第81話 競売
すいません。予約日が一日ずれていました。
6/16投稿予定だったものです。今日は21時に次話も公開されます。
宿の扉を叩く音が、また廊下に響いた。
僕が扉を開けると従業員が無言で一礼し、両手で書状を差し出してくる。
丸めた羊皮紙には赤い封蝋。
刻まれていたのは、たてがみを広げた獅子の紋章だった。
テーブルに腰掛けていたライルが口元を吊り上げる。
「それで最後か?」
僕は封蝋を親指で割り羊皮紙を開いた。
流れるような筆跡を目で追い、口元がほころぶ。
「ええ。黄金獅子団からです」
紙面には簡潔な一文。
――治癒の宝玉を魔石一五〇〇個で買い取る。
向かいの椅子に座るエレナが身を乗り出した。
「結果は?」
僕は三通の書状を並べる。
青い王冠の紋章。
銀月を模した刻印。
そして獅子。
「蒼天の冠が二五〇〇。銀月の祈りが一二〇〇。黄金獅子団が一五〇〇ですね」
ライルが短く口笛を吹いた。
「さすが蒼天の冠だ。桁が違うな」
「じゃあ、売る相手は決まりね」
エレナは当然のように言った。
僕は書状を畳み、テーブルの上で軽く揃える。
「ええ。全員に売ります」
全員が顔を見合わせた。
「……は?」
ライルが一拍遅れて声を出す。
僕は表情を変えずに言った。
「提示額で取引相手を決めるとは言いました。でも、品が一つしかないとは言ってません」
数秒の沈黙のあと、ライルが吹き出した。
「ははっ……!なるほどな。トップクラン同士を競わせて、その上で全員に売るとは」
「別に騙したわけじゃありませんよ」
僕は立ち上がり、窓際の椅子に掛けてある外套を手に取る。
「利益が最大になる手を選んだだけです」
エレナが呆れ半分の顔で額を押さえる。
ライルだけが面白がるように笑っていた。
「まずは蒼天の冠から行きましょう」
僕は扉へ向かいながら言う。
「荷車は借りてあります。リサ、お願いします」
蒼天の冠のクランハウスは街の中央区でもひときわ目立つ建物だった。
白い石壁に青金の装飾。
正門の上には雲を裂く王冠の紋章が掲げられている。
出入りする冒険者たちも一流ばかりで、装備の質が違った。
門番に案内され僕たちは応接室へ通される。
分厚い絨毯が足音を吸い込み、壁には高級そうな魔獣の剥製。
テーブルの向こうでは灰色の髪を後ろへ撫でつけた男が、静かに紅茶を口にしていた。
僕たちが入室すると、男はカップを置き椅子から腰を上げた。
「ようこそ、蒼天の冠へ」
低く落ち着いた声だった。
男は胸に手を当てる。
「副団長のレイモンドだ。本日は取引の席を預かっている」
鋭い目つきだった。
無駄のない立ち姿だけで、相当な実力者だとわかる。
レイモンドの視線が僕へ向く。
「では、例の品を」
僕は上着の内側へ手を入れ、治癒の宝玉を取り出した。
淡い翠光を放つ宝玉。
魔力が脈動する揺らぎ。
護衛についていた団員の一人が喉を鳴らした。
「……本物か」
レイモンドが立ち上がる。
机越しに宝玉を見下ろし、その瞳を細めた。
「噂以上だな」
隣に控えていた老人が身を乗り出す。
「触れても?」
「魔力を流さなければ大丈夫です」
老人は無言でうなずき、宝玉を観察する。
表面を走る光。
内部で渦巻く魔力。
その質を見極める様に。
一通り確かめると、老人がうなずいた。
「間違いありません。本物です」
その言葉に室内の空気が熱を帯びる。
レイモンドはうなずいた。
「では約束通り、魔石二五〇〇個を支払おう」
扉が開き、団員たちが木箱を運び込んでくる。
一つでは終わらない。
二つ、三つと机の横へ積まれていった。
蓋が開けられるたび、詰め込まれた魔石が鈍い光を返す。
エレナが小さく息を呑んだ。
ライルは楽しそうに笑う。
ぎっしり詰まった魔石。
数をごまかしている様子はない。
「確かに」
取引成立。
木箱はリサが軽々と抱えて、荷車に積み込んだ。
「一旦、宿へ戻ります」
宿の中庭に荷車を止めると、僕たちは木箱を部屋へ運び込んでいく。
金庫に並べられた木箱が鈍い音を立てた。
ライルが蓋を指で弾く。
「こうして見ると笑える量だな」
「まだ増えますよ」
僕が言うと、エレナが呆れたように額を押さえた。
「感覚がおかしくなってきたわ……」
僕は懐へ手を入れ治癒の宝玉を取り出す。
淡い翠光が部屋を照らした。
ライルがニヤリと笑う。
「次は銀月の祈りか」
「ええ。急ぎましょう」
宝玉を再び懐へ戻し、僕は立ち上がった。
銀月の祈りのクランハウスは蒼天の冠とは対照的にだった。
