第98話 魔狼
翌朝。
新しく手に入れたクランハウスの部屋で、僕は目を覚ました。
身支度を整えて食堂へ向かうと、厨房へ声をかける。
「おはようございます」
「おはようマスター。朝食出来てるよ。冷めないうちに召し上がれ」
返事とともに姿を見せたのは、茶髪を後ろで束ねた恰幅のよい女性だった。
銀鼠に派遣してもらった料理担当のマロンだ。
マロンから焼きたてのパンとスープを受け取って席につく。
テーブルではすでにカイとエレナが食事をとっていた。
「エレナとカイは早いですね」
「おはよう。ライルとリサはまだ寝てるみたいね。あとで起こさないと」
エレナが苦笑する。
隣ではカイがパンをかじりながら、片手を上げた。
「ウィスカーさんたちも、昨日は大分飲んでたのでしばらく起きて来ないかもしれませんね」
というのも、クランハウスを案内している途中、地下に積まれていたワイン樽が見つかり、そのまま歓迎会へと発展したからだ。
おかげで親睦は深まったが、飲みすぎた者も少なくない。
「おっはよー。あ、マロンさん、今日のご飯なにー?」
リサが食堂へ飛び込んでくる。
「わりぃ。寝坊した」
続いてライルも頭をかきながら現れた。
「今日からまた四十層を目指します。食べ終わったら準備をお願いします」
朝食を済ませると、それぞれが立ち上がった。
僕も部屋へ戻り、杖を手に取る。
身の回りの道具を確かめれば、それだけで支度は完了だ。
玄関ホールへ降りると、仲間たちも集まってきた。
全員が揃ったところで、出発する。
クランハウスの扉を開くと、朝の空気が流れ込んできた。
「行ってきます」
門の脇に立つ男へ声をかける。
「ああ。気を付けてな」
銀鼠から派遣された門番のハンスが片手を上げた。
門番は彼ともう一人、オットーが務めることになる。
ハンスに見送られながら、僕たちはダンジョンへと向かった。
天逆塔の入口をくぐり、転移陣の上に立つ。
光に包まれた視界が戻ると、僕らは三十層に立っていた。
「いよいよ、下層だな」
大階段を下りながら、ライルが振り返る。
「次は魔狼か。どれくらい強いんだ?」
「三十層までの魔物よりは強いと思います。魔法も使うそうですよ」
僕が答えると、ライルが好戦的に笑った。
「そいつはいいな」
「ねえねえ、魔狼って大きい?」
後ろを歩いていたリサが横に並ぶ。
「仔馬ほどあるそうです」
「へぇ~。おっきいね。美味しいかな?」
「最初にそれを聞くの、リサくらいよ」
エレナが呆れたように言う。
「えー?だって、おっきくて美味しかったら最高じゃん」
「ほら、そろそろ無駄話はおしまいだ。着いたぞ」
ライルの声が空気を切り替えた。
三十一層へと続くアーチをくぐると、これまでとは明らかに違う空間が広がっていた。
石造りであることは変わらない。だが通路というより、柱が乱立し、視界を遮る壁が迷路のように配置されている。
「狼の奇襲にはうってつけの地形だな」
ライルがつぶやく。
「さっそくお出ましです。右前方、柱の陰」
僕は『魔力走査』で捉えた気配の場所を告げた。
カイが岩のような大盾を構え一歩前に出る。
柱の後ろから、回り込むように黒い影が飛び出した。
「よっしゃ、まかせろ!」
ライルが即座に反応し、影に向かって飛び出した。
「だめです!気配が増えました!」
僕の叫びと同時に、さらに二つの影が別方向から飛び出す。
ライルは迷わず一体目に向かって剣を振り抜いた。
刃は正確に狼を捉え、影を断ち切る。
だが──。
「……あれ?」
ライルが眉をひそめた。
二つに分かれた狼の体がごとりと音を立てて床へ転がる。
斬られた狼はそのまま霧のように散り、地面に沈むように消えた。
新たな二体が、ライルとカイの間を抜け襲いかかる。
標的は僕とエレナ。
影の牙が、視界を切り裂くように迫る──。
僕は大きく開いた口の中心へ、杖を突き立てた。
杖が黒い影を貫く瞬間、予想に反してずしりとした手応えが腕に伝わる。
影はただの幻ではなく、確かにそこに存在していた。
影の動きが止まる。
形を保てず、瓦解した影はほどけるように霧散した。
エレナに襲いかかった一体も頭を氷礫に貫かれて消えていく。
後方から、リサの二本の投斧が弧を描いて放たれる。
左右に分かれた刃は柱を回り込み──直後、獣の叫びが響いた。
柱の影から飛び出したのは、先ほどと同じ黒い狼。
だが、後ろ足から血が流れている。
「こいつが本体か!」
ライルが狼の進路を遮るように飛び出し、剣を振るう。
刃は寸分違わず狼に吸い込まれ、その首を断ち切った。
巨体が石畳に崩れ落ちる。
他に気配が無いことを確認し、ライルは剣を下ろした。
「ふぅ……この分身が、こいつの魔法か」
ライルは剣を鞘に納めて、息を整える。
「ええ。攻撃は通りますが、本体を倒さない限り終わりませんね」
僕は倒れた狼に目をやりながら応じた。
「ああ、なかなか厄介だったな」
「それより、どうしてノアの警告を無視して突っ込んだのよ?」
エレナが一歩踏み込み、ライルを見上げた。
「あー……」
ライルは顔をそむけ、苦笑まじりに言った。
「だって増えるとは思わないし、見えたら潰したくなるだろ?」
「だからって、飛び込んでいい理由にはならないわ」
エレナの言葉に、ライルの顔が少し強張る。
「……悪かったって」
ライルは目を逸らしたまま、バツが悪そうにぼそりとつぶやいた。
「次からは気をつけてください」
僕がそう締めると、ライルは素直にうなずいた。




