第82話 大量納品
翌朝、ありったけのオークの魔石を荷車に積み込み、僕たちはギルドへ向かった。
納品所の混雑を避けるため早朝を選んだが、満月が近いこともあって中庭にはすでにそれなりの数の冒険者が集まっている。
上位クランから買い取った五二〇〇個。
それに加え、自分たちで集めた分が一〇〇〇弱。
合計六〇〇〇を超えるオークの魔石を積載した荷車は、嫌でも周囲の目を引いた。
「おい……まだ締め切りまで時間あるのに、こんな目立って大丈夫か?」
ライルが落ち着かなげに周囲を見回す。
「ええ。今回は数が圧倒的ですから。むしろ先に見せつけておいた方が、牽制になります」
締め切り直前に一気に納品する手もある。
だが、それでは相手に無駄な希望を抱かせかねない。
相手が積み上げた魔石を諦めきれず、引けなくなって無茶な積み増しに走る可能性もある。
ならば最初から戦意を削いでおく方が賢明だ。
「おいおい、またずいぶん溜め込んだな」
奥から出てきた納品所の職員が、木箱の山を見て呆れたように声を漏らす。
「おーい、こっち手伝ってくれ!」
職員は奥へ怒鳴ると、こちらへ向き直った。
「全部オークの魔石です」
リサが荷車から木箱を降ろし、長机の脇に積む。
職員は慣れた手つきで魔石をオーク用の計測道具へ流し込み、次々と数えていった。
追加で呼ばれた職員も加わり、査定は驚くほどの速さで進む。
「……全部で六一八三個だ」
職員は乱暴に査定票へ数字を書き込み、その紙をこちらへ差し出す。
その言葉に、周囲がどよめく。
「六〇〇〇超えかよ……」
「これ、二十層の挑戦権は決まりだろ」
「あいつら、先月十層突破したばっかのガキ共じゃねぇか?」
「二ヶ月連続で挑戦とか、絶対裏で何かやってるだろ……」
査定結果を聞いた何人かが、なに食わぬ顔で納品所を後にした。
おそらく、それぞれのクランに情報を持ち帰ったのだろう。
窓口に査定票を出し、金貨一二三枚と銀貨を受け取った。
まとまった金額はあとで口座に預けておく。
「さて、納品も終わったし、今日はどうする?」
ギルドを後にして、ライルが言った。
まだ朝だ。とはいえ、今から魔石を集めても中途半端だった。
「ダンジョンに潜るには半端ですし、訓練でもしますか」
僕がそう提案すると、ライルの目がぱっと輝く。
「おお! いいじゃねえか。どこでやる?」
「天逆塔の地上階でやりましょう。入り口の反対側は自由に使っていいはずです」
「あー、冒険者がたまに素振りしてる場所だね」
リサが思い出したように言う。
エレナもうなずいた。
「広いし、人も少ないからちょうどいいわね」
僕たちはそのまま天逆塔へ向かった。
巨大な石造りの入り口をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
中央の転移魔法陣は淡く青白く輝き、何組かの冒険者たちが光に包まれて下層へ消えていった。
その脇を抜け、人気のない場所まで歩く。
「ほんと、ここは無駄に広いよな」
ライルが天井を見上げながらぼやく。
転移陣と階段しかない地上階は驚くほど広い。訓練程度なら、いくらでも場所を取れた。
「周りに誰もいませんし、このあたりにしましょう」
僕が立ち止まると、リサがエレナの袖を引いた。
「エレナ、氷で標的作ってよ」
「はいはい。こんな感じでいいかしら?」
エレナが魔力を集中し、手を掲げる。
空気中に白い霧が集まり、地面から氷柱が次々と突き出した。高さも太さもばらばらで、即席にしてはよく出来ている。
「うん、いい感じ。ありがとー」
リサは腰のベルトから投斧を二本抜き放つ。
軽く重さを確かめるように手の中で遊ばせると、狙いを定めた。
「えいっ!」
両手から同時に斧が放たれる。
二本の斧が回転しながら飛ぶ。
右手から投げた斧は氷柱の横を抜け、大きく弧を描いた。
そのまま奥の氷柱へ突き刺さり、氷片を弾け飛ばす。
一方、左手の斧は曲がらず、そのまま床へ転がった。
「あー、外しちゃった」
リサは斧を拾いながら、けろりと言う。
「すっげぇ、曲がるのかよ!」
ライルは刺さった斧と、まだ揺れている氷柱を見比べた。
リサは回収した斧を指先でくるくる回した。
「最近気づいたの!うまく回転かけると曲がるんだよー」
「へぇ……」
ライルは感心したように唸る。
その反応を見て、エレナがカイへ顔を向けた。
「カイ、あなたもやる?」
声を向けられたカイは無言で大盾を構え、少し距離を取る。
「ふふっ、やる気はあるみたいね」
エレナは指先に冷気を集めながら距離を取った。
その横で、ライルが腰のバスタードソードを鞘ごと構える。
「俺も負けてらんねえ。ノア、相手してくれ」
そのまま剣先を僕へ向ける。
「いいですよ。こう見えて、剣もそこそこ知ってるんです」
僕は杖を両手で握り、剣に見立てて中段に構えた。
脳裏に浮かべるのは、あのデスナイトの太刀筋。
肩も腰も揺らさず、足裏だけで間合いを削る。
速さは求めない。
正面に立つ相手には、近づいていることすら悟らせない歩法だ。
そのまま、杖を音もなく突き込む。
喉元へ伸びた一撃に、ライルが反射的に剣で払おうとした。
その動きに合わせ、僕は手首を返す。
杖先がするりと軌道を外れ、空を切った剣の下を潜る。
流れるまま下段へ落ちた杖を、そのまま逆袈裟に跳ね上げた。
杖の先端が、ライルの肘裏でぴたりと止まる。
「……ははっ、なんだ今の」
ライルは呆けたように笑った。
「何されたのか、まるで見えなかったぞ」
悔しさは滲んでいたが、落ち込んではいない。
むしろ目の奥には、火がついていた。
「あの踏み込みどうやった?全然動いてねえように見えたのに、気づいたら間合いに入られてた」
言いながら、ライルは僕の足元をじっと見た。
「上体を揺らさないようにするだけです。人は肩や頭の動きで前進を察知するので」
僕は構えを解き、杖を脇へ下ろす。
「なるほどな……」
ライルは顎に手を当て、すぐに顔を上げる。
「もう一回だ。次は見切ってやる」
ライルは鞘入りの剣を構え直し、今の動きを確かめるように腕を動かした。




