第97話 クラン始動
銀鼠のクランハウスを後にし、僕は仲間たちが待つ宿へ戻った。
「どうだった?」
部屋に入るなり、ライルが身を乗り出して尋ねてくる。
「うまくまとまりました。詳しく説明します」
僕がテーブルにつくと、皆もそれぞれ椅子に腰を下ろした。
「銀鼠の幹部たち――深層組は、僕たちの『薄明の揺籃』へ移籍します。それ以外のメンバーは、引き続き情報クランとして傘下で活動してもらう予定です」
「じゃあ、今後は魔石集めも協力してもらえるってこと?」
エレナが確認する。
「ええ。彼らは四十層まで踏破済みですからね。集めた魔石も、僕たちの名義で納品できます」
「なあ……クランマスターはノアがやってくれるんだよな?」
ライルがおずおずと切り出した。
「さすがにクラン運営なんて無理だからな。俺はパーティーリーダーで手一杯だ」
「ええ、その役目は僕が引き受けます」
そう言って僕は頷いた。
「それと、さっそくですが拠点を移しましょう」
「ええっ!?この宿、引き払っちゃうの?」
リサが目を丸くする。
「新しいクランハウスを用意してあります。このあと案内しますよ」
「用意してあるって……いつの間にそんなものを」
エレナが呆れたように額を押さえた。
「まずは見に行こうぜ!」
ライルは待ちきれない様子で立ち上がる。
カイも無言のまま席を立ったが、その足取りはどこか軽かった。
僕たちは宿を出ると、広場から伸びる大通りを進み、一本裏の通りへ入った。
「ここです」
一軒の館の前で足を止め、クラウスから預かった鍵で門の錠を外した。
「すごい!大きい!」
リサが歓声を上げる。
「これなら人数が増えても問題なさそうね」
エレナも感心したように館を見上げた。
門をくぐると、石畳のアプローチがまっすぐ伸び、その右手には厩舎が建っている。
正面には石造りの二階建て。窓の数も多く、一般的な民家とは比べものにならない規模だ。
「これ、本当に使っていいのか?」
ライルが思わずつぶやく。
「今日から僕たちの拠点ですよ」
そう言って扉を開き、皆を中へ案内した。
広い玄関ホールを抜けると、その先に回廊に囲まれた中庭が姿を現す。
「おお、あそこで訓練できるな」
ライルが目を輝かせる。
中庭はちょっとした広場ほどの広さがあり、中央には芝生が敷かれていた。
剣を振るうくらいなら十分な広さだろう。
「一階には食堂と応接室。二階には個室があるので部屋を決めてください」
そう告げると、皆は興味津々といった様子で二階へ向かっていった。
その姿を見送った僕は、中庭の奥に建つ小さな礼拝堂へ足を向ける。
一見するとただの祈りの場だが、その真価は地下にある。
祭壇の裏にある鉄扉の鍵を開く。
重い音を立てて扉が開き、その先に地下へと続く石階段が姿を現した。
魔導灯をつけて階段を降りると地下室が広がる。
地下室は石造りで、思ったほど湿気も高くない。
壁際には頑丈な鉄製の棚が並び、大型の木箱や樽を積み上げられるだけのスペースが確保されていた。
さらに奥には分厚い鋼鉄製の扉で仕切られた区画がある。貴重な品を保管するための金庫だ。
この規模なら当面は困ることはない。
僕は地下室を見回しながら満足げに頷いた。
この地下室は、今後クランの資産や貴重品を保管する金庫として使う予定だ。
地下室に鍵を掛け、礼拝堂を後にする。
「お、ノア」
再び館へ戻って二階へ上がると、ライルが手を挙げる。
「一番広い部屋はノア用に取っておいたぜ」
ちょうど部屋の割り振りを終えたところだったらしい。
「一番広い部屋ですか」
「クランマスターなんだから当然だろ」
半ば強引に背中を押され、僕は廊下の突き当たりにある部屋へ案内された。
扉を開く。
部屋に入ると、まず目に入ったのは大きな執務机だった。
窓際には本棚が並び、手前には来客用の応接セットまで置かれている。
ちょっとした会議なら、この部屋だけでも開けそうだ。
さらに奥へ進むと、続きの間になっていた。
こちらは完全な私室らしく、大きなベッドと衣装棚が備え付けられている。
「すごーい!」
リサが目を輝かせる。
「クランマスターの部屋って感じね」
エレナも感心したように室内を見回した。
家具類はどれも手入れが行き届いていた。
クラウスが、手を回してくれたのだろう。
窓を開けると、中庭が一望できた。
回廊の向こうには礼拝堂も見える。
地下の金庫。
中庭の訓練場。
応接室と会議室。
そして各自の個室。
拠点として不自由することはないだろう。
「では今日は各自休んでください。明日、ウィスカーさんたちも交えて今後の方針を話しましょう」
翌朝。
買ってきたパンとスープで朝食を終えた。