白と銀を基調にした建物。
尖った威圧感はないが、近づくだけで空気が澄んでいるような感覚がある。
正門脇には月を模した紋章。
案内された先は、小さな応接室だった。
室内には香が焚かれ、清涼感のある香りが漂っている。
「お待ちしていました」
そう言って現れたのは、銀髪を後ろで束ねた女性だった。
年齢は三十前後だろうか。
柔らかな笑みを浮かべているが、その瞳は油断なくこちらを観察している。
「銀月の祈り、副団長のセレフィナです」
彼女は優雅に一礼した。
「治癒の宝玉をお持ちだとか」
僕は懐から宝玉を取り出し、テーブルへ置く。
淡い翠色の光が微かに室内を照らした。
セレフィナの笑みが消えた。
「……これは」
後ろに控えていた女性が、小さく息を呑んだ。
セレフィナは宝玉から目を離さないまま言う。
「本物、ですね」
「触れるなら気をつけてください。魔力を流すと発動します」
「なるほど」
セレフィナは納得したように頷く。
そのまま数秒、宝玉を見つめ――張っていた肩を落とした。
「……これを、なぜ手放すのです?」
僕は宝玉へ視線を落とした。
「必要としている人間に渡した方が、価値があるからです」
「綺麗な答えですね」
柔らかな声だった。
だが、探るような響きが混じっている。
「では、本音は?」
「抱えていても、深層には届きませんから」
セレフィナは数秒こちらを見つめたまま動かなかった。
「……なるほど」
そこで初めて表情を和らげた。
「安心しました」
「安心?」
「聖人ぶる方より、欲を隠さない方のほうが信用できます」
彼女はそう言って立ち上がる。
「提示額はお支払いします。銀月の祈りは約束を違えません」
扉の外で控えていた団員たちが木箱を運び込み始めた。
取引を終え、再び宿へ戻った。
「さて、最後は黄金獅子団か」
「ええ」
僕は頷く。
「一番面倒そうな相手ですね」
黄金獅子団のクランハウスは、要塞そのものだった。
分厚い石壁。
巨大な鉄門。
入口の両脇には、全身鎧の団員たちが立っている。
蒼天の冠の威厳とも、銀月の祈りの静謐さとも違う。
武力。
強さを見せつけるための建物だった。
門を潜った瞬間、訓練場から怒号が飛んでくる。
剣戟。
笑い声。
鉄のぶつかる音。
「騒がしいわね……」
エレナが眉を寄せる。
案内された応接室も、豪華というより頑丈さ重視だった。
厚い木机。
傷だらけの壁。
隅には本物の戦斧まで立て掛けられている。
しばらくして、扉が開いた。
「待たせたな!」
響くような大声と共に入ってきたのは、大柄な男だった。
燃えるような赤髪。
獅子の鬣みたいな髭。
腕は丸太のように太い。
男は豪快に笑う。
「俺が黄金獅子団、団長、バルガス!細けぇ話は嫌いだ、さっさと始めよう!」
乱暴に腰掛けると、椅子が軋んだ。
ライルが噴き出しかける。
「わかりやすいな」
僕は懐から治癒の宝玉を取り出し、机へ置いた。
翠色の光が広がる。
バルガスの笑みが、そこで途切れた。
「……ほう」
太い指で顎髭を撫でる。
後ろに控えていた団員たちも、息を呑んで宝玉を見つめていた。
「こいつぁ本物だな」
「触るなら魔力は流さないでください。発動します」
「がはは!そんなヘマするかよ!」
バルガスは豪快に笑う。
だが視線だけは、獣のように鋭かった。
「こいつがあれば、いざってときの切り札になる……一五〇〇でも安いくらいだ」
「提示したのはそちらですよ」
「違ぇねぇ!」
バルガスは机を叩いて笑った。
そして後ろへ顎をしゃくる。
「持ってこい!」
団員たちが木箱を運び込む。
一箱。
二箱。
そして三箱目が運ばれてきたところで、ライルが呆れたように言った。
「宿の床、大丈夫か?」
僕は木箱の中身を確認し、うなずいた。
「確かに受け取りました」
これで取引は終了。
……のはずだった。
バルガスがニヤリと笑う。
「ところでよォ」
嫌な予感がした。
「お前、これを他所にも売ってるだろ?」
笑っていたバルガスが目だけ細めた。
団員たちの視線が集まる。
僕は平然と答えた。
「ええ」
「がははははっ!!」
次の瞬間、バルガスは腹を抱えて笑い出した。
「面白ぇ野郎だ!普通はどっか一つに売る!なのに全部に売りやがった!」
豪快な笑い声が部屋に響く。
ひとしきり笑ったあと、バルガスは獰猛な笑みを浮かべた。
「気に入ったぜ、小僧。またデカい獲物を拾ったら、真っ先にウチへ来い」
「条件次第ですね」
一瞬の静寂。
それからバルガスは、さらに大声で笑った。




