありません」
ローデントに続けて僕も答える。
「じゃあ次だな。六十層に向けてはどうだ?挑む者は?」
「まだうちは、足りねぇ。仲間をもっと鍛えねぇと」
腕を組んだまま、バルガスがそうこぼす。
「お前らなんてもっと大変だろ?ゼノンの写し身と戦うんだからな」
レイモンドへ話を振ると、彼は深くうなずいた。
「その通りだ。うちも来月は見送る」
「その点うちは尖りすぎてない分ましだけど、まだ全体的な底上げが必要ね」
セレフィナもまた、現状を分析するように答えた。
「では来月の六十層のボス討伐は見送りだな」
バルガスの言葉を聞いて、相手が何であるかが腑に落ちた。
——六十層の相手は写し身か。
うちも他人事ではないな。
パーティー内の戦力を均等に揃えないと被害が大きそうだ。
ライル達を鍛えるにしても、位階Ⅴになるには数年かかるはずだ。
なにか打てる手を考えておいたほうが良さそうだな。
「……その、写し身は負傷もそのままですか?」
僕は少し考えて口を開いた。
「ああ。五十九層までの写し身は、怪我してたらそのまんま出てくるぜ。ボスも同じはずだ」
「持ち物なんかは?」
「武器なんかはそのまま持ってるが、道具までは……それがどうした?」
「重症を負ったまま写し取らせて、治癒の宝玉で治療したらどうです?」
円卓を囲む者たちの動きが、ぴたりと止まった。
「……いや、待て」
レイモンドが眉間を押さえる。
「理屈は通っているな」
「通ってるけどよ」
バルガスが呆れた顔をした。
「普通は仲間を半殺しにしてから挑もうなんて考えねぇんだよ」
「治せる前提で話していました」
僕がそう返すと、何人かが苦笑した。
「なるほどな」
レイモンドが小さくうなずく。
「少なくとも、今までとは違う視点だ。参考になった」
その言葉に、円卓の面々もそれぞれ考え込むような表情を見せた。
「他になにか議題はあるか?」
レイモンドが一同を見回す。
「では、銀鼠から一点だけ」
ローデントが手を上げる。
「東のルドヴァール王国がきな臭い。王位継承を巡って一波乱ありそうです」
「へっ。人間同士の争いにゃ興味ねぇよ」
バルガスが鼻で笑う。
「そうとも限らないわよ。火の粉がこっちに飛んでくれば、ギルドから依頼が出るかもしれないもの」
「依頼なんざ、受けたいやつが受ければいいさ。俺たちには関係ねぇ」
「まあ、今すぐどうなる話でもありません。頭の隅に入れておいてください」
「情報提供感謝する。他になければ終わりにしよう」
レイモンドの一言で、その場はお開きとなった。
今日は顔見せだけの予定だったが、思わぬ収穫もあった。
いざという時の備えに過ぎなかった『治癒の宝玉』に、新しい使い道を示せたことだ。
この流れが定着すれば、戦い方そのものが変わる。
やがては僕なくして立ち行かなくなっていくだろう。
僕は内心で笑みを噛み殺し、席を立った。