そのまま食堂に集まっていると、玄関の方から扉を叩く音が聞こえてきた。
「誰か来たみたいだな」
ライルが立ち上がる。
「たぶんウィスカーさんでしょう」
約束の時間だ。
「門番くらい置いた方がよさそうね」
エレナが苦笑する。
「そうですね。今後は探索以外の人員も考えましょう」
受付、連絡係、厨房担当――。
そういった人員もクラン運営には必要だ。
僕は席を立って、玄関へ向かった。
扉を開くと、ウィスカーを先頭に元銀鼠の幹部たちが並んでいた。
「よう。邪魔するぜ」
ウィスカーが片手を上げる。
「遠慮は不要ですよ。今日からは皆さんのクランハウスでもありますから」
「そうだったな」
ウィスカーが頭をかく。
後ろにいた幹部たちも、どこか落ち着かない様子で館を見上げていた。
「どうぞ。中へ」
僕は身体をずらし、彼らを迎え入れた。
応接室の分厚い扉を開くと、室内には机と革張りのソファが置かれている。
壁にはタペストリーが飾られ、冒険者向けの施設というより貴族の屋敷の一室といった趣だ。
「ほう……」
ウィスカーが感心したように室内を見回した。
「しかし、とんでもない場所を使ってるな」
彼はソファに腰を下ろすと、指先で肘掛けを軽く叩いた。
「ここ、教会の別館だろ」
「よくご存知で」
「この街で銀鼠の知らねぇことは無いからな」
ウィスカーは鼻を鳴らした。
「お前と教会との関係が深いのは知ってるが……教会の言いなりになるのは御免だぜ?」
「ご心配なく」
僕は静かに首を振る。
「僕らの意向で教会が動くことはあっても、逆はありません」
その言葉に、幹部たちの表情がわずかに変わった。
「……冗談で言っているわけじゃないよな?」
ウィスカーが目を細めた。
「冗談でこんな話はしません」
僕は真正面から視線を返した。
ウィスカーはしばらく黙り込み、肘掛けに置いた指先で軽く二、三度叩く。
「……分かった。信じる」
あっさりとした言葉だった。
だが、それ以上の説明を求めないということは、彼なりに線引きを終えたということだろう。
「では本題に入りましょう」
僕が切り出すと、ウィスカーが手を上げた。
「その前に、クランマスターはノアでいいんだな?」
「はい。ライル達とも相談しましたけど、運営は僕がやる事になりました」
「妥当だな」
ウィスカーはあっさり頷く。
「運営で困ったことがあればローデントに聞け。こいつはそういう仕事が得意だ」
後ろに控えていたローデントが軽く会釈する。
「助かります。後ほど人員配置について相談させてください」
ローデントが再び頷いた。
「では、今後の攻略についてですが」
「その件なら、こっちでも話はまとまってる」
ウィスカーが言う。
「俺たちはリハビリも兼ねて三十一層から攻略を再開する。回収した魔石は貯めておくから、お前たちの名義で納品していい」
「助かります」
「他のクランの納品状況についても引き続き銀鼠が追っている。四十層を目指してるのは中堅どころだけだ」
「俺達の分も合わせれば四十層の挑戦権は問題なく確保できるはずだ」
さすがに話が早い。
元々やっていた仕事だ。情報収集については彼らに任せるのが一番だろう。
「四十層に挑む時期は任せる。お前らのペースで進めたらいい」
「ありがとうございます。攻略については問題なさそうですね」
「では、もう一つだけ」
僕は視線をローデントへ向ける。
「先ほどの人員の件ですが、門番と料理人について相談に乗ってください」
「それなら銀鼠から人を出しましょう」
ローデントが答える。
「こちらに残った者たちは攻略向きではありませんが、裏方業務には慣れています」
「信用できますか?」
僕は率直に尋ねた。
門番も料理人も館の中へ出入りする。
そこは確認しておきたかった。
「できます」
ローデントは即答した。
「問題ねぇ」
ウィスカーも口を挟む。
「銀鼠は裏切り者を抱えたままやっていける組織じゃない」
情報を扱うクランだからこそ、信用を失えば終わりということか。
「分かりました。人選はお任せします」
これで当面の方針は決まりだ。
「話は終わったか?」
ライルが待ってましたとばかりに立ち上がる。
「なら今度は部屋を決めなきゃな」
「あ、リサが案内するよ!」
リサが勢いよく手を挙げる。
「こっちこっち!」
元銀鼠の幹部たちは顔を見合わせた。
「お、おい、待て」
僕が目を治した女性——シリカが言う。
「早い者勝ちだからね!」
廊下の方からそんな声が聞こえてきた。
幹部たちも戸惑いながらついていく。
賑やかな声が廊下へ消えていく。
僕はそれを見送った。
どうやら思っていたより早く打ち解けられそうだ。




